5話 入部ト霊
月曜日の午後、教室の空気は週明け特有の重さを引きずっていた。
窓から差し込む光だけがやけに明るく、教室全体のだるさを無理やり浮かせているように見える。五条零は提出書類を片手に廊下を歩きながら、少しだけ息を吐いた。
(ようやく正式に入るか)
心霊部。
その名前に慣れてきたようで、まだどこか引っかかる感覚がある。普通の部活とは言い切れない空気を持っている場所だと、もう理解し始めていた。
部室の前に着くと、中から人の声が聞こえる。扉を開けると、すでに数人が揃っていた。石原蓮太郎と、見慣れない二人の一年生。そして先輩たちの姿。
これで一年は四人になるのかと五条は思う。
部室の空気は静かだが、張り詰めているわけではない。妙に整っている。机の並び、資料の配置、壁の掲示物まで乱れがない。その整然さが逆に不自然に感じられた。
「今年の一年は多いな!」
朝倉康太が笑いながら言う。その声はよく響くが、軽さと重さのバランスが絶妙で、ただの冗談には聞こえない。彼は椅子から立ち上がり、軽く手を叩く。その音で空気が少しだけ引き締まった。
「改めて自己紹介をしよう」
その言葉と同時に、場の主導権が完全に朝倉へ移る。
まず朝倉自身が前に出る。
「俺は朝倉康太。三年、心霊部の部長だ」
少し肩をすくめるような仕草をしながら続ける。
「元々は生徒会にもいたが、今はこっちを優先してる」
その言い方は軽いが、なぜか“選択した理由”の重さだけが残る。
次に安藤海良が一歩前に出る。黒い髪に赤と青のオッドアイ。その目だけで初見の印象を塗り替えるほどの存在感があった。
「安藤海良。二年」
短い。
だがその一言で十分な情報量があるような気さえする。
「空手と剣道をやってた」
淡々とした声なのに、妙な説得力がある。戦うことに慣れている人間特有の静けさだった。
続いて女性が一歩前へ出る。
「倉野明よ。三年」
落ち着いた声。視線はまっすぐで、揺れがない。
「柔道をやっていたわ」
それだけで空気が少し引き締まる。言葉の短さ以上に、“余計なことを言わない人間”という印象が強い。
もう一人の二年生が軽く手を振る。
「宮本紗理奈です。ダンスやってます」
明るい声だが、部室の空気を壊さない程度に抑えられている。全体のバランスを崩さない立ち位置を自然に理解しているようだった。
そして一年生の順番になる。
石原蓮太郎が前に出る。
「合唱部でした」
その一言に、一瞬だけ小さな間が生まれる。この場の空気とあまりにもギャップがあるからだ。
次に矢野凛。
「バスケ部でした。よろしくお願いします」
短いが、視線は落ち着いていて周囲を観察している。
最後に村田乃亜。
「サッカー部でした。よろしく」
迷いがない。必要な情報だけを置いていくような言い方だった。
そして五条零。
軽く一歩前に出る。
「京都出身で、弓道部でした」
それだけ言って下がる。特別な反応はない。この学園ではそれが普通なのだと、もう分かっている。
朝倉は全員を見渡し、軽く頷いた。
「よし、全員揃ったな」
そして声のトーンを少し落とす。
「一年はしばらく基礎だ」
その瞬間、部室の空気がわずかに変わる。
「幽霊への対抗手段、それと幽霊課の人間の把握」
その単語が出るたびに、現実味が薄くなるはずなのに、この学園では逆に“現実の一部”として成立してしまう。
「依頼が来たら、まずは先輩の指示に従え」
「無理はするな。お前らはまだ新人だ」
その言葉は優しいはずなのに、どこか“警告”にも聞こえた。
五条はその言葉を聞きながら、ここがただの部活ではないことを改めて理解していた。
そして夜。
学園は静まり返っていた。
街灯の光が等間隔に並び、寮へ続く道を淡く照らしている。その道を二人の教師が歩いていた。
一人は肩を軽く回しながら息を吐く。
「今年の一年はどうだ?」
「悪くない。むしろ当たりだな」
軽い会話のようでいて、どこか仕事終わり特有の疲労と緊張が混ざっている。
___
二人は温泉施設から出てきたばかりだった。この学園には温泉があり、夜でも利用できる。日常と非日常の境界がやはり曖昧だ。
その帰り道だった。
「そういえば──」
一人が足を止める。
視線の先に影があった。
地面に倒れている人間。
「人が倒れてる」
声のトーンが一気に変わる。
二人は駆け寄る。
近づいた瞬間、その表情が固まる。
「……渡辺先生だ」
2年1組担任。
呼吸がない。
その事実を確認するまでもなく、状況は明白だった。
「息してない……!」
声が少し震える。
すぐにスマホが取り出される。
「救急車と警察を!」
夜の静寂が一気に崩れる。
だが違和感はそこからだった。
「……まだ温かい」
死亡直後特有の温度。
それなのに、どこか不自然な残り方をしている。
「おかしくないか?」
「渡辺先生って俺達と風呂を一緒に入っていたよな?まだ風呂から出て数分しか経ってないはずだ…なのに誰が一体…」
その言葉が空気を重くする。
そしてそのときだった。
少し離れた場所。
「……あれ」
声が止まる。
そこにいた。
ボロボロの制服を着た女性。
この学園の制服。
だが明らかに“着崩れ”ではない異常さ。
そして──
浮いていた。
地面からわずかに。
重力から外れたように。
「おい……」
声がかすれる。
女性の口が動く。
何かを言おうとしている。
「わ……た……な……べ……せ……ん……せ……い……」
途切れた音。
意味にならない断片。
そして、その顔がわずかに歪む。
笑ったようにも見えた。
悲しみでも怒りでもない。
ただ、“そこにあるべきではない何か”の表情。
夜の学園に、静かな異常が確かに生まれた。
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