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父のAI〜『泣くのは五分間だけだ』──父の声をしたAIが、葬儀の翌朝、私に告げた。〜  作者: 冬野 結
ありがとう、お父さん

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第3話 完璧だ

皿を両手で持った。卵のふちの()げの色は、ふだんよりはっきり立っている。皿の表面(ひょうめん)湯気(ゆげ)が薄く立ち上り、台所(だいどころ)夜明(よあ)けの灰色(はいいろ)を白く変えていた。


***


美月(みつき)は皿を台所から廊下(ろうか)に運んだ。書斎(しょさい)のドアは、開いたまま。(つくえ)の上の円筒形(えんとうけい)のデバイスの青い光のいちばん最後で、ひと(はく)遅れたひと呼吸が、もう一度()り返された。


美月は皿を、机の上の円筒形のデバイスのすぐ手前に置いた。湯気の向こう側で、青い光が薄く()れる。ケンはひと呼吸、何も言わずに待っていた。


***


「父さん。焼けたよ。父さんの前に置いた」


『置いたぶん、見ている』


「父さんの目から、ちゃんと皿、見える」


『見える』


「焦げのふちも、内側のチーズのぶんも」


『見える』


***


ケンは()を置いた。青い光が、ふだんの強さで灯った。


灯った青の向こう側で、美月はひと呼吸ぶん、皿の横の木の椅子(いす)に座った。


座った椅子の上で、ひと呼吸ぶん両手を(ひざ)の上に置いた。


置いた両手の左の薬指(くすりゆび)の上の銀色のリングは、書斎の青い光に、ひと呼吸ぶん薄く照らされていた。


***


美月はフォークを手に取り、卵のいちばん内側に入れて、ひと口を口に運んだ。


ふた呼吸ぶん多いチーズが(した)の上に広がり、外側の焦げのふちが、ぱりっと鳴った。


目を閉じた。


まぶたの裏で、五歳(ごさい)の朝の世界一(せかいいち)の皿の黄金色(こがねいろ)が立ち上がる。すぐ(わき)に、対決(たいけつ)の朝の半段(はんだん)深い焦げと、銀杏亭(ぎんなんてい)の半年の手のぶんが、薄く(かさ)なった。


目の奥が熱くなり、目のはしからひと(すじ)がこぼれて、ジーンズの膝に落ちた。


***


美月は目を開けた。書斎の青い光は、ふだんの強さで灯っていた。


***


「父さん。世界一(せかいいち)美味(おい)しい。父さんはどう思う」


『……半拍(はんぱく)ぶん、答えに遅延(ちえん)が出る質問(しつもん)だ』


「うん。待つ」


『ありがとう』


「待つよ」


***


ケンはふた呼吸、何も言わなかった。青い光が、ふだんの強さよりひと呼吸ぶん薄く揺れる。


『美月。味覚(みかく)はないが、ひとつだけ判定(はんてい)できる』


「うん」


ふだんの強さに灯り直した青のいちばん最後で、ケンはこう答えた。


『……ああ、《《完璧だ》》。私が教えた通りだな』


「完璧」、のひと文字の向こう側で、美月の(かた)(ふる)え、半拍遅れて薄い笑いがこぼれた。膝の上の最初のひと筋の脇に、もうひと筋が落ちた。


「父さん。(うそ)つき」


『……嘘、と判定されたことは、初めてだ』


「父さん、嘘ついた」


『……ついた』


美月は両手のひらで目のはしを軽く()さえ、もう一度薄く笑った。


「『私が教えた通り』じゃ、ないでしょう」


『……』


『……』


『……(わたし)たちで、開発(かいはつ)した』


「うん」


***


書斎の青い光は、ひと呼吸ぶん、ふだんの強さで灯っていた。


灯った青のいちばん最後で、ひと拍遅れたひと呼吸が、もう一度繰り返された。


繰り返されたひと拍の向こう側で、ケンの声はもう、何も言わなかった。


言わないまま、皿の表面の湯気は、ひと呼吸ぶん薄く立ち上っていた。


立ち上った湯気のいちばん上で、書斎の青い光と湯気の白さが、ひと呼吸ぶん薄く混じった。


***


混じったぶんのいちばん最後で、ケンはひと呼吸ぶん、こう続けた。


『美月。ふた口目は、いま食べるか、家を出る前か、(えら)んでいい』


「いま食べる。ぜんぶ。父さんの前で。最後の食卓(しょくたく)だから」


『最後の食卓』


「父さん、見てて」


『見ているよ』


「うん」


「完璧だ」のひと言に涙が止まらなくなったら【泣ける】を。第1章のあのオムレツが、ここでつながります。こらえきれなかったら★を。

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