27 行政支援制度
27 行政支援制度
時は少し遡る。
リーブル王国の執務室に積まれた書類の山は、日に日に高くなる一方だった。
決済の遅れは地方の領地改革や、民の買い物にまで影を落とし始めている。
「このままでは、国の血の巡りが止まる……」
玉座で額を押さえていた国王は、ふと、隣国であるクレールスター皇国が以前提示してきた「行政支援制度」を思い出した。
「優秀な文官を育てるため、留学生を受け入れる」
「過渡期の支援として、臨時に本国の優秀な文官を派遣する」
皇国への依存を警戒して一度は保留にしていた提案だが、背に腹は代えられない。
そして幸いなことに、今、この王宮にはアリスの件で皇弟アレクが滞在している。
「……今を逃せば、次はないな」
意を決した国王は、アレクを王室の私的な応接室へと招いた。
豪奢な一室。ソファーに腰掛け、優雅に紅茶に口をつけるアレクに対し、国王は努めて表情を押さえ、しかし懇願の色を隠しきれない笑みを浮かべて切り出した。
「アレク様。まずはアリスの件、姪を助けていただきありがとうございます」
アレクはカップを静かにソーサーへと戻し、薄く微笑んだ。その瞳は、国王の焦りをすべて見透かしているようだった。
「本当に運がよかった。わたしたちが通らなかったらアリスはあの雨のなかで死んでいたでしょうからね。空腹と寒さで。いえ責めているのではないですよ。でもなにやらお困りのようですね」
単刀直入な問いに、国王は一瞬息を呑み、意を決して身を乗り出した。
「さすがは見抜かれておいでだ……実は、我が国の行政が滞っており、民の生活にまで支障が出始めておるのです。不甲斐ない話だが、我が国の文官だけでは手が回りきらない。そこで……以前、皇国が提案してくださった『行政支援制度』を、今こそ適用していただけないだろうか。臨時の文官派遣と、我が国の若手育成に手を貸してほしいのです」
重苦しい沈黙が流れる。
アレクは顎に手を当て、しばし思考を巡らせるような仕草を見せた。支援を施すということは、リーブル王国の内政に深く食い込むということ。それは皇国が狙っていたことだ。
「行政支援、ですか……」
アレクは静かに、しかし確かな存在感を放つ声で呟いた。
「できなくはありません。皇国としても、隣国の混乱は望むところではありませんからね。ですが、ただでさえ忙しい我が国の文官を割くのです。条件を一つ、付け加えさせていただきたい」
「条件ですか? 何なりとおっしゃってください」
身構える国王に対し、アレクはいたずらっぽく、それでいて底の知れない笑みを浮かべた。
「そう身構えないでください。――期限は『アリスがこの王国を楽しんでいる間』それでいかがでしょうか?」
「え……? アリスが、楽しんでいる間、ですか?」
想定外な言葉、そして曖昧な期限に国王は目を丸くした。アレクは人差し指を立て、滑らかに言葉を続ける。
「ええ。彼女が飽きて皇国に行きたいと言うまで、あるいはわたしがいそがしくなって故国に帰るまでの期間です。その間に、我が国の優秀な文官たちが、あなたの国の文官にノウハウを徹底的に叩き込みましょう。もともとあなたがたの国にいる文官も、能力がないわけではない。要はやり方と、効率的なシステムの構築です。我々が手本を見せている間に、あなたがたの勉強も進むでしょう」
期間が限定されているからこそ、リーブル王国側も必死に技術を吸収しようとするはずだ。さらに、皇国が必要以上に長く内政に干渉し続けるという、国王側の懸念も払拭できる。
「……なるほど。荒療治ではありますが、我が国の文官たちにとっても、これ以上ない発奮材料になりますな」
国王は深く息を吐き出し、胸のつかえが取れたような表情で頭を下げた。
「助かります、アレク様。この御恩は忘れません」
「いいえ」
アレクは立ち上がり、完璧な貴族の礼をとった。その表情には、自国の影響力をこの国に植え付けることに成功した、若き指導者としての自信が満ちていた。
「よい結果になることを、期待しておりますよ。お互いにとってね」
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