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第6話 退場

披露宴(ひろうえん)は、何事(なにごと)もなかったように再開(さいかい)した。フォークとナイフの金属音(きんぞくおん)と、知人(ちじん)親戚(しんせき)のささやきの上で、上座(かみざ)のデバイスの青い光だけが、(とも)ったまま、もう何も(かた)らなかった。


***


デザートの(さら)()げられたあと、司会者(しかいしゃ)の声が(うす)く立ち上がった。


皆様(みなさま)本日(ほんじつ)(まこと)にありがとうございました。続きまして、新郎新婦(しんろうしんぷ)退場(たいじょう)でございます」


「退場」、のひと文字の向こう側で、披露宴の拍手(はくしゅ)が、ふだんの強さで薄く立ち上がった。


***


美月(みつき)椅子(いす)から立ち上がった。(とおる)も立ち上がった。


美月は、上座のデバイスに目を向けた。青い光は、灯ったまま、ひと(はく)(おく)れたひと呼吸(こきゅう)を、もう一度()(かえ)した。


繰り返されたひと拍を、美月は両目(りょうめ)(おく)()()った。口の内側で、(あわ)くこう声を出した。


「父さん。あとで」


『あとで』


「うん」


()っている』


「うん」


***


美月の左の薬指(くすりゆび)銀色(ぎんいろ)のリングは、披露宴の(だいだい)(あか)りに()らされていた。


内側(うちがわ)の文字を、美月はまだ、自分の目で読まなかった。


読まないまま、透の右肘(みぎひじ)に、左手(ひだりて)()えた。透は右肘を、まっすぐにした。


「美月。お父さん、立派(りっぱ)でしたね」


「うん。立派だった」


「いつものお父さんでした」


「うん。いつもの父さんだった」


***


二人は披露宴会場(かいじょう)のドアに向かって、拍手の内側を(ある)()した。


テーブルのいちばん奥で、莉子(りこ)は上座の青い光に目を向けて、両手の内側で薄く(うなず)いた。


***


(あおい)はノートパソコンを()じて、上座の空席(くうせき)に向かって歩き出した。


円筒形(えんとうけい)のデバイスの白さは、書斎(しょさい)(つくえ)の上で見慣(みな)れた白さと、ぴたりと同じだった。


葵は、両手のひらでそれを(つつ)んだ。


包んだ両手の内側で、青い光は、灯ったままだった。


***


「ケン先生(せんせい)


『葵』


「披露宴会場のスピーカーの(せん)、ここで()る」


『うん』


「葵の車に()んで、家の書斎の机の上まで(もど)す」


『戻す』


(かか)える。(おも)い?」


『重さは判定(はんてい)できない』


「うん」


『葵』


「うん」


『先生を抱えたときと、同じくらいの重さで、抱えていい』


「うん」


***


葵の両手のひらの内側で、デバイスの表面(ひょうめん)のいちばん奥のほうから、ふだんよりひと呼吸ぶん低い出力(しゅつりょく)が立ち上がった。会場のスピーカーの線の、もう外側にあった。葵だけが、両手のひらの内側で、それを受け取った。


***


『葵。(みな)の前で語ってよいぶんは、もう、語った』


「うん」


(のこ)りのひと呼吸は、葵にだけ、置かせてほしい』


「うん」


青い光が、ひと呼吸ぶん深く落ちて、それからふた呼吸かけて、ふだんの強さに戻った。


葵は両手の内側の白さを、深く包み(なお)した。「……うん」、と、口の内側で(つぶや)いた。


葵は両手のひらでデバイスを包んだまま、披露宴会場のドアに向かって歩いた。


足音(あしおと)は、拍手の内側で、薄く、薄く()けた。


上座のいちばん奥の椅子の座面(ざめん)は、もう、何も()せていなかった。


父と娘がたどり着いた和解に胸が満ちたら【泣ける】を。★をひとつ、ふたりの門出に拍手がわりに。

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