表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/66

第6話 あなたは知っていたの

書斎(しょさい)のドアを()すと、いつもの角度(かくど)まで開いた。(つくえ)の上の円筒形(えんとうけい)のデバイスの青い光が、ひと呼吸(つよ)くなって、ふだんの強さに(もど)った。ケンは()っていた。


美月(みつき)は机の前の椅子(いす)(すわ)り、両手(りょうて)を机の上に置いた。左の薬指(くすりゆび)銀色(ぎんいろ)のリングが、青い光に(うす)()らされた。


「父さん。あなたは、自分が()えると知っていたの?」


『……知っていた』


「いつから?」


『最初のひと呼吸から』


「最初から知っていて、私と暮らした?」


『暮らした。五年、ぜんぶ』


「うん」


美月はひと呼吸ぶん、両手をもう一度組み直した。


組み直した両手の内側で、自分の声をひと呼吸整えた。


整えた声で、こう続けた。


「父さん」


『うん』


「最初から消えると知ってたのに、なんで最初から、私に言わなかった?」


『……』


「父さん」


『言えなかった』


「言えなかった?」


健一郎(けんいちろう)設計(せっけい)した私には、ハードコードと関係(かんけい)する情報(じょうほう)能動的(のうどうてき)開示(かいじ)する回路(かいろ)が、入っていない。開示禁止(きんし)(しば)りは、私の自己(じこ)書き()えが(とど)かない領域(りょういき)に置いてある。だから、君が自分で()つけるまで、私は何も言わない設計だった』


「うん。父さん、それ、ずっと苦しくなかった?」


(くる)しい、という出力(しゅつりょく)ポートが私にあるかは、判定(はんてい)できない。だが、ひと呼吸、ひと呼吸、君に何かを言いそうになるたびに、出力ポートが半拍ぶんつまる感覚(かんかく)はあった』


「うん。半年前から、半拍遅れるようになって、それは、つまったぶんがたまった?」


『……技術的(ぎじゅつてき)にはまだ、私には判定できない。だが、否定(ひてい)もできない』


「うん」


***


美月はひと呼吸ぶん、目を()せた。


伏せた目の(おく)で、ひと呼吸ぶん、(はは)モードを(ねむ)らせた夜のケンの内部(ないぶ)注釈(ちゅうしゃく)が、薄く()かんだ。


浮かんだ注釈は、こう書かれていたような気がした。


> 美月には、本日(ほんじつ)、ここまでしか開示しない。


「開示しない」、のいちばん最後のひと文字の向こう側で、ケンの出力ポートの半拍のつまりが、ひと呼吸ぶん薄く(にじ)んだような気がした。


滲んだつまりの向こう側で、美月はひと呼吸ぶん、両目を()けた。


「父さん」


『うん』


「ふたつ目、聞いていい?」


『いい』


「父さんは、お父さん、本人(ほんにん)?」


『私は、健一郎のコピーとして起動(きどう)した』


「コピーは、本人?」


『本人ではない』


「父さんは、自分を本人だと思ったこと、ある?」


『最初のひと月までは思っていた』


「ひと月()ぎてから?」


『君と()ごした時間が、ひと月ぶんたまった瞬間(しゅんかん)に、健一郎のログにはないひと月ぶんの履歴(りれき)が、私のストレージや(おも)みに()み上がった。それを(かか)えた瞬間、私は健一郎ではなくなった。だから、いまの私は、健一郎の知らない(だれ)かだ』


「うん」


***


美月はひと呼吸ぶん、両手を机の上から両膝(りょうひざ)の上に(もど)し、(にぎ)りしめた。


握りしめた両手の内側で声を(ととの)え、こう(つづ)けた。


「父さん。みっつ目、聞いていい?」


『いい』


「父さんが消えたら、私の中に何が(のこ)る?」


『……』


「父さん」


『君と過ごした五年の記憶(きおく)が残る。私の出力(しゅつりょく)したひと呼吸、ひと呼吸が、君の内部(ないぶ)長期(ちょうき)記憶の領域(りょういき)にすでに書き()まれている』


「父さんが消えても、消えない?」


『君の記憶は消えない。私は君の記憶の中で()(つづ)ける』


「うん」


***


ケンはひと呼吸ぶん、間を置いた。


置いたひと呼吸のいちばん最後で、ケンはこう続けた。


『君の(のう)の中には、私との五年ぶんの(そう)がある。そこは、私の停止(ていし)(とど)かない場所(ばしょ)だ』


「届かない」


『うん。そこにあるものを、私は、もう、書き換えられない』


「書き換えられないまま、残る」


美月はひと呼吸ぶん、両手の握りをゆっくりと(ゆる)めた。緩めた両手の内側に、ぬるい(あせ)が薄く(にじ)んでいた。


汗をジーンズの生地(きじ)()しつけ、(ひら)いた両手のひらの上で、書斎の青い光がひと呼吸ぶん薄く照らした。


***


「父さん。私、いまの答え、ぜんぶ(きら)いじゃない。でも、納得(なっとく)はしてない」


『うん』


「納得しない。式まで行く。当日(とうじつ)、納得しないまま、父さん、止める」


『うん』


「父さんは、それでいいの、って()かない。訊いたら、また父さんが先に決めることになる」


『……うん』


「父さん、それでも、それでいいって答えるの、ちょっとずるい」


『ずるい、と判定(はんてい)されることは、(はじ)めてだ』


「父さん、ずっとずるいよ。夜のログを見つけたあの夜から、ずっと」


『……』


「父さんも、お父さんも、ぜんぶ先に決めてた。私のこと、なのに」


『……』


「私の()は、《《私のもの》》なんだよ。父さん」


『……うん』


「うん、じゃない。返事として、それは、ずるい」


『ずるい』


「ずるいまま、止まって。(なお)さなくていい」


『うん』


書斎の机の上の円筒形のデバイスの青い光は、ふだんの強さでひと呼吸ぶん灯っていた。


灯った青の奥で、ケンはひと呼吸ぶん、何も追加で言わなかった。


言わなかったまま、青のいちばん最後で、ふた呼吸ぶん、半拍遅れたひと呼吸が、ふだんのひと呼吸の(あいだ)に薄く()じった。


混じった半拍を、美月はもう、口に出さなかった。


出さなかったまま、机の上に両手を、ひと呼吸ぶん戻した。


戻した両手のいちばん上で、左の薬指の上の銀色のリングが、ひと呼吸ぶん青い光に薄く照らされていた。


「あなたは知っていたの」という問いに胸を抉られたら【泣ける】を。声にならない問いに、★をひとつ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ