50 王都の明け渡し
50 王都の明け渡し
リーブル王国の騎士団長は、不愉快だった。
小国群からやって来た連合軍の兵士たちが、我が物顔で王都を歩き回っているからだ。
大通りを集団で歩き、食堂や酒場を占領し、王都の住民を押しのけて店の商品を買いあさる。兵士同士の喧嘩も増えた。注意しようにも、相手の数が多すぎる。
最近、王都へ運び込まれる食料が減ったのも、連合軍が居座っているせいに違いない。
「そろそろ出て行ってもらおう」
騎士団長は、ようやく決断した。
彼らは援軍として王都へ来たのだ。敵であるクレールスター皇国軍がいなくなったのなら、もう用はない。
感謝の言葉を与え、国へ帰るよう命じればいい。
騎士団長は連合軍を構成する各国の司令官を呼びつけた。
しばらくして、十一か国の司令官たちが騎士団本部の会議室へ姿を現した。
その後ろから、見覚えのない男が一人ついてくる。
十二人だった。
(あれ? 一人増えたか?)
騎士団長は首をかしげたものの、すぐに気にするのをやめた。司令官の補佐か護衛なのだろう。
「全員、そろったようだな」
騎士団長は執務机の後ろに座り、わざと重々しい声を出した。
「諸君らが我が国を案じ、遠路はるばる駆けつけてくれたことには感謝している」
司令官たちは黙っていた。
礼を言われても頭を下げず、互いに顔を見合わせている。その態度に腹を立てながらも、騎士団長は話を続けた。
「だが、クレールスター皇国軍はすでに王都から去った。諸君らの役目は終わったと考える。速やかに王都から退去し、それぞれの国へ帰ってもらいたい」
言い終えた途端、鞘走りの音が重なった。
十一人の司令官が、ほとんど同時に剣を抜いたのだ。
「な、何をする!」
騎士団長が立ち上がる。
自分も剣に手を伸ばそうとして、背後から首筋へ冷たい刃を突きつけられた。
十二人目の男だ。
彼は、最初から騎士団長の退路を塞ぐためについてきたのである。
「動かないほうがよろしいですよ、騎士団長殿」
「貴様ら……正気か!」
司令官の一人が、心底おかしそうに笑った。
「どうやら、とんでもない勘違いをしておられる。我々は援軍ではありません」
「では、何だというのだ!」
「占領軍ですよ」
騎士団長は目を見開いた。
「なにを馬鹿な! 我々はお前たちを歓迎してやったではないか! 城門を開き、食事も宿舎も用意したのだぞ!」
「ええ、それはもう、ご親切に」
「おかげで、戦わずに王都へ入れました」
「まったく、おめでたいことで」
「親切ついでに、この国もいただけませんか?」
「我々との戦力差を理解して、無駄な抵抗をしなかったのだと感心していたのですが」
司令官たちの嘲笑が、会議室に響いた。
騎士団長の顔が怒りで赤くなる。
「我々を騙したのか!」
「騙してなどいません。我々は一度も、リーブル王国を助けに来たとは申し上げておりませんよ」
「軍を率いて国境を越え、王都へ向かった。それをあなた方が勝手に援軍だと思い込んだのです」
「そんな……」
「城門を開けてくれたときには、こちらも罠ではないかと疑ったほどです」
司令官は剣の切っ先を騎士団長へ向けた。
「さて、騎士団長殿。部下に武器を置くよう命じていただきましょうか」
「断る!」
「構いませんよ。では、王都の騎士団が全滅するまで戦いましょう。こちらは一万を超える軍勢です」
騎士団長は唇を噛んだ。
王都に残された騎士は少ない。
勝てるはずがなかった。
しかも、連合軍の兵士たちはすでに王都の至るところに入り込んでいる。戦えば騎士だけではなく、多くの住民まで巻き込まれるだろう。
「……武器を置かせる」
絞り出すような声で、騎士団長は答えた。
司令官たちは満足そうに笑った。
こうしてリーブル王国の王都は、ほとんど戦うことなく連合軍に占領された。
◆◇◆◇◆
王宮に残っていた王族と貴族たちは、敷地の隅にある狭い離宮へ押し込められた。
普段は賓客の供回りや、身分の低い客に使わせる建物である。そこへ何十人もの王族と高位貴族、その家族まで詰め込まれたのだ。
部屋も寝台も足りない。
公爵と伯爵が椅子を奪い合い、夫人たちは狭い、汚い、侍女がいないと訴えた。
「無礼だぞ! 余を誰だと思っている!」
国王が怒鳴ると、見張りの兵士は不思議そうな顔をした。
「この国の王だろう?」
「分かっているなら、今すぐここから出せ!」
「だから閉じ込めているんだ。王でなければ、とっくに放り出している」
「我々は貴国の軍を歓迎したのだぞ!」
「そうだ! 食事も寝床も用意した!」
「友好の証しとして歓待したではないか!」
貴族たちも口々に訴えた。
見張りの兵士は、しばらく彼らを眺めてから尋ねた。
「どうして、軍を率いて国境を越えた他国の者を歓迎したんだ?」
室内が静まり返った。
誰も答えられなかった。
確かに、どうして歓迎しようと思ったのだろう。
「メアリーがお茶会に招いた国の者たちだったからだ」
王妃が小声で言った。
「王女や令嬢たちとは親しくしていた。だから、わたくしたちを助けに来たのだと思ったのよ」
「我々は王女でも令嬢でもない。軍隊だ」
兵士は呆れたように言った。
「お茶を飲みに来たように見えたのか?」
再び、誰も答えられなかった。
◆◇◆◇◆
連合軍の司令官たちは、占領した王宮の大会議室に集まっていた。
長い卓の上には、リーブル王国の地図が広げられている。
「王都とその周辺は、我が国がもらう」
「ふざけるな。最初に王都へ入ったのは我が軍だ」
「北部の穀倉地帯は譲れない」
「港はどうする?」
「街道沿いの町は我が国の領地とする」
「兵を最も多く出した国が、多く取るのが当然だろう」
リーブル王国をどう分けるか。
その話し合いは、最初から紛糾した。
彼らは一つの目的を持って王都へ来たわけではない。リーブル王国とクレールスター皇国の、どちらが勝つか見極めるために集まった寄せ集めの軍勢である。
皇国が勝てば、その援軍だったと言い張る。
リーブル王国が勝てば、リーブル王国を助けに来たと言い張る。
両国が疲弊していれば、豊かな土地を奪う。
王都が無防備であったため、最後の案を選んだにすぎない。
そこへ、伝令が駆け込んできた。
「急報です!」
「会議中だぞ」
「国元からの知らせです。王都が占領されました!」
「王都なら我々が占領した」
「違います! 我が国の王都です!」
司令官の一人が勢いよく立ち上がった。
「なんだと!」
「正体不明の軍に王城を奪われました。至急帰国し、王都を取り返してほしいとのことです!」
ほかの司令官のもとへも、次々と同じような知らせが届いた。
国内の守りを手薄にしてまで、リーブル王国へ兵を送り続けた結果だった。
「我が軍は帰る!」
一人の司令官が叫んだ。
「待て! ここまで来て、リーブル王国を手放すつもりか!」
「自分の国を奪われているのだぞ!」
「本当に占領されたのか? こちらを呼び戻すための偽報かもしれない」
「国へ戻るなら、貴国が得るはずだった領地は我々がもらう」
「勝手に決めるな!」
「ならば残れ!」
今すぐ帰国しようとする者。
王都に残り、リーブル王国を掌握しようとする者。
どちらが得か、様子を見ようとする者。
連合軍の足並みは、あっという間に乱れた。
◆◇◆◇◆
そこへクレールスター皇国軍が姿を現した。
皇国軍は王都を攻めなかった。
街道と門の外に部隊を配置し、王都をぐるりと取り囲んだだけだった。
城壁の上からそれを見た連合軍の兵士たちは、不安そうに囁き合った。
「攻めてこないのか?」
「何を待っている?」
「援軍が来るんじゃないか?」
やがて、皇国軍の陣から大きな声が響いた。
「王都へ向かう荷馬車は、すべて止めた!」
拡声の魔道具による声が、城壁を越えて王都中へ届く。
「食料は入ってこない! 食えなくなる前に、自分の国へ帰れ!」
連合軍の兵士たちがざわめいた。
王都の倉庫に残っている食料は少ない。自分たちが滞在している間にも、日に日に減っている。
「帰国する者には、帰り道で必要な食料を用意してある! それを持って帰れ!」
動揺がさらに大きくなった。
そこへ、とどめの言葉が投げつけられた。
「リーブル王国の王族と貴族を処刑したい者だけ、王都に残れ!」
「処刑?」
「俺たちにやらせるつもりか?」
「冗談ではない。そんなことをすれば、すべての責任を押しつけられるぞ」
「国に帰れなくなる!」
連合軍は、リーブル王国を占領したかっただけだ。
王族を処刑し、その罪を背負う覚悟などなかった。
それに、自分たちの国も占領されたという。
兵士の間から、帰国を求める声が上がった。
「国へ帰してください!」
「家族がいるんです!」
「俺たちがいない間に国が滅びたら、何のために戦ったのか分からない!」
司令官が押さえつけようとしても、兵士たちの声は大きくなるばかりだった。
やがて、一つの国の軍が王都の門を開いた。
彼らは皇国軍から食料を受け取ると、逃げるように帰国の途についた。
それを見た別の国の兵士たちも動き出す。
「待て! 勝手に門を出るな!」
「食料を奪われる前に行くぞ!」
「俺たちの分も残しておけ!」
司令官の命令など、もはや誰も聞いていなかった。
王都の門から、大量の兵士が雪崩を打って出ていった。
昨日までリーブル王国をどう分けるか話し合っていた連合軍は、数日のうちに消えてなくなった。
◆◇◆◇◆
連合軍が退去したあと、皇国軍は王都へ入った。
王宮へ向かったホワイト遠征部長は、妙に静かな城内を見回した。
「誰もいないな」
「警戒してください。どこかに潜んでいる可能性があります」
部下たちは剣に手をかけながら、一部屋ずつ調べた。
しかし、広い王宮に残っていたのは侍女長と数人の侍女、それに厨房の者たちだけだった。
侍女長たちは、玄関広間に並んで皇国軍を迎えた。
「王様はどこ?」
ホワイト遠征部長が尋ねた。
あまりに簡単な質問だったが、侍女たちは困った顔で互いを見た。
「いつの間にか、いなくなっていました」
若い侍女が答えた。
「いなくなった?」
「はい。離宮に閉じ込められていたはずなのですが……」
侍女長が一歩前へ出た。
「連合軍が退去したと聞きましたので、王族として皆様の前へお出になるには、お支度も必要だろうと思いまして」
「うん」
「湯浴みや着替えの準備を整え、離宮へお迎えに伺いました」
「それで?」
「誰もおりませんでした」
侍女長の声にも表情にも、隠しきれない軽蔑が浮かんでいた。
「裏口が開いており、寝台の布を結んだ縄が窓から垂れ下がっていましたので、そちらからお逃げになったのかと」
「そうか」
ホワイト遠征部長は、それだけ答えた。
追いかけようとも、捜索を命じようともしなかった。
「城の管理を頼む。避難していた者たちも、じきに戻ってくる。忙しくなるだろうが、もう少し頑張ってくれ」
「かしこまりました」
「厨房も使えるようにしておいてくれ。戻ってきた者たちは腹をすかせているだろうからな」
侍女長たちへ指示を出したホワイトは、大きく肩を回しながら王宮を出た。
「部長、王族を捜さなくてよろしいのですか?」
副官が尋ねた。
「そのうち見つかるだろう」
「見つからなかった場合は?」
「それなら、それで静かになっていいんじゃないか?」
副官は返事をしなかった。
◆◇◆◇◆
王族と貴族たちは、連合軍が王都から退去すると知った途端、離宮の窓から逃げ出していた。
王宮へ残れば、次は皇国軍に捕らえられる。
そう考えたのだ。
貴族の男たちは豪華な上着を脱ぎ、夫人たちは宝石を外した。薄汚れた外套をまとってはいたが、歩き方も話し方も、どう見ても平民ではない。
それでも、王都を出て行く彼らを咎める者はいなかった。
門を守る皇国兵も、街道沿いに立つ兵も、彼らの姿を見て見ぬふりをした。
追い払いたかったのだから、出て行く者を止める理由はない。
「どこへ向かうのだ?」
国王が不安そうに尋ねた。
誰も答えられないなか、一人の貴婦人が得意げに胸を張った。
「大丈夫よ。以前、お茶会でお会いした方に『いつか遊びに行くわ』と伝えてありますもの」
「それは、招待されたという意味なのか?」
「似たようなものですわ」
「どの国の、誰に伝えたのだ?」
「それは……顔を見れば思い出します」
一行に、気まずい沈黙が落ちた。
しばらく歩くと、ある者が空腹に耐えかねて声を上げた。
「何か食べるものはないのですか?」
「持ってきた菓子なら、先ほど食べてしまったわ」
「炊き出しをするために、あれほど道具をそろえたではありませんか。こういうときに使えないのですか?」
「道具は王宮に置いてきた」
「では、何の役にも立たないではありませんか!」
炊き出しの練習をした。
大鍋も焜炉も天幕も買った。
だが、それを誰が運び、誰が火をおこし、どこから水や食材を調達するのか。自分たちでは何一つ分かっていなかった。
「馬車はないの!」
別の貴婦人が、とうとう悲鳴を上げた。
「もう歩けませんわ!」
「連合軍に全部押さえられていたのだ」
「それなら、取り返しておくべきでしょう!」
「誰が取り返すというのだ!」
「先を読んでいなかったの?」
苛立った声が街道に響く。
「荷物を持って!」
「私も疲れているんだ!」
「水はまだなの?」
「護衛はどこへ行った!」
「馬を用意しなさい!」
命令する者ばかりで、動く者はいなかった。
これまで彼らの身支度を整え、食事を作り、荷物を運び、馬車を用意していた使用人たちは、すでに王都から避難している。
王族と貴族の一団は、ようやく気づき始めていた。
城を出れば、自分たちも歩かなければならない。
腹が減れば、自分たちで食べ物を探さなければならない。
今夜眠る場所さえ、自分たちで見つけなければならないのだ。
彼らの前には、どこまでも長い街道が続いていた。




