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最初の井戸が湧いた日、領民は地図に祈った

新しい井戸の周りに、朝から人が集まっていた。


 桶を抱えた子ども。

 パン屋の女将。

 畑仕事を休んできた老人。


 みんな半信半疑の顔をしている。


 水は昨日出た。

 けれど、今日も出るとは限らない。

 フォルン領では、期待することにも体力が要る。


 ガルドが井戸の縁を叩いた。


「汲め」


 ミロが桶を下ろす。


 縄がきしみ、しばらくして、重くなった桶が戻ってきた。


 水だ。


 透明な水が、朝の光を受けて揺れている。


 誰かが泣いた。


 それを合図にしたように、広場が一気に騒がしくなる。


「パンを焼ける」


「畑に戻せる」


「東の沢まで行かなくていい」


 セリアは井戸の前に立ち、領民へ頭を下げた。


「遅くなりました。今日から、この井戸は村の共同井戸として使えます」


 領主代理が頭を下げたことで、広場はさらに静かになった。


 僕は白紙地図を畳もうとした。


 その時、老婆が僕の手を止めた。


「それが、水を見つけた地図かい」


「はい」


「触っても?」


 白紙地図は、ただの紙ではない。けれど、拒む理由はなかった。


 老婆は皺だらけの指で、青い水脈の線に触れた。


「ありがたいねえ」


 まるで聖印に触れるような声だった。


 僕は少し困る。


「祈る相手は地図ではなく、掘った人たちです」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「若造、たまには受け取れ。地図がなければ掘れなかった」


 ミロが誇らしそうに言う。


「僕も基準杭を持った」


「そうだな。助手も働いた」


 ミロは胸を張った。


 その午後、井戸の水を使って小さな市が開かれた。


 パンは少ない。野菜もまだ細い。けれど、閉じていた市場に声が戻った。


 セリアが僕の隣に立つ。


「黒字には、まだ遠いですね」


「はい」


「でも、赤字だけではなくなった」


 白紙地図の端に、新しい細い線が浮かぶ。


 市場へ向かう人の流れ。

 土地ではなく、人の動きが地図を変え始めている。


「次は街道です」


 僕は西の丘を見る。


 灰色の沈みと黒いにじみ。


 水は戻った。

 道はまだ、奪われたままだ。

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