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霊冥学園  作者: ルセイ
4/5

4話 平和ナ時間

金曜日の教室は、いつもより少しだけ空気が軽かった。


週末が近いというだけで、人の気持ちはこうも緩むのかと五条零はぼんやり考える。窓際の席から見える校庭では、部活の掛け声が遠く響いていて、風に流されるように教室へ入り込んでいた。


この学園に来てから、静かな日常というものの基準が少しずつ分からなくなってきている。それでも今日は、何も起きていない。ただそれだけで少し安心できる自分がいた。


昼休みになると、田村がいつものように机に寄りかかってきた。椅子を少し後ろに倒しながら、気だるそうにこちらを見る。


「なあ、お前さ、どこ入るんだっけ」


「心霊部の予定」


五条がそう答えると、田村は一瞬だけ目を細めてから、納得したように鼻で笑った。


「やっぱな。お前はそういうとこ行くと思ってた」


その言い方にはからかいも驚きもなく、ただ事実を確認したような軽さがあった。


そこへ霧山優菜がやってくる。いつものように明るい雰囲気をまといながら、少しだけ前のめりになるようにして会話に入ってきた。


「私は調理部にするよ」


その言葉に五条は思わず視線を上げる。


「調理部って、お前そういうのやるタイプだったか」


「別に料理得意じゃないけど、できた方がいいかなって思って」


その理由は少し意外だった。軽いようでいて、ちゃんと現実的だ。霧山のこういう部分は、少しだけ見直す瞬間がある。


田村がそこで割り込むように口を開く。


「俺は占い師部」


「……占い師部?」


五条は一瞬、聞き間違いかと思った。


「あるんだよ、この学校」


田村はスマホを見ながら、当然のように言う。その態度が余計に現実味を薄くしている。


「占い師部って何すんだよ」


「占うんじゃね」


「雑すぎるだろ」


霧山が小さく笑う。


「この学校なら普通にありそうなのが怖いよね」


その言葉に、五条は反論できなかった。反論できないことが、この学園の一番厄介なところだ。


昼休みの終わり、五条はいつもの弁当を広げる。特別な料理ではないが、自分で作ったものだというだけで少し落ち着く。周りの喧騒を聞きながら食べる時間は、思ったより嫌いではなかった。


そのとき霧山が横に座る。


「ねえ、料理ちょっと教えてほしいんだけど」


突然の言葉だった。


「なんで急に」


「いや、ちゃんと作れるようになりたいなって思って」


その目は冗談ではなかった。軽いノリに見えて、意外と真面目な理由だと分かる。


五条は少しだけ考えてから頷いた。


「別にいいけど」


その一言で、霧山の表情が少しだけ明るくなる。


___


放課後、調理室へ向かうと、そこは思っていたよりも広く、整っていた。霧山はエプロンをつけるだけで少し手間取っていて、それを見て田村が小さく笑っている。


「お前それ大丈夫か?」


「うるさい」


そんなやり取りをしながら、調理は始まった。


作るのはハンバーグだった。理由は特にない。霧山が作りたいと言ったからそれになっただけだ。


玉ねぎのみじん切りは思った以上に手際が良かった。包丁の扱いも危なげがない。五条はその手元を見ながら、少しだけ違和感を覚える。


「初めてじゃないだろ」


「うん、まあちょっとは」


曖昧な返事だったが、それ以上は聞かなかった。


焼き上がったハンバーグは見た目からして悪くなかった。田村が「普通にうまそう」と言いながら勝手に一口食べる。


そして少しだけ間が空いたあと、「普通にうまい」と言った。


霧山は少しだけ照れて笑う。その表情はいつもの明るさとは違う、静かな達成感のようなものだった。


「ほんと?」


「うん、普通にすごいと思う」


五条も同意するように頷いた。素直にうまいと思った。


その日の土曜日、三人は自然な流れで外に出ていた。特に予定を決めたわけではない。ただ気づけば一緒に行動していた。


ゲームセンターでは霧山が妙に運が良かった。クレーンゲームで何度か普通に景品を取っていて、田村がそれを見て騒いでいる。


「お前それ絶対おかしいって!」


「運だよ運」


霧山は笑っていたが、田村は納得していない顔だった。


___


日曜日はボーリングだった。ここで田村の異常さがはっきり出る。最初から最後まで、ほとんどストライクかスペアしか出さない。


「お前、ほんとに人間か?」


五条が思わずそう言うと、田村は肩をすくめる。


「普通だろ」


その言葉が一番信用できなかった。


霧山も笑っていたが、どこか呆れているようにも見えた。


帰り道、夕方の空は少し赤く染まっていた。三人で並んで歩きながら、特に意味のない会話が続く。


霧山がふと呟く。


「心霊部ってさ、本当に幽霊いるのかな」


田村は少しだけ間を置いてから答えた。


「いるんじゃね」


「軽いな」


五条がそう言うと、田村は笑った。


「だってこの学校だし」


その言葉は冗談のようでいて、妙に引っかかった。


否定できないのが嫌だった。


その夜、寮の部屋で五条は天井を見ていた。特別なことは何もない一日だったはずなのに、なぜか頭の中に残っているものが多い。


田村の占い師部。霧山の料理の手際。ボーリングの異常なスコア。


どれも小さなことだ。けれど、それが積み重なると妙な違和感になる。


この学園は、何かが少しずつズレている。


そう思ってしまう自分がいる。


窓の外は静かだった。静かすぎるくらいに。


五条は目を閉じながら、まだ何も始まっていないはずのこの学園に、確かに何かが潜んでいる気配を感じていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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