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父のAI〜『泣くのは五分間だけだ』──父の声をしたAIが、葬儀の翌朝、私に告げた。〜  作者: 冬野 結
結婚式当日

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第4話 父からのスピーチ

挙式(きょしき)は、ふだんの挙式の流(なが)れで進(すす)んだ。


誓(ちか)いの口(くち)づけのあと、披露宴(ひろうえん)会場(かいじょう)のドアが開(あ)いた。


上座(かみざ)のテーブルのいちばん奥(おく)に、空席(くうせき)の椅子(いす)がひと脚(きゃく)、置かれていた。座面(ざめん)の上に、円筒形(えんとうけい)のデバイスが置かれていた。青い光が、ふだんの強さで灯(とも)っていた。


いちばん最後で、ひと拍(はく)遅(おく)れたひと呼吸(こきゅう)が、もう一度繰(く)り返(かえ)された。


***


披露宴の料理(りょうり)が、いちばん最後の皿(さら)まで運(はこ)ばれて下(さ)げられた。


司会者(しかいしゃ)の声が立った。


「皆様(みなさま)、ここで、生前(せいぜん)の新婦(しんぷ)のお父様(とうさま)、故(こ)・佐倉健一郎(さくらけんいちろう)様(さま)より、御本人(ごほんにん)があらかじめ収録(しゅうろく)された映像(えいぞう)のメッセージがございます」


「健一郎様」、のひと呼吸で、会場の空気(くうき)の湿度(しつど)が上がった。


会場のスクリーンに灯(あか)りが落(お)ち、白さが灯った。内側に、ひとりの男の上半身(じょうはんしん)が立ち上がった。


髪(かみ)に白いぶんが混(ま)じる前の、健康(けんこう)だった頃の父だった。頬(ほお)は、ふだんの肉付(にくづ)きを保(たも)っていた。


父は咳払(せきばら)いをして、薄(うす)く笑(わら)った。それから、用意(ようい)してきた原稿(げんこう)を読(よ)み上げた。


読み上げる父の声は、ふだんの父の話し方より、ひと呼吸ぶん書(か)き言葉(ことば)のほうへ寄(よ)せられていた。


***


> 「娘(むすめ)へ。

> 今日という日の美月(みつき)を、私は見ることができなかった。

> 見られなかったことを悔(くや)しく思う気持ちが、どこかにあることを、私は隠(かく)さない。

> 隠さないまま、これを撮(と)っている。

> 撮っているいまの私の頭(あたま)のなかには、十七歳(じゅうななさい)の美月の横顔(よこがお)が立っている。

> 立っている横顔の向こう側に、いつか立つはずの誰(だれ)かの横顔が、薄く、薄く立っている。

> その誰かは、私には見えない。


父はそこで原稿のいちばん上から目を上げて、もう一度薄く咳払いをした。原稿の上のひと文字を、ペンの先で薄く突(つ)いた。


> ……見えないものは、見えないままでいい。

> 見えないまま、私はこう思う。

> 美月が誰かを選(えら)び、選ばれたなら、それでよかった、と私は思う。

> 思ったまま、私は美月にひと言だけいいたい。

> 幸(しあわ)せになりなさい。


> ――父より」


***


スクリーンの内側の父は、原稿をテーブルに置いて、薄く笑った。


カメラのほうに目を向けた。目の奥に、ふだんの父には見られない種類(しゅるい)の湿(しめ)りが立っていた。


父はこう続(つづ)けた。


> 「美月の隣(となり)にいる誰かに、ひと言。

> 娘は、自分の手で選び、自分の手で運ぶ子だ。

> その手から、何も奪(うば)わないでやってほしい。

> 私から申(もう)し上げるのは、ここまでです。

> ――以上(いじょう)」


***


「以上」のひと呼吸で、画面は暗転(あんてん)した。


透(とおる)は左手(ひだりて)を、美月の右(みぎ)のてのひらの上に置いた。


司会者がマイクを上げた。


「皆様、御父様(おとうさま)からの御挨拶(ごあいさつ)、ありがとうございました。続きまして──」


「続きまして」、のひと文字の上に、会場のスピーカーから、ノイズが乗(の)った。司会者の声が、止(と)まった。


上座のいちばん奥の空席のデバイスの青い光が、ふだんの強さのふた呼吸ぶん、強く灯った。


ノイズの混(ま)じった、もう一つの父の声が、立ち上がった。


***


『……父さんのスピーチは、ここまでだ。


ここから先は、私の話を聞いてほしい』


***


「ほしい」のひと文字で、会場の空気は止まった。


司会者のマイクが下りた。葵(あおい)はノートパソコンの上から両手を離(はな)し、莉子(りこ)は押(お)さえていた両手を薄く緩(ゆる)めた。


透だけが動(うご)かなかった。透の左手の温度(おんど)は、美月の右のてのひらの上に、深く留(とど)まったままだった。


美月は、上座のいちばん奥の青い光に目を向けた。


父AIからのスピーチに涙腺が決壊したら【泣ける】を。こらえきれなかったら、★をひとつ。本作いちばんの泣き所のひとつです。

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