33 騎士団がやって来た
33 騎士団がやって来た
クレールスター皇国から騎士の一団が到着した。
先に派遣されてきた文官たちとは違い、騎士たちは皇国の紋章を掲げ、武装したまま堂々と王都へ入ってきた。磨き上げられた鎧は陽光を反射し、騎馬の列は寸分の乱れもなく進んでいく。
物珍しさから沿道には多くの民が集まったが、王宮ではそれどころではなかった。
「聞いておらんぞ!」
報告を受けた宰相は、書類を握りしめたままアレクのもとへ駆け込んできた。
ちょうどアレクは、窓辺で王都の地図を眺めていた。慌ただしく入室してきた宰相を振り返り、何事もなかったように微笑む。
「これは宰相閣下。ずいぶんお急ぎですね」
「急ぎもする! 皇国の騎士が、あれほど大勢で王都へ入ってきたのだぞ。行政支援のために文官を派遣するとは聞いていたが、騎士団まで受け入れるとは聞いていない!」
「それは申し訳ありません」
アレクはあっさりと頭を下げた。
身構えていた宰相は、かえって言葉に詰まった。皇弟であるアレクが、これほど素直に謝罪するとは思っていなかったのだ。
だが、次に続いた言葉は、宰相が予想していたものとはまるで違った。
「行政支援などと大きなことを申し上げましたが、お恥ずかしい。どうやら、我が国の騎士団は訓練が行き届いておらず、皆様をご指導するには力が足りないようです」
「……何?」
「すぐに見破られてしまいました」
アレクは困ったように笑い、もう一度頭を下げた。
「我が皇国の騎士では、リーブル王国の騎士をご指導するなど、とてもとても」
宰相は口を開いたまま動けなくなった。
もちろん、アレクの言葉をそのまま信じるほど愚かではない。王都へ入ってきた騎士たちの隊列を見れば、訓練が足りないなどという言葉が謙遜だとわかる。
「いや、そういう話ではなく……」
「分かっております。外国の騎士がまとまって入国したのです。ご不安に思われるのは当然です」
アレクは窓辺の地図から離れ、宰相に椅子を勧めた。
「ですが、彼らは侵略のために来たわけではありません。派遣された文官と、その家族を守る護衛です」
「護衛にしては、人数が多すぎる」
「慣れない土地で、文官を働かせるのです。彼らは本国と行き来する場合もあります。途中で魔物や賊に襲われる可能性もありますし、国境までの道の安全も、まだ確認できておりませんから」
そう言われると、宰相も強く否定できなかった。
リーブル王国は長く平穏だった。そのため街道の巡回は形だけのものとなり、国境付近の警備も古い慣例に従って続けられているだけだ。
実際に賊や魔物が現れた場合、どこまで対応できるのか。今、アレクが口にするまで考えたことがなかった。
「それに、せっかく他国の騎士同士が顔を合わせたのです」
アレクは穏やかに続けた。
「いかがでしょう。合同で訓練を行うというのは」
「合同で?」
「ええ。どちらかがどちらかを指導するのではありません。互いの訓練方法を見せ合い、学べるところがあれば学ぶ。それならば、双方の面目も保たれるでしょう」
宰相は黙り込んだ。
リーブル王国の騎士団が、皇国の騎士団に比べて未熟であることは、もう隠しようがない。王都へ入ってきた皇国の騎士たちは、行進するだけでも違いを見せつけていた。
ここで拒めば、弱みを隠そうとしていると思われかねない。
「詳しい内容は、団長同士で煮詰めてもらいましょう。剣術、騎馬、隊列、警護の手順。それぞれの国で異なる部分があるでしょう。だからこそ学べます」
「……そうだな」
宰相は考え込んだ末、ゆっくりとうなずいた。
「互いのやり方を知る機会など、そうあるものではない」
「ありがとうございます」
「騎士団長には、こちらから指示を出しておく」
「お願いいたします」
アレクは丁寧に頭を下げた。
宰相が部屋を出ていくと、壁際に控えていたデイビスが小さく息を吐いた。
「うまく丸め込みましたね」
「人聞きが悪いな。わたしは正直に謝っただけだよ」
「皇国騎士団の訓練が足りないと?」
「他国の騎士を指導するには、その国の事情を知る必要がある。何も知らないままでは力不足だ。嘘ではないだろう?」
デイビスは何も答えなかった。
ただ、アレクが見ていた王都と国境の地図へ目を向けた。
アレクが騎士たちを連れてきた理由が、派遣文官の護衛だけでないことを、デイビスは知っていた。
◆◇◆◇◆
数日後、王宮の訓練場に、二つの国の騎士団が並んだ。
リーブル王国の騎士たちは青い訓練着をまとい、クレールスター皇国の騎士たちは黒を基調とした揃いの服を着ている。
「まずは普段どおりにやってくれ」
皇国の騎士団長がそう告げると、リーブル王国の騎士団長は眉をひそめた。
「そちらは参加しないのか?」
「最初から混ざっては、互いの違いが分からん。こちらもあとで同じものを披露する」
「なるほど」
リーブル王国の騎士たちは、いつものように間隔を取り、木剣を構えた。
「始め!」
号令とともに、一斉に木剣が振り下ろされる。
最初の数回は揃っていた。しかし回数を重ねるうちに、次第に剣先の高さがばらつき、足の位置も崩れていく。掛け声だけが訓練場に大きく響いた。
続いて皇国の騎士たちが並んだ。
「構え!」
木剣を持ち上げる音が、一つの音に聞こえた。
「振れ!」
踏み込みとともに、空気を切り裂く鋭い音が重なる。
十回、二十回と続けても、剣先の高さは変わらない。誰か一人が目立つのではなく、全員が同じ速さ、同じ力で動いていた。
見守っていたリーブル王国の若い騎士が、思わずつぶやいた。
「同じ人間なのか……」
「同じ人間だ」
皇国の騎士が答えた。
「だから訓練すれば、同じところまでは行ける」
その言葉に嘲りはなかった。
それから二つの騎士団は一緒に素振りをするようになった。
皇国側は剣の握り方や踏み込みの位置を教えたが、一方的に口を出すことはしなかった。リーブル側が得意とする少人数の行動や障害物の多い土地で馬を操る方法については、皇国の騎士たちも素直に教えを求めた。
「もっと腰を落とせ。腕だけで振るな」
「このくらいか?」
「落としすぎだ。それでは次の動きが遅れる」
「注文が多いな」
「戦場の敵は、もっと注文が多いぞ。こちらの都合など聞いてくれん」
そんなやり取りが交わされるうちに、最初は警戒し合っていた騎士たちの間から、少しずつよそよそしさが消えていった。
王都の見回りも、二つの騎士団が組になって行うことになった。
「ずいぶん人が集まっているな」
皇国の騎士が周囲を見回すと、隣を歩くリーブルの騎士が苦笑した。
「珍しいんだ。皇国の騎士を間近で見る機会などないからな」
「見世物ではないのだが」
「子どもに手を振られているぞ」
通りでは子どもたちが目を輝かせ、皇国の騎士へ懸命に手を振っている。
厳しい顔で歩いていた皇国の騎士はしばらく迷ったあと、小さく手を上げて応えた。
子どもたちから歓声が上がる。
「人気者だな」
「からかうな」
合同巡回を始めると、それまで見過ごされていた問題も次々と見つかった。
巡回路には死角が多く、時間も毎日ほぼ同じだった。見張り台は老朽化し、緊急時に使う鐘の縄が切れかけている場所もあった。
「これでは、巡回の時間を覚えられたら、その合間に何でもできるぞ」
「王都で大きな事件など、長いこと起きていない」
「起きてからでは遅い」
皇国騎士の指摘に、リーブル王国の騎士は反論できなかった。
だが、指摘された箇所を一つずつ改めると、見回りは目に見えて効率よくなった。
やがて騎士団長同士の話し合いで、合同訓練の仕上げとして模擬戦を行うことが提案された。
場所は、王都から離れた国境付近の平原だった。
「なぜ国境なのだ?」
リーブル王国の騎士団長が尋ねると、皇国の騎士団長は地図を広げた。
「王都の訓練場では狭すぎる。それに、平らに整えられた場所で動けても、実地で動けなければ意味がない」
国境付近には平原だけでなく、浅い川と林、小高い丘がある。部隊を動かす訓練には適していた。
「それぞれ二隊に分かれ、両国の騎士を混ぜる。旗を守る側と、奪う側だ」
「国別に戦うのではないのか?」
「それでは勝敗だけを競って終わる。互いの騎士を混ぜた方が、命令の伝え方や連携の違いがよく分かる」
もっともな提案だった。
そして、両国は模擬戦に向けて計画を立てて行った。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
よろしくおねがいします。




