老水路職人は、嘘の地図を燃やしたがっている
老水路職人ガルドは、古い図面を納屋から持ち出してきた。
紙は湿気で波打ち、端は焦げている。
「燃やしかけた」
彼はぶっきらぼうに言った。
「三年前、王都の技師どもがこの図面を笑った。水はこっちへ流れない、職人の勘違いだとな。俺は腹が立って、全部燃やそうとした」
僕は図面を白紙地図の隣へ置く。
古い線と、今浮かんでいる青い水脈が重なった。
「合っています」
ガルドの手が止まる。
「何だと」
「この図面は、正しいです。少なくとも、水脈と岩盤の位置は今の測量結果と一致しています」
納屋の中が静かになった。
セリアが息を呑む。
「では、三年前に間違っていたのは」
「王都の地図です」
ガルドは長く黙っていた。
やがて、図面を丸めずに机へ広げる。
「先代の測量士は、俺の友人だった」
声が低い。
「あいつは、水源林の境界がおかしいと言った。王都へ報告した。そのあと、仕事を失った」
白紙地図の黒いにじみが、境界杭のあたりで濃くなる。
セリアの顔が険しくなった。
「報告を握りつぶした者がいる」
「たぶんな」
ガルドは僕を見た。
「若造。お前の地図は、王都の印章に勝てるのか」
「一枚だけなら負けます」
「正直だな」
「でも、実地測量、古い職人図面、井戸の湧水、境界杭の土の新しさ。重ねれば、地図ではなく証拠になります」
ガルドの目に、少しだけ火が戻った。
「なら、俺の図面を使え」
「いいんですか」
「燃やすよりは役に立つ」
彼は棚から測量用の古い杭を出した。
「街道を右へずらすなら、石垣が要る。俺が組む」
セリアが深く頭を下げる。
「お願いします」
ガルドは照れたように顔を背けた。
「領主家に頭を下げられると、腰が痛くなる」
ミロが笑い、納屋に初めて軽い空気が戻る。
僕は白紙地図に、古い図面の線を写し込んだ。
過去に笑われた線が、今の土地と重なる。
正しい地図は、遅れても戻ってくる。
ただし、誰かが測り直すまで、ずっと白紙のままだ。
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