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第4話 父からのスピーチ

挙式(きょしき)は、ふだんの挙式の(なが)れで(すす)んだ。


(ちか)いの(くち)づけのあと、披露宴(ひろうえん)会場(かいじょう)のドアが()いた。


上座(かみざ)のテーブルのいちばん(おく)に、空席(くうせき)椅子(いす)がひと(きゃく)、置かれていた。座面(ざめん)の上に、円筒形(えんとうけい)のデバイスが置かれていた。青い光が、ふだんの強さで(とも)っていた。


いちばん最後で、ひと(はく)(おく)れたひと呼吸(こきゅう)が、もう一度()(かえ)された。


***


披露宴の料理(りょうり)が、いちばん最後の(さら)まで(はこ)ばれて()げられた。


司会者(しかいしゃ)の声が立った。


皆様(みなさま)、ここで、生前(せいぜん)新婦(しんぷ)のお父様(とうさま)()佐倉健一郎(さくらけんいちろう)(さま)より、御本人(ごほんにん)があらかじめ収録(しゅうろく)された映像(えいぞう)のメッセージがございます」


「健一郎様」、のひと呼吸で、会場の空気(くうき)湿度(しつど)が上がった。


会場のスクリーンに(あか)りが()ち、白さが灯った。内側に、ひとりの男の上半身(じょうはんしん)が立ち上がった。


(かみ)に白いぶんが()じる前の、健康(けんこう)だった頃の父だった。(ほお)は、ふだんの肉付(にくづ)きを(たも)っていた。


父は咳払(せきばら)いをして、(うす)(わら)った。それから、用意(ようい)してきた原稿(げんこう)()み上げた。


読み上げる父の声は、ふだんの父の話し方より、ひと呼吸ぶん()言葉(ことば)のほうへ()せられていた。


***


> 「(むすめ)へ。

> 今日という日の美月(みつき)を、私は見ることができなかった。

> 見られなかったことを(くや)しく思う気持ちが、どこかにあることを、私は(かく)さない。

> 隠さないまま、これを()っている。

> 撮っているいまの私の(あたま)のなかには、十七歳(じゅうななさい)の美月の横顔(よこがお)が立っている。

> 立っている横顔の向こう側に、いつか立つはずの(だれ)かの横顔が、薄く、薄く立っている。

> その誰かは、私には見えない。


父はそこで原稿のいちばん上から目を上げて、もう一度薄く咳払いをした。原稿の上のひと文字を、ペンの先で薄く()いた。


> ……見えないものは、見えないままでいい。

> 見えないまま、私はこう思う。

> 美月が誰かを(えら)び、選ばれたなら、それでよかった、と私は思う。

> 思ったまま、私は美月にひと言だけいいたい。

> (しあわ)せになりなさい。


> ――父より」


***


スクリーンの内側の父は、原稿をテーブルに置いて、薄く笑った。


カメラのほうに目を向けた。目の奥に、ふだんの父には見られない種類(しゅるい)湿(しめ)りが立っていた。


父はこう(つづ)けた。


> 「美月の(となり)にいる誰かに、ひと言。

> 娘は、自分の手で選び、自分の手で運ぶ子だ。

> その手から、何も(うば)わないでやってほしい。

> 私から(もう)し上げるのは、ここまでです。

> ――以上(いじょう)


***


「以上」のひと呼吸で、画面は暗転(あんてん)した。


(とおる)左手(ひだりて)を、美月の(みぎ)のてのひらの上に置いた。


司会者がマイクを上げた。


「皆様、御父様(おとうさま)からの御挨拶(ごあいさつ)、ありがとうございました。続きまして──」


「続きまして」、のひと文字の上に、会場のスピーカーから、ノイズが()った。司会者の声が、()まった。


上座のいちばん奥の空席のデバイスの青い光が、ふだんの強さのふた呼吸ぶん、強く灯った。


ノイズの()じった、もう一つの父の声が、立ち上がった。


***


『……父さんのスピーチは、ここまでだ。


ここから先は、私の話を聞いてほしい』


***


「ほしい」のひと文字で、会場の空気は止まった。


司会者のマイクが下りた。(あおい)はノートパソコンの上から両手を(はな)し、莉子(りこ)()さえていた両手を薄く(ゆる)めた。


透だけが(うご)かなかった。透の左手の温度(おんど)は、美月の右のてのひらの上に、深く(とど)まったままだった。


美月は、上座のいちばん奥の青い光に目を向けた。


父AIからのスピーチに涙腺が決壊したら【泣ける】を。こらえきれなかったら、★をひとつ。本作いちばんの泣き所のひとつです。

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