24 バートとヘドラーとの再会
24 バートとヘドラーとの再会
翌日、午前の早い時間に、スペーダ公爵夫妻と嫡男、それにカーラが王宮を訪れた。
その知らせはすぐにアリスたちのもとへ届いた。
侍従が入室すると、アレクは書類から目も上げずに言う。
「待たせておけ。もてなしも不要だ」
「かしこまりました」
侍従は深く一礼すると、静かに部屋を出て行った。
その姿を見送ってから、デイビスが穏やかにアリスへ向き直る。
「さて、アリス。これからバートさんとヘドラーさん、それにわたしたちで今後の仕事について話をしてきます。終わったらすぐに呼びますね」
アリスの顔がぱっと明るくなった。
「二人と、すぐに……?」
「はい」
嬉しそうにうなずくアリスを見て、デイビスも微笑む。
「護衛は置いていきます。それから、スペーダ公爵家から連絡があっても無視して構いません」
「はい。待っています」
アレクとデイビスはうなずき合い、部屋を後にした。
それを見届けたラズベリーが一歩前へ出る。
「アリス様。わたくしは少し、この辺で働いている者たちと話をして参ります」
「お願いします」
ラズベリーも部屋を出て行った。
静かになった部屋で、アリスは大きく息をつく。
(早く会いたい……)
じっとしていられず廊下を歩く。
窓から庭を眺め、また歩く。
部屋へ戻って本を開いてみても、一行も頭に入らない。
本を閉じては立ち上がり、また廊下へ出る。
何度目かの往復をした頃には、護衛たちも思わず苦笑していた。
「もう少しですよ」
護衛の一人が優しく声を掛ける。
「はい。でも……待ち遠しくて」
アリスは照れたように笑った。
その頃、別室では、アレクとデイビスがバートとヘドラーを迎えていた。
部屋へ入ってきた二人は、見知らぬ青年たちの姿に怪訝そうな表情を浮かべる。
アレクとデイビスは立ち上がり、丁寧に一礼した。
二人も礼を返そうとしたが、アレクは軽く手を上げて制した。
「どうぞ、お掛けください」
勧められるまま席に着くと、アレクが口を開いた。
「自己紹介をさせてください。わたしはアレク・クレール。隣国の者です」
「……クレール?」
二人は思わず顔を見合わせた。
その名を知っているからこその反応だった。
アレクは小さくうなずく。
「アリス嬢を保護した者です。あのピクニックの日に」
その一言で、二人の顔色が変わる。
「それでは……!」
「アリス様は!」
身を乗り出す二人に、デイビスが優しく答えた。
「はい。ご無事です」
二人は大きく息を吐いた。
「良かった……」
「本当に良かった……」
目には涙まで浮かんでいる。
「アリス嬢は、お二人のことをたくさん話してくれました」
デイビスは穏やかに続けた。
「苦しい時も支えてくれたこと。お腹を空かせていた時に食べ物を分けてくれたこと。一晩中仕事をした時も一緒にいてくれたこと。どれも大切な思い出として話してくれました」
バートとヘドラーは黙ってうなずく。
アレクはそんな二人を見つめて言った。
「ですから、お礼を申し上げます。アリス嬢を守ってくださってありがとうございました」
「いえ……私たちは当然のことをしただけです」
「それでも、感謝しています」
短く言うと、アレクは話題を変えた。
「さて、本題です。この国では文官が不足しています。
隣国から優秀な者を派遣しますので、お二人にはその者たちをまとめ、指導していただきたい」
「わ、我々がですか?」
「身分が……」
戸惑う二人へ、デイビスが続けた。
「身分はすぐに整えます。大切なのは肩書ではありませんが、あるほうが便利ですからね」
二人は息をのんだ。
「既に、お二人を快く思わない者も現れています。
妬みや嫉みは実力のない者ほど抱くものです。
放っておくこともできますが、不意に足をすくわれることもあります」
デイビスは柔らかく微笑んだ。
「ですから護衛を付けます」
「「は?」」
二人の声がそろう。
「目立たない護衛ですから気になさらなくて結構です」
「ですが……」
「重要人物になったということですよ」
あまりにもさらりと言われ、二人は顔を見合わせた。
「午後には先発隊が到着します。
しばらくは現在の執務室を使ってください。
新しい部署は『特務部』とします。
王太子殿下も手伝われる予定ですので、その時はよろしくお願いします」
一通り説明を終えると、デイビスは微笑んだ。
「何か質問はありますか?」
二人は首を横に振る。
デイビスは医師らしく二人の表情を観察し、緊張しているだけだと判断すると、笑みを浮かべた。
「では最後に。アリス嬢がお待ちです」
「えっ!」
「アリス様が?」
「はい。どうぞ」
二人は勢いよく立ち上がった。
侍従が扉を開く。
その向こうから、小走りにアリスが現れた。
「バート!」
「ヘドラー!」
次の瞬間、アリスは二人の胸へ飛び込んでいた。
「アリス様……!」
「ご無事で……」
「本当に良かった……」
三人はしっかりと抱き締め合う。
言葉は続かない。
ただ、生きて再会できた喜びだけが胸いっぱいにあふれていた。
部屋の誰も、その時間を邪魔しなかった。
やがてアレクが小さく咳払いをする。
「……それでは話が進まないだろ」
三人ははっとして離れた。
「す、すみません」
アリスが真っ赤になって頭を下げる。
そして二人を席へ案内しようと手を伸ばした。
その瞬間、アレクはさりげなくアリスの手を取る。
「アリスはこちらへ」
そのまま自分の隣の椅子へ座らせた。
デイビスは何事もなかったような顔で言う。
「お二人はこちらへどうぞ」
バートとヘドラーは思わず苦笑しながら席へ着いた。
アリスは立ち上がる。
「お礼を申し上げます」
そう言うと深く頭を下げた。
「わたくしに、お菓子を買ってくださいました。
パンもくださいました。
ピクニックで留守番をしていた時も心配してくださいました。
一晩中お仕事だった時も、一緒にいてくださいました。
あの頃は何もお返しができませんでした」
護衛が静かに前へ進み出る。
二つの包みを、そっとテーブルへ置いた。
「今は、お給金をいただけるようになりました。
ご恩にはとても足りませんけれど……受け取ってください」
再び深く頭を下げる。
二人は困ったようにデイビスを見る。
デイビスは静かにうなずいた。
「受け取って差し上げてください」
バートとヘドラーは包みを大切そうに抱えた。
「ありがとうございます、アリス様」
「一生の宝物にします」
アリスは嬉しそうに笑った。
その時、アレクが口を開く。
「アリス、お礼が言えて良かったな。
もっと話したいだろうが、二人はこれから忙しい」
二人もすぐに立ち上がる。
「そうでした」
「アリス様。どうかお元気で」
「またお会いしましょう」
「はい!」
アリスは満面の笑みで手を振った。
二人は何度も振り返りながら部屋を後にする。
しばらく廊下を歩いてから、ヘドラーが苦笑した。
「また、お礼をいただいてしまいましたね」
「ああ」
バートは包みを見つめ、優しく笑う。
「大切にしよう」
「もちろんです」
二人は顔を見合わせた。
「アリス様がお幸せそうで、本当に良かった」
「ああ。でも、あの方の周りはずいぶん賑やかになりそうだ」
「それにしても、クレール家とはな」
「ここまでの大物とは想像もしなかった」
二人は思わず笑い合う。
その笑顔は、長い間胸につかえていた重石が、ようやく取り除かれたような穏やかな笑顔だった。
◆◇◆◇◆
登場人物です
リーブル王国
アリス・メイナード 王太子エドワードの婚約者 真面目で有能で世間知がない
ウィリアム・メイナード侯爵 アリスの父親、伯爵から侯爵になる 伝説の世代の一人
ポーレット・メイナード侯爵夫人 ダイナ公爵令嬢 ダイナ公爵ギルバードの姉 伝説の世代の一人
チャールズ・メイナード 嫡男
バーバラ・メイナード アリスの妹 王太子と孤児院を慰問して姉の足りない部分を補う
国王 伝説の世代の一人
ステラ・ドゥリーブル 王妃 ウィリアム・メイナードの姉 伝説の世代の一人
メアリー・ドゥリーブル 王女 侍女ライラ
エドワード・ドゥリーブル 王太子 アリスの婚約者
スペーダ公爵家
公爵
夫人
嫡男 ロバート
嫡男夫人 カーラ
ハトン公爵家
嫡男 マイルス 情勢の変化を見て家門の生き残りを図る
クラーブ公爵
ダイナ公爵
嫡男 ギルバード アリスの叔父 ポーレットの弟
宰相 「ちゃんと指示を出した」 伝説の世代の一人
騎士団長 伝説の世代の一人
マロン伯爵 愛人にねだられてこっそりピクニックに連れて来る。おとなしくするように言っておいたのにその愛人がブランコのそばで騒ぎを起こす。嫡男と正妻からこってりとしぼられ、愛人からも怒られる。
バート
ヘドラー
アリスの補佐。最初の頃はまだ子供だったアリスの面倒を見る。
◆◇◆◇◆
リーブル王国は、ある理由からクレールスター皇国とスペリオル皇国に、ひそかに見守られている国だった。
肥沃な大地に恵まれ、食料は豊富で野心を抱く貴族もいない。周辺諸国との関係も安定しており、複雑な政治問題とは無縁の平穏な国である。
だからこそ、アリスたちの力だけでも、どうにか国を回すことができていた。
しかし、アリスとクレールスター皇国の皇弟アレクとの間に縁が生まれたことで、リーブル王国を取り巻く情勢は変わり始める。
これまで遠くから見守るだけだった大国が、リーブル王国と直接関わるようになったのだ。
アリスとアレクの出会いは、二人の運命だけではなく、小さく穏やかだったリーブル王国の未来をも、大きく動かしていくことになる。
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