21 冷ややかな再会
21 冷ややかな再会
街道を進んでいた馬車の前方に、突如として騎馬の一団が現れた。
アレクの護衛が警戒するが、手前で馬を止めた一団は一斉に馬から降りた。
隊長らしき男が、ただならぬ様子でアレクたちの馬車へと歩み寄ってくる。
男は馬車の前で慇懃に一礼すると、声を張り上げた。
「クレールスター皇国の皇弟殿下、アレク・クレール殿下でいらっしゃいますか?」
その声を聞いた瞬間、馬車の中でアリスがぽつりと呟いた。
「お父様……」
続いて、男は自身の身分を明かした。
「わたくしはリーブル王国のウィリアム・メイナード侯爵と申します。殿下ご一行がこちらに向かっているとの連絡を受け、居ても立ってもいられず、お迎えに参上いたしました」
そこから、しばしの沈黙が流れた。侯爵は我慢できなくなったようで、
「アリス! そこにいるのか! 無事なんだな! 無事で本当に良かった! アリス、顔を見せてくれ! アリス!」
そう、言いながら侯爵は半ば取り乱し、大声を上げながら馬車の扉を叩き割らんばかりの勢いで詰め寄った。それを、アレクの護衛二人がすかさず身を挺して止めた。
「アリス! アリス!」
なおも叫び続ける侯爵の姿に、慌ててリーブル王国の騎士たちが駆け寄り、主君を羽交い締めにした。
「閣下、閣下! どうかしっかりなさってください!」
その騒ぎを馬車の中から見ていたアリスは、スッと背筋を伸ばした。元・王太子婚約者としての気品と、徹底して冷徹な表情をその顔に浮かべる。
「父を納得させるには、直接会うのが一番早いと思います。少し話してまいりますね」
アリスが馬車から一歩外へ降り立つと、侯爵は騎士たちの手を振り払い、その場に崩れ落ちるようにしてうずくまった。
「アリス……っ、無事なんだな。良かった、本当に良かった……」
「はい、助けていただきました」
アリスは表情一つ変えず、事実だけを淡々と述べた。
護衛は、万一に備えてアリスのすぐ傍にいたが、その必要はなさそうだった。侯爵はアリスに抱きつくこともせず、ただただ、縋るような目で娘を見つめることしかできないでいる。
「アリス……? アリス、お父様だぞ。わかるかい……アリス」
震える声でそう呼びかける父親を、アリスは冷ややかな目で見下ろした。
「はい。あなたはわたくしの父親です」
はっきりと答えたものの、侯爵はそれ以上言葉を返さず、ただ呆然と娘を見上げている。アリスは、自分の言葉が足りなくて伝わらなかったのだろうかと心配になったらしく、もう一度、極めて真面目な顔で言い直した。
「わたくしは、メイナード侯爵の娘でございます」
(くっ、あいつ真面目すぎる……!)
外でのあまりに噛み合わないやり取りに、馬車の中に残っていたアレクとデイビスは必死に笑いを堪えていた。
「アリス、本当に心配していたのだよ。何の連絡もなく、まさか事故にでも遭ったのではないかと……生きた心地がしなかった」
侯爵は、また最初の話を繰り返した。
その様子を窓の隙間から見ていたアレクは、うんざりしたように眉根を寄せる。
「あいつ、何なんだ。アリスが『お父様!』と泣きながら抱きついてくるのを期待でもしているのか?」
実に嫌そうな声を出し、アレクは苛立ちを露わにした。
「もう帰らせよう。これ以上引き延ばすつもりなら、今ここで縁切りの書類に署名させてやる」
息巻くアレクを、デイビスが「まあまあ」と手で制する。
「いいじゃないですか。ここはこのまま泳がせておいたほうが、面白いものが見られそうです」
外では、なおもアリスの冷徹な現実主義が炸裂していた。
「事故というよりは置き去りにされただけです。皆さんあとも見ずに馬車に乗ってさっさと帰ってしまわれて……寒さと空腹に耐えるのが少し大変だったくらいでしょうか」
「そ、そうだったのか……。わたしはてっきり、お前が王太子の馬車に同乗しているものとばかり思っていたのだ」
侯爵が涙ぐんで言い訳をするように言うと、アリスは静かに首を傾げた。
「そうですね。普段から家族としての交流が一切ありませんでしたから、安全の確認などしないでしょうから……帰りの馬車はゆっくり座れて快適でしたでしょ?」
「交流がなかっただなんて……お前はいつも王宮にいただろう」
「はい、王宮に『置かれて』おりました。一緒に朝食なんて立派な発言をなさりながら一週間と持ちませんでしたね」
アリスは一拍置いて、きっぱりと言い放った。
「あのお父様。すでにこちらから使いを出しております。要件もご存じのはずですよね。それなら、ここではなく王宮でお話ししたほうが一度ですみます。ですから、お父様もどうぞ王宮へお向かいください。……あの、もしかしてお父様は、わたくしがお父様の顔を忘れてしまったとでも思っていらっしゃったのですか?」
「え……?」
「あんなに何度も『お父様だ』と名乗られるものですから。そりゃ、お父様はわたくしの存在を忘れておいででしたが、わたくしのほうはお父様の顔くらい覚えております。それでは、手続きの際にお会いしましょう」
アリスは言いたいことだけを言い終えると、優雅に身を翻し、迷うことなく馬車へと戻ってしまった。
その徹底した態度に、侯爵の私兵や騎士たちも圧倒されて、身動きできなかった。馬車がゆっくりと動き出した。
「アリス。アリス……そんな、嘘だろう……」
泥土の上に膝をついたまま、侯爵は呆然と呟いたが、その声がアリスたちに届くことはなかった。
馬車へと戻ってきたアリスを、アレクとデイビスは「大変だったな」と苦笑いで出迎えた。
控えていたラズベリーは、帰ってくるなりアリスの髪や肌を検分し、小言を言う。
「全く、あんな日の当たるところに、帽子もショールもなしで出られるなんて」
「それにしても、何だったのでしょう」
アリスはラズベリーにされるがままになりながら、不思議そうに首を傾げた。
「まさか本当に、わたくしが父親の顔を忘れたとでも思ったのでしょうか? 自分がわたくしのことを忘れていたから、わたくしも同じだと思ったのかしら。何度も何度も『お父様だ』なんて……見れば分かりますのに。だいたい、わたくしの背が伸びて、少しふっくらしたことにも全く気がつかないのです。やはり、最初からわたくしの姿など覚えていなかったのですよ」
少し怒ったようにぷりぷりとしているアリスが可笑しくて、アレクとデイビスは肩を揺らした。
「ほら、世の父親というのは、娘が可愛いあまりに現実が見えなくなるものさ」
「確かに、お父様はバーバラにはとても甘かったですものね」
アリスは納得したようにうなずいた。だが、その言葉には嫉妬も恨みも一切なく、ただ「そういう事実があった」というだけの、極めてフラットな感想だった。
二人はそんなアリスの様子にまた苦笑を浮かべたが、アレクは優しい目を向けて、彼女の纏うドレスに視線を落とした。
「そのドレスの紺色は、君にとてもよく似合っているよ。外の自然な光に照らされて、レースの繊細な美しさがよく引き立っていた」
「ありがとうございます。新しく買っていただいたものの中で、これが一番お気に入りなのです。着ていて一番安心できますし、丈を伸ばしていただけて本当に良かったです」
アリスが嬉しそうに微笑んでラズベリーを振り返ると、ラズベリーもまた、誇らしげに満足そうな笑みを返すのだった。




