44 勝者として王都へ
44 勝者として王都へ
連合軍が国境を越えると、その先には思いがけずリーブル王国軍が待ち構えていた。
「王国軍です!」
「なに?」
互いに相手がいるとは思っていなかったらしい。
両軍の動きが一瞬止まった。
やがて王国軍の兵が剣を抜き、小国群の兵も応じた。
だが、本格的な戦いにはならなかった。わずかに剣を交えただけで、王国軍は背を向けて逃げ出した。
「追え!」
兵の一人が叫んだが、連合軍の指揮官はすぐには命令を出さなかった。
「待て。罠かもしれん」
「いえ、こちらが来るとは知らず、たまたま国境付近にいた部隊でしょう。あの慌てようが、その証拠です」
別の指揮官が、逃げていく王国軍を目で追いながら言った。
「あの者たちは、我らの侵入を報告に向かうはずです。王都へ知らせが届く前に、討ち取るべきでしょう」
「確かに」
「いま追えば間に合います」
大多数が賛同し、連合軍は王国軍を追って進んだ。
王国軍は弱腰だった。
追いつかれそうになると少しだけ応戦し、すぐに逃げる。
ただし、自国の地理だけはよく知っているらしく、ときおり森や丘の陰に伏兵を置いていた。
「右の林に兵がいるぞ!」
「構うな。数は少ない!」
伏兵は矢を射かけると、追撃される前に姿を消した。
「逃げ足だけは速い連中だ」
「まともに戦う気がないのでしょう」
それでも連合軍の進みは、しだいに遅くなっていった。
一度など、王国軍が街道を塞ぐように陣を構え、待ち受けていた。
敵陣から、指揮官が兵を鼓舞する声が聞こえる。
「行け! ここで奴らを退ければ大手柄だぞ! 恐れるな、進め!」
ところが、王国兵は威勢のよい言葉とは裏腹に、なかなか陣から出てこなかった。
連合軍の指揮官たちはその様子を眺め、鼻で笑った。
「あちらは援軍を呼んでいないようですね」
「ここにいる兵だけで戦うつもりか」
「数では、こちらが勝っています。慌てて攻め込む必要はありません。兵を減らさぬよう、慎重に進みましょう。奴らがかかってきたら、相手をすればよいのです」
連合軍は隊列を整え、盾を並べてゆっくりと進んだ。
王国軍はしばらく耐えていたものの、連合軍が近づくと、また陣を捨てて逃げ出した。
「また逃げたぞ!」
「追え! 今度こそ逃がすな!」
兵たちは勢いづいた。
しかし、気づいたときには、退却したはずの王国軍の一部が連合軍の後方へ回り込んでいた。
戻ろうとすれば矢を射かけられ、立ち止まれば左右の森から兵が現れる。
連合軍は前方へ進むほかなかった。
「おかしい。これでは、我らが追っているのか、追われているのかわからぬではないか」
「敵は逃げ続けています。我らが押していることに違いはありません」
「そうだ。王都はもう近い。そこまで進めば勝利だ」
誰も引き返そうとは言わなかった。
それぞれの国が兵を出している。自分の国だけが退けば、臆病者と笑われるうえ、戦後の分け前も減らされる。
何より、ここまで進んでしまえば、手ぶらで帰るわけにはいかなかった。
だが、食料が足りなくなり始めた。
「近くの村から調達しましょう」
連合軍は街道沿いの村へ兵を向かわせた。
しかし、小さな村とは思えないほど守りが固かった。
入口には柵が築かれ、屋根や物見台から矢が飛んでくる。
「たかが農民の村だぞ!」
「王都から逃れてきた兵が紛れ込んでいるのではありませんか」
「別の村を探せ!」
ようやく侵入できそうな村が見つかることもあった。
柵の一部が壊れ、見張りの姿もない。
「ここなら入れるぞ」
食料を探しに入った兵たちは、誰一人として戻ってこなかった。
あとから様子を見に行った部隊も、村の奥へ入ったきり姿を消した。
「どういうことだ……」
「地下道でもあるのかもしれません」
「村人が兵を倒したというのか?」
「まさか。どこかへ逃げたのでしょう」
誰も確かめようとはしなかった。
兵を出せば出すほど帰ってこないのだから、近づかないほうがよい。
連合軍は飢えと疲労に苦しみながら、それぞれの国へ援軍を求める使者を送った。
小国群の各国では、その知らせを受けて、再び会議が開かれた。
「連合軍はすでに、リーブル王国の奥深くまで進んでおります」
「ここで追い打ちをかけるのは、勝利の定石です」
「援軍を出しましょう。いま兵を惜しめば、戦後の取り分を失います」
各国は相次いで追加の兵を出すことを決めた。
「戦後の利権は、貢献度によって決まるでしょう。できるだけ多くの兵を送り込むべきです」
「しかし、これほど兵を出して、隣国がこの隙に攻めてきたらどうする」
「それはありませんよ」
「なぜ、そう言い切れる? 隣のライリーは昔からこすっからい奴だ」
「隣国も、全力で援軍を出しております。こちらを攻めるだけの兵は残っていません」
「そうだろうか?」
「ええ。ですから、我が国も負けてはなりません。援軍は多いほどよいのです」
「そうだな、ライリーには負けられない」
隣国が兵を増やせば、こちらも増やす。
こうして、小国群から次々と兵がいなくなっていった。
そのころ、連合軍のもとへ新たな知らせが届いた。
「クレールスター皇国軍が、リーブル王国の王宮へ入ったそうです」
「やはり、王都は皇国が押さえたのか」
「それが、兵たちは王宮から多くの荷を運び出し、馬車へ積み込んでいるとのことです」
「戦利品だ!」
その場にいた者たちの目の色が変わった。
「皇国軍は、王都の財宝を持ち去るつもりだ」
「急がなくては、何も残らぬぞ」
「ここまで来て、皇国にすべて奪われてたまるか!」
兵たちは、疲れと飢えに苦しみながらも競うように王都を目指した。
もはや隊列を整える余裕もなかった。
先に王都へ到着した国が、より多くの戦利品と領地を得る。
各国の兵は味方であるはずの他国の部隊まで押しのけ、先を争った。
第一陣が王都へたどり着いたころには、兵も馬も、へとへとになっていた。
鎧は泥にまみれ、靴底は擦り切れ、腹を空かせた兵たちの顔には疲労がにじんでいる。
「門の前で、王国軍と一戦交えることになるだろう」
「最後の力を振り絞れ。王都へ入れば、食料も財宝もある」
彼らは武器を握り直し、覚悟を決めて王都の門へ近づいた。
ところが、門は開かれていた。
その前には王国軍ではなく、正装した王族や貴族たちが並んでいる。
「……何だ、これは」
連合軍の指揮官たちは戸惑い、馬の足を止めた。
すると、リーブル王国の貴族が満面の笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「ようこそ、お越しくださいました」
「我々を、迎えているのか?」
「もちろんです。あなたがたが近づいていると知り、恐れをなした敵軍は王都から出ていったようです」
「敵軍が……出ていった?」
「はい。皆様が助けに来てくださったおかげです」
指揮官たちは顔を見合わせた。
援軍だと名乗る前から、援軍として迎えられている。
否定する理由はなかった。
「そ、そうか。我らはリーブル王国を救うために参ったのだ」
「なんと心強いことでしょう。国王陛下も、大変お喜びです」
特にリーブル王国の王女は、昔から親しい相手を迎えるように、にこにこと笑っていた。
「まあ、皆様、本当に来てくださったのですね。ミランダは元気かしら。ジェーンはどうしているの? お茶会で会えなくなって、寂しく思っていましたのよ」
「は、はい。二人とも元気にしております」
「よかった。皆様もお疲れでしょう。まずは身体を休めてくださいませ」
兵たちには、温かな食事が振る舞われた。
久しぶりに見る柔らかなパン。肉と野菜がたっぷり入ったスープ。香ばしく焼かれた肉。
疑問を抱く余裕もなく、兵たちは料理へ飛びついた。
「うまい……」
「ようやく、まともな食事にありつけた」
「王都まで来た甲斐があったな」
宿舎として、王都から避難した者たちの邸が割り当てられた。
「家の主から、自由に使ってほしいと許可を得ております」
「それはありがたい」
「武器や鎧は、こちらでお預かりしましょう。皆様には、ゆっくりお休みいただかなくては」
温かな食事で腹を満たし、屋根のある場所で眠れると聞いた兵たちは、喜んで武器を預けた。
王都へ入るまで、自分たちは王国軍を追い詰めているのだと思っていた。
そして今も、自分たちがリーブル王国を救い、勝者として歓迎されているのだと信じている。
彼らはまだ気づいていなかった。
国境で遭遇したときから、一度として自分たちの意思で進む道を選んでいなかったことに。




