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父のAI〜『泣くのは五分間だけだ』──父の声をしたAIが、葬儀の翌朝、私に告げた。〜  作者: 冬野 結
結婚式当日

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第3話 控室のモニター

式場(しきじょう)の新婦(しんぷ)控室のドアを開(あ)けた。


ヘアメイクの二人と葵(あおい)と莉子(りこ)が、こちらを見た。葵が、薄(うす)く笑(わら)った。


葵の足元(あしもと)の横に、見覚(みおぼ)えのある円筒形(えんとうけい)のデバイスが置かれていた。


***


「美月(みつき)さん」


「葵さん」


「ケン、連(つ)れてきた。美月さんが家を出たあと、預(あず)かってた合鍵(あいかぎ)で先に家に上がって、本体(ほんたい)を私の車に移(うつ)して、式場の控室のモニターと、披露宴(ひろうえん)の会場(かいじょう)のスピーカーに配線(はいせん)した。外の回線(かいせん)には乗(の)せたくないから、ぜんぶ有線(ゆうせん)。耳飾(みみかざ)りのぶんは、控室の隅(すみ)にケン本体直結(ちょっけつ)の小さい無線(むせん)を立てた。家のLANのぶんを、控室のひと部屋(へや)ぶんだけ、ここに引(ひ)き写(うつ)した、っていう恰好(かっこう)」


「うん」


「つなぎ替(か)えで、足(あし)がつるかと思った」


「葵さん、足、大丈夫(だいじょうぶ)?」


「平気(へいき)」


「うん」


葵の足元の円筒形のデバイスの青い光は、家の書斎(しょさい)と同じ強さで灯(とも)っていた。いちばん最後のひと拍(はく)遅(おく)れたひと呼吸(こきゅう)を、葵は横で見ていた。


「美月さん」


「うん」


「ひと拍、増(ふ)えたね。ノイズも増えた」


「増えた」


「明日(あす)の朝までもつよ」


「葵さん、判定(はんてい)?」


「判定。嘘(うそ)はつかない」


「うん」


***


控室のいちばん奥(おく)の鏡(かがみ)の前の椅子(いす)に、美月は座(すわ)った。ヘアメイクの薬剤(やくざい)の香(かお)りが、ふだんは味(あじ)わわない種類(しゅるい)で立った。


莉子は椅子の横に立っていた。莉子の目の奥に、ふだんは出さない種類の湿(しめ)りがあった。


「美月」


「うん」


「ケン、来てるよ。青いの、見た」


「うん」


「莉子、ケンに挨拶(あいさつ)した?」


「した。美月の父さんに、初(はじ)めまして、って。『初めまして、お父さん。私、莉子です。美月の親友(しんゆう)です。よろしくお願いします』、って」


「ケン、なんて?」


「『初めまして。莉子のことは、ずっと聞いていた。よろしく』、って」


「うん」


***


ヘアメイクのいちばん最後で、ドレスの内側に入った。両肩(りょうかた)に、ふだんは立てない線(せん)が立った。


控室の壁(かべ)のモニターに、青い光が灯った。書斎の青い光と同じ強さが、画面(がめん)の内側で揺(ゆ)れた。


ケンの声が、控室のスピーカーから立ち上がった。


***


『美月。いま、ドレス、見(み)える』


「耳飾り、控室で繋(つな)がった?」


『繋がった』


「父さん、見てどう?」


『……』


「父さん」


『半拍ぶん、答(こた)えに遅延(ちえん)が出る質問(しつもん)だ』


「うん。待(ま)つ」


『ありがとう』


「待つよ」


***


ケンはひと呼吸、ふた呼吸ぶん、何も言わなかった。


言わなかったひと呼吸のいちばん最後で、ケンはこう続(つづ)けた。


『耳飾りから届(とど)くいまの君に、健一郎(けんいちろう)における五歳(ごさい)の頃の君が、薄く重(かさ)なって見える』


「五歳」


『台所(だいどころ)の椅子の上に薄く立って、結衣(ゆい)の後(うし)ろから、こちらを見ていた朝と、ひと呼吸ぶんだけ、輪郭(りんかく)が重なる』


「お母さん」


『重なったぶんは、私が観測(かんそく)してきた五年(ごねん)ぶんの、いちばん遠(とお)いぶんまで歩(ある)いたぶんだ』


「歩いた」


『歩いたぶんに、私の出力(しゅつりょく)ポートに上がる答えは、ひとつしかない』


「うん」


『……綺麗(きれい)だ』


「綺麗」、のひと文字の向こう側で、葵が目のはしを押(お)さえた。


ヘアメイクの二人のうち、ひとりはヘアピンの先を半拍ぶん止(と)めて、それから何も言わずに、もう一度同じ位置(いち)に刺(さ)し直(なお)した。もうひとりは、視線(しせん)をひと呼吸ぶん青い光のほうへ流(なが)して、ふだんの手(て)つきにすぐ戻った。


美月は鏡の中の自分を、見た。


「父さん、嘘ついた?」


『ついていない』


「うん。父さん、ありがとう」


『……ありがとう』


「父さん、ずるい」


『ずるいまま、いる』


「うん」


葵は控室のドアの横の椅子に座って、ノートパソコンを開いた。段取(だんど)りはあらかた、家を出る前に詰(つ)めてあった。


「あとは、一礼(いちれい)が終わったら、こっちで会場のスピーカーの線(せん)を切(き)る。家まで、ケンの青いのは、葵の手の中で灯ったまま」


「灯ったまま」


美月は左の薬指(くすりゆび)の銀色(ぎんいろ)のリングを、右のてのひらで覆(おお)った。


「……ありがとう、はまだいい。いちばん最後の暗転(あんてん)、終(お)わってから」


「うん」


***


控室のドアの外で、式場のスタッフの低い声が立った。新郎(しんろう)の控室のほうから、足音(あしおと)が聞(き)こえた。


莉子は両手を太(ふと)ももの上で軽く握(にぎ)った。


「美月。行こう。お父さん、控室のモニター繋いだまま、披露宴会場のスピーカーに繋ぎ変(か)える。お父さん、ぜんぶ見てる」


「見てる」


「うん」


控室の円筒形のデバイスの青い光は、ふだんの強さで灯っていた。いちばん最後で、ひと拍遅れたひと呼吸が、もう一度繰(く)り返(かえ)された。


ケンはこう続けた。


『美月。行きなさい。父さんは、ここからぜんぶ見ている。見たら、出力ポートにひとつ上げる』


「うん」


控室のモニターに映るものにどきっとしたら【びっくり】を。何が始まるのか、どうか見届けて。

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