第十三話 集まる責任
辞令は、あっけなく出た。
後藤湊、生産技術課へ正式配属。
書類一枚。だが、その意味は重い。
成形現場でログを見ていた若手が、今度は工程全体を見る立場になる。吉山の直下だ。
「よろしくお願いします」
湊は机の前で頭を下げた。
「歓迎はしない」
吉山は書類から目を上げずに言う。
「楽な部署じゃない」
「承知しています」
即答だった。
その日から、机の上の資料は増えた。
成形だけではない。品質保証からのクレーム分析。営業からの納期短縮要請。購買からのコスト削減提案。保全部門からの老朽設備報告。
なぜか、すべてが生産技術に集まる。
「このばらつき、工程側で吸収できませんか」
品質保証。
「納期を三日短縮できませんか」
営業。
「この部品、海外調達に切り替えたい。強度は問題ないはずです」
購買。
吉山は資料をめくりながら、淡々と答える。
「工程で吸収できる範囲を超えている」
「三日短縮は現実的ではない」
「強度試験を通してからだ」
だが、言葉は残らない。
数日後、役員会議でこう言われる。
「工程で何とかできないのか」
“何とか”。
便利な言葉だ。
湊は横でログを開いている。現場の負荷はすでに限界に近い。
「何とかすれば、どこかが削られます」
吉山は静かに言う。
「どこが削られる」
「余裕です」
沈黙。
だが他部署にとっては、余裕は見えない。見えないものは、存在しないことになる。
会議後、湊が机に肘をつく。
「押し付けられてますね」
「ああ」
「どうします」
若い目は真っ直ぐだ。
吉山は窓の外を見る。灰色の空。成形棟の屋根。
「線を引く」
「どこに」
「できないことの線だ」
湊は息を呑む。
「断るんですか」
「断る」
簡単ではない。だが、やらなければ生産技術は“最後の受け皿”になる。
その夜、営業部から再び連絡が入る。
「どうしても三日短縮が必要です」
「無理です」
吉山は言い切る。
「顧客を失いますよ」
「工程を失うよりましだ」
電話の向こうが黙る。
湊はそのやり取りを聞いている。
「怖くないですか」
「ああ」
「でも、引かないと削られる」
湊は小さくうなずく。
生産技術は、問題を解決する部署だ。
だが、すべてを抱え込む部署ではない。
線を引かなければ、会社全体の構造は歪む。
灰色の工場は、今日も揺れている。
揺れは増えている。
線もまた、増えていく。




