15 バートとヘドラー
15 バートとヘドラー
そして、アリスがどのような生活をしていたのかを調べ始めた。
最初に執事へ尋ねたのは、ほんの些細なことだった。
「アリスは、朝食の卵は何が好きだった?」
目玉焼きだったか。
ゆで卵だったか。
それとも、オムレツだったか。
父親なら知っているはずのことだと思った。
だが、わたしは知らなかった。
執事は困ったような顔をした。
「アリス様は、朝食を召し上がらずに家を出ておられました」
「食べていない?」
わたしは聞き返した。
「はい」
姉上とアリスの生活について打ち合わせたとき、朝食だけは家族と一緒に食べさせたいと、わたしが主張したのだ。
少しでも家族との時間を持たせたかった。
最初の一週間は、皆でアリスに合わせて早起きをした。
だが、アリスの朝はあまりにも早かった。
家族全員が音を上げ、アリスだけ先に朝食を取ることになった。
そのはずだった。
「何故、食べていないんだ」
わたしが尋ねると、執事は慎重に答えた。
「奥様から、皆様が召し上がるころにはパンが冷めてしまい、おいしくないとのお話がございました」
「それで?」
「アリス様には、王宮で朝食を召し上がるようにと言いつけておられました」
わたしは何も言えなかった。
焼きたてのパンを食べたい。
ただ、それだけの理由で、まだ子どもだったアリスに朝食を取らせなかった。
誰よりも早く起き、一人で王宮へ向かう娘を、誰も見送らなかった。
(王宮で食べていたのか)
そう思おうとした。
だが、あの何もない部屋を思い出した。
侍女はいなかった。
食事を運んだこともないと言われた。
では、アリスはどこで朝食を取っていたのだ。
嫌な予感がした。
アリスと一緒に仕事をしていた者たちなら、何か知っているかもしれない。
わたしはすぐに王宮へ向かった。
アリスの執務室へ行くと、以前はいなかった二人の男が、扉の前で宰相と話をしていた。
「わたしたちは、この部署の所属ではありません」
一人の文官が言った。
「そのとおりです」
もう一人も続けた。
「たまたま、アリス様の手伝いをするよう命じられてきただけです。正式な辞令も受けておりません」
二人とも、疲れ切った顔をしていた。
その前に立つ宰相は、困り果てた様子だった。
「バート。分かっておる」
宰相が言った。
「だが、お前たちは仕事に慣れておるだろう」
「慣れているとは、どういう意味でしょうか」
バートと呼ばれた文官が、冷たい声で返した。
「ご存じでしょう。この部屋には、通常の文官が見てはいけない書類も混じっております」
バートは閉ざされた扉を見た。
「閲覧できるのは、国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、王女殿下。それから、正式な辞令を受けた文官です」
バートは宰相へ視線を戻した。
「ですが実際には、皆様がアリス様へ仕事を頼み、わたしどもがその手伝いをする。例外的な形で、どうにか処理しておりました」
「そうだろうが、ここまで書類がたまってしまったのだ」
宰相が食い下がった。
「処理してもらわなければ困る」
もう一人の文官が、呆れたように言った。
「王室の皆様がなさればよろしいのではありませんか」
「ヘドラー。それは無理なのだ」
宰相が答えた。
「では、宰相閣下がなさればよろしいのでは?」
バートが皮肉な笑みを浮かべた。
「そうですよ」
ヘドラーも言った。
「朝食を召し上がってきたのでしょう。食事をする時間があるなら、仕事もできるのではありませんか」
朝食。
その言葉が胸へ突き刺さった。
(アリスは、姉上たちと食べていたはずだ)
わたしは自分へ言い聞かせた。
だが、根拠は何もない。
また、とんでもないことを知るような気がした。
しばらく言い争ったあと、王太子殿下を呼び、書類の山を確認してもらうことになった。
宰相は逃げるような足取りで、その場を離れた。
ほどなくして、エドワード殿下が不機嫌そうにやってきた。
「何の用だ」
殿下はそう言いながら執務室へ入り、書類の山を見るなり目を見開いた。
「何故、こんなにたまっている」
バートもヘドラーも答えなかった。
殿下は一番上の書類を手に取った。
「何だ、これがここにあるのか」
内容を読んだ殿下は、眉をひそめた。
「甘えすぎだろう」
次の書類を手に取る。
「姉上ときたら、これは自分でやることだろう。婚姻する気があるのか?」
さらに次を見る。
「母上も……これは、アリスに見せてはいけないものではないか」
次は国王の書類だった。
「父上……」
最初のうちは、殿下は次々と文句を言いながら仕分けていた。
だが、書類を確認するにつれて、次第に口数が減っていった。
眉間のしわは深くなり、やがて何も言わなくなった。
自分や家族がアリスへ押しつけていた仕事の量を、初めて目にしたのだろう。
バートとヘドラーは、そんな殿下を冷たい薄笑いを浮かべて見ていた。
わたしは二人へ近づいた。
「二人は、アリスとここで仕事をしていたのか?」
わたしが尋ねると、二人は同時にこちらを見た。
「アリスのことを、教えてもらえないだろうか」
バートが、わたしの顔をじっと見た。
「アリス様のお父上でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
わたしが答えると、二人はゆっくりと礼を取った。
本当にゆっくりとした動作だった。
その間も、二人の視線はわたしから離れなかった。
敬意を示す礼には見えなかった。
父親を名乗る人間が、本当にアリスの父親なのか。
二人は確かめるように、わたしを見ていた




