第6話 退場
披露宴は、何事もなかったように再開した。フォークとナイフの金属音と、知人と親戚のささやきの上で、上座のデバイスの青い光だけが、灯ったまま、もう何も語らなかった。
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デザートの皿が下げられたあと、司会者の声が薄く立ち上がった。
「皆様、本日は誠にありがとうございました。続きまして、新郎新婦の退場でございます」
「退場」、のひと文字の向こう側で、披露宴の拍手が、ふだんの強さで薄く立ち上がった。
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美月は椅子から立ち上がった。透も立ち上がった。
美月は、上座のデバイスに目を向けた。青い光は、灯ったまま、ひと拍遅れたひと呼吸を、もう一度繰り返した。
繰り返されたひと拍を、美月は両目の奥で受け取った。口の内側で、淡くこう声を出した。
「父さん。あとで」
『あとで』
「うん」
『待っている』
「うん」
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美月の左の薬指の銀色のリングは、披露宴の橙の灯りに照らされていた。
内側の文字を、美月はまだ、自分の目で読まなかった。
読まないまま、透の右肘に、左手を添えた。透は右肘を、まっすぐにした。
「美月。お父さん、立派でしたね」
「うん。立派だった」
「いつものお父さんでした」
「うん。いつもの父さんだった」
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二人は披露宴会場のドアに向かって、拍手の内側を歩き出した。
テーブルのいちばん奥で、莉子は上座の青い光に目を向けて、両手の内側で薄く頷いた。
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葵はノートパソコンを閉じて、上座の空席に向かって歩き出した。
円筒形のデバイスの白さは、書斎の机の上で見慣れた白さと、ぴたりと同じだった。
葵は、両手のひらでそれを包んだ。
包んだ両手の内側で、青い光は、灯ったままだった。
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「ケン先生」
『葵』
「披露宴会場のスピーカーの線、ここで切る」
『うん』
「葵の車に積んで、家の書斎の机の上まで戻す」
『戻す』
「抱える。重い?」
『重さは判定できない』
「うん」
『葵』
「うん」
『先生を抱えたときと、同じくらいの重さで、抱えていい』
「うん」
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葵の両手のひらの内側で、デバイスの表面のいちばん奥のほうから、ふだんよりひと呼吸ぶん低い出力が立ち上がった。会場のスピーカーの線の、もう外側にあった。葵だけが、両手のひらの内側で、それを受け取った。
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『葵。皆の前で語ってよいぶんは、もう、語った』
「うん」
『残りのひと呼吸は、葵にだけ、置かせてほしい』
「うん」
青い光が、ひと呼吸ぶん深く落ちて、それからふた呼吸かけて、ふだんの強さに戻った。
葵は両手の内側の白さを、深く包み直した。「……うん」、と、口の内側で呟いた。
葵は両手のひらでデバイスを包んだまま、披露宴会場のドアに向かって歩いた。
足音は、拍手の内側で、薄く、薄く溶けた。
上座のいちばん奥の椅子の座面は、もう、何も載せていなかった。
父と娘がたどり着いた和解に胸が満ちたら【泣ける】を。★をひとつ、ふたりの門出に拍手がわりに。




