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父のAI  作者: 冬野 結
兄弟弟子──AIだけで料理は完成するか
20/25

第20話 兄弟弟子──会議室の顔合わせ

撮影日(さつえいび)は二週間後だった。


その前に、編集部で顔合(かおあ)わせと、簡単な事前取材(じぜんしゅざい)があった。場所は、都心(としん)の雑誌社の撮影スタジオの隣接(りんせつ)する、小さな会議室(かいぎしつ)だった。


美月(みづき)は、銀杏亭(いちょうてい)の白いコックコートではなく、私服(しふく)で来るよう編集部から言われていた。


黒いシャツに、細身(ほそみ)の黒のパンツを合わせた。コックコートを()いだ手のままで動ける格好(かっこう)を、美月は選んだ。


会議室のドアを開けた。


長方形(ちょうほうけい)長机(ながづくえ)がひとつ置かれていた。


奥の席に、もう男がひとり座っていた。


「──あ」


編集部の若い女性が立ち上がった。


「佐倉さん、ですよね」


「はい」


「お待たせしました。桐生(きりゅう)さんはもう、いらしてます」


奥の男は立ち上がらなかった。


机の上のタブレットの画面を、指で軽く()でていた。


長机のこちら側の椅子(いす)に、美月は座らされた。男と机を(はさ)んで、正面の位置だった。


桐生 (りょう)は、写真やテレビで見ていた印象(いんしょう)よりも、少しだけ線が細かった。


(かみ)は明るく()めていた。スーツはグレー。目の奥がずっと計算をしている目だった。


「初めまして」


桐生は座ったまま、軽く頭を下げた。


「初めまして」


美月も頭を下げた。


編集部の女性がお茶を出した。湯気(ゆげ)が、机の上でまっすぐに上がっていた。


「あの、では、お(たが)いの簡単な自己紹介(じこしょうかい)から、お願いしてもいいですか」


女性が、ボイスレコーダーを机の真ん中に置いた。


(おれ)からで、いいかな」


桐生が軽く手を()げた。


「桐生 涼。ロティ・スマートのメニュー監修(かんしゅう)研究室出身けんきゅうしつしゅっしん。専門は、味覚(みかく)嗜好(しこう)統計(とうけい)モデリング。客の反応(はんのう)データから、レシピを自動チューニングする仕事をしている。──簡単すぎるかな」


女性が笑った。


「いえ、十分です。佐倉(さくら)さん、お願いします」


「佐倉 美月です。銀杏亭という洋食屋(ようしょくや)修行中(しゅぎょうちゅう)です。今年で三年目に入りました」


「うん」


「お話できることは、それくらいです」


「うん」


桐生は名刺(めいし)の「佐倉」の二文字を、指の(はら)で軽く撫でた。


「──佐倉 健一郎(けんいちろう)先生の、(むすめ)さんで合ってるね」


***


美月は長く息を吐いた。


吐いてから答えた。


「……はい」


桐生の目の周りの笑い方が、ほんの少しだけ変わった。


「やっぱりね」


「……ご存じだったんですか」


「当たりはついていた。──うちのチェーンの中で、一店だけ(みょう)に数字の低い店があってね。商圏(しょうけん)の中で(つぶ)しきれていない高単価(こうたんか)の店として銀杏亭がひとつ残っている、というのが、うちの分析(ぶんせき)AIからの報告(ほうこく)だった。ただ、その店の数字を曜日で割ると、週に一日か二日だけ、他の店と変わらない数字に戻る日があった。──店の人数の問題じゃない。ひとり、強い焼き手がいて、その人間が休んでいる日だけ、うちの数字が戻る。それで、銀杏亭の焼き手のシフトを編集部に調べてもらった。休みと、ぴたりと重なった。そこで、佐倉、という二文字に手が止まった。年齢も合った。──今日は、確認(かくにん)したかっただけだ」


桐生は椅子の()もたれに、深く()りかかった。


「先生は、お元気?」


「父は、四年前に()くなりました」


桐生の笑い方が止まった。止まったが、目の奥の計算は止まらなかった。


「……そう。知らなかった」


「ああ。そうか」


桐生はそれから、しばらくお茶を飲んでいた。


編集部の女性が何か、話を(つな)ごうとした。桐生はそれを軽く手で止めた。


「悪い。少しだけ、お父さんの話をしてもいいかな。誌面(しめん)()せていいかは、佐倉さんの判断(はんだん)(まか)せる」


「はい」


「先生の研究室にいた。──知ってる?」


「桐生さんから取材(しゅざい)依頼(いらい)が来てから、初めて知りました」


桐生の目の奥の計算が、ほんの一瞬止まった。


「……君は、お父さんから何も聞いていなかったのか」


「研究の話も、論文(ろんぶん)の話も、ほとんど。桐生さんの名前は、テレビで知りました」


***


桐生はそこで、初めて笑った。


笑った、というより、笑い方を変えた、という方が近かった。目の奥の計算が、また動き始めた。


「──そうか。じゃあ、ちょうどいいな」


「ちょうど、いい」


「君のお父さんに、俺は論文で()みついたことがある。学会(がっかい)でも(さわ)ぎになった。先生の晩年(ばんねん)のある主張(しゅちょう)に、()っ向から反対(はんたい)した。結果として研究室を出た。それきり、先生とは会っていない」


「……」


「ご存命(ぞんめい)のうちに、和解(わかい)機会(きかい)もなかった」


「なかった」


「そう」


桐生はお茶の湯飲(ゆの)みを、両手で軽く(つつ)んだ。


「──じゃあ、()くけど」


「はい」


「君は、お父さんのその主張を知っているか」


「主張」


「『現在のAIのままデータとモデル拡張(かくちょう)をしても人には(およ)ばない』」


「……」


「先生が晩年、ずっと言っていたことだ。論文にも書いた。学会でも、講演(こうえん)でも、何度も()り返した」


美月は湯飲みの(ふち)を指でなぞってから、息を(ととの)えた。


「……はい。父からは聞いていません。ただ」


「ただ?」


「家にあるAIは、たぶんその思想(しそう)実装(じっそう)です」


「家にあるAI」


「……」


美月はそこで口を()じた。


ここから先は、桐生に話していい話ではなかった。あの夜、書斎(しょさい)でケンが自分を『父の相棒(あいぼう)』と呼んだ、あの青い光の領域(りょういき)の話だった。


桐生はそれを見抜(みぬ)いていた。


見抜いた上で、深追(ふかお)いはしなかった。

今回のお話はいかがでしたでしょうか?


皆様の感想や評価が、何よりも執筆の原動力になっています。

「面白かった!」「続きが読みたい!」と思われましたら、ぜひポイント評価やブックマークをよろしくお願いします。

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