第10話 成果報告と苦言
◇
日本システムディベロップメント株式会社の本社が構える場所は全体で見ると都会という括りになるが、単体で見ればどちらかというと田舎染みたところになる。
建物全体も4階建てと見栄えも普通で、完全に風景に溶け込んでいる会社だ。建物全体がJSDの所有物になっており、テナントも入っていないため、そこそこ大きな会社に見えるのが特徴ではある。
JSD本社の最上階にある会議室に、出社してすぐ呼び出された清水が入室すると、その場には既に今回の案件の関係者の面々が集まっているのが確認できた。
清水含めて全体で7名の参加ではあるが、参加者に清水はたじろぐ。直属の上司や更にその上の部長格とは仕事に当たるうえで親交があるのだが、更にそこには社長、副社長に財務責任者、システム統括管理者と馴染みがあまりない責任者たちの姿が確認できたからだ。案件的に副社長には話が通っていたため、上層部の中では話しやすい相手ではあるが、それ以外の接点は数えるほどになる。
清水自身は40代後半と年配の領域に入ってきているので、比較的に年の近い者たちではあるのだが、残念ながら清水はこの年でも末端扱いの人材である。そんな人間の報告会に組織のトップが来るのは、精神的に枯れてきた清水でも気まずさを憶える。
清水は直属上司の竹内清華を認め、その隣に着座した。竹内は上司であるが、こちらは清水よりも一周り年下の女性である。バリバリの仕事人で、年上の清水に対しても躊躇せずに意見を言ってくれる存在の彼女も、この場は緊張感を持っているようでこちらに「お疲れ様です」とかけてくれる声は少し硬い。
清水が正面を向けば、長机を挟んで錚々たる面子がずらりと並んでおり、無言の空気感を肌で感じられる。
清水が着席してから定刻になったタイミングで、竹内の更に上司に当たる塚田部長の言葉をトリガーに会議が始まる。
「では、会議を始めさせていただきます。今回の議題は、清水さんから報告が上がっていました件の詳細な情報共有と、それに伴なう今後の体制についてのご相談になりますので、よろしくお願いいたします」
きっちりとスーツに身を包む塚田は、美男子にそのまま歳を取らせたような時間の流れを持つ壮年の男性であるが、まだまだ若さを残している仕事人である。かけている丸眼鏡を人差し指の第二関節で調整し、ちらりと清水を見た。
「先日、アラートにて例の青年――久保耀壱の能力の開放の予兆が確認され、丁度昨日にその事象が実際に起こったとされています。その事象の確認後に竹内さんの進言の許、我々は細川副社長の判断でここにいる清水さんを現場に派遣しています。清水さんに与えられた任務は実際に久保と接触すること、可能であれば始末することの2点になります。但し、危険性が高ければ一旦離脱するようにも伝えてありました」
淡々と昨夜のあらましを説明してはいるが、塚田の表情は硬い。
「結果、接触には成功。しかし、始末には失敗した、とここにいる清水さんから共有を受けています。現在は大槻さんと森山さんの2名に無理のない範囲で動向を探っていただいています。9時頃の報告では逃走することもせずに通学する久保を確認したそうです。具体的な戦闘についてですが、この流れは国と連携をして、監視カメラから戦闘映像を取得しています。未視聴の方がいらっしゃいましたら、別途ご確認ください。記録は回収後に最低限の関係者によって抹消済みです。戦闘現場の後始末はチーム内の森山さんが対処しておりますので、大きな問題に発展しないだろうと見込んでいます。戦闘音はどうにもなりませんが、目撃者もいなければ証跡もありません。問題にしようとも国に蓋をするよう依頼してあります」
簡潔に述べた塚田は、ひと呼吸置いてから清水へ視線を集中させる。
「皆さんには既に戦闘映像の共有をしていますが、清水さんから詳細を説明いただければと思います」
清水の所属の範囲となると率いる塚田が役員への説明を買って出るが、今回で言えば、清水に話をさせた方が良いと判断したのだろう。自身の失態を説明する流れに後ろめたく感じるが、責任の所在と今後の方針を踏まえれば適任だと理解している。
清水は至って無表情を貫くように努めながら、向けられた目に応じた。
「昨日、私と大槻、森山が初動として久保との接触を図りました。ただ、大槻と森山はバックアップ要因の為、久保と対面していません。久保との対面時には随伴する女もいましたが、先手を取るために能力を行使、銃撃を遂行しました。しかし、これには随伴の女に阻止され、そのまま消耗戦へと移行しています」
清水は丁寧に振り返りつつ、淡々と経緯をなぞっていく。
「相対してみて感じたことは、かなり戦闘に長けた人物であったということです。読み、反射神経、身体操作のすべてに無駄がなく、隙も作れずに後手を踏み続けざるを得なくなっています。男女の身体能力の格差は考慮に値しません。例え、熊や猪相手でも、ナイフ一本でいとも容易く対応できるであろう化け物だと表現すればわかりやすいでしょうか」
それが清水の冗談ひとつとてない本心だ。1対1ならばまず勝てないと思わされる人間である。
感情が昂ぶり拳や奥歯に力が入るも、あくまでも冷静に清水は続ける。
「その女ですが、私の推察では美南深幸である可能性が非常に高いです」
女の名前を提示したとき、空気が一気に張り詰めたようだった。無意識に息を呑み、周囲を確認する。
その中で、反復して呟かれた声が清水に届いた。それは清水から対角の位置に着席している男が放った独り言だ。システム統括を任されている役員の五味が放った声は中空を彷徨い、虚空に消える。清水と比べて恰幅の良い中年男性だ。腹部にはかなり脂肪を蓄えており、全体的にも大きな風貌だ。
「美南深幸と言えば、久保耀壱の作ったくだらん書き物にいる架空の人物でしたな」
この空間の中で険しい表情を人一倍隠そうともしないその男は、認識を擦り合わせるようにこの場にいる社長へと視線を向けた。但し、彼の会話の先は塚田であり、その配下のチーム全体だ。
「その女の情報については我々にも共有されていたと思うが?」
「はい。恐らく、その人物のご認識かと」
五味の問いに塚田が返答する。清水は更なる苦々しい表情の五味を見たが、言葉が喉を通らずに沈黙のままだった。代わりに、直属の上司である竹内が話を引き継いだ。
「まだ要確認の事項になりますが、相手が美南深幸である体で進めた方が良さそうです。架空の人物が久保を支援した。予言も併せれば考えられない範囲ではありません」
緊張感が伝わってくる彼女の声音を聴きつつ、清水は当時の戦闘を再度、脳内で再生する。何かの異能を使われた事実はなかったが、それは物理的な現象からわからないものであったとも捉えられる。美南の能力は物理的に干渉してくるものではなかった筈だと認知している。
そして、彼女の戦闘勘そのものが、一般人から受けるものとは比較にならない。死線をくぐり抜けてきた猛者のそれだ。
しかし、現状では答えが出ないものでもある。
従って、五味は詰めていくように切り口を変えてきた。
「その女に関する過去の情報はどうなっている? 確か、久保の周辺にもJSDの手の者がいたのではないかね」
当然、事前調査の漏れがあったかどうかに行き着く。久保を観察対象としていれば、周囲にいる人間の情報も一緒に共有されてくる。
ならば、観察の経緯に見落としがあった可能性を問わねばならない。
現に、竹内から出てきたものは謝罪だった。
「すみません。情報の管理について漏れがあった可能性があります。この後、早急に確認いたしますので、少々お待ちいただければと存じます」
保留を宣言した回答に不審に思ったのか、システム統括の五味、副社長の細川、上長の塚田が表情を曇らせた。当然、調べはついていると認識していた3名が、竹内からの言葉を違和感に思ったのだろう。どういうことだと理解に苦しんでいる様子だ。斯く言う清水もその中の1人だが、実働部隊を担う清水ではその言葉は許されない。
更に、竹内自身が口から出た言葉として、何故このような回答になったのか理解できていないようにも見えた。
「――或いは」
竹内は取り留めのない回答をした故に、すぐに思い至ったのだろう。生まれた強烈な違和感は、思考の変遷から理解に繋がる。他の参加者が指摘しようとするタイミングを抑え、前文から繋がらない接続詞を用いながら、続けようとした。
ただ、先に口を開いたのは、今まで黙っていたJSDの社長を務める唐澤だった。冷徹な相貌からは何も読み取れない無が漂っている印象だが、社長という肩書に違わず他者とは異なるオーラを纏っている。
「或いは、久保に世界を作り替えられたか、だろうね。皆の認識の通り、架空の人物が実際の人間のモデルになっているのは良いが、名前や特徴まで一致するなんてあり得ない。もし、それが正ならリテラシー能力が皆無な男ということだ。……ならば、どこかのタイミングで久保に能力を行使された可能性を模索する方が建設的だ。それがアラートのあった前後の話なのかは不明だがね」
久保耀壱という人物をJSDは危険視している。
久保の機嫌次第で世界を塗り替えられ、認知できないまま追い込まれていくのはゾッとする話だ。
しかし、穴はある。
今、示されたように、久保が世界を改変できる能力を持っていたとしても、認識のずれや回避できない漏れが少なくとも存在していて辻褄が合わない場面が出来上がる。
清水等にとっては日常なのだから洗い出しが必要なレベルで認識はできないが、切り崩すならばその観点だ。
そんな状況を垣間見たことを内心では思いつつも、唐澤の発言に静かに全員が傾聴する。風格のある社長の言葉には誰1人として口を挟めずにいた。言葉1つひとつが無機質で、それでいてクリアに耳に届いてくるのだ。
当の本人である唐澤はこの状況を無視して、清水へと視線をスライドした。
「清水君」
「はい」
「彼らの戦力はどうですか? 我々に対処できそうですか?」
端的な質問は研ぎ澄まされた刃のような性質を伴い、清水は固まる。けれど、すぐに思考を巡らせれば、相対していた清水から出てくる言葉があった。
「場合分けが必要です。現時点における久保が要する戦力を考慮すると、始末することは十分可能です。相手が美南深幸と確定したとして、確かに厄介な相手です。ですが、戦闘の性質上、多対一に持ち込んでしまえば当たり前に有利が取れます。見たところ、久保は戦闘経験がないですから制圧も容易でしょう」
清水は段階を踏んで答えていく。清水自身はいつでも死地に追いやられる立場なのだ。丁寧に状況を落とし込んで、できることとできないことを区別していく。
「しかし、それは久保が能力を使わなかった場合の話になります。いずれ処理能力に限界が来れば、改変能力を行使される可能性は捨てきれません。そうなれば、我々の戦力で対応できるかも怪しいでしょう。美南のサポートを受けるならば、更に始末できない敵が誕生してしまうと言えます」
清水の答えに、唐澤が「ふむ」と顎に手を当てる。
唐澤自身も既に清水の回答に到達していたのか、納得の様子で俯き考え込んでいた。
「追い込んだ結果、過ぎた能力の授受に成功されれば、こちらが手に負えなくなるか。下手を打てば久保が殺戮兵器になる。私は半信半疑だがね。積極か慎重か、取れる手はいくつもあるが、1つ間違えれば取り返しのつかない結果になることを念頭に入れておかねばなるまいな」
唐澤はひとりでに呟き、終えると顔を上げて周囲を見渡した。そして、述べられた唐澤の評価は、清水に拍子抜けさせるに相応しいものだった。
「はっきりと伝えておくが、私は今回の清水君らの行動結果を成果として受け取っている。苦言も出るのは最もだが、経過の途中を我々は失敗とは呼ばない。プロジェクトも頓挫させないし、体制変更もない。増員できる余裕があれば、そうしたいのは山々なのだがね。引き続き、君達の業務に期待している」
「――ですが」
唐澤の宣言に短い言葉を発したのは五味だ。
清水の失態を追求しなければ事例として認めてしまうことになり、今後の体制に亀裂を入れてしまう懸念があるのだろう。それはある意味で正しい主張である。
勿論、技術者の仕事を生業としている五味にも唐澤の決断に理解を得ているだろうが、放置もしていられないのだろう。
それでも、唐澤の優先事項は変わらない。
「現場で抱いた違和感は払拭するべきだ。久保の能力を鑑みても、一考に値する。今一度、手持ちの資料を見返して、清水君たちが取った行動との整合性を取りなさい。そこに美南深幸なる人物との違和感の正体が見つかれば、今後の対策にも繋がるだろう。監視体制も早急に見直しなさい。まずは、実際に美南深幸なのかの裏取りを優先順位として、情報共有しておくように」
清水に対する評価と指示を淡々ととばせば、唐澤は更に流れで塚田と竹内に視点が向いた。
「塚田君と竹内君は共有された情報から、再度叩き台を作成してほしい。保護か、抹殺か、はたまた接触は断念してしまうのか、様々な方面での素案を用意しておいた方が良いかもしれない。対応に因んだ最適な手法をまとめ直し、それぞれの評価を知見と擦り合わせて行うようにしなさい。五味君も状況に応じて協力をお願いします。現状のシステム周りも改修の必要が出てくるかもしれないからね」
周囲を見渡して、有無を言わさない進行で端的な指示を飛ばしていく。結びとして、塚田と竹内を見ると、「いいね?」とだけ強制的な疑問符が残された。
更に、この話は終わりと言わんばかりに、唐澤がこれまで一言も口を挟んでいない財務担当者の名取に視線を向けた。これまで影が薄かったが、話の中心に来ても存在感は希薄に見える。
「名取君。防衛省に話を通してください。予算の確保をお願いします」
唐突な区切りであったが、名取は動じることなく顎に手を当てている。話を切られた側の五味も言いたいこともあろうが、唐澤の進行を優先しているためか、文句もなく黙って名取の返答を待っていた。
「そうはいっても、『はい、そうですか』とはならないと思いますが」
「世界存亡の危機の最前線にいるのは我々だ。話にならないならば、政府と手を切って他国と手を組むことも視野に入れていると伝えておきなさい。単に、久保が生活しているのが我が国なだけで、対処はどこでもできる。それに、政府が下手な介入をしても世界滅亡へのタイムリミットが早くなるだけで無能を晒すのは想像に難くない。数少ない能力者たちを一手に集めている我々と事を交えても損害にしかならないだろう。寧ろ、我々と手を切れば、静観していた他国も一気に動き出すに違いないと認識している筈さ。保守派にかまけているなら、他所の動きにも注意してもらいたいものだ」
なかなか思想の強い主張と捉えかねないトップの発言に名取が慌てているも、指示には忠実に従おうとしている姿が窺える。
「現状できることは、課題の見直しと今後の指針の裁定だ。但し、周囲が動き出すのも考慮して、プランは逐一共有してもらいたい。あくまでも、その決定が為されてから動き出すとしてもらいたい。くれぐれも、先走った行動には出ないように」
今回の清水の行為自体は成果として認めつつも、釘を刺しておくような形で言葉を締めた。
唐澤への返事が広がり、室内も弛緩したような感覚を清水は肌で感じ取った。
思えば、苦言の連発を想像していたのだが、蓋を開けてみればそこまでではないというのが感想だ。非常に緊張感があったが、身体が緩むと疲労も感じられる。昨夜の対応も併せると、数日で体力を削られ過ぎたらしい。
多少の猶予ができたのは歓迎するが、久保の事を想像すると殺意が漏れ出そうで、そうもいかない。複雑な気分を整理する時間が必要だと清水は自覚した。
――けれど、一息吐けたと思った感触は、別の要因によって瓦解する。
ひと区切りついたせいなのか、会議室内にバイブ音が無機質に流れた。竹内がその音の持ち主だったようで、マナーモードでも静寂を断ち切るに十分だ。
「すみません」と前置きしてから、竹内は携帯端末を手に取り相手を確認している。ふと、竹内が顔を少し上げる。
「失礼します。現場の森山から連絡を受けました」
会議中ではあるのでマナーの問題もあるが、相手が現在進行形で監視の任についているからだった。突然に急を要する事態になっても可笑しくない立ち位置にいる。
だから、一旦報告だけはしておいて、退出し要件を聞こうとしていたろうに、離席しようとしたタイミングで唐澤に止められる。
「緊急の可能性もある。ここで繋ぎなさい」
相手が一従業員の立場なのだが、唐澤は意に介さずにすぐの共有を要求した。
一瞬硬直したようだが、仕方なしにと竹内は携帯端末を操作すれば、スピーカーモードにしてから机の上にその端末を置き、通話を繋げた。
『お疲れ様で~す。清華ちゃん?』
いかにも気の抜けた音声が会議室を抜ける。一企業として敬いが全くないのはどうなのかと追及されかねない始めではあるが、森山はこれで平常運転である。タイミングがタイミングなだけに清水自身も緊張感があったのだが、彼女らしいマイペースさが維持されていた音が会議室に乗った。
声音で緊急性がなさそうで、清水は内心で少し安堵する。
「お疲れ様です。森山さん、進捗はいかがですか?」
『今のところは、問題ないかも?』
竹内も第一声でそう読み取ったようで、眼前の緊張感とは打って変わった穏やかな声で返事をする。森山からの短い返答に疑問符があるのは気になるが、大きな問題でなければ切り捨てられる。
「要件は何ですか?」
ならば、気になるのは森山の持つ共有しようとした情報だ。それとも、定期的に報告はするようにと伝えてはいるはずなので、その線が濃厚か。
しかし、森山の持ち込んだ内容は、一時の安堵を返上して欲しいくらいには爆弾の投下である。
『それが~、大槻が話をするって、会いに行っちゃった』
……。
「……は? …………えーっと、誰に会うって?」
「久保耀壱」
…………。
理解の追い付かない沈黙が、場を支配する。平然と言ってのけた森山からは、深刻の度合いが読み取れないのが拍車をかける。
「はああああああああああああ!!????」
場の空気を完全に壊したように叫んだのは、通話相手の竹内である。
問題を問題と認識していないのか。それとも、問題だが誤差と捉えていたのか、通話先の部下との温度差に明確に隔たりあった。
思えば、いつでも同行していて、こういった場面では必ずと言ってよい程にまで徹底していた大槻からの報告ではなく、森山から着信があったことに違和感を持つべきだったのだ。
現状維持を指示された途端、直ぐに起きた内容である。
~小話~
漸く10話に到達しました。
JSDの人たちは意外と重要な立ち位置にいます。会社規模も小さいのに国に圧力って……。
まるまる1話分使いましたが、話の流れに沿った会議内容を考えるのって難しいですね。
更には久保の能力にシナリオ構成で苦しめられていますが、今回言及しているような矛盾とかも1つの要素にできるので助けられてもいます。
この辺りから登場人物が一気に増えてきているような流れに見えていますが、今後はどうなんでしょうか……。




