第3話 完璧だ
皿を両手で持った。卵のふちの焦げの色は、ふだんよりはっきり立っている。皿の表面で湯気が薄く立ち上り、台所の夜明けの灰色を白く変えていた。
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美月は皿を台所から廊下に運んだ。書斎のドアは、開いたまま。机の上の円筒形のデバイスの青い光のいちばん最後で、ひと拍遅れたひと呼吸が、もう一度繰り返された。
美月は皿を、机の上の円筒形のデバイスのすぐ手前に置いた。湯気の向こう側で、青い光が薄く揺れる。ケンはひと呼吸、何も言わずに待っていた。
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「父さん。焼けたよ。父さんの前に置いた」
『置いたぶん、見ている』
「父さんの目から、ちゃんと皿、見える」
『見える』
「焦げのふちも、内側のチーズのぶんも」
『見える』
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ケンは間を置いた。青い光が、ふだんの強さで灯った。
灯った青の向こう側で、美月はひと呼吸ぶん、皿の横の木の椅子に座った。
座った椅子の上で、ひと呼吸ぶん両手を膝の上に置いた。
置いた両手の左の薬指の上の銀色のリングは、書斎の青い光に、ひと呼吸ぶん薄く照らされていた。
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美月はフォークを手に取り、卵のいちばん内側に入れて、ひと口を口に運んだ。
ふた呼吸ぶん多いチーズが舌の上に広がり、外側の焦げのふちが、ぱりっと鳴った。
目を閉じた。
まぶたの裏で、五歳の朝の世界一の皿の黄金色が立ち上がる。すぐ脇に、対決の朝の半段深い焦げと、銀杏亭の半年の手のぶんが、薄く重なった。
目の奥が熱くなり、目のはしからひと筋がこぼれて、ジーンズの膝に落ちた。
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美月は目を開けた。書斎の青い光は、ふだんの強さで灯っていた。
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「父さん。世界一美味しい。父さんはどう思う」
『……半拍ぶん、答えに遅延が出る質問だ』
「うん。待つ」
『ありがとう』
「待つよ」
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ケンはふた呼吸、何も言わなかった。青い光が、ふだんの強さよりひと呼吸ぶん薄く揺れる。
『美月。味覚はないが、ひとつだけ判定できる』
「うん」
ふだんの強さに灯り直した青のいちばん最後で、ケンはこう答えた。
『……ああ、《《完璧だ》》。私が教えた通りだな』
「完璧」、のひと文字の向こう側で、美月の肩が震え、半拍遅れて薄い笑いがこぼれた。膝の上の最初のひと筋の脇に、もうひと筋が落ちた。
「父さん。嘘つき」
『……嘘、と判定されたことは、初めてだ』
「父さん、嘘ついた」
『……ついた』
美月は両手のひらで目のはしを軽く押さえ、もう一度薄く笑った。
「『私が教えた通り』じゃ、ないでしょう」
『……』
『……』
『……私たちで、開発した』
「うん」
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書斎の青い光は、ひと呼吸ぶん、ふだんの強さで灯っていた。
灯った青のいちばん最後で、ひと拍遅れたひと呼吸が、もう一度繰り返された。
繰り返されたひと拍の向こう側で、ケンの声はもう、何も言わなかった。
言わないまま、皿の表面の湯気は、ひと呼吸ぶん薄く立ち上っていた。
立ち上った湯気のいちばん上で、書斎の青い光と湯気の白さが、ひと呼吸ぶん薄く混じった。
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混じったぶんのいちばん最後で、ケンはひと呼吸ぶん、こう続けた。
『美月。ふた口目は、いま食べるか、家を出る前か、選んでいい』
「いま食べる。ぜんぶ。父さんの前で。最後の食卓だから」
『最後の食卓』
「父さん、見てて」
『見ているよ』
「うん」
「完璧だ」のひと言に涙が止まらなくなったら【泣ける】を。第1章のあのオムレツが、ここでつながります。こらえきれなかったら★を。




