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霊冥学園  作者: ルセイ
3/5

3話 心霊ノ箱へヨウコソ

心霊部。


その名前を最初に聞いたのは、入学してまだ間もない頃だった。


特別な理由があったわけじゃない。ただ、廊下の雑談や、教室の隅で交わされる何気ない会話の中に、何度かその単語が混じっていただけだ。


だが、不思議なことにその言葉はやけに耳に残った。


____


担任の加藤が言っていた言葉も、頭のどこかに残っている。


「この学園な、たまに“出る”からな」


冗談のような口調だった。

笑いながら言っていたはずなのに、その目だけはほんの少しだけ真剣だった気がする。


「だからまぁ、変なことあったら心霊部にでも相談しとけ」


その時は、軽く聞き流した。


普通なら、そんなものだと思って終わる話だ。


だが、この学園に来てから、“普通”の基準が少しずつズレている気がする。



2階・部活動エリア。


廊下は想像以上に騒がしかった。


運動部の掛け声。文化部の勧誘の声。笑い声。足音。


それらが混ざっているはずなのに、不思議と耳にはうるさく感じない。


むしろ“この空間の正しい音”として成立しているようだった。


その中で、一箇所だけ異様に静かな場所があった。


音がないわけではない。人もいる。


それなのに、そこだけ空気が違う。


まるで周囲の音だけが一段落ちたような、妙な隔離感。


扉にはシンプルな文字。


心霊部


装飾もない。色気もない。


ただ、その単語だけが妙に重く見えた。


「ここで何してる?」


背後から声がした。


振り返ると、長身の男が立っている。


朝倉康太。


この部活の部長。


その立ち姿は、どこか自然だった。


無理に存在感を出しているわけではないのに、気づけば視線がそこに向いている。


そんな人間。


「部活見学です」


五条がそう答えると、朝倉は小さく頷いた。


それだけで会話が終わりそうな、短い間。


「入るのか?」


「まだ決めてません」


その答えに対して、朝倉は特に表情を変えない。


むしろ、それが想定内だったように見える。


「まぁ普通はそうだな」


小さく息を吐くように言ってから、扉を開けた。



心霊部室


中に入った瞬間、少しだけ拍子抜けする。


想像していたような異様さはない。


むしろ、整いすぎている。


机はきっちり並び、書類も揃っている。

埃もなく、生活感すら薄い。


(普通すぎる……)


逆に違和感がある。


名前と中身が一致していない。


そんな感覚。


「おや」


奥から声がした。


ゆっくり視線を向けると、黒髪の男がこちらを見ていた。


片目は赤。片目は青。


明らかに普通ではない目の色。


(……目、すごいな)


一瞬そう思うが、それを口には出さない。


この学園では、それくらいは“あり得る範囲”に感じてしまうのが怖い。


「五条零です」


軽く頭を下げる。


すると男は柔らかく笑った。


「よろしく。安藤海良だ」


その声は落ち着いている。


距離の取り方も自然で、初対面特有の警戒を感じさせない。


「今日は何人来た?」


朝倉が安藤に声をかける。


安藤は少しだけ視線を上に向けて考えるような仕草をした。


「今のところ2人かな」


「最終的には4人くらいだと思う」


「そうか……」


朝倉はそれだけ言うと、軽く目を細めた。


(人数を気にしてるのか)


その言い方には、ただの部活とは違う意図がある気がした。


そのとき、扉が再び開く。


「すみません、ここって心霊部ですか?」


明るい声。


五条の視線がそちらへ向く。



「石原!?」


思わず声が出る。


「知り合いか?」


朝倉が聞く。


「同じクラスです」


石原は軽く手を振った。


その仕草はいつも通り軽い。


「お前も見学?」


「いや、入るつもり」


即答だった。


迷いがない。


朝倉は小さく頷く。


「なら来週、部活届を持ってきなさい」


(やっぱりそういうのあるんだな)


この学園の“部活”は、少しだけ形式が違う。


「見学はできますか?」


石原が聞くと、朝倉は短く答えた。


「問題ない」


「安藤、お茶を」


「了解」


安藤はすぐに動く。


その動きには無駄がない。


机の上に並べられた湯気の立つ湯呑みを見ながら、五条は少しだけ違和感を覚える。


(この部活、妙に落ち着いてるな)


騒がしくもない。


張り詰めてもいない。


ただ静かに“仕事をしている場所”のような空気。



朝倉が椅子に座ると、部屋の空気がわずかに変わった。


先ほどまでの緩さが消え、少しだけ引き締まる。


「この学園にはな」


ゆっくりとした声。


「昔から説明できない現象がある」


窓の外から差し込む光が、机の上で揺れる。


その光の中で、朝倉の声だけがやけに静かに響いた。


「幽霊、と呼ばれている」


石原が少しだけ眉を動かす。


五条は黙ったまま聞いている。


「それを調べるのが俺たちの仕事だ」


「依頼があれば動く」


「それだけだ」


言葉は淡々としているのに、内容だけが異様に重い。


「なぜ報道されないんですか?」


石原が尋ねる。


朝倉はすぐには答えなかった。


窓の外に視線を向ける。


「……幽霊課っていう組織がある」


「警察の中の専門部署だ」


「情報は基本的に外には出ない」


「政府の判断だ」


その瞬間、五条の中で“話のスケール”が一段跳ねる。


(部活の話じゃないだろ、これ)


「今年は4件だ」


「ただ軽い」


「物が消えるとか、目撃情報とか」


軽い。


その言葉だけが引っかかる。


(軽いって何基準だよ)


「ただ去年は違った」


空気が少しだけ沈む。


「変死体が出た」


一瞬、誰も動かない。


音だけが止まる。


(初耳なんだが…)


「俺たちで調査して、報告した」


「処理は幽霊課がやった」


(処理って……)


その単語が頭の中に残る。


「俺たちでも対処はできる」


朝倉は何でもないように言う。


(できるのか、それ)


その疑問は飲み込むしかなかった。


「1年はまず力をつけろ」


「その後にサポートだ」


「大丈夫だ。守る側に回る」


先輩ズラしても怖い


その言葉は優しい。


だが、どこか当たり前のようだった。


_____


気づけば外は暗くなり始めていた。


時間の流れが少しだけ歪んでいる気がする。


「今日はここまでだ」


朝倉が立ち上がる。


それを合図に、空気が元に戻る。


五条は部室を出る。


廊下の光は、さっきまでの空気が嘘のように普通だった。


(さっきの部屋、なんだったんだ……)



夜。


寮へ戻る。


田村と食堂で飯を食う。


カレー。


普通にうまい。


だが、頭の中からは消えない。


(幽霊課)


(変死体)


(心霊部)


どれも現実感があるようで、ない。


窓の外を見る。


夜の学園は静かだった。


ただ一つだけ。


廊下の奥が、妙に“深く”見えた。


(気のせいだろ)


そう思おうとした。


だが視線だけは、そこから離れなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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