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3/5

崩れかけの街道は、三十歩だけ右へずらせば助かる

フォルン領の西街道は、荷車一台がやっと通れる幅しかない。


 右は崖、左は湿地。

 雨が降るたびに路面が沈み、商人たちは遠回りの山道を使うようになった。その結果、市場は閉じ、税収は落ち、領民は作物を売れない。


「補修費は?」


 僕が尋ねると、セリアは苦い顔をした。


「王都の見積もりでは、金貨三千枚」


「高すぎます」


「ええ。払えません」


 白紙地図を広げる。


 街道の真下には、灰色の沈みが帯のように続いている。けれど三十歩右、崖に近い場所には固い岩盤が通っていた。


「街道を右へずらしましょう」


 ミロが崖を見て青ざめる。


「右って、落ちるほうだよ」


「三十歩右へずらして、崖側に石垣を組む。湿地側を埋めるより安い」


 ガルドが地面を杖で叩いた。


「岩盤があるなら可能だ。だが、そこは昔から禁足地だぞ」


「なぜです?」


「領境の杭がある。動かせば隣領ともめる」


 僕は地図の黒いにじみを見た。


 禁足地。

 領境の杭。

 動かせない街道。


 嫌な線がつながる。


「その杭を見せてください」


 案内された崖際には、古い石杭が立っていた。王国の境界紋が刻まれているが、周囲の土だけが新しい。


 白紙地図を近づけると、黒いにじみが濃くなる。


「この杭、移動されています」


 セリアが目を見開いた。


「領境杭を?」


「本来の位置は、三十歩先です。街道を右へずらしても、フォルン領内に収まる」


 ガルドが低く唸った。


「誰かが街道を潰すために、杭を動かしたのか」


「街道だけではありません」


 僕は地図を指す。


 移動された杭の向こう側には、小さな森がある。公式地図では隣領の土地だが、白紙地図ではフォルン領の水源林として表示されていた。


「水源林も奪われています」


 セリアの顔から血の気が引く。


「だから井戸が枯れた扱いにされた。水源を失ったことにすれば、税の減免を申請できる。でも実際には」


「水源林の権利を誰かが利用している」


 風が崖を吹き上げた。


 遠くで、荷車の鈴が鳴っている。


 セリアは拳を握った。


「証明できますか」


「測量すれば」


「どのくらいかかります?」


「今日中に基準杭を三本。明日、街道の仮線を引く。三日あれば、監査に出せる図面を作れます」


 彼女は迷わなかった。


「やりましょう」


 ミロが測量鎖を肩に担ぐ。


「兄ちゃん、三十歩って僕の歩幅でもいい?」


「駄目だ。測量鎖で測る」


「ちぇっ」


 その軽いやり取りに、セリアが小さく笑った。


 追放された日のギルドでは、誰も地図を見なかった。

 けれど今、僕の周りには、地図の先を見ようとする人たちがいる。


 僕は白紙地図に新しい線を引いた。


 西街道仮線。

 三十歩右。


 それは、ただの道ではない。

 フォルン領がもう一度外の世界へつながるための、最初の線だった。


後書き:

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