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第5話 ケンの一礼

スピーカーの内側で、ノイズの()じった父の声は、立ち上がったままだった。


ケンはこう(つづ)けた。


***


皆様(みなさま)突然(とつぜん)()()み、(もう)(わけ)ない。


私は、佐倉健一郎(さくらけんいちろう)対話型(たいわがた)AIだ。


便宜上(べんぎじょう)呼称(こしょう)、ケン。


上座(かみざ)空席(くうせき)に置かれた円筒形(えんとうけい)のデバイスが、私だ。


健一郎が生前(せいぜん)、自分の思考(しこう)記憶(きおく)(うつ)して、(むすめ)の家の書斎(しょさい)(つくえ)の上に置いた。


置かれたまま、五年(ごねん)ぶん娘と()らした』


***


「五年ぶん」、のひと文字で、会場(かいじょう)空気(くうき)()れた。


知人(ちじん)親戚(しんせき)視線(しせん)が、空席のデバイスの青い光に(あつ)まった。新郎(しんろう)の母の(かた)(かた)く立ち、年配(ねんぱい)の親戚のスマートフォンは、()せられた。新郎の従兄(いとこ)口元(くちもと)には、(うす)(わら)いが残ったままだった。(となり)の親戚が、(ひじ)で軽くそれを()めた。


(あおい)はノートパソコンの上から、会場の撮影(さつえい)回線(かいせん)を、もう一度()とした。


『皆様の前で言うべきは、ひと言だけだ。

――本日(ほんじつ)は、(まこと)にありがとうございました。

動画(どうが)の健一郎の()わりに、私からも、もう一度。

私が五年ぶん見守(みまも)ってきた娘を、ここから先、どうかよろしくお願いします』


***


「よろしくお願いします」、のひと文字の向こう側で、会場の空気は、薄く湿(しめ)った。


湿った空気のいちばん外側で、ふだんの披露宴(ひろうえん)拍手(はくしゅ)手前(てまえ)が、薄くためらった。


ためらったぶんの向こう側で、ケンはこう続けた。


『私の話の続きは、(べつ)()で、(ゆる)してほしい。

別の場とは、明日(あす)の朝、娘の家の書斎を()す。

皆様の前で(かた)ってよいぶんは、ここまでだ。

御静聴(ごせいちょう)感謝(かんしゃ)します』


***


「感謝します」のひと文字で、スピーカーのノイズは退()いた。


上座のデバイスの青い光が、ひと(はく)(ふか)く落ちた。


ふた呼吸(こきゅう)かけて、ふだんの強さに戻った。


葵が(つぶや)いた。「……一礼」、と。


青い光は、(とも)ったまま止まった。いちばん最後で、ひと拍(おく)れたひと呼吸が、もう一度()(かえ)された。


葵は両目(りょうめ)を伏せたまま止めた。


***


会場の拍手は、ふだんの披露宴の拍手よりふた呼吸ぶん遅れて、薄く立ち上がった。立ち上がった拍手は、ふだんよりふた呼吸ぶん深く、湿っていた。


莉子(りこ)の両目のはしから、もう一度(なみだ)がこぼれた。莉子は両手で()さえた。


(とおる)左手(ひだりて)温度(おんど)は、美月(みつき)の右のてのひらの上に、深く(とど)まったままだった。美月は、ひと呼吸ぶん(にぎ)(かえ)した。透のてのひらは、薄く湿った。


美月は、上座の青い光に目を向けた。目の奥が、ふた呼吸ぶん湿った。


ひと呼吸ぶん、(あわ)(うなず)いた。


頷いたぶんを、ケンは美月の耳飾(みみかざ)()しに、(たし)かに()()った。


***


司会者(しかいしゃ)がマイクを、もう一度上げた。ふだんよりゆっくりと、こう続けた。


「……皆様、御父様(おとうさま)からの御挨拶(ごあいさつ)、ありがとうございました。続きまして、披露宴を(すす)めさせて(いただ)きます」


***


会場の空気は、ふだんの披露宴の空気よりふた呼吸ぶん湿ったぶんに戻った。フォークとナイフの薄い金属音(きんぞくおん)が、もう一度立ち上がった。


上座の青い光は、灯ったまま、もう何も語らなかった。


ケンの一礼に込められた万感に胸を打たれたら【泣ける】を。その所作にじんと来たら★を。

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