31 アレクの提案
31 アレクの提案
アレクの提案を聞いた四人の公爵は、そろって言葉を失った。
「もう一度、ピクニックを開く……ですか?」
恐る恐る聞き返したのは、スペーダ公爵だった。
「ええ」
アレクは涼しい顔で答えた。
「四公爵家が協力し、あの湖畔でもう一度ピクニックを開くのです」
「しかし、殿下。今はそのようなことをしている場合では……」
「本来は事前準備ができないことです。だから例年訓練する趣旨だったはずです。だからこそ開くのです」
スペーダ公爵の言葉を、アレクは静かに遮った。
居並ぶ四人の公爵を見回してから、ゆっくりと言葉を続ける。
「この国でピクニックと呼ばれている行事が、もともと何のために始められたものか、ご存じでしょう?」
四人の公爵は互いの顔を見た。すぐに答える者はいなかった。
「本来は民の為の炊き出しだったはずです」
アレクの言葉に、国王がわずかに目を伏せた。
かつて大きな災害が起きた際、王家と四公爵家が食材や人手を出し、被災した民へ温かい料理を振る舞った。それが、この行事の始まりだった。
家を失った者。家族を亡くした者。明日をどう生きればよいのか分からず、うつむいていた者。そのような民に食事を与えるだけではなく、王家も貴族も彼らを見捨ててはいないと示し、ほんのひとときでも笑顔を取り戻してもらう。皆で同じ料理を囲んだのだ。
災害のない年にも備えを忘れないよう、炊き出しの訓練を兼ねて続けられるうちに、いつしかそれは「ピクニック」と呼ばれるようになった。
だが長い年月の間に、その意味が失われたのだ。
民を力づけるための炊き出しだったはずが、今では貴族が着飾り、用意された料理を楽しむだけの催しになっている。大釜のスープも、貴族が民のために働けることを示すためのものではなく、古い慣習として形ばかり残されていた。
「被災した民を力づけるために始まった行事が、いつから貴族だけを楽しませる催しになったのでしょうね」
アレクの穏やかな問いに、答えられる者はいなかった。
「もう一度、本来の意味に戻すべきです」
アレクは机の上に置かれた湖畔の見取り図を広げた。
「招待するのは、貴族ではありません。王宮に勤める使用人たちです」
「使用人を?」
「厨房の料理人、下働きの者、庭師、馬丁、あの日のピクニックのために働いた者たち。それから、彼らが親しくしている友人や家族も招待しましょう」
公爵たちは、ますます困惑した顔になった。
「皇弟殿下。それでは、いったい何のためのピクニックなのですか」
ハトン公爵が尋ねると、アレクはわずかに目を細めた。
「分かりませんか?」
声音は穏やかだったが、それだけに冷たく響いた。
「あの日、貴族たちは何をしましたか。着飾って会場へ行き、用意された料理を食べ、談笑し、雨が降れば真っ先に馬車へ逃げ込んだ。それだけでしょう」
誰も答えなかった。
「その一方で、アリスは早朝から会場へ入り、厨房の者たちとスープを作った。嵐が来れば、皆を馬車へ避難させ、最後の一人が帰るまで雨の中に残った。そして、置き去りにされた」
アレクの声が、ほんのわずかに低くなった。
「ですが、アリスに協力していた者たちもいました。厨房の者たちです。彼らは身分を偽らされ、スペーダ公爵家の使用人として働いていたそうですね」
スペーダ公爵の肩が、びくりと揺れた。
「そ、それは妻が……」
「公爵夫人だけの責任だと?」
「いえ、そのような意味では……」
「安心してください。今は誰か一人に責任を押しつける話をしているのではありません」
アレクは微笑んだ。
しかし、その笑みを見て安堵した者は一人もいなかった。
「皆で責任を負う話をしているのです。民を励ますために始まった行事で、最も人を思いやって働いたのがアリスと使用人たちだった。その彼らを、今度はこちらがもてなすのです」
「公爵家の者が、使用人をもてなすのですか?」
思わず漏れた言葉に、アレクは視線を向けた。
「嫌ですか?」
「い、いえ……」
「アリスは、彼らと共に働きました。食事をする時間も満足に取れなかったようですね。朝、スープを飲んだだけで」
四人の公爵は、黙り込んだ。
「身分を越えて親しくしろとは申しません。ただ、自分たちが責任を放棄して楽しんでいる間、誰が働いていたのかを知るべきでしょう。本来なら自分たちがするべき仕事はどんなものか知っておくのは不名誉なことですか? 訓練も兼ねていますよ。今の状態でいきなり民と向かい合えますか?」
「いいえ、いえ、はい。確かにおっしゃる通りです」
今度は、誰も異議を唱えなかった。
話がまとまりかけたところで、国王の侍従が慌ただしく会議室へ入ってきた。
「陛下、申し上げます。湖畔のピクニック用備品について、問題が発覚いたしました」
国王が眉をひそめた。
「今度は何だ」
「倉庫が空になっております」
「空?」
「はい。調理器具、鍋とかですね。それと焜炉。他に天幕、折り畳みの椅子と机、敷物……保管されていた備品のほとんどがございません」
「盗まれたのか!」
国王が声を荒らげると、侍従は青ざめた顔で首を横に振った。
「いえ。捨てられました」
一瞬、部屋の中が静まり返った。
「……誰が?」
国王が低い声で尋ねる。
侍従はスペーダ公爵へ視線を向けた。
「スペーダ公爵閣下のご命令を受けた者が、処分したとのことです」
全員の視線が、一斉にスペーダ公爵へ集まった。
「待て! わたしは備品を捨てろなどと命じておらん!」
スペーダ公爵は椅子を蹴るように立ち上がった。
「汚れている物は片づけろと言っただけだ!」
侍従は困った様子で答えた。
「命じられた者は、『汚れた物は捨てるように』とのご指示だと思ったそうです」
「あれほどの嵐の後だぞ。汚れているのは当然ではないか! 洗い、乾かして保管すればよいだけだ!」
「ですが、公爵閣下は倉庫へ足を運ばず、備品の実態を知らず処理の方法もご確認にならなかったと……」
スペーダ公爵の顔が赤くなった。
「言葉の受け取り方が悪い! 命令した者を処罰すれば済むことだ!」
「処罰しましょう。で? 備品はどうしますか?」
アレクが答えた。
国王が即座に言った。
「あれらは王宮の備品だ。つまり国の財産だぞ」
失われた物の一覧が配られると、四人の公爵の間ですぐに言い争いが始まった。
「今年の当番はスペーダ家だ。そちらが弁償するのが当然だろう」
「待て。次のピクニックは四公爵家の共同開催なのだ。必要な備品なら、四家で費用を分担すべきではないか」
「古い品まで新品で買い直せというのか?」
「古いといっても、まだ何年も使えた物ばかりだ」
「我が家には何の責任もない!」
「もとはと言えば、そちらが片づけをアリス嬢へ押しつけたから、このようなことになったのだろう!」
「そのアリス嬢がいなくなったから、わたしが人を向かわせたのだ!」
口々に責任を押しつけ合う公爵たちを、アレクは黙って眺めていた。
しばらくして、アレクが小さく息を吐いた。
それだけで、四人は口を閉じた。
「実用品ばかりなのでしょう?」
「はい。装飾的な品は少なく、市井で買い直せる物がほとんどです」
侍従が答えた。
「それなら、買い直せばよいではありませんか」
あまりに簡単に言われ、スペーダ公爵が顔を引きつらせた。
「殿下、それはあんまりです。わたしの立場が……」
「責任者の立場かどうしたのだ」
「ですが、命令を誤解したのは使用人で――」となおもスペーダ公爵は言ったが、
「命令した者を処罰するのでしょう? スペーダ公爵を処罰ですね。さきほどそうおっしゃいましたが……国の財産ですからね」とアレクが意地悪く言った。
「それは……」
「そうおっしゃいましたよ。そもそも、作業を任せておきながら、何をどう処理したのかも確認しなかった。それは命令した側の責任です」
スペーダ公爵は何か言おうとしたが、国王が先に口を開いた。
「スペーダ公爵家が、廃棄した備品をすべて買い直せ」
「陛下!」
「異論は認めぬ。国庫からは出さん」
国王は手元の一覧へ目を落とした。
「それから、食器が足りぬそうだな」
侍従がうなずいた。
「厨房の者が言うには、あの騒ぎなので食器をその場に置いて逃げ出した者がいたのではないかと言うことです」
「それもスペーダ家が用意せよ」
「そんな! 廃棄した物の弁償だけではないのですか!」
「本来なら責任者は最後まで残っているべきだ。今回は会場を回って食器を回収するのは危険だったであろう。だが、責任を放棄していたのも事実だ」
結局、スペーダ公爵家が、捨てられた備品のすべてを買い直すことになった。食器についても、新たに購入するよう命じられた。
スペーダ公爵は最後まで不満を隠さなかったが、国王の命令である以上、拒むことはできなかった。
「では、ブランコについてですが」
アレクが見取り図の一角を指した。
「あれも、このまま使うわけにはいきません」
「事故があったとはいえ、壊れていたわけではないと報告を受けていますが」
「壊れてから直すのですか?」
アレクの問いに、スペーダ公爵は言葉を失った。
「あの日、子どもが怪我をしました。原因が乗り方にあったとしても、長く点検されていなかった遊具を、そのまま使用させるべきではありません。ピクニックの日に雨に打たれ、ずっとそのままですね。支柱、座面、縄、金具、地面の状態まで確認し、安全に使えるよう整備してください」
「それも、スペーダ家が?」
公爵が警戒するように尋ねると、国王は首を横に振った。
「ブランコの整備は、四公爵家で協力せよ。職人と資材を分担して出すのだ」
ほかの三人は不満そうに顔を見合わせたものの、今度は異論を唱えなかった。
「そして、全体の責任者はスペーダ公爵家とする」
「陛下、我が家がですか?」
「今年の当番だったのであろう」
「しかし、四家で協力するという話では……」
「協力することと、責任者がいないことは別だ」
国王は厳しい顔でスペーダ公爵を見据えた。
「前回は、誰もが自分は責任者ではないという顔をしていた。その結果、主催者でもないアリス一人が、最後まで会場に残った。今度は、責任の所在を曖昧にはせぬ」
スペーダ公爵は、苦々しい顔で頭を下げた。
「承知いたしました」
「当日は、公爵自ら会場を回るように」
「わたしが?」
「当然だ。開会前の確認から、最後の一人が帰るまで、責任者として働け」
国王の言葉を聞きながら、アレクは表情を変えなかった。
アリスは、誰にも命じられなくてもそれをした。
冷たい雨の中、自分を捨てた者たちを最後まで守り、誰も残っていないことを確認した。
今回のピクニックが、アリスの苦しみに釣り合うとは思っていない。
捨てられた備品を買い直し、ブランコの安全を確認して、働いていた者たちに食事を振る舞ったところで、起きたことが消えるわけではない。
それでも、何もしないままよりはいい。
「料理人たちには、当日、決して働かせないでください」
アレクは念を押した。
「ですが、料理となれば、やはり専門の者が必要では……」
「四公爵家にも料理人はいるでしょう」
「おりますが……」
「王宮の料理人をもてなすために、公爵家の料理人が腕を振るう。よい機会ではありませんか」
アレクはほんの少しだけ笑った。
「もちろん、公爵家の方々も顔を出してください。今度は食べる側としてではなく、もてなす側として」
誰一人、楽しそうな顔はしなかった。
けれど、それでよいとアレクは思った。
これまでアリスが背負わされていたものを、彼らは一度くらい、自分たちの手で持つべきなのだ。
それは罰であると同時に、失われたピクニックの意味を取り戻すための催しでもあった。
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