第7話 結果付きの彼女
◇
汗が滲み、視界が少しぼやける。
精神状態を正常に戻すまで少し時間がかかったが、久保は気持ちを落ち着けると深呼吸で整えた。
確信に足る要素はない。
けれど、美南の言葉からくだした結論は、自責の念に駆られるには十分な情報だった。あのとき反省した内容がまたもぶり返したが、内容が2度目なだけに冷静さは保持できた。
そうなると、救いはやはり昼過ぎに出した反省点の内容に帰結する。
(事故に巻き込まれてしまえとか、ひかれろとか、考えなくて本当に良かった)
妄想の類ならば責められて謂れはない。だが、少しでも自身が関わっているならば話は別だ。知らなかったでは通用しない。終わった話ではあるとは言え、気分は良くない。
「……もしかしたら、心当たりがあるかもしれません。詳細は話せませんが」
心当たりでは生温いが、詳細を掘り返したくなくて久保はぼかして伝える。
覆っていた手を退かし、俯きつつも白状すると、美南の穏やかな声が響いてくる。
「では、初動はそこからなのかもしれませんね。ですが、よくここまで感情を押さえていただけていましたね」
「……?」
美南の不思議な物言いに、久保に疑問符が残る。何の話かと思っていると、美南は優しく久保を見つめていた。
「先ほどの戦闘で、わたくしは貴方に『何もしないでほしい』と詳細をご説明するでもなくお願いしておりました。理由は今、お話しした通りです。なのに、耀壱様は見ず知らずのわたくしの話を正面から聞いてくださっています。それに、耀壱様の能力はとても感情に左右されやすいものかと思います。それを知らないながら、今もなおある程度の制御ができていることが、この上なく助かっているのですよ」
願うことは当然ある。脳内は様々な考えが廻っていて、吐き出せば結果の改変が起きるのではとびくびくしている。
しかし、認知しているだけで改変を起こした事象は話に上がった2回のみだ。それ以外では世界の改変を察知していない。発生条件が何なのかとか、精神力でどうこうできるかどうかは不明だが、そのことを美南は様付けを外すのを忘れて褒めている。
「この先も、場合によっては強い言葉で、お願いすることになろうかと存じます。感情を消せと言っているのではありません。できる範囲で能力の制御を努めるようお願い申し上げます」
今後の人生に縛りプレイを課すようで窮屈に感じるが、それが適切なのだろう。制御の仕方は皆目見当がついていないが、自分自身の心の持ちようだと久保は解釈した。
そこで、疑問が生まれる。
「わかりました。……ですが、何故そこまで釘を刺すように仰っているのでしょうか? 確かに、危険な行為だろうとは感じるのですが、最悪、それ自体の結果を改変してしまえば良いみたいな話になりませんか?」
危険はある。現に、日常の中に非現実の能力者が、久保に依って生み出された可能性がある。ならば、最終的にはその事実さえ改変させて、日常に戻せば一件落着ではないだろうか。物事がそれで思い通りにいくのなら、逆に率先して能力を行使できるとして選択肢が広がる。
ただ、考えたことを伝えると、美南は頭を左右に振った。
「恐らく、それは叶いません。世界を改変して能力そのものを無かったことにしても、それは耀壱さんのルールで出来上がった能力者のみの話になります。そして、その改変はルールに則らず、耀壱さんの影響を一時でも受けない能力者の誕生を意味します。改変で能力者を生み出すのは直ぐにできても、根絶するには時間遡行によるやり直しでもしない限り困難と言えます」
普通ならば、積み上げるのは大変で、崩すのは簡単だと言われている。信用等がそうだ。それとは真逆の話をしているようで理解ができていない。
もしかしたら、外来種の魚を生息しない別の川に放流し、生態系を破壊してしまう一連の流れに似ているかもしれない。外来種を一時的に取り除くことはできても、取りこぼしがあったり、卵が産み付けられたりしていれば根絶とはいかないし、元の環境に戻すのも困難だろう。
その譬えで、ひとまず納得することにした。
それよりも、美南の次の話が、久保に衝撃を与えることとなった。
「それに『世界の改変』は加速度的に能力者を生み出す可能性を秘めています。改変を行使すればするほど、耀壱さんも使いこなせるようになるでしょうが、並行して強力な能力者が出現するでしょう。そうなれば、貴方を認知している組織、国、世界は当然、危険因子と見做します。つまり、その場しのぎで改変を続けていっても根本の解決には至らず、耀壱さんの目の前に次々と刺客を送り込まれ、軈て結果の改変も儘ならずに殺される未来が待っています」
結果改変をすればするほど、今回のような日が何度も、何度も訪れる。そうなれば、抗うために結果改変をし、その影響で更なる脅威が久保に降りかかる。いずれ精神は摩耗し、付け込まれて利用され、承服できぬまま処刑台に上がり、非業な死を遂げる姿が想像できる。
「襲撃は今回限りではないのですか?」
「はい。これから国や世界が貴方を標的に、数多の手法を、正義、倫理、良心問わずに干渉してくるでしょう。確定事項と捉えていただいて結構です。だからこそ、それらと対峙するためにも、わたくしたちは準備していかねばなりません」
巻き込まれたと思っていたら周囲を巻き込んでいる状況に、臨機応変に対処していく必要があると美南は説いている。自覚が無ければ、このまま自滅まっしぐらだ。
先行きが真っ暗で不安が久保の中に募る。もしかしたら、既に人生が詰んでいるかもしれないのだ。それでいて、すべてを無かったことにするような結果の改変はリスクを非常に伴う。
意気消沈としていると、この状況を正しく理解しているであろう美南は、胸に手を当てて力強く久保に迫る。
「ですから、わたくしがここにいるのです。貴方の助けを求める声に参上しました。将来ある困難にも、わたくしの力で振り払って見せましょう。幸い、ご自身の能力を最小限にしか行使されていない状況ですので、様々な取れる手が残されています」
慰めてもらっているようで、久保は頭を下げ、空元気の中で笑う。
「ありがとうございます。大変ご迷惑をおかけすることになりそうですが、頼りにしています」
「迷惑など、耀壱さんから頂戴したものに比べれば安いものですよ」
美南の厚い言葉は、作者だから敬意を払ってもらっているのではないだろうか。リスクは大きいがメリットも考えられるので、取り入ろうとしている可能性もある。
そんな失礼なことも久保は考えるが、態々情報を共有してまで護衛を買って出てくれているのだ。感謝の方が大きいし、今後に見えてくるものもありそうなので、そこで判断すればよい。
そう考える久保の中で、不安事項がまた1つ出てくる。
「でしたら、今後はどうすれば良いのでしょうか」
今後の久保への干渉が予想されることから、今までのような生活から変化が望まれるだろう。何もせずに包囲網を敷かれては居心地が悪い。
対して、美南の見解は若干異なる。
「耀壱さんに要求することも能力の制御くらいですし、多くはありません。可能ならば、現状はこのままで行きましょう。学生が本分なのですからきちんと勉学に励み、不都合が無ければバイトも辞めずに続けていただいて問題ありません」
「……良いんですか?」
「はい。わたくしが24時間365日体制で警戒可能ですので、まずは相手の出方を窺います。今回の相手にも少し話ができましたので、メッセンジャーとなっていただければ良いのですが……。兎も角、敵方の動きを注視する方向性で、現状問題ありません。問題があれば、それこそわたくしが制圧するか、逃げれば良いだけですからね」
いとも簡単に、美南は言ってのける。
24時間体制なんて、どう考えても不可能であろうに、美南はさも当然のように話す姿に久保は苦い顔になった。ただ、意気込みに水を差すのも悪いため指摘はしないようにした。少しでも予兆が見られれば、そのタイミングで話せば良い。
美南の厚意に乗っかり、久保は「程々でも助かりますよ」と返しておいた。
けれど、更なる問題点が、肝心の美南にはあることを忘れていた。
美南の能力のことだ。
「そういえば、深幸さんの『能力』のことも確認させておいてください」
久保の小説の設定が正しいのならば、美南の能力は非常に強力であり、非常にリスクがある。
美南深幸が存在する、久保の書く小説には当然のごとく世界観や設定が存在する。
それが――、『契約』である。
「僕の作った設定には『契約』があります。簡単に言えば、登場する8体の神のうち1体と契約を交わし、能力を行使できるようになるというものです。舞台に立っていた深幸さんの方がお詳しいかもしれませんが、その『契約』には『対価』が必要です。自身が差し出せる何かを支払い、能力は成り立っているはずです」
美南深幸が宿している能力とは、謂わば「視覚能力の超強化」である。
周囲360度、距離にして3キロメートル以上をどんな状態からでも視ることができる、超ハイスペックな能力だ。どんなに遮蔽物で身体を隠していたとしても、そこが内外に光の繋がる場所であれば、視界に収めることができる性能をしている。
攻撃力のない能力の為、基本はサポート特化である。本人も戦闘は一般人並みで、徒手格闘がメインとなっていた。
美南の言っている周囲への警戒で得られる成果は、彼女の能力を駆使することで間違いがないだろう。
しかし、彼女のスペックに対して、『対価』がそれを許さない。
「僕の設定が今も生きていれば、深幸さんの『視覚強化』の対価とは『失明』です。能力を使い続ければ続けるほど、貴女の目は光を失い闇に呑まれていく。長期間を連続して扱える代物ではない筈です」
美南深幸は失明の恐怖を持ちながら、能力を駆使して戦場にいた。それも高校生からだ。
深幸は自身の年齢を「25歳」と断言した。能力を連発していれば、今頃深幸の視力は無いも同然ではなかろうか。
しかも、その状況でこれから常時警戒態勢を敷くという。狂気の沙汰に違いない。
助かった希望から、絶望が垣間見えてくる。
久保は表情には出しはしないが、これから考えていかねばならない大きな問題の1つなのだ。
なのに、当の本人は久保の指摘に微笑むだけだった。
「実は、そちらは問題ありません」
「……どうして、そう言い切れるのでしょうか?」
設定を作った本人なので、そんな訳はないと久保は思っていたが、どうやら認識の乖離が発生しているらしい。そうだったかと脳内を整理していると、美南は隠すことなくそのまま告げる。
「解消していると申し上げた方が正確でしょう。わたくしは作者が書いている最終決戦で、『神』の力を半分だけ与えられていますから」
作品内で出てくる『神』は、設定上重要な立ち位置にいる。契約というコンセプトがあるのもそうだが、最終的に主人公サイドは、絶対に人類では敵わないとされている神に挑むのだ。
話の初期は神同士の対立が描かれており、その代理として人間が戦うのがデフォルトであった。そこから神に因る人間への干渉を皮切りに混迷を極めることとなる。流れの中で主人公サイドにいた神が敵対し、逆に敵対していた神が味方となって支援してくれるようになる。
登場する神は8体。全員久保が創ったオリジナルだ。
そのうちの最強格の2体の神を相手に味方サイドに回った神と人間が挑むのだが、大きな問題点がそこにはあったのだ。敵サイドにいたトップに座る神の能力が『神殺し』だったのだ。
神はそれぞれに階位による順位を持っているが、神同士の対決には決着がつかない。神と人類では、神が絶対に勝つ。そして、相手には『神殺し』の神が存在する。
その状況を打破するために主人公サイドが取ったのが、味方サイドの神が半分の力を人間に与えることだった。
半神半人となった神は、『神殺し』に対応できるようになり、半神半人となったとある人間は神に挑めるようになる。
簡単に説明すると、そんな筋書きを用意していた。
――そして。
半神半人となったとある人間と言うのが、主人公ではなく美南深幸のことである。
「今ではもう、その力は発揮されませんが、当時の契約の対価を打ち消すだけの力は持っていたようです」
美南が端的にそう述べる。理由にしては十分なものとして、久保は納得はできてしまう。
けれど、半神の力で対価を打ち消せるという設定を、久保は用意していなかった。あくまでも神と対等に渡るための処置で作ったシナリオなのだが、その舞台が最終決戦のタイミングだった為、重大な要素とはならなくなった対価という設定を久保は無視していた。
考えてみればかみ砕いて納得できるものであったので良いのだが、設定の取り落としをしていたらしい久保は気まずい思いになる。
(……でも、そうなのか)
即ち、美南には最終決戦の記憶を持っていることに繋がる。
だから何が言いたい等は特に無いのだが、数々の試練や死線を乗り越えてきた彼女に、久保は敬意を払う。
見方を変えれば、久保は美南たちを小説の中で徒に弄び、机の上から平気な顔をして命を天秤に掛けさせた極悪人である。絶対に認知されない立場から身勝手で巻き込んできたのに、今の美南はそれを理解して理由もないのに久保を助けようとしてくれている。罵声を浴びさせられても反論しようがない。
気にしていた彼女の失明のリスクが杞憂だったようで、久保は溜息を吐いた。
「神」の単語に引け目も生まれたが、運命を恨まれていないだけ安堵する。
「この場で言えることではないかもしれませんが、“現実”も“小説”も大変な苦労を掛けてしまっているようです。すみません。そして、ありがとうございます」
謝罪と感謝を合わせて、久保は頭を下げた。伝えきれないことが多すぎるが、今の久保にできる精一杯がこれだった。小説のキャラクターとして、現実での守護者として、心の籠った言葉を美南へ贈る。
しばらくして顔を上げると、ポカンとした美南の顔が見える。
彼女が何を思っているのか気になって表情を窺っていると、美南は「ふふふ」と上品に笑った。その中にも当時を回顧しているのか、何とも言えない表情も綯い交ぜになっていて、どんな感情なのか判断が難しい。
けれど、段々と彼女がにんまりと顔を綻ばせるようになると、呟くように久保に言葉を向けた。
「ありがとうございます。その言葉が、わたくしの救いになります」
惚れ惚れするような美南の笑顔に、直視が難しくなる。小説のキャラクターがベースなので、顔のパーツは本当に整っている。凛々しさを持っている人が笑顔になると、向けられた側は自分のことが好きなのかと勘違いしそうになりそうだ。気を付けねばならない。
だが、そんなことにはなり得ないと久保は知っている。設定上でも、分かっているのだ。
感動の送受信に一旦区切りをつけると、慌てるように久保は話を広げる。
「――話を戻しましょうか。深幸さんは、普段通りの生活で問題ないと仰ってくださいましたが、深幸さん自身はどう動く予定なのですか? 僕は大学に行くことになりますし、バイトも一緒の空間から切り離されることになりますよ」
美南の年齢的には社会人が妥当である。そうすると、どうしても護衛が難しい場面に出くわす事態は考慮に入れておかねばなるまい。美南の能力で遠巻きに監視体制を敷くのがデフォルトになりそうだが、美南の判断も踏まえて訊ねてみる。
すると、美南は少し考える仕草をして、ひとりでに頷き明言する。
「バイト先の方は考えなければいけませんが、大学の方は問題ないかと思いますよ」
「どういうことですか?」
「大学の方には基本的にわたくしも耀壱さんと行動を共にできますから」
不法侵入の宣言だろうか。確かに、大学は人数が多く購買も一般人が利用できるため、追及されない限り行動する難易度は高くない。
けれど、学舎に入り講義を受講するのも一緒に行うのも、そんな簡単にうまくいくのか懐疑的だ。
久保は難しい顔をするも、美南はあっけらかんとしている。
そこに認識の差があるように、美南は小首を傾げた。
「わたくしも、耀壱さんと同じ大学に入学し、同じ学部、学科、年次の同級生ですから」
「……は?」
美南の言葉に、久保もつられて首を傾げ、怪訝な顔をする。
何か爆弾を投下されたような感覚で言葉が聞こえてきていた。久保の表情からすぐに察したのか、美南は「ああ」と呟くと、説明を始める。
「耀壱さんは結果改変に因り、わたくしの存在を確定させてくださいましたよね?」
「……はい」
「その影響によって、わたくしの職業等が辻褄合わせされています。大学生と言うのは改変後のわたくしの身分になりますね。そして、わたくしは存在が例外すぎるのでそこまでなのですが、結果の改変が起きれば、その周囲にも事実が塗り替えられます。これは周囲の人間の『記憶』にも干渉してきます」
久保の改変で、記憶も一緒に美南が大学生であるという事実に改竄されたのだ。
だが、当の本人である久保には改竄された記憶は存在しない。
「耀壱さんには影響しないのでしょうが、書き換えられた記憶としてわたくしにも干渉があるようです。当事者でないのならば、更に書き換えられた事実さえ認識できないでしょうね。今は、耀壱さんには存在しないであろう記憶がわたくしの脳内に組み上げられています。大学生という枠組みもその一環ですね。わたくしの年齢も、都合良く詐称されているようです」
気を付けねばならないと誓いはしたが、ここにきて身近なものでも結果の改変の干渉を受けていることに驚愕する。
美南の存在に、護衛の観点を反映させるための辻褄合わせによって、都合の良い改竄が世界の内部に行われている。そのことを久保は知らなかった。改めて、手に余る能力だと再認識する。
「――それと、」
まだ認知していないことが続くのか、尚も盛り込んできそうな美南の言葉に久保は身構える。改変の影響は実行した本人が予期せずとも姿形を変えてしまう。
そして、推測は正しかったようで、美南はとんでもない言葉を口にした。
「お付き合いしているようですよ。耀壱さんとわたくしは。彼氏彼女の関係です。同棲も視野に入れているみたいですね」
「――――!!」
照れるようにはにかむ美南に、久保は声にならない声で発狂した。
だって、小説上では最終的に1人の男と結ばれるではないか、と。残念ながら、今もなお完結していないその作品には、まだ反映されていない久保の脳内の話だ。
~小話~
??「あれ? 美南を彼女にするしかないのか?(想定外)」
情報量が多い筈なのに、それを無視した流れに困惑しています。。。
設定の話は、出来たらいずれしようと思っているので、この辺は流し見で構いません。




