↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
置き去りにされた王太子の婚約者は拾われて幸せになる  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/54

48 はじまった!

 48 はじまった!


 人気の文房具店が、店を閉めた。


 少し前まで、店内には兵士たちがひしめいていた。家族に可愛らしい便箋を買う者、妹への土産に色鮮やかなインクを選ぶ者、恋人へ手紙を書くために上等な紙を求める者――客が途切れることはなかった。


 ところが今、その店の扉には一枚の板が打ちつけられている。


『商品がなくなったため、しばらく休業いたします』


 売り切れた商品を新たに仕入れようにも、王都へ向かう商人がいなかった。店主もまた、空になった棚を前にして王都に残る理由を失った。


「在庫を抱えたまま逃げるよりは、運がよかったのかもしれないな」


 店主はそう言って笑い、家族の元へ向かった。


 飴屋も閉まった。


 菓子屋も閉まった。


 小国群の兵士たちが王都に滞在していた間は、土産物が飛ぶように売れた。だが、兵士たちが引き揚げてしまえば、大量の菓子を買う者はいない。


「王都の人間は、一度に飴を十袋も買ってはくれないからな」


「兵隊さんたちは、国へ持って帰ると言って箱ごと買ってくれたものね」


「ちょうどいい。儲かった分を持って、しばらく娘のところへ行こう」


 店主夫婦は残った菓子をいつも世話になっている食堂に差し入れて店を後にした。


 商売人たちは、誰も逃げるとは言わなかった。


 売る物がなくなった。


 親類を訪ねる。


 孫の顔を見に行く。


 少し休むことにした。


 それぞれもっともらしい理由を口にして、王都から姿を消していった。


 やがて、王都へ運び込まれる食料も少なくなった。


 最初に異変に気づいたのは、兵士を相手にする食堂の親父だった。


 毎朝届けられていた野菜の量が減って来た。


 肉屋が注文した量を用意できないと頭を下げに来た。


「悪いな。家畜を連れてくる農家が減っちまったんだ」


「街道は通れるんだろう?」


「通れるさ。けど、今の王都へ荷を運びたがる奴がいねえ。何が起きるかわからないってな」


 親父は腕を組み、がらんとした店内を見回した。


 少し前までは兵士たちの笑い声と食器の触れ合う音で、話をするにも声を張り上げなければならなかった。それが今では、数人の常連客が黙って肉を食べているだけだ。


「兵隊も減った。食材も来ない。これじゃあ、店を開けていても仕方ねえな」


 その日の営業を終えると、親父は馴染みの商人たちを訪ねた。


「俺も王都を出ることにした」


「お前までか」


「孫が生まれたそうなんだ」


 親父は照れたように頭をかいた。


「娘から手紙が来てな。元気な男の子だそうだ。こんなときに店にしがみついているより、顔を見に行ってやろうと思ってよ」


「そうか。そいつはめでたい」


「よかったなぁ」


「土産を持っていけ。うちに残っている一番いい酒をやる」


「孫に酒を飲ませろっていうのか?」


「お前が飲むんだよ」


 商人たちは笑い合った。


 別れを惜しむ声はあっても、引き止める者はいなかった。


 翌朝、兵士たちに人気だった食堂の戸に板が打ちつけられた。


『孫の顔を見に行くため、しばらく休業』


 その張り紙を見た兵士は、残念そうに肩を落とした。


「ここの煮込みはうまかったのにな」


「戻ってきたら、また食えるさ」


「いつ戻ってくるんだ?」


「さあな」


 二人は顔を見合わせた。


 そういえば、広場に並んでいた屋台も数を減らしている。


 威勢のいい声で串焼きを売っていた店も、湯気の立つスープを出していた店もない。空いた場所には風が吹き抜け、地面に残った車輪の跡だけが、そこに屋台があったことを伝えていた。


 王都を去り始めたのは、商人だけではなかった。


 貴族の屋敷では、下働きの者たちが次々に暇を願い出た。


「田舎の親が、縁談を決めました」


 若い侍女は、うつむきながらそう告げた。


「まあ、それはおめでとう」


 女主人は笑顔を見せたものの、困ったように眉を寄せた。


「急な話なのね。もう少し先にはできないのかしら?」


「先方の都合もありまして……明日の朝には発ちたいと思っております」


 娘はきちんと頭を下げた。


 婚約した相手の名も、どのような家なのかも口にしなかった。女主人も深くは聞かなかった。聞けば互いに、縁談が王都を離れるための口実だと認めなければならなくなる。


「そう。幸せにおなりなさい」


「ありがとうございます。長い間、お世話になりました」


 一人が辞めると、それを見ていた者も暇を願い出た。


 親の具合が悪い。兄の店を手伝う。故郷で畑仕事をする。親戚が人手を求めている。


 理由はいくらでもあった。


 王城の下働きも、少しずつ減り始めた。


「お暇をいただきとうございます」


 年若い使用人は、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。


「何か不満があったのか?」


「いいえ。その……心配性の親が、荷車を引いて迎えに来ておりまして」


「荷車を?」


「はい。娘を連れて帰るまでは動かないと、城門の外に座り込んでおります」


 担当の文官は窓の外へ目を向けた。確かに、門の近くに荷車が止まっている。日に焼けた夫婦が不安そうに城を見上げていた。


「そうか。それは仕方ないな。親御さんによろしく伝えてくれ」


「はい。今まで、本当にありがとうございました」


 娘は深々と頭を下げると、荷物を抱えて去っていった。


 城内では、廊下の掃除が行き届かなくなった。洗濯物が戻ってくるまでに時間がかかり、食事の支度にも遅れが出た。


 それらは、まだ小さな不便にすぎなかった。


 やがて宰相のもとへ、一通の報告書が届けられた。


『王城の厨房へ運び込まれる食料が、以前より少なくなっております。野菜、肉、小麦、薪、いずれも入荷量が減少しております』


 宰相は報告書に目を通し、わずかに眉を寄せた。


「食料が少ないのなら、買い付けを増やせばよい」


 彼は迷うことなく、書類の余白に指示を書き込んだ。


『食料の買い付け量を増やすように』


 それで問題は解決したと考え、宰相は次の書類を手に取った。


 




いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミステリーの香がします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。