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『線を引いた男』  作者: GT☆KOU


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13/22

第十三話 集まる責任

 辞令は、あっけなく出た。

 後藤湊、生産技術課へ正式配属。

 書類一枚。だが、その意味は重い。

 成形現場でログを見ていた若手が、今度は工程全体を見る立場になる。吉山の直下だ。

「よろしくお願いします」

 湊は机の前で頭を下げた。

「歓迎はしない」

 吉山は書類から目を上げずに言う。

「楽な部署じゃない」

「承知しています」

 即答だった。

 その日から、机の上の資料は増えた。

 成形だけではない。品質保証からのクレーム分析。営業からの納期短縮要請。購買からのコスト削減提案。保全部門からの老朽設備報告。

 なぜか、すべてが生産技術に集まる。

「このばらつき、工程側で吸収できませんか」

 品質保証。

「納期を三日短縮できませんか」

 営業。

「この部品、海外調達に切り替えたい。強度は問題ないはずです」

 購買。

 吉山は資料をめくりながら、淡々と答える。

「工程で吸収できる範囲を超えている」

「三日短縮は現実的ではない」

「強度試験を通してからだ」

 だが、言葉は残らない。

 数日後、役員会議でこう言われる。

「工程で何とかできないのか」

 “何とか”。

 便利な言葉だ。

 湊は横でログを開いている。現場の負荷はすでに限界に近い。

「何とかすれば、どこかが削られます」

 吉山は静かに言う。

「どこが削られる」

「余裕です」

 沈黙。

 だが他部署にとっては、余裕は見えない。見えないものは、存在しないことになる。

 会議後、湊が机に肘をつく。

「押し付けられてますね」

「ああ」

「どうします」

 若い目は真っ直ぐだ。

 吉山は窓の外を見る。灰色の空。成形棟の屋根。

「線を引く」

「どこに」

「できないことの線だ」

 湊は息を呑む。

「断るんですか」

「断る」

 簡単ではない。だが、やらなければ生産技術は“最後の受け皿”になる。

 その夜、営業部から再び連絡が入る。

「どうしても三日短縮が必要です」

「無理です」

 吉山は言い切る。

「顧客を失いますよ」

「工程を失うよりましだ」

 電話の向こうが黙る。

 湊はそのやり取りを聞いている。

「怖くないですか」

「ああ」

「でも、引かないと削られる」

 湊は小さくうなずく。

 生産技術は、問題を解決する部署だ。

 だが、すべてを抱え込む部署ではない。

 線を引かなければ、会社全体の構造は歪む。

 灰色の工場は、今日も揺れている。

 揺れは増えている。

 線もまた、増えていく。

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