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この世界の敵になる迄は  作者: 鍵谷 朝霞
守護者と克己心
5/8

第5話 創造されし者

 ◇


 ――美南深幸。


 その名は久保にとってはあまりにも馴染み深く、愛してきた数々のキャラクターのうちの1名だ。この感情に嘘偽りは内包せず、純粋な愛情を注いできたと自負している。

 理由は簡単だ。

 久保自身が生み落としたキャラクターだからである。


 物書きを趣味程度に持っていた久保は、惰性にも小説を書いてきた経歴がある。それは漫画のような絵の才能はないと見切って小説ならばできるかもしれないという、至って不純な動機の塊によるものだ。

 ただ、そんな物書きは趣味にするくらいならば、非常に惹き込まれたのも事実である。文章であればどんな駄文になろうと誰とでも勝負ができる。ネット小説として投稿しているのならば、気楽に文章をインターネットの海に落としていけば履歴が出来てくる。

 久保は空き時間を作ってはライトノベル風な作品を投稿していたのだ。

 小説家で儲けようというつもりは更々なかったし、職にしようとは考えていない。ただただ、文章を垂れ流して、その先に顔も知らぬ読者に届いて1件でも評価されるのであれば嬉しいと、ささやかな意気込みで趣味にしてきたものだ。


 世界観は現代を舞台にした能力系のバトルものである。ありきたりな設定を作っては物語を検討し、試行錯誤を繰り返して文章におこす。中には当時見ていたアニメに影響されて似たような設定を考えてしまい、それに気づかずシナリオを作成してしまっていたこともある。


 そんな小説で作成したキャラのうちの1人が美南深幸という少女である。


 チーム対抗の戦争のような位置づけで作成された世界では、彼女は主人公と味方組織に所属しており、最終盤までの活躍した1人である。ヒロインの立ち位置ではないが、恋愛的な要素も盛り込んでいたくらいにはお気に入りだったし、優遇していたように思う。


 彼女が遠ざかっていくのを久保は見送る。


 手を触れられて実感した。熱を伴った感触は紛れもなく本物であり、幻の類には見えなかった。

 しかし、架空の人物の実在への疑義は拭い去れないのも事実だった。

 というよりも、彼女が『美南深幸』であることすら疑っている。元々、久保の小説は商業化されているわけではない。即ち、ライトノベルのような単行本につく挿絵はないし、音声作品、映像化は以ての外である。だから、文章を書くだけの久保の脳内で補完されていたとしても、実際の姿形は非常に曖昧で彼女が『美南深幸』かどうかの判定ができないのだ。


 更に、久保の想像する人物とは決定的に違う箇所が存在する。

 年齢だ。


 久保は美南を高校生の肩書で登場させている。

 それと比べると、今会話した美南は非常に大人びて見えるのだ。佇まい、話し方、雰囲気が冷静さを伴っている。スーツ姿も相まって社会人でも通用する。身長も想像よりも少し高く感じた。化粧は暗がりでわからなかったが、目を合わせた際の彼女の顔つきは高校生特有の幼さが見られなかった。


 久保の設定していた彼女と丸きり異なるのに違和感を隠せない。故に、非現実さも相まって、久保は最初に馴染みでしかない美南の名前を聞いてもピンとこなかった。


 けれど、久保は美南に縋るだけなのだ。

 非現実的な現象の連続で、久保は仕方なく現実を受け入れる。不審者の男に太刀打ちできないことも効力に入れて、恐怖に苛まれながら美南の言葉を信じて待つしかない。


 久保の現在地だった。


 そして。

 もし、美南の存在が完全に事実であれば、姿が変わっても持っているものは同じと考えるのが筋だ。

 即ち、美南が持つ能力は行使されていると見て良い。


 期待と疑念の狭間で、美南の忠告を念頭に入れつつ、震える身体を押さえて久保は蹲ったままだった。



 ◇


 慎重に、だが堂々と歩を進める。

 通信先の大槻の指示へ経て、姿を見せながらも最大限の警戒で歩いていく。最初は急ぎつつあった足も、相手の停滞が確認でき、接敵が近いのであれば急ぐ必要もない。


 その空白の時間で、清水は考える。


(体制を立て直す為と言えど、逃走は諦めたか。迎え撃つ余裕があるのか。……相手が本当に美南深幸だとすれば、こちらが投入している戦力は既に把握されている可能性が高い。直接戦闘ができる人間が私だけだとばれているか……? ならば、ここで処理してしまおう判断しても不思議はないか?)


 何せ、初めの邂逅で既に清水たちが久保を常に捕捉していると考えるのが普通なのだ。ならば、ここで戦力を削ぎに出る行為は、今後見張られている可能性があるという緊張感から解放される選択肢の1つとして採用されてもおかしなことではない。

 ただ、矛盾点もある。

 処理――言い換えれば、殺害を主としているならば、清水はここにはもういないだろう。

 あれだけ戦闘で有利を取っていたにも関わらず、清水の負傷は僅かだ。抉られた頬からの熱を感じ取りながら、相手に本気の殺意があればあの瞬間の追撃は必至である。

 なのに、美南はこちらの武器の生成状況を見るや安全確保に徹していた。


(安全確保の意義も理解できるが、私への対処も十分足り得た。――いや、狙撃を警戒してなら猶のこと現場から距離を取るか……?)


 美南であれば位置の捕捉以上に狙撃の有無の把握までも可能だと、清水は推察する。


『相手の接近を確認。気を付けてくださいよ~』


「……わかっている」


 考えをまとめる最中で、大槻からの通信が度々届く。

 清水は気の無い返事をしながら、大槻の忠告に従い周囲に目を配る。


 辺りは静かだ。

 時折、夜風が身体を通り抜けていくが、人工物が発する独特な音は感じ取れない。少し歩いた先に大通りがあるため、遠巻きに車の流れる音が響いてくるだけだ。

 更に進めば、少し先に広場のような空間が前方に広がっている。


(こちらの銃装備は見せている。遮蔽の無いところも交えて停滞しているのは誘導か、そう見せるためのブラフか。それとも……)


『清水さん!』


「っ!」


 真横へ跳ぶ。同時に、清水自身の身体のあった場所にナイフが通過する。咄嗟の判断で回避できたが、完全な不意討ちだ。大槻の指示が無ければ当たっていた。

 着地後、右手に持っていた無機質な黒の塊が変動していく。


 生成したのはメイスだ。一般的に見られるような先端に歪な膨らみを持ち、そこに当てることで物体を破壊する武器である。持ち手は剥き出しになっているが、滑り止めのような装飾である程度をカバーしている。

 詰められた距離で、メイスを横一線に振るう。

 当たれば問答無用で肉体を破壊できるが、重さに偏りのある武器は操るにも動きが鈍くなる。お陰で美南はメイスを軽快に躱し、メイスの通り過ぎた空間に身体を詰めてくる。

 ただ、長剣でやったような返しの刃は、負荷がかかり過ぎて用意できない。


 清水は美南の位置から2歩だけ後退し、流れていくメイスを反動で身体に引き付けて両手で抱え込む。


 メイスを変換する。同時に、自身で開いた距離を埋める。

 美南との位置を踏まえて、長物は取り回しが悪い。近接格闘が最適だ。

 ならば、と変換先はメリケンサックである。それもただのメリケンサックではなく、それは手の小指側から外に向けてナイフが付属しているのだ。黒で染まるそれは、闇夜には対応しにくい代物になっている。


 溜めた右拳を正面に突き出す。

 対して、美南は身体をしゃがみ込ませた。右拳が空を切ったところで、清水の脇腹へ掌底を当てようとしてきた。

 清水もそれを読んでいたのか、左腕で掌底を受ける。

 それも、ただ受けたのではなく、左手にも同様に搭載しているナイフ付きのメリケンサックがある。更に言うと、メイスの変換の余りを防御に回したお陰か、左腕にはアームカバーが取り付けられていた。


 受けた左腕を振り払う。それだけで、連動したナイフが美南を襲う。

 美南は受け流された力を利用して後ろに跳ぶ。投げナイフを警戒に入れてはいたが、清水の武装を評価したのか、それとも手持ちの武器を減らすのを嫌ったのか、して来ることはなかった。


 今度は、清水の武器が超近接になったため、間合いを詰めようとはして来ない。

 代わりに何度か前に出て、殴打を試みたがどれも後退で躱されていく。


 埒が明かないと悟ったのか、清水は前に出つつも両手のメリケンサックを合わせて変換する。

 ただ、超近接の距離からは入ってこないものの、間合いは猶も近い。銃にでも変換すれば、隙を突かれて追撃を食らう。


 そこで次に変換したのは、自身の肩までいかない程度の杖であり、見た目はただの棒だ。両の手で携え、左下から払う。美南はそれも受けずに更に引いていくが、そこに間髪入れずに持ち手を先端近くに置き換えながら、踏み込み、剣のように上段から斬り付ける。刃が無いので打撃に近く、メイスのような突破力もないが、ダメージを入れるならば鈍器でも十分な成果が得られる。

 この攻撃も美南は躱し切っていき、その瞬間に逆に前へ攻勢に出た。

 美南のモーションの入りを察した清水はそのまま身体を引く。流れで杖の持ち手の位置を中間あたりに素早く変えると、防御態勢を取る。


「むっ!?」


 清水の持つ武器に慣れていないせいか、美南の攻撃が鈍る。

 その隙を縫うように、打突のように持ち手を引きながら杖が前面に飛び出していく。


 間合いを少しずつ変えながらの対応だが、美南は悠然と下がり間合いから外れた。対して、清水は刺突と斬撃を絡めながら、攻め立てていく。

 だが、単調になってきた攻撃に美南はすぐに見切ってくる。槍に見立てた杖を躱した中で、美南も前に出て、空いた清水の懐ろ目掛けてナイフを斬り付けてくる。

 ただ、清水もそこで黙っているわけではない。

 自身の身体を前に出すことで杖を身体近くまで戻し、薙ぎ払いの要領で先端部分でナイフを受ける。


 この日初めての鍔迫り合いが起こった。刀で行うような正面からではないので、難しい体勢での受けになるが、この停止の空間は清水の望むところだ。


「漸く受けたな?」


 清水がゼロ距離で交錯した美南を睨みつけ、その言葉を発した。一見して、美南の精密機械のような体捌きに、斬り結ぶことすら叶わなかった状況から発せられた言葉に聞こえる。

 しかし。

 事態を理解した美南が、清水からの押し込みを利用して身体を退こうとする。


「!!」


 失敗する。

 何故ならば、清水の鉄製の杖と、美南の持つナイフが接合されたようにびくともなかったからだ。

 更に、ナイフも杖に取り込まれるように形が液状化していき波打つ。刃先は不格好な鎌の先端へと成形されようとしていた。

 このまま手を放せば、美南は問答無用で斬られるであろう。そうしなくとも、時間の問題で、最終的にナイフの柄と刃をばらせば良い。この距離ならば、回避も関係なく処理できる。


 逆に、美南が更に間合いを詰めて、杖そのものを巻き込みながら体術で制圧する方法もあるにはあるが、その場合は更に杖を有用なものに変換させれば難しくない。


(なに!?)


 ――美南の動きを注視して、変換は間もなく終わろうとした時、清水の身体のバランスがガクンと崩される。自然に前のめりになり、美南を視界から見失う。

 それからすぐに、美南側の杖の先端が地面に追突し、鍔迫り合いに依り生まれたエネルギーが突如、虚空に投げ出された。堪らず清水の身体は放り出され、前転で受け身を取った。杖を持ち替えて振り返ると、距離を置いて同時に立ち上がる美南の姿がある。


「持ち手が金属製ではなくて助かりましたね。通常では起き得ないですが、武器が一体となれば特に長物は崩しも簡単になる。更に、刃との切り離し前に流せれば、調整も狂う、と」


 美南の手元からは武器が無くなっている。そして、元々あったものの在り処は、当然清水の持つ杖の先端だ。ちらと見ると、鎌の形状になった先端とナイフの持ち手の繋ぎ目付近が、ぐにゃりと拉げている。


 あの瞬間、ナイフを手放して回避はできないと悟ったのか、持ち手を上下に回して清水のバランスを崩してきたらしい。杖を直で操る清水に相応の力が込められていれば、この単純な操作への対応は難しくなる。そして、不安定になったところで杖を地面に食い込ませておけば、回避も楽々とできたといったところだろう。

 ナイフの刃と持ち手の繋ぎ目が折れかけているのも、美南が力任せに回した結果だろう。寧ろ、完全に折れて繋ぎ目が離れれば、美南はそのまま斬られていたことになる。


 美南もそれを懸念としていたのか、少し違えば重症はなっていたろうに面白そうに滔々語っている。更には、清水からの次点の動きがないことを良いことに、「ふむ」と分析までしている始末だ。


「手に取る範囲の金属の形状変換を主とする能力と予想していましたが、別個体の金属同士が一時的に繋がっている場合にも適用されるみたいですね」


 短時間での戦闘で、清水の能力が暴かれていく。清水が急ぎ過ぎて隠していないからという理由もあるが、正確に迫られれば反省よりも不愉快が勝る。


「なかなか厄介ですが、それに加えて、銃弾や銃そのものを正確に使用できていることから、少量の金属以外の鉱物も変換の対象に取れるようですね。今回は所有者がわたくしであったことと、持ち手まで変換させる時間が得られていないところを見るに、形状変換の速度にも影響がありそうです。柄の前で金属同士を引き離せばどうにかなりそうな感じもしますが、そうすると、固定化されずに制御を失い、あわよくばご自身の武器まで崩壊するのでしょうか? 一定時間の動きが無かったことでできた技となれば、動きが激しい戦闘中で、形状変換を頻発していない理由にもなります。質量保存は当てにならないと思っていましたが。……まあ、いずれにしても前線泣かせですし、支援も標準以上となると、滅多なものではありますね」


 現象からロジックを割り出し、可能な範囲で長々と語る美南に、清水は介入せずに静かに聞く。

 そして、一息ついた美南に、清水が吐いたのは一言だけだった。


「……本当に不愉快だな」


 美南の話は煽りに近い。清水への動揺を誘い、更に隙になったところを叩いてくる、そんなポーズにすら思えていた。そして、これに乗ったとしても下馬評を覆すのはほぼ不可能だ。誘導に晒され、何も返せないまま倒れる未来が見える。

 これで厄介なのは殺意が無い点だ。完全制圧を目的とした、敵対組織の穏便な無力化を図っている。煽りに聞こえる長話も、相手に時間を与えることで、双方に利がある落としどころを清水に考えさせる二面性が垣間見えてくる。


「……見え過ぎているのも、大概だな。本来の貴様はそんな奴ではなかったように記憶しているが」


「そのような多分な評価、お褒めに与り光栄の極みでございます」


 憎まれ口を叩けば、美南は悠然と目礼するのが窺える。清水からの情報出しも含まれた牽制のつもりだったが、美南は単純な評価として捉えている。

 清水自身も、『美南深幸』という存在を対面よりも前に聞き齧っている。その『美南』と照らし合わせての発言になったのだが、暖簾に腕押しの状態で気にしている素振りすら見せてこない。


 逆に、意思の疎通ができると判断したのか、余裕の笑みを崩さない美南が1つの提案をし始めた。


「ここは一旦、退いていただけないでしょうか。わたくしたちにあなた方と敵対する意思はありません。安全を担保でき、話し合いの場を設けるというのであれば、今回の件はすべて水に流して席にも着きましょう」


 強者の特権だ。力を見せ和解を促すのは、それだけで自らの優位性を証明している。そして、当該に時間の無駄だからとも宣告されている。

 その圧倒的な格付けに、苛立ちよりも疑問が残る。


「我々は久保耀壱を危険分子として捉えている」


「存じ上げております。このまま事が進めば、文字通り『世界が崩壊』することも」


 美南の返答は、事情に疎い人間からくる言葉ではなかった。出てくるキーワードから、この状況に知悉している可能性が滲み出てくる。美南は、単なる久保の護衛に留まる者ではない。

 それに、認知している内容が些か物騒だ。


「世界滅亡に加担すると?」


 美南を反乱分子と認定するか否か、問う。久保の存在を肯定するならば、やはり清水の持つ方向性に不備はない。

 その質問に対して、美南が不敵に笑う。


「わたくしの務めは、耀壱様をお守りすること1点のみでございますよ。世界がどうたらとかの話ではありません」


 女は堂々と、一切の曇りもなく、久保の保護を宣言する。久保の質問に返ってきた回答にしては不十分ではあるが、原因を作る人間の方を重視する意味合いだ。このままいけば、久保は世界に多大な影響を与え、美南はこれを補佐するのだろう。


「……解せないな。ならば、黙って見過ごすつもりか? 結局、あの男に協力して、平和なこの地に終末を齎すのではないか?」


「さあ? それはわたくしたちの交渉の席が用意されていればの話かと存じます」


 堪らず、言質を取るために続けた問題の提起にも、美南はこれ以上の問答は今の段階では不要と煙に巻いてくる。

 けれども、これだけを伝えておこうとしたのか、美南は「ですが」と前置きし、続けた。


「根本の考え方は、結論が異なるだけであなた方と同じであると述べておきましょう」


 清水サイドでは久保耀壱という人間の永久処分が基本方針に組み込まれている。その根本は久保を危険視していることから始まる。美南の言い分とは明らかにほど遠い。

 理解に苦しみ、具体性をつけた問いに切り替えた。脅しつけた方が、本質が分かると考えたからだ。


「そちらの都合関係なしに、ここで久保耀壱を処分するのが確定事項だと言ったらどうする?」


「ならば、実力行使しかなくなりますね。端からその路線も視野に入れております故。少々、茨の道にはなりますが、現状でも許容範囲の選択肢を踏んでおりますので」


 清水の酷な物言いが、美南の琴線に触れたのか笑みが消えた。その様子がやけに不気味に見えてくる。

 美南は会話も必要がなくなったのかぶつりと中断する。そして――


「そうですね。ならば、これ以上あの方に負荷をかけるのも忍びないですし、第3ラウンドとでも行きましょうか」


 ――初めて美南から漏れる殺気。

 明確な地雷を踏んだ。

 排除が決定事項だと、内包するエネルギーが全て外向きに放出されたように、恐怖の混濁が、清水を不躾に襲ったのだった。

~小話~

4話時点であっさり戦闘を終わらせ、説明回もざっとやってプロローグにする予定でしたが、意外と続いてしまっています。両者ともなかなかに粘ってました。

美南の猛威に、かませに見られそうな清水ですが、非常に優秀なキャラクターであります。

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