17 後片付け
17 後片付け
王宮の会議室に、今回のピクニックに関わった者たちが集められていた。
当番であり、名目上の責任者を務めたスペーダ公爵夫妻。その嫡男と、嫡男の妻であるカーラ。
向かい側には国王夫妻とメイナード侯爵が座り、長い机の中央には会議を取り仕切る宰相がいたが、影が薄い。
隣の部屋には、王宮の厨房で働く料理人たち、備品管理部門の責任者、そしてバートとヘドラーのほか、当日の事情を知る者たちが待機している。
会議室の空気は重かった。
スペーダ公爵と嫡男は落ち着かない様子で何度も姿勢を変えている。カーラは青ざめ、膝の上で両手を固く握りしめていた。
だが、スペーダ公爵夫人だけは、自分が責任を問われるとは考えていないらしい。口元に薄い笑みさえ浮かべていた。
「では、始める」
宰相が低い声で告げた。
「まず、今回の当番であるスペーダ公爵家に確認する。ピクニックで使用した備品や設備の片付けが、いまだに終わっていないと、メイナード侯爵と備品管理部門の双方から報告が上がっているが、これはどういうことだ」
スペーダ公爵が口を開こうとした。
しかし、それより早く公爵夫人が答えた。
「それは、アリス様のお仕事です」
あまりにも当然といった口調だった。
「何?」
侯爵が眉をひそめる。
「王妃殿下が、アリス様へ当日の仕事をお言いつけになりました。わたくしは、この耳で聞いております」
公爵夫人は王妃へ同意を求めるように顔を向けた。
「そうでございますよね、王妃殿下?」
王妃の表情が、わずかにこわばった。
「ええ……当日の差配については、アリスに任せました」
「ほら、ご覧くださいませ」
公爵夫人は勝ち誇ったように微笑んだ。
「そもそも後片付けなど、簡単なお仕事ではありませんか。備品を集め、元の場所へ戻すだけです。その程度のことさえできないのであれば、それはアリス様の怠慢でございましょう」
「なるほど」
国王が重々しくうなずいた。
「アリスが関わっていたのだな」
「さようでございます」
公爵夫人は満足そうに答えると、会議室を見回した。
「あら、そういえばアリス様はいらっしゃらないのですね。王妃殿下からお役目を言いつけられているというのに、どちらへ行かれたのでしょう」
鼻で笑うような声だった。
「仕事を放り出して姿を消すなど、王太子妃になる方として、いかがなものでしょうね」
メイナード侯爵は何も言わず、公爵夫人を睨みつけた。
その視線に気づいたスペーダ公爵が、居心地悪そうに身じろぎする。
「お前は少し黙っていなさい」
公爵が小声で妻をたしなめた。
「何をおっしゃいますの。わたくしは事実を申し上げているだけですわ」
夫人の顔には、まだ余裕の笑みが残っていた。
「簡単な仕事か」
メイナード侯爵が、低い声でつぶやいた。
「では、そのような簡単な仕事でさえ、当番だった公爵家は何ひとつしなかったということだな」
公爵夫人の笑みが止まった。
「それは……王妃殿下がアリス様に任せると」
「国の行事をアリスに任せたのだな。王妃殿下に仕事を免除されたという正式な命令書はあるのか?」
「命令書?」
「当番を変更するという通達だ。備品管理部門や厨房へ提出した書類はあるのかと聞いている」
公爵夫人は答えられなかった。
メイナード侯爵の頭には、バートとヘドラーから聞いた言葉が何度も浮かんでいた。
『遠くへ行く人のようでした』
アリスは、このような事態になることを予見していたのではないか。
ピクニックが終われば、すべてを置いて遠くへ行くつもりだったのではないか。
その考えを振り払うことができなかった。
宰相が机の上の書類を取り上げた。
「準備段階からなにがあったのか確認しよう。何があったのか順番に確認する。まずは、スープ作りについてだ」
宰相が合図すると、隣の部屋から二人の料理人が入ってきた。
二人は緊張した面持ちで、会議室の中央に立った。
「ここは貴族たちの顔色をうかがう場所ではない」
宰相が告げる。
「嘘や偽りを述べれば罪になる。見たことと聞いたことを、包み隠さず話すのだ。分かっておるな」
「はい」
二人はそろって深く頭を下げた。
「立ったままでは話しにくいだろう」
メイナード侯爵が、そばに用意された椅子を示した。
「二人とも座ってくれ。わたしはアリスの父親だ。娘が世話になったそうだな。礼を言う」
その言葉を聞き、料理人たちは一瞬、複雑そうな顔をした。
それでも何も言わず、侯爵へ頭を下げてから椅子に腰を下ろした。
先に話し始めたのは、年長の料理人だった。
「アリス様は、ピクニック当番の仕事を王妃殿下から言いつけられたとおっしゃって、事前に厨房へ練習にいらっしゃいました」
「事前に?」
スペーダ公爵が驚いたように聞き返した。
「はい。材料の分量、火の扱い方、大鍋で均等に熱を通す方法などを熱心に学んでおられました」
料理人は記憶をたどりながら続けた。
「以前から材料の見積もりについても、公爵家の方ではなく、アリス様と打ち合わせをしておりました。ただ、今回は実際にご自分で作る練習までなさるので、我々も驚きました」
「なぜ、驚いたのだ」
宰相が尋ねた。
「アリス様は、これまで毎年、王宮に残って留守番をされておりましたので。今年初めて参加されるというので驚きました」
料理人は少しだけ表情を緩めた。
「ですが、覚えの早い方でした。一度説明すればすぐに理解されましたし、野菜を切る手つきも、数日でずいぶん上達なさいました」
もう一人の料理人もうなずく。
「とはいえ、当日は我々王宮の厨房の者も同行する予定になっておりました。ですから、最初からアリス様お一人で作らなければならない状況ではございませんでした」
「待て」
メイナード侯爵が眉を寄せた。
「毎年、王宮の料理人が同行していたのか?」
「はい。毎年でございます」
「では、当番の公爵家が自らスープを作るというのは……」
「形だけでございます」
年長の料理人が答えた。
「最初に少し野菜を切るか、大鍋をかき混ぜていただきますが、形だけです。我々が調理いたします」
会議室が静まり返った。
「そのようになっていたとは……今回は、会場に行くように王妃殿下に命令されてアリスは行ってスープを調理したが、例年は準備を全てアリスがやっていたというのか? 王妃殿下が毎年命令していたのだな」
「違うわ。わたしは今回スープを作るように頼んだだけよ。スペーダ公爵家のカーラさんができないと相談されたから……」
メイナード侯爵はスペーダ公爵家の四人へ目を向けた。
「その程度の仕事が、カーラ夫人には荷が重く、体調を崩しそうだったのか?」
カーラの肩が大きく跳ねた。
「わ、わたくしは……お義母様から、そのように言っておけばよいと……」
「カーラ!」
公爵夫人が鋭く叱りつけた。
その公爵夫人を侯爵が睨む。
「あの日は、少々おかしなことがございました」
年長の料理人が言った。
隣の料理人も、思い出したように苦笑する。
「アリス様が、どうしても自分でスープを作りたいと言い出したことになっておりました」
「王妃殿下と公爵夫人が、わざわざ皆に聞こえるほどの声で、そのようにお話しになっておりました」
「アリス様は一言も、そのようなことをおっしゃっていなかったのですが」
二人の料理人は互いに顔を見合わせた。
「ずいぶんと見え透いたお芝居だと思いました」
「見え透いたお芝居をどうしてやったのですか? 姉上」
侯爵が王妃に向かって聞いた。
「別に理由なんてないわ」と王妃が答えた。
「そうですか、そうでしょうね。姉上ですから……すまない、続けてくれ」と侯爵は料理人に向かって言った。
二人は慌てて姿勢を正した。
「当日のスープを実際に作ったのは、我々です」
「スープだけではございません」
もう一人が続けた。
「肉や野菜を焼く準備と調理も、我々王宮の厨房の者が行いました。公爵家の方々から指示を受けたことも、お手伝いいただいたこともございません」
「食事の準備のすべてを、王宮の料理人が行ったということか」
「はい」
「アリスは何をした?」
メイナード侯爵の問いに、二人は即座に答えた。
「毎年なさっていたのは、材料の見積もり、食器などの数の確認。すべてが国の財産だから、管理が大切だとおっしゃってました」
「そうだな。すべて国の財産だ」
「いままでですと、翌日、食器や調理器具の洗浄、点検の確認をなさりにいらっしゃいますが、今回はまだでございます。洗浄と数の点検はすませましたが、食器が足りません。その早く片づけていただきたいのですが、厨房に置いておくのも場所を取りますので」
それを聞いて侯爵は、スペーダ公爵をじっと見た。そして言った。
「公爵家の仕事をやって下さい。他の公爵家も……いえ、そこは今日の話ではないですね」
「はい」とスペーダ公爵が答えた。
「もうよい。下がってくれ」
宰相が小さい声で言うと、二人の料理人は退室した。
入れ替わるように、備品管理部門の責任者が入室する。小脇には分厚い台帳を抱えていた。
「当日の備品について説明せよ」
「はい」
責任者は台帳を開き、該当する頁を机の上へ示した。
「天幕二張り、折り畳み式の机二十台、椅子五十脚、敷物三十枚、食器類、装飾用の旗、持ち運びできる焜炉が三台、そのほか雨天用の覆いなどを」
「借り受けた者の名は?」
「スペーダ公爵家でございます」
責任者は、はっきりと答えた。
「こちらに、公爵家の家令代理の署名がございます」
宰相が台帳を受け取り、署名を確認する。
「アリスの名はないのだな」
「ございません」
「返却の責任者は、スペーダ公爵家ということか?」と侯爵が聞いた。
「その点でございますが、借り入れに対しては前任者からの引継ぎがございまして、公爵家は署名した書類だけを提出なさいます。そして、きちんと管理されて数を確認してある備品を王宮の者が荷車に積んで出かけていくと聞いております。ただ、返却には引継ぎがございませんでしたので、規則通りにやりました」
公爵夫人の顔から、余裕が消えた。
「ですが、王妃殿下がアリス様へ任せると……」
「わたしはスープ作りだけを手伝うと言ったわよ。カーラさんが楽したいと言ってるって聞いたから」
と王妃が言った。
管理部門の責任者は王妃にかまわず続けた。
「あまりにも無責任な対応でしたので、前任者に確認をとりました。毎年、アリス様と厨房や庭師などがお互いに助け合って片づけをしていたそうです。先代の陛下の時代は公爵家も人手は出していたそうですが……今は、なにもなさらないとか」
「その手伝いをしたくれた者たちの名前などはわかるのか?」
「いえ、なにも……」
備品管理部門の責任者が、さらに報告を続ける。
「今回の話に戻ります。わたしはスペーダ公爵家へ、早急に片付けを行うよう使者を出しました。しかし、公爵夫人は使者を叱責なさいました。それで前任者に確認した次第です。今回はどう致しましょう。とりあえず、倉庫にいれましたが」
侯爵が公爵と公爵夫人、嫡男、カーラと順にじろじろを見ていた。
沈黙は長く続いた。
侯爵が責任者に言った。
「スペーダ公爵は質問を聞き取れなかったか? 意味を理解できなかったか? いずれかだと思う。もう一度、質問してやってくれ」
「炊き出しの備品の片づけは、どうしましょうか?」
「それだと答えられないだろう。わたしから改めて言う」と侯爵は話を引き取ると
「スペーダ公爵。国の財産を急いできれいに手入れしなさい」
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