22 四つの公爵家
22 四つの公爵家
王宮に着いて馬車から降りた。デイビス、アレク、ラズベリーが降りて、最後にアレクのエスコートでアリスが降りる。アリスが降りると、待っていた王宮の侍従が頭を下げて言った。
「まず、休憩できるお部屋にご案内いたします」
「頼む。静かであろうな」
デイビスが言うと、
「はい」
とだけ、侍従から返事が返ってきた。
案内されたアリスの部屋に、アレクとデイビスも一緒に入って安全を点検をした。
それから、二人は自分たちの部屋へ向かった。
その部屋でそわそわと落ち着かないアレクを見て、デイビスが言った。
「大丈夫ですよ。気に入ってくれます」
「だけど……もっと大きいほうが良かったかな」
アレクが言うと、
「アリスにはあの大きさが一番ですよ」
と、デイビスは呆れた顔を隠さずに言った。
「お待たせしました。用意ができました」
と言うラズベリーに伴われて、アリスがやって来た。
「アレク様、ありがとうございます。この服装によく合いますし、わたしの目の色も入っていて……本当にありがとうございます」
アリスは嬉しそうにお礼を言った。
アリスの耳には、上から金の珠、アリスの目の色の緑の宝石、そしてアレクの目の色の紺色の宝石が連なったピアスが下がっていた。宝石は多面体にカットしてあり、金の珠も同じようにカットされている。
首には、ピアスと同じ緑色の宝石のネックレスが付けられていた。
これにはアリスには内緒だが、合わせて使えるように豪華な金の鎖と、それに下げられる大きな紺色の宝石がすでに準備されている。
「似合うな。それにして良かった」
アレクは言葉少なに答えた。アリスがいらないと言ったときのために、頑張ったご褒美だ)とか(報告書の出来が良かった)とか言い訳を考えていたが、アリスが素直に喜んでくれたので、アレクも嬉しくて言葉が出なかったのだ。
その間にアリスのそばに寄ったデイビスが褒めた。
「アリスは紺色が似合いますね。きりっと引き締まります」
「本当に肌を引き立てますね」
というラズベリーの言葉に、アレクはなにやら胸がドキドキしてきた。
どうした。子どもみたいに……いつも冷静なアレク様。どうしたんだ……お前はもう、いい年だぞ)
アレクは心の中で自分に言い聞かせた。するとアレクは意図しなかったが、しわが眉間にできた。
その厳しい顔のまま、一行は案内された部屋に入った。
部屋で待っていたのは、国王夫妻、王太子、メイナード侯爵夫妻、そして四公爵家の人々。
テーブルの三面に座っていた彼らは、一行が部屋に入ると立ち上がって頭を下げた。
アレクは皇弟の身分を明かしている。両国は公式には対等だが、王よりも上の貴賓として迎えられた。
アレクは軽く頭を下げたが、アリスとデイビスは正式な礼を取った。
アレクとアリスは席に着いたが、デイビスはアリスの後ろに立った。
アレクの目を見たメイナード侯爵は、(黒ではなく紺色だったのか)と思った。
「随分と人がいますね。アリスの無事を家族に見せて手続きをするためと連絡したはずですが、どこで行き違ったのでしょうか?」
デイビスが不審そうに言うと、四公爵を代表する形でスペーダ公爵が言った。
「アリス様にお詫びをしたくて、無理を申しました」
「そう、それならどうぞ」デイビスが促した。
「ハトン公爵家のマイルスと申します。当主は体調を崩しておりますので、嫡男のわたしが参りました。公爵家の責任を果たさずに申し訳ありません」
マイルスが頭を下げた。
「はい。伺いました。国王陛下とお親しいようですね。公爵閣下はピクニックではお元気そうでしたのに」
アリスはにこやかに言った。
マイルスは居心地悪そうに小さくなったが、無言で下がった。
「クラーブ公爵です。お詫びに参りました。公爵家の責任を果たさず、アリス様にご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
クラーブ公爵が謝罪した。
「はい。伺いました。二度ほど国王陛下がやらなくていいとおっしゃったのでしたね」
アリスがそう返した。
緊張と沈黙は痛いほど鋭く、うっかりすると手を切りそうだった。その中で、次の公爵が口を開いた。
「ダイナ公爵家のギルバードです。公爵家の責任をないがしろにしてしまい申し訳ありません。当主は体調を崩してしまいまして、わたしが参りました」
「はい。伺いました。叔父様のところは宰相様と王太子殿下でしたか? 免除されたのでしたね。お祖父様をピクニックでお見かけしました。わたしは取り込んでご挨拶ができませんでしたが……笑っておられましたのに」
アリスが淡々と言う。 最後にスペーダ公爵が真っ青な顔に汗をにじませて、
「スペーダです。今回は責任を果たさず申し訳ありません」
と言ったところを、アリスがさえぎるように言った。
「随分、楽しまれたようでなによりです。夫人はわたしを見てわーっと笑っていましたよ。王妃殿下と息の合ったお芝居でしたね。わたしがやりたがったとか……いいお仲間に恵まれてなによりです。カーラ様を大切になさってくださいませ」
アリスは無表情に言い放った。
「アリス、いい加減になさい。皆さんになんて態度なの。お父様は寝込んでしまわれたのよ」
メイナード侯爵夫人が立ち上がって声を荒らげた。
「止めなさい」
侯爵が鋭く妻を制した。
(寝込んだって、責任を追及されたからかしら?)アリスは冷ややかに思った。
「嫌よ、言わせてもらいます。アリス、あなたのせいで大騒ぎになったのよ。謝りなさい」
なおも憤慨する侯爵夫人に、
「騒ぎとはなんでしょうか?」
とアリスが冷静に聞き返した。
「行方不明になるなんて」と夫人が言うと、
「置き去りにされただけです」
とアリスが言い返した。
「なにも言わずにさっさと自分が先に馬車に乗っていれば、わたしは無事でしたね。遠くまで行っていた人が戻るのを確認するなんてする必要はなかったですよね」
夫人は反論できず、力なく椅子に座ると泣き崩れた。
「本来は当番のスペーダ公爵が、全員の避難を確認すべきでしたね。そういった訓練のはずですね」
アレクが静かに指摘すると、
「申し訳ありません」
とスペーダ公爵が深く頭を下げた。
「誰に対しての謝罪ですか?」
アレクが問うたが、誰も何も答えない。
「お願いがあります」
マイルス・ハトンがそう言って頭を下げた。
だが、アレクたちの側からは誰も反応しない。
「国王陛下にお願いがあります」
マイルス・ハトンが言うと、
「言ってみよ」と国王が応じた。
「ブランコの廃止を中止するよう命じてください」
四公爵が声をそろえた。
「アリス様、ブランコがなくなると子どもたちが悲しみます。わたしたちも楽しい思い出のあるブランコです」
マイルス・ハトンがすがるように言うと、アリスは、
「そうですか」
と返事をしただけで、それ以上は何も言わなかった。
「それだけですか? 何も思わないのですか?」
マイルスが詰め寄ると、
「一度くらいは乗りたかったなと思いました」とアリスが答えた。
「アリス、嘘をおっしゃい」
メイナード侯爵夫人が叫び、
「なんてことだ、アリス」と侯爵がうめき、
「一緒に並んだだろう」
と王太子が言った。
アリスはうんざりした顔になり、
「廃止とかどうかは、わたしには関係ないと思いますが」と言った。
「乗ったことがないとはどういうことだ? 説明してほしい」
状況を把握しかねた国王が言った。
「ああ、それですか。並んだのは確かです。楽しみにしていましたもの。それこそ前の日から楽しみにしていました。今年こそ乗るんだって。ですから並びました。もうすぐだと、次だとわくわくしました。そしてわたしの順番がくると、バーバラと侍女がやってきてブランコに乗りました。王太子殿下、あなたは順番を譲りたくないというわたしに、妹に優しくしろと言いました。毎回。毎年。あなたなんか大嫌い。譲るなら自分の順番を譲ればいいのに。侍女もバーバラも大嫌い」
アリスが言い終わると、メイナード侯爵はがく然とした。
「そんなことが……アリス……」とつぶやく。
「なってないわね、躾が」
王妃が侯爵夫人に向かって冷たく言った。
「あの、侯爵閣下。いちいち驚くのはやめてください。わたし、毎回、毎年、申し上げていますよ。妹が順番を取ったって。ですが、あなたは妹に優しくしろと……そして一応わたしの機嫌をとろうとするのか、アリスが優しいのはわかっているよと頭を撫でました。本当に嫌でした。そして侍女の質が悪いのは、ダイナ公爵家から夫人が受け継いだものですか?」
アリスは後半、ギルバード・ダイナを冷たく見ながら言った。
アレクは一瞬笑いそうになったが、無視することにして、
「国王が返事をしたら、お前たちは退出するのか?」と公爵たちを見据えて言った。
「アリス、大嫌いって……謝りたくて待っていたんだぞ……知らなかったんだ。父上や母上、姉上まで仕事を押し付けていたことを……婚約者じゃないか。助け合おう」
王太子が焦って言うも、
「大嫌いなのはブランコの順番でいつもバーバラの味方をしたからです。自分はちゃっかり乗るくせに」
とアリスは冷淡に答えた。
「ブランコは継続だ。一度も乗っていないとはアリスが可哀想だ。継続だ」
国王がそう宣言すると、
「わたしを引き合いに出さないでください。ブランコなどどうでも良い。ブランコにもピクニックにも楽しい思い出などありませんので……そうだわ。スペーダ公爵家の皆さんがわたしに当番を押し付けたことを謝罪したいなら、わたしを見て夫人のお仲間がわーっと笑った理由を教えてください。それにカーラ様とお話ししてみたいですね。カーラ様が手伝うのは嫌と言っているからと、わたしにお鉢が回ってきましたのよ。ですからカーラ様と直接お会いしたいです」
アリスが早口でまくしたてた。
「そうだったな。アリスは……いや、ブランコは継続だ。王が決めた」国王がかろうじて宣言した。
「ありがとうございます」
スペーダ公爵はかろうじて声が出たが、他の三人は黙って頭を下げるしかなかった。
「スペーダ公爵夫人。返事は? アリスの質問に返事は?」
デイビスが鋭く追及した。
「わーっと笑った理由を教えてください」
アリスも容赦なく追い打ちをかけた。
「あの、それは……」
スペーダ公爵夫人は下を向いて、何も言えなかった。
「明日、家族で参ります」
スペーダ公爵が助け船を出すように言うと、アリスが遮る。
「わたくしが会いたいのはカーラ様だけよ」
デイビスはうなずき、
「理解したか?」とスペーダ公爵を睨み据えた。
「お引き取りを」
デイビスが告げると、公爵たちは部屋を出て行った。ほっとした者、怒りを隠した者、彼らは一様にうなだれて歩いていった。
「随分、時間を無駄にしたな」
アレクがため息混じりに言った。
アリスはふっと笑ってアレクを見た。それから立ち上がると言った。
「メイナード家から籍を抜いてください。これを言いにきたのに、面倒が待っていたわ」
「アリス。婚約は破棄するんだ。今まで一緒に過ごせなかった分、楽しく暮らそう。アリス、愛している」
侯爵が縋るように答えたが、
「家族として過ごしたこともないのに、愛しているのですか?」
とアリスは冷ややかに聞き返した。
「愛している。大事な娘だ」侯爵が言うと、
「でも馬車が窮屈になりますよ。あの日も行きは窮屈だと文句が出ていましたし、早起きでも迷惑をかけましたね。帰りはわたしがいなくて快適だったのでは? 四人だとちょうどいいのでは? それが家族ですね。わたしは押し出されました。ええと、寂しいとか悲しいとかないんですよ。忙しくて考える暇もなかったですし、空腹のほうが辛かったですね」
アリスは淡々と言った。
王太子が驚いて声を上げた。
「なぜ空腹? 王太子の婚約者で侯爵令嬢が空腹ってどういうことだ?」
「わたし、食事をさせてもらえなかったのです。侯爵家はわたしにお金を使わせたくなかったので、何かを買うこともできませんで」
アリスが答えると、
「え? バーバラは持っていたぞ。孤児院にいった帰りに茶をしたが……」
と王太子が困惑した。
「どうしてバーバラとわたしを同じにするのですか? 別の人間ですよ」
アリスが言うと、
「同じ、侯爵家の令嬢ではないか?」
と王太子が言う。
「別の人間だから違いがあるのでは? 多分、愛してないからでは」
アリスが冷たく言うと、
「そんなことない。愛している。アリスの予算もあるんだ」
と侯爵が慌てて割り込んだ。
「存じてます。そうでしたね。でもそれは、バーバラと王太子の安請け合いを埋めるのに使わせていただいていました。わたしはちょっとしたお小遣いは貰っていませんでしたし、侍女もいませんでした。理由は侯爵夫人に聞いてください。もうどうでもいいですけど。それより、侯爵閣下。わたしは籍を抜く手続きのためにここに来ました。それ以外どうでもいいんです」
アリスが断言すると、デイビスが後に続いた。
「すぐに手続きを終えましょう。準備はできておりますね。執務の心配ならわたしのほうで人材を派遣しますから。能力はそれぞれですからね、無理はしないでください。それと、バートさんとヘドラーさんに会いたいと思いますので、調整をお願いします」
「アリス、話を聞いて」
王妃が立ち上がって訴えたが、
「もう、お腹いっぱい。おかわりは、必要ありません」
とアリスはきっぱりと言い放った。
王妃は何も言えずに椅子に座り、王がその背をなだめるように撫でた。
「頼んだことが何もできていませんね。一度部屋に引き取ります」
デイビスが言って、三人は部屋を出た。部屋を出たところで、アリスが言った。
「アレク様の威を借りました。卑怯なやり方でしたが……ありがとうございました」
アリスは丁寧に頭を下げた。
「いや、気にすることはない。もっと利用してもらってもいいぐらいだ」
アレクはアリスに手を差し出しながら、優しく微笑んだ




