白紙の地図に、干上がったはずの水脈が浮かぶ
フォルン領の中央井戸は、三年前から枯れている。
村人たちはそう言った。
井戸の縁には祈りの紐が巻かれ、底を覗くと乾いた石だけが見えた。水を汲むためには、半日かけて東の沢まで行かなければならない。
「王都の技師は、地下水が尽きたと言いました」
セリアが古い報告書を差し出す。
「それで新しい井戸を掘ったのですが、どれも外れました。借金だけが残っています」
僕は報告書の地図を見た。
線がきれいすぎる。
山の傾きも、土の湿りも、古い川筋も無視して、机の上で引いたような井戸候補が並んでいた。
「これは測量図ではありません」
「では、何ですか」
「説明用の絵です」
セリアの顔が険しくなる。
僕は白紙地図を広げ、村の外れへ歩いた。見習いの少年ミロが、測量鎖を抱えてついてくる。
「兄ちゃん、本当に水が出るの?」
「出る場所を探す」
「外したら?」
「外した理由を測り直す」
ミロは少し考えてから頷いた。
「それなら、外しても次があるな」
いい助手になりそうだ。
基準杭を三本立て、測量鎖を張る。白紙地図に青線が浮かび、村の中央井戸を避けて倉庫裏へ伸びていく。
線の先には、壊れた荷車と雑草しかない。
村人たちが不安そうに集まってきた。
「そこは昔、領主家の穀物倉庫だった場所だ」
「水なんて出るものか」
「また外れたら、掘る人手が無駄になる」
セリアが一歩前へ出た。
「掘ります」
声は強かったが、指先は震えていた。
僕は彼女に言う。
「深さは六十歩分。ただし、まっすぐではなく、途中で西へ半歩ずらしてください」
「半歩?」
「岩盤の割れ目があります。そこを外すと、水は出ません」
老水路職人のガルドが、腕を組んで僕を睨んだ。
「半歩の違いで水が出るだと? 若造、地面を甘く見るな」
「甘く見ていないから、半歩を測ります」
ガルドは鼻を鳴らした。
掘削は夕方まで続いた。
土は重く、空は低く、村人たちの期待は時間とともに疑いへ変わっていく。
五十歩。
五十五歩。
五十九歩。
何も出ない。
セリアが唇を噛む。
「アルトさん」
「あと一歩です」
六十歩目。
つるはしの音が変わった。
乾いた石ではなく、湿った空洞を叩く音。
次の瞬間、泥の間から水が噴き出した。
最初は細く。
それから、銀の糸が束になるように。
村人たちが叫んだ。
「水だ!」
ミロが泥だらけで跳ね回る。
セリアは膝をつき、両手で水を受けた。雨とは違う、地面の奥から来た水だ。
「本当に、あった」
「地図に出ていましたから」
僕が言うと、ガルドが井戸の縁に手を置いた。
老職人の目が、少しだけ赤い。
「三年前、ここを掘れと言ったやつがいた」
「誰です?」
「先代の測量士だ。王都の技師に笑われて、追い出された」
白紙地図の青線が、井戸の位置で強く光る。
土地は嘘をつかない。
ただ、聞く人間がいなくなると、黙ってしまう。
セリアが立ち上がった。
「アルトさん。次は街道を見てください。水が戻っても、荷車が通れなければ市場は開けません」
「分かりました」
僕は地図の端を見る。
街道には、灰色の沈みがいくつも浮かんでいた。
その中に、一つだけ黒いにじみがある。
自然な沈下ではない。
誰かが、地面の下に何かを埋めている。
「セリア様」
「何?」
「街道の崩落は、ただの老朽化ではないかもしれません」
井戸の歓声が遠くなる。
白紙地図の黒いにじみは、雨雲よりも濃く広がっていた。
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