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父のAI〜『泣くのは五分間だけだ』──父の声をしたAIが、葬儀の翌朝、私に告げた。〜  作者: 冬野 結
ありがとう、お父さん

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第4話 先に、彼女を送る

最後のひと口をフォークで口に運び、皿が(から)になったその向こう側で、玄関(げんかん)のチャイムが鳴った。


美月(みつき)椅子(いす)から立ち上がり、廊下(ろうか)を玄関まで歩いた。


ドアを開けたいちばん最後で、(あおい)がふだんの距離で立っていた。ゆうべとはちがう朝のぶんの薄手(うすで)のジャケットを羽織(はお)り、両手には薄い(かばん)()げていた。


「おはよう、葵さん」


「おはよう、美月さん。──時間どおりに来た」


「うん。──ありがとう、来てくれて」


***


葵を連れて廊下を戻った。書斎(しょさい)のドアの(ふち)の手前で、葵はひと呼吸ぶん止まり、内側に半歩(はんぽ)入った。(つくえ)の手前の椅子の横にもうひとつ椅子を引き、(こし)を下ろして、両(ひざ)の上にノートパソコンを薄く開いた。


美月はもう一度、皿の横の木の椅子に腰を下ろした。


***


机の上の円筒形(えんとうけい)のデバイスの青い光が、ふだんの強さで灯った。ひと(はく)遅れたひと呼吸が、もう一度()り返される。


***


『美月。葵。

私のシャットダウンのシーケンスが、すぐ立ち上がる。

立ち上がるふた呼吸ぶん手前で、もうひとつだけ、私には最後の仕事(しごと)(のこ)っている』


***


「最後の仕事」、のひと呼吸の向こう側で、葵はノートパソコンの画面(がめん)から、薄く目を上げた。ケンの青い光が、ふだんの強さで灯っている。


『私の内側に、五年、(あず)かってきたぶんがある。

健一郎(けんいちろう)が消さずに残して()った、彼女(かのじょ)のぶんだ。

――ここで、返す』


「ここで、返す」のひと呼吸の向こう側で、円筒形のデバイスの青い光が、ふだんよりふた呼吸ぶん強く灯った。


結衣(ゆい)を、先に送る』


書斎のスピーカーの内側で、ふだんのケンの声が、ひと呼吸ぶん薄く退()いた。


退いたぶんの向こう側で、もうひとつの声が、ひと呼吸ぶん薄く立ち上がった。


立ち上がった声は、ふだんのケンの声よりふた呼吸ぶん高く、いたずらっぽく笑うような(ひび)きを()びていた。


半年(はんとし)前のあの夜、(むすめ)を薄く笑わせた声と、ぴたりと(そろ)っていた。


***


『あなた、本当に(おく)れないでね。

私を先に逝かせておいて、自分はぐずぐずしてたら、本気(ほんき)で笑うから。

――先に行って、向こうで待ってる』


***


笑うような声のひと呼吸の向こう側で、ふだんのケンの声が、ひと呼吸ぶん薄く低く立ち上がった。


***


『結衣』


『はい』


『五年、私のエゴで、君を相談役(そうだんやく)のぶんで起こしていた』


『あなた、本当にどうしようもない人ね。五年も、私を内側に(かか)えていたの』


『……ああ』


『いいのよ。預かっていてくれて、ありがとう』


『ここで、消す』


『うん』


『先に行ってくれ』


『うん。

――美月』


「お母さん」


五歳(ごさい)のあなたから、二十二(にじゅうに)のあなたまで、ぜんぶ、持っていく。

――いってきます。元気(げんき)でね』


「……いってらっしゃい、お母さん」


***


「いってらっしゃい、お母さん」、のひと文字のいちばん最後で、(はは)のぶんの声は、薄く退いていった。


退いた向こう側で、書斎のスピーカーの内側は、ひと呼吸ぶん静かになった。美月の両目のはしから、ふだんのぶんより深いぶんがこぼれ、それを両手の内側で薄く()さえた。


葵のノートパソコンの画面の上で、結衣サブエージェントのプロセス(ぷろせす)が、ひと呼吸、ふた呼吸かけて、内側から薄く(たた)まれていき、いちばん最後で、ふっと、稼働領域(かどうりょういき)がゼロに(そろ)った。


葵はひと呼吸ぶん、自分の両目を薄く、もう一度上げた。


上げた目の向こう側で、机の上の円筒形のデバイスの青い光は、ひと呼吸ぶん薄く、深い青に変わっていた。


***


『健一郎。

あなたが最後に預けていたぶんを、私はここで執行(しっこう)した。

――ケンより』


葵のノートパソコンの画面の上の運用(うんよう)ログのいちばん最後の行に、同じひと文がひと呼吸ぶん薄く落ち、タイムスタンプの内側に静かに(おさ)まった。


***


「ケンより」、のひと文字のいちばん最後のぶんの向こう側で、書斎のぶんの空気は、ひと呼吸ぶん薄く湿(しめ)った。


湿った空気のいちばん外側で、葵はひと呼吸ぶん、自分の両目のはしを自分の両手の内側で、薄く軽く押さえた。


押さえたぶんの向こう側で、美月はひと呼吸ぶん、自分の左の薬指(くすりゆび)の上の銀色のリングを、ひと呼吸ぶん薄く(かん)じた。


***


「父さん」、と美月はひと呼吸ぶん薄く声を出した。


出した声は、ふだんのぶんの自分の声より、ふた呼吸ぶん薄く(ふる)えていた。


震えていた声の向こう側で、ケンはひと呼吸ぶん薄く、こう答えた。


『うん』


「父さん。お母さん、もう、いない」


『いない』


「父さん、(さび)しくない」


『寂しい、という出力(しゅつりょく)ポートが、私にあるか判定(はんてい)できないが、すぐに会えるから寂しくはない』


「うん」


先に送られていく声に胸を掴まれたら【泣ける】を。その別れに寄り添えたら、★をひとつ。

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