第4話 守護者の名
◇
(…………助かった?)
女性が不審者の男を追い始めたところで、久保は限界を超えた緊張から解放されあまりの脱力感に尻餅を突いた。
死が直前まで迫ってきていたにも関わらず、こうしてまだ生存が許されていることに一抹の安堵が湧き上がる。気付いたら背中が濡れてきていて、顔面からも脂汗が垂れ流している。久保自身が思っているよりも恐慌状態に陥っていたらしい。すぐに立ち上がるのも困難なほどだ。
しかし、安心していられる場ではないことも確かである。
突然、見知らぬ女性が久保を庇うように男と戦闘を始めたかと思えば、一瞬でこの場から遠ざかっていったのだ。それでも、まだ2人が近くで相対しているのは理解している。戦闘音自体は聞こえてこないものの、名状し難い空気が久保の元まで漂ってくるのを感じる。空気感を捉えられるなどと友人たちが聞けば鼻で笑われそうな表現だが、数秒まで死の淵に立っていた経験が自己の感覚を鋭敏にしているらしい。
一時的にでも危機は去ったが、久保は悩む。
何せ久保の代わりに、別の誰かが戦ってくれている事実があるのだ。我が身可愛さで遣り過ごすのも気が引ける。確かに、庇ってくれた女性はとんでもない動きで男を追い詰めているのだが、イコール撃たれないと確定したわけでもない。
女性が撃たれることを想像して、身体に鞭打って立ち上がる。
久保自身がどうこうできる能力は全くないが、それでも自分でも何とかしたいという思いだ。
「……いや、まずは警察に連絡か?」
心を落ち着けて、最初に思い浮かんだのは誰かに頼ることだった。
数秒前とは矛盾しているのではないかと思われるかもしれないが、迷惑をかけずに解決するにはこれが最適解なのではと考えた結果だ。電話一本だとしても、それで女性の生存率が上がるなら自分のできる範囲で動けたという証左になるだろう。
早速、ズボンのポケットからモバイル端末を取り出して起動し、電話アイコンを選択する。110番という数字は大きく認知されていながらも久保が利用したことは無い。震える指を制して丁寧に番号を入力していく。
そして、電話ボタンに手をかけようとしたとき――、
パァンと久保の耳を劈く。
発砲音であるとすぐに理解した。恐怖が甦り、指が硬直する。
反射的に音のする方面を呆然と眺めてしまう。同時に腹部のあたりでもやもやとした何かが圧し掛かってくる感覚に襲われ、あまりの気持ち悪さに口元を押さえた。
(そうだ。相手は銃を持っていた。発砲音を聞いてもおかしいことではない。それは頭ではわかっていたことじゃないか)
通報する意識は記憶の彼方に置き去りにされ、発砲という現象に脳のリソースが割かれる。何しろ、本来であれば発砲されてそれを身に受けるのは久保本人だった筈だ。現に、大元で一番はじめに発砲された記憶がこべりついている。
震えから両の手のひらが力を失い、おもむろにモバイル端末が滑り落ちる。それすら気付かずに荷物を放ると、意識が戻ったときには立ち竦む身体へ無理矢理力を込めて走っていた。
少し進んだだけで、驚くほどに息が上がる。肺へと空気を送ろうとするも呼吸が困難になっており、半ば無酸素状態でのダッシュに肉体は悲鳴をあげる。20メートルも進まない距離で早足まで速度が落ち、それすらも耐えられなくなって徒歩で進んだ。
但し、待ち受ける先はそこまで遠くはなかったようで、目標を見つけるのには容易い。
標的が久保であろうことから姿を堂々と晒すには抵抗があり、恐る恐る隠れながら状況を窺うに至る。
幸いにも、女の方は無事である。男の方には銃が握られていて、直前にも発砲音が耳に残っている。それでも無事なのは、うまく回避したのか、命中には及ばなかったのか、はたまた威嚇射撃なのかと様々挙げられるが、女にまだ銃口が向いていることを忘れてはいけない。男が主導権を握っている事実は変わらないのだ。
男の装備が左手に拳銃、右手に柄の無い刀なのか無骨な長剣のようなものという珍妙なものではあるが、対する女は武器も手元に存在していない。リーチの面でも圧倒的に不利に見えている。
しかし、現状では不自然に膠着状態が続いていた。会話も久保からは聞き取れない。どうしようもなく後を追ってきたは良いものも、久保からそのあとが出てこない程に沈黙がプレッシャーになっている。
(あの男の方も、女の人を警戒している?)
近距離から捌ける能力があるとしたら、男が警戒を強めている理由にはなるかもしれない。女はフリーズしているというよりも相手を観察しているようにも見えた。大した自信を秘めているのかとさえ思える。助けられた側として後ろから女性の動きを視認していたが、人間ができる最大限の動きと言えるレベルには身体運びは卓越していれば、それも頷ける。
それでも、唯々時間が過ぎゆく空間は不意に終わりを告げた。
◇
――発砲。
清水が対面する女――美南深幸に向けた拳銃の引鉄が引かれる。外す方が困難な超至近距離だ。
しかし、本日発射された2発目の弾丸は、美南の最低限の動きで躱された。地面から接触による高音が響く。
1発目で知りえた驚愕は2発目で表情には出ない。既に想定通りと言わんばかりに清水は機械的に右手の長剣を振り下ろした。追撃に美南は右へ跳ぶ。攻撃は掠りもせず、美南は清水の懐に入った形になる。
だが、美南は着地と当時に身体を伏せた。直後に美南の左から右へ上部に長剣が通過する。振り下ろした長剣の反動や重みを感じさせずに清水は切り返したのだ。それでも美南は清水の動作を注視しながら対処して見せた。
伏せた身体を発条に美南が動く。前傾姿勢からの突進だ。清水の攻撃が打ち止めになった合図であり、これで隙をつけるようになったのだ。右へと流れた長剣の軌跡はすぐには戻ってこない。
――清水は斬ったと確信した。
隙を突く美南の攻勢を逆手に、更に返しで長剣を振るう。重心を後ろに引きながら間合いを担保にし、自然な流れで美南の腹部を狙う。これは攻撃が間に合う、と。
但し、長剣は空を切る。
清水の凶刃に感知して美南は一転して後方へと跳躍したのだ。姿勢を反転させて下がるのは、体幹が良ければ躱せるものではない。強靭な肉体に超人的な反射神経を持たなければ成り立たない。
反動で清水も後退して体勢を整える。美南の存在を凝視し、清水は次の手を考える。
「――――っ!!」
その頭の回転を無視し、清水の眼前にナイフが迫る。
暗闇が広がる時間帯が仇となって、視界の悪い状況では直前にまで気付かなかった。
美南が懐ろで隠し持っていた武器であろう。丸腰な状態での戦闘の認識を植え付けておきながら、ここぞというところで美南の仕掛けが清水を襲う。両者が後退して距離が空いたことで油断が生まれたせいでもある。
清水は顔面を狙って投擲されたナイフから懸命に顔をずらす。だが、躱しきることは叶わず、頬の薄皮を抉るように割いた。
「ぐっ……」
急所は避けた。一瞬の痛みで身体が硬直したが、すぐに立て直せる。噴き出した血を拭う動作は明確な隙となる。視界がぶれながら正面からは外さない。
しかし、それ以上に既に目前には美南の姿を認める。敢えて直線の最短距離で詰めて来ずに、視界の外を縫うように流れてきたのだ。
その瞬間に美南の掌底が清水の脇腹を直撃した。鈍い音と衝撃が清水の身体に奔りバランスもとれずに倒伏する。受け身は取れたおかげで発生したエネルギーを変換して起き上がれる。
意外にも清水にはダメージが入っていなかった。対して美南は追撃のチャンスを捨てて後退し、腕を振って気にする素振りを見せている。
「……仕込んでいましたか」
清水も何も武器を生成するだけではなく、しっかりと防備を固めていたのが功を奏したのだ。言うなれば、硬度のある鉄板に美南が掌底を叩き込んだということだ。それでも美南は強引に清水へ振りぬいたお陰か軽傷にも満たないものではある。
清水の防御態勢と反撃を想定していたのか、あっさりと退いたのは意外だが。
清水は屈んだまま防御姿勢を崩さず、ちらと周囲に目を配らせる。美南からの打撃により長剣は取り落としている。1丁の拳銃は左手に収まっているが、それだけでは心許ない。美南も長剣を拾う時間を与えないだろう。
ここまで彼女に押され気味である。闖入者の接触により、最早清水の任務は失敗となりかけている。このまま時間を稼がれ続け、削られる未来が大いにあり得る。
だが、清水に手が無いわけでもない。この際、美南はどうでも良いのだ。久保耀壱へ干渉するアクションをトリガーに優位に進めることだって不可能ではない。
それは当初から敬遠していた派手に暴れることへの影響を気にしない方面になるのだが、切り捨てたリスクを拾い上げたくなるくらいには消極的なものだ。
清水はそう思いつつも、それでもまずは標的となる美南へと警戒を向けた。
左手の銃を変形させる。更に、スーツの下に纏っている防備を一部を除いて素材として利用する。拳銃は姿を変え、連射性の高い小銃へと姿を変えた。
清水の武器生成を経て、構える前から美南は不意に後退して建物を利用しながら姿を消した。
相変わらず動き出しが早いのに感心するが、この反応を見るに持ち前の反射神経では対処が難しいと悟ったのだろう。こうなってくると時間稼ぎの役割もそこそこに退却を選んだ可能性も浮上してくる。
「どうだ? 大槻」
周囲の警戒は怠らずに、清水は首元に手を当てて虚空に呼びかける。
すれば、清水の頭を振動させるように脳内から音が再現される。
『介入者は久保耀壱と合流して撤退しているようです。どうやらターゲットは逃げるでもなく接近して様子見とかいうとち狂ったことをしていましたからね。清水さんの戦闘を見られていましたよ。お伝えしていた方が良かったっすか?』
「だろうな。こちらも手一杯だったし、致命的な情報でなければお前たちの方で取捨選択して構わん」
戦闘に介入してくる真似はなかったが、久保が跡を追いかけてきて様子見していたのは分かってはいた。美南も同様であっただろうし、だからこその早期の撤退の選択を取るのだろう。
久保が隠れる方へ射撃しても構わなかったが、そんな甘えは恐らく許されなかったとも考えられる。精々、行動を見切られて先程のように投げナイフにより腕が持ってかれるのが関の山だ。視線を外せば勝ちの目を自ら無くすことになりかねない。
「寧ろ、大槻から支援を期待してアレを持たせていたわけだが」
『無理ですって。こちらは長距離での支援になってはいますが、狙撃なんてとてもできません。そんな訓練なんてしてきてすらないですし、絶対当たりませんよ』
清水が皮肉をかければ、大槻からは軽くいなされる。事前に狙撃用の銃を渡してはいたが、流石に撃つことはしなかったようだ。訓練のしていない者だとすれば射程感覚や偏差もわからず撃っても十中八九外す。清水も支援用よりも護身用として持たせていたのである。
清水もそれはわかっているのでそこまで追及をすることでもないのだが、どうしても虫の居所が悪かったため八つ当たりにも近い。
ただ、会話は人を冷静にさせる方法の一種だ。他者の意見を聞いて自分の状況を押し付けずに齟齬を埋められれば、最善を引き出しやすくなるからだ。
大槻も大槻で茶々を入れてきているので、そこまで深く責められているとは思っていないだろう。銃の重みを理解して撃つことそのものに恐怖するわけではなかったのに安堵するべきか。
切り替えるように大槻からの短い問いはトーンを下げており、真剣さが伺える。
『……どうします~?』
問いに清水は数秒考えこむ。このままこちらも撤退の選択肢が無くもないが、久保耀壱というジョーカーを相手が抱え込んでいるのも事実だ。連携がままならない中でこちらの脅威を植え付けておくのも1つの利に繋がるとも言える。
「私はこのまま追う。ナビゲーションを頼む」
『……良いんですか? アタシの「アンテナ」が刺さっていませんし、情報落ちが酷いですよ~』
「ああ。今の状況でもあわよくば久保耀壱に手札を切る選択肢を迫れる。どう転んでも結果はおいしいだろう。……とりあえず、大槻は私のバックアップを。森山にこの現場の処理をお願いしておいてくれ。それと課長への情報共有を絶やすなよ。ぶっつけの本番運用に近いが、試験的な連携にもなっていることを忘れるな」
『了解です。お荷物もこちらで回収しておきますよ。あと一応、アタシとチホちゃんの能力を過信しないでくださいよ。特に銃声とかはどうにもならないんすから』
清水の指示にバックアップである大槻が快諾する。加えられた小言には反省の余地があるため、小銃から元々の無機質な立方体に変換しておく。国との連携はしているが、銃声から通報が入るのは確かに厄介ではある。況してや、銃の所持を住民にでも見られるのは都合が悪い。
『清水さんも無茶だけはしないでくださいよ~』
清水は結果を誘導するようなことを述べたが、それをマイナスで捉えたらしい。念を押すように大槻は忠告を入れてくる。軽口になるようにはしてはいるが、その真意に清水は淡々と受け応える。
「わかっている。これは我ら人類の生存を賭けた前哨戦だ」
大槻がバックアップの体制に切り替えたことが通信の空気感で理解する。清水は覚悟を凝縮して込めて小さく独り言ちる。そこに返信はないが、もうすぐにはターゲットの追跡からナビゲーションが始まる。指示を待ちながら、即座に行動できるように準備した。
その数秒後には、清水はターゲットを追うのだ。
◇
――走る。
女性に瞬時に発見されて手を引かれてから、現場から遠ざかるように只管に走り、ついていく。大した距離を走ってもいないのに、息は上がる。それでも本日2度目の疾走は、1度目のような極度の緊張感で全く走れないわけではない。どちらかと言えば、普段から運動をしていない者の体力の無さが原因である。
いつまで、どこまで走るかわからないまま、懸命に女性を追う。
すると、久保の体力の限界を見極めたのか、女性の走るスピードは遅くなり小走りの状態で連れられる。
いや、久保の状態を鑑みたわけではなかったのは、そこが寂れた公園だと気づいたからだ。
その内のよくわからない半球状の遊具がぽつんとあり、中に入って隠れられるようになっていた。押し込められる形で久保と女性が中に潜り込めば、明かりのない夜では一層真っ暗を描いている。
ここでやり過ごすつもりらしい。しゃがみ地面に手を付けながら、呼吸を整えて落ち着かせていく。息遣いが内部の物体から反響するが、気にしていられない。逆に、女性の方は汗の一滴もなく、息遣いが乱れた様子もなかったため、久保の体力の消耗具合が顕著だ。
外へは耳でも澄まさない限り会話も聞こえないであろうことは救いか。
ある程度呼吸を落ち着ければ、間のある沈黙は隣に屈んでいる、久保と目を合わせた女性から破られる。
「まずは謝罪を。現場の制圧も考えてはいたのですが、耀壱様の安全を確保するためには一時撤退を選択させていただきました」
最初に漏れたのは謝罪だった。現場を解決できない自分自身を責めるように、女性が頭を下げる。
その佇まいは屈んだままのお辞儀でも上品さが窺える。それは本当に自責の念に駆られているように見え、久保への忠誠心めいたものが感じ取れる。
ただ、ここで気になる部分は久保は女性の事を一切合切知らないということだ。
記憶上、初対面であるはずであり、顔も見たこともない。端正で美人と判断できるその顔は一度見れば忘れることはなかろう。すれ違いならばわからないならまだしも、であればこうして同じ場で座ってなどいない。
久保の表情で意図を悟ったのか、女性が顔を上げる。
まっすぐとこちらを見つめる相貌は、清廉で真面目さを纏っている。
「自己紹介をしましょう。わたくしの名前は美南深幸と申します。久保耀壱様をお守りする盾として、今後ともよろしくお願い申し上げます」
右手を胸に当て、再度、頭を下げる美南と名乗る女性を久保は呆然と眺める。
やはり知らない名前である。はじめましてで語ったのだから当たり前なのだが、それでも今まで久保が出会ってきた中で美南と名乗る人物は記憶にない。
ここでの久保は音として『美南』ではなく『南』の姓として記憶を掘り返していたのだが、そもそも近隣には『みなみ』という苗字は一人も出会ったことはないと確定させた。
それなのに。
(――何だか聞き覚えがありありとしている。いや、すぐ近くにさえいたような気さえする)
彼女の名前にしっくり来ていたのだ。顔も名前もはじめましてなのに、懐かしさを憶える。心当たりが無いのに、胸の内は在ると告げている。
不思議な感覚が訪れ、思考が割かれる。数分前まで窮地にいた状況だった筈なのに、優先順位が丸ごと置き換わり、彼女の名前に集中してしまっていた。逆に、美南は久保を認知しているのが違和感として働いていなかった。
不意に妄想は美南によって中断させられる。
「……相手はまだ、こちらを追ってきているようです。優秀なエージェントですね」
相手の姿を完全に晦ましたと思っていたが、どうやら早とちりだったらしい。初めに美南が「一時撤退」という言葉を使用していたが、その裏の事象を全く読んでいなかったのだ。
危機が去り暢気にしていたことに反省する。美南のあの体捌きを見てからだと、油断が植え付けられてしまっている。
追手がまだいるというのならば、すぐに精神面も摩耗していく感覚を満たす。
何かをした実感が湧かないのに、心当たりのない殺意をこれから受け続けるとなるのはなかなか辛いものだ。それもいつまで続くかさえ考えたくはない。
「どうするんですか?」
漸く会話となる機会で、震える身体からどうにか絞り出して訊ねる。久保の立場ではもう間に立つ美南を頼らざるを得ないのだ。思考停止と指摘されてしまえばその通りだが、美南の意見を待つ。
美南の手が久保の手の上に添えられる。
「わたくしが相対いたします。耀壱様はこの場で待機をしていてください。相手への目は持ち続けていますが、不意討ちにすべて対応できるとは限りませんので」
正々堂々と言ってみせる美南の風貌に、男前に思わせる。
そんな美南は、久保から目を逸らさずに「お願いがございます」付け加える。
「とにかく時間がありません。詳細なご説明は、この窮地から脱却した際にさせてください。ご理解を得られる迄、協力を惜しみません。但し、1点のみお約束をしてください」
それは――。言葉を区切り、彼女は願いを話す。
真っすぐにこちらを見る瞳に吸い込まれるようになりながら、久保は美南の話を傾聴する。
「この場において、何かを願ったり、何かをしようと思ったりすることはおやめください。それ自体が貴方様にとって非常に危険な行為になり得ます」
美南の言葉を、理解はできなかった。
言われている言葉は理解したが、それが何を以ての話なのか見当がつかない。過去にあった出来事を踏まえて見ると腑に落ちそうだが、何をするにも八方塞がりな久保は、その願いに頷くしかなかった。
久保の首肯に、美南がふわりと微笑む。どこか無機質さのあった表情にも、明るさが映えている。
添えていた手を放して立ち上がり、外へと視線を向けた。
「本当ならば何も見ず、何も聞かずに眠っていてほしいばかりですが、こればかりは耀壱様の逃走の選択肢が取れなくなりますので、致し方ありません。――では」
言い訳をするように美南が1歩、外へと踏み出す。これから久保の為にまた戦闘へ赴くのだ。
久保から気の利いた言葉は出せない。どんな言葉を投げかければ良いかも、話についていけていない立場からすると正解がわからない。
戸惑いつつも、ふと思う。
直前の話だ。久保は美南深幸という人物を知らない。けれど、その存在を身近に思っている。それは何故なのか、答えがわかればすぐに納得しそうなのに、喉からつっかえて出てこない。
(みなみ……。南、三波……、美南…………。みなみ、みゆき………………?)
ふと、それが答えだと知った。
「深幸……?」
「……! はい。わたくしは貴方様のよくご存じの美南深幸でございます」
彼女が久保の言葉に呼応し振り向くと、既に理解を得たように何度目かのお辞儀を流麗にしてみせる。
会ったことは無い筈だ。しかし、記憶の中にある。
何故ならば、――――それが久保耀壱という人間が小説として作ったキャラクターなのだから。
「わたくしは、貴方様のお声に参上したのですから」
空想上のキャラクターとしての域にいた人物が、リアリティの壁をぶち壊してそこにいた。
~小話~
元々、ここでの登場は清水のみでバックアップはいませんでした。いや、普通に考えて清水が私情を挟んで単騎で来るわけないでしょうに。。。




