37 宴
37 宴
「乾杯!」
威勢のいい声が重なり、掲げられた杯があちらこちらでぶつかった。
大皿には、獲れたばかりの魚介を使った料理が惜しげもなく並べられている。焼けた貝の香ばしい匂い、煮魚の甘辛い香り、炙ったイカの匂いが入り交じり、広間はたちまち陽気な宴の空気に包まれた。
「アリちゃん、今日はアワビが最高だぞ」
「アリちゃんの好きなバター焼きにするからな。一番美味しい時に持ってきてやる」
「ありがとうございます。でも、このイカも透き通っていて、とてもおいしいです」
薄く切られたイカを口に運んだアリスが、幸せそうに目を細める。
「そんなに食べたら、アワビが入らなくなるぞ」
誰かが慌てて止めると、アリスは箸を持ったまま胸を張った。
「皆さん、このわたくしの背が伸びて、少しふっくらしたことに気づかないのですか?」
「うん? そんな気はしたが、着ているもののせいか? それ、ビザンの服だろう?」
「そうそう、よく分かりましたね――って、違います!」
アリスは喜びかけてから、すぐに頬を膨らませた。
「分かっていません。『そんな気がした』どころではなく、ちゃんと背が伸びたのです」
「そうなのか?」
一人の男が立ち上がり、アリスの隣に並んだ。以前の背丈を覚えているらしく、手のひらを自分の胸元に当てて見比べる。
「おお、本当だ。前はこの辺りだったよな」
「俺も覚えてるぞ。確かに伸びた」
「頬も少し丸くなったんじゃないか?」
「だから、そう言っているでしょう」
アリスは得意そうに笑った。
すると、あちらこちらから安堵のこもった声が上がった。
「良かったなあ、アリちゃん」
「うん。顔色もずっと良くなった」
「ちゃんと食べさせてもらってるんだな」
「もちろんです」
アリスが大きくうなずく。その様子を見て、一族の者たちは心から嬉しそうに笑った。
その一方で、アレクは別の一団にすっかり捕まっていた。
「ほら、殿下。もう一杯」
「いや、わたしはそろそろ――」
「遠慮するな。海の男の酒だ」
断る間もなく、空いた杯になみなみと酒を注がれる。
「おいしいですね。酒も料理も」
アレクが正直な感想を口にすると、彼を取り囲んでいた男たちはそろって胸を張った。
「そうだろう!」
「魚も酒も、ここでしか味わえないぞ」
「次はこっちを食べろ。酒蒸しだ」
「いや、こっちの干物も捨てがたい」
次々と皿が差し出される。
アリスのそばへ行きたいのだが、立ち上がる隙さえ与えてもらえない。しかも料理はどれも本当においしく、勧められると断りにくかった。
「アリちゃん、アワビを食べても腹は大丈夫か?」
少し離れたところから心配そうな声が飛んだ。
「大丈夫です。だから、背も伸びたし、ふっくらしたのでしょう? 前よりたくさん食べられるようになったのです」
「そうか……それは良かった」
男はしみじみとうなずいた。
「食べて飲めるのが一番だからな」
「でも、アリちゃん。調子に乗って食べ過ぎるなよ。まだまだうまいものが出てくるからな」
「分かっています。ちゃんと加減しています」
そう答えながらも、アリスの目は焼き上がったアワビを追っている。
「本当かあ?」
「本当です」
宴の席に笑いが弾けた。
デイビスは酒を飲み、料理を味わいながら、広間を見渡した。
楽しくて、暖かい。
海の一族は絶えずアリスを気にかけている。しかし、決して過剰には構わない。食べろ、無理をするなと声をかけながら、自分たちも酒を酌み交わし、大声で笑っている。
アリスが彼らの輪のなかで気を遣わずに笑っていることが、デイビスには何より嬉しかった。
アレクは男たちに囲まれながらも、何度もアリスのほうを見ている。そのたびに杯を持たされ、料理を勧められ、逃げ出す機会を失っていた。
ラズベリーの隣には、いつの間にか長老が座っている。
「これも食べなさい。魚の卵を甘辛く煮たものだ」
「ありがとうございます。でも、もうお腹が……」
「そう言わずに一口だけでも」
「では、一口だけ……」
ラズベリーもまた、断り切れずに箸を伸ばしていた。
デイビス自身もすっかり上機嫌になり、隣に座った者と船や海流の話で盛り上がった。
「アリちゃん、本当に良かったなあ」
誰かが、またそう言った。
そうだ。本当に良かった。
デイビスも心のなかでうなずいた。
それが、その夜の最後の記憶になった。
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