↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
置き去りにされた王太子の婚約者は拾われて幸せになる  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/54

50 王都の明け渡し

  50 王都の明け渡し


 リーブル王国の騎士団長は、不愉快だった。


 小国群からやって来た連合軍の兵士たちが、我が物顔で王都を歩き回っているからだ。


 大通りを集団で歩き、食堂や酒場を占領し、王都の住民を押しのけて店の商品を買いあさる。兵士同士の喧嘩も増えた。注意しようにも、相手の数が多すぎる。


 最近、王都へ運び込まれる食料が減ったのも、連合軍が居座っているせいに違いない。


「そろそろ出て行ってもらおう」


 騎士団長は、ようやく決断した。


 彼らは援軍として王都へ来たのだ。敵であるクレールスター皇国軍がいなくなったのなら、もう用はない。


 感謝の言葉を与え、国へ帰るよう命じればいい。


 騎士団長は連合軍を構成する各国の司令官を呼びつけた。


 しばらくして、十一か国の司令官たちが騎士団本部の会議室へ姿を現した。


 その後ろから、見覚えのない男が一人ついてくる。


 十二人だった。


(あれ? 一人増えたか?)


 騎士団長は首をかしげたものの、すぐに気にするのをやめた。司令官の補佐か護衛なのだろう。


「全員、そろったようだな」


 騎士団長は執務机の後ろに座り、わざと重々しい声を出した。


「諸君らが我が国を案じ、遠路はるばる駆けつけてくれたことには感謝している」


 司令官たちは黙っていた。


 礼を言われても頭を下げず、互いに顔を見合わせている。その態度に腹を立てながらも、騎士団長は話を続けた。


「だが、クレールスター皇国軍はすでに王都から去った。諸君らの役目は終わったと考える。速やかに王都から退去し、それぞれの国へ帰ってもらいたい」


 言い終えた途端、鞘走りの音が重なった。


 十一人の司令官が、ほとんど同時に剣を抜いたのだ。


「な、何をする!」


 騎士団長が立ち上がる。


 自分も剣に手を伸ばそうとして、背後から首筋へ冷たい刃を突きつけられた。


 十二人目の男だ。


 彼は、最初から騎士団長の退路を塞ぐためについてきたのである。


「動かないほうがよろしいですよ、騎士団長殿」


「貴様ら……正気か!」


 司令官の一人が、心底おかしそうに笑った。


「どうやら、とんでもない勘違いをしておられる。我々は援軍ではありません」


「では、何だというのだ!」


「占領軍ですよ」


 騎士団長は目を見開いた。


「なにを馬鹿な! 我々はお前たちを歓迎してやったではないか! 城門を開き、食事も宿舎も用意したのだぞ!」


「ええ、それはもう、ご親切に」


「おかげで、戦わずに王都へ入れました」


「まったく、おめでたいことで」


「親切ついでに、この国もいただけませんか?」


「我々との戦力差を理解して、無駄な抵抗をしなかったのだと感心していたのですが」


 司令官たちの嘲笑が、会議室に響いた。


 騎士団長の顔が怒りで赤くなる。


「我々を騙したのか!」


「騙してなどいません。我々は一度も、リーブル王国を助けに来たとは申し上げておりませんよ」


「軍を率いて国境を越え、王都へ向かった。それをあなた方が勝手に援軍だと思い込んだのです」


「そんな……」


「城門を開けてくれたときには、こちらも罠ではないかと疑ったほどです」


 司令官は剣の切っ先を騎士団長へ向けた。


「さて、騎士団長殿。部下に武器を置くよう命じていただきましょうか」


「断る!」


「構いませんよ。では、王都の騎士団が全滅するまで戦いましょう。こちらは一万を超える軍勢です」


 騎士団長は唇を噛んだ。


 王都に残された騎士は少ない。


 勝てるはずがなかった。


 しかも、連合軍の兵士たちはすでに王都の至るところに入り込んでいる。戦えば騎士だけではなく、多くの住民まで巻き込まれるだろう。


「……武器を置かせる」


 絞り出すような声で、騎士団長は答えた。


 司令官たちは満足そうに笑った。


 こうしてリーブル王国の王都は、ほとんど戦うことなく連合軍に占領された。


 ◆◇◆◇◆


 王宮に残っていた王族と貴族たちは、敷地の隅にある狭い離宮へ押し込められた。


 普段は賓客の供回りや、身分の低い客に使わせる建物である。そこへ何十人もの王族と高位貴族、その家族まで詰め込まれたのだ。


 部屋も寝台も足りない。


 公爵と伯爵が椅子を奪い合い、夫人たちは狭い、汚い、侍女がいないと訴えた。


「無礼だぞ! 余を誰だと思っている!」


 国王が怒鳴ると、見張りの兵士は不思議そうな顔をした。


「この国の王だろう?」


「分かっているなら、今すぐここから出せ!」


「だから閉じ込めているんだ。王でなければ、とっくに放り出している」


「我々は貴国の軍を歓迎したのだぞ!」


「そうだ! 食事も寝床も用意した!」


「友好の証しとして歓待したではないか!」


 貴族たちも口々に訴えた。


 見張りの兵士は、しばらく彼らを眺めてから尋ねた。


「どうして、軍を率いて国境を越えた他国の者を歓迎したんだ?」


 室内が静まり返った。


 誰も答えられなかった。


 確かに、どうして歓迎しようと思ったのだろう。


「メアリーがお茶会に招いた国の者たちだったからだ」


 王妃が小声で言った。


「王女や令嬢たちとは親しくしていた。だから、わたくしたちを助けに来たのだと思ったのよ」


「我々は王女でも令嬢でもない。軍隊だ」


 兵士は呆れたように言った。


「お茶を飲みに来たように見えたのか?」


 再び、誰も答えられなかった。


 ◆◇◆◇◆


 連合軍の司令官たちは、占領した王宮の大会議室に集まっていた。


 長い卓の上には、リーブル王国の地図が広げられている。


「王都とその周辺は、我が国がもらう」


「ふざけるな。最初に王都へ入ったのは我が軍だ」


「北部の穀倉地帯は譲れない」


「港はどうする?」


「街道沿いの町は我が国の領地とする」


「兵を最も多く出した国が、多く取るのが当然だろう」


 リーブル王国をどう分けるか。


 その話し合いは、最初から紛糾した。


 彼らは一つの目的を持って王都へ来たわけではない。リーブル王国とクレールスター皇国の、どちらが勝つか見極めるために集まった寄せ集めの軍勢である。


 皇国が勝てば、その援軍だったと言い張る。


 リーブル王国が勝てば、リーブル王国を助けに来たと言い張る。


 両国が疲弊していれば、豊かな土地を奪う。


 王都が無防備であったため、最後の案を選んだにすぎない。


 そこへ、伝令が駆け込んできた。


「急報です!」


「会議中だぞ」


「国元からの知らせです。王都が占領されました!」


「王都なら我々が占領した」


「違います! 我が国の王都です!」


 司令官の一人が勢いよく立ち上がった。


「なんだと!」


「正体不明の軍に王城を奪われました。至急帰国し、王都を取り返してほしいとのことです!」


 ほかの司令官のもとへも、次々と同じような知らせが届いた。


 国内の守りを手薄にしてまで、リーブル王国へ兵を送り続けた結果だった。


「我が軍は帰る!」


 一人の司令官が叫んだ。


「待て! ここまで来て、リーブル王国を手放すつもりか!」


「自分の国を奪われているのだぞ!」


「本当に占領されたのか? こちらを呼び戻すための偽報かもしれない」


「国へ戻るなら、貴国が得るはずだった領地は我々がもらう」


「勝手に決めるな!」


「ならば残れ!」


 今すぐ帰国しようとする者。


 王都に残り、リーブル王国を掌握しようとする者。


 どちらが得か、様子を見ようとする者。


 連合軍の足並みは、あっという間に乱れた。


 ◆◇◆◇◆


 そこへクレールスター皇国軍が姿を現した。


 皇国軍は王都を攻めなかった。


 街道と門の外に部隊を配置し、王都をぐるりと取り囲んだだけだった。


 城壁の上からそれを見た連合軍の兵士たちは、不安そうに囁き合った。


「攻めてこないのか?」


「何を待っている?」


「援軍が来るんじゃないか?」


 やがて、皇国軍の陣から大きな声が響いた。


「王都へ向かう荷馬車は、すべて止めた!」


 拡声の魔道具による声が、城壁を越えて王都中へ届く。


「食料は入ってこない! 食えなくなる前に、自分の国へ帰れ!」


 連合軍の兵士たちがざわめいた。


 王都の倉庫に残っている食料は少ない。自分たちが滞在している間にも、日に日に減っている。


「帰国する者には、帰り道で必要な食料を用意してある! それを持って帰れ!」


 動揺がさらに大きくなった。


 そこへ、とどめの言葉が投げつけられた。


「リーブル王国の王族と貴族を処刑したい者だけ、王都に残れ!」


「処刑?」


「俺たちにやらせるつもりか?」


「冗談ではない。そんなことをすれば、すべての責任を押しつけられるぞ」


「国に帰れなくなる!」


 連合軍は、リーブル王国を占領したかっただけだ。


 王族を処刑し、その罪を背負う覚悟などなかった。


 それに、自分たちの国も占領されたという。


 兵士の間から、帰国を求める声が上がった。


「国へ帰してください!」


「家族がいるんです!」


「俺たちがいない間に国が滅びたら、何のために戦ったのか分からない!」


 司令官が押さえつけようとしても、兵士たちの声は大きくなるばかりだった。


 やがて、一つの国の軍が王都の門を開いた。


 彼らは皇国軍から食料を受け取ると、逃げるように帰国の途についた。


 それを見た別の国の兵士たちも動き出す。


「待て! 勝手に門を出るな!」


「食料を奪われる前に行くぞ!」


「俺たちの分も残しておけ!」


 司令官の命令など、もはや誰も聞いていなかった。


 王都の門から、大量の兵士が雪崩を打って出ていった。


 昨日までリーブル王国をどう分けるか話し合っていた連合軍は、数日のうちに消えてなくなった。


 ◆◇◆◇◆


 連合軍が退去したあと、皇国軍は王都へ入った。


 王宮へ向かったホワイト遠征部長は、妙に静かな城内を見回した。


「誰もいないな」


「警戒してください。どこかに潜んでいる可能性があります」


 部下たちは剣に手をかけながら、一部屋ずつ調べた。


 しかし、広い王宮に残っていたのは侍女長と数人の侍女、それに厨房の者たちだけだった。


 侍女長たちは、玄関広間に並んで皇国軍を迎えた。


「王様はどこ?」


 ホワイト遠征部長が尋ねた。


 あまりに簡単な質問だったが、侍女たちは困った顔で互いを見た。


「いつの間にか、いなくなっていました」


 若い侍女が答えた。


「いなくなった?」


「はい。離宮に閉じ込められていたはずなのですが……」


 侍女長が一歩前へ出た。


「連合軍が退去したと聞きましたので、王族として皆様の前へお出になるには、お支度も必要だろうと思いまして」


「うん」


「湯浴みや着替えの準備を整え、離宮へお迎えに伺いました」


「それで?」


「誰もおりませんでした」


 侍女長の声にも表情にも、隠しきれない軽蔑が浮かんでいた。


「裏口が開いており、寝台の布を結んだ縄が窓から垂れ下がっていましたので、そちらからお逃げになったのかと」


「そうか」


 ホワイト遠征部長は、それだけ答えた。


 追いかけようとも、捜索を命じようともしなかった。


「城の管理を頼む。避難していた者たちも、じきに戻ってくる。忙しくなるだろうが、もう少し頑張ってくれ」


「かしこまりました」


「厨房も使えるようにしておいてくれ。戻ってきた者たちは腹をすかせているだろうからな」


 侍女長たちへ指示を出したホワイトは、大きく肩を回しながら王宮を出た。


「部長、王族を捜さなくてよろしいのですか?」


 副官が尋ねた。


「そのうち見つかるだろう」


「見つからなかった場合は?」


「それなら、それで静かになっていいんじゃないか?」


 副官は返事をしなかった。


 ◆◇◆◇◆


 王族と貴族たちは、連合軍が王都から退去すると知った途端、離宮の窓から逃げ出していた。


 王宮へ残れば、次は皇国軍に捕らえられる。


 そう考えたのだ。


 貴族の男たちは豪華な上着を脱ぎ、夫人たちは宝石を外した。薄汚れた外套をまとってはいたが、歩き方も話し方も、どう見ても平民ではない。


 それでも、王都を出て行く彼らを咎める者はいなかった。


 門を守る皇国兵も、街道沿いに立つ兵も、彼らの姿を見て見ぬふりをした。


 追い払いたかったのだから、出て行く者を止める理由はない。


「どこへ向かうのだ?」


 国王が不安そうに尋ねた。


 誰も答えられないなか、一人の貴婦人が得意げに胸を張った。


「大丈夫よ。以前、お茶会でお会いした方に『いつか遊びに行くわ』と伝えてありますもの」


「それは、招待されたという意味なのか?」


「似たようなものですわ」


「どの国の、誰に伝えたのだ?」


「それは……顔を見れば思い出します」


 一行に、気まずい沈黙が落ちた。


 しばらく歩くと、ある者が空腹に耐えかねて声を上げた。


「何か食べるものはないのですか?」


「持ってきた菓子なら、先ほど食べてしまったわ」


「炊き出しをするために、あれほど道具をそろえたではありませんか。こういうときに使えないのですか?」


「道具は王宮に置いてきた」


「では、何の役にも立たないではありませんか!」


 炊き出しの練習をした。


 大鍋も焜炉も天幕も買った。


 だが、それを誰が運び、誰が火をおこし、どこから水や食材を調達するのか。自分たちでは何一つ分かっていなかった。


「馬車はないの!」


 別の貴婦人が、とうとう悲鳴を上げた。


「もう歩けませんわ!」


「連合軍に全部押さえられていたのだ」


「それなら、取り返しておくべきでしょう!」


「誰が取り返すというのだ!」


「先を読んでいなかったの?」


 苛立った声が街道に響く。


「荷物を持って!」


「私も疲れているんだ!」


「水はまだなの?」


「護衛はどこへ行った!」


「馬を用意しなさい!」


 命令する者ばかりで、動く者はいなかった。


 これまで彼らの身支度を整え、食事を作り、荷物を運び、馬車を用意していた使用人たちは、すでに王都から避難している。


 王族と貴族の一団は、ようやく気づき始めていた。


 城を出れば、自分たちも歩かなければならない。


 腹が減れば、自分たちで食べ物を探さなければならない。


 今夜眠る場所さえ、自分たちで見つけなければならないのだ。


 彼らの前には、どこまでも長い街道が続いていた。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
伝説の世代というのは、今このときの状況ではないでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。