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ゴッドハンド(3/4)

「さぁて。どうやって暇をつぶすかな」


 ゴッドハンドメーカーの建物を出た俺は駐車場を抜け公園のベンチに座っていた。時刻は午後4時。まだまだ空は明るく公園で遊ぶ子供達は帰る様子もなく一心不乱に遊んでいる。ベンチに座る俺の姿を見て指差してくるガキもいるが母親らしき女に耳元で何かを囁かれるとすぐに遊具へと興味を移した。

 ぐるりと周囲を見渡しながら俺は歩いている連中の腕へと注意を注ぐ。少なくとも大人は全員ゴッドハンドを取り付けているようだった。こうして改めて見てみるとゴッドハンドでも人によって外見が違うことがよくわかる。よほど目を凝らさないと生身の腕と判別できないくらい精巧な作りのゴッドハンドもあれば、いろいろなパーツや仕掛けが隠されることなくむき出し状態のゴッドハンドもある。色も自由に選べるのか、特に女は色とりどりのゴッドハンドを装着していた。花柄や水玉模様なんてデザインもあった。正直気持ち悪い。

 それにしても料理人が厨房でゴッドハンドを装着するのは分かるが、ただの通行人までゴッドハンドを装着しているってのは何とも妙な光景だった。単に脱着が面倒なのだろうか。まぁ、外したところで腕二本なんてかなりの荷物だしな。それでも俺だったら四六時中あんな手袋つけていたくないがこの国の連中はそうは思わないらしい。

 そんなことを考えながら人間観察を続ける俺だったが、いい加減観察するのも飽きてきた。とは言えサクラの作業が終わるまであと2時間ほどある。今日は妙に時間が長く感じるぜ。朝からずっと待ってばかりだしな。

 結局サクラは自分のスキルを買い取ってもらうことに同意したのだった。小遣い稼ぎのためにこの国に来たのだから当然と言えば当然だが、あいつは自分のスキルがどこの誰とも分からない奴に利用されることに抵抗は無いみたいだな。俺だったら自分が心血注いで獲得した技能をひょいひょいお手軽に使われるなんて何だかムカつく。まぁ、価値観なんて人それぞれか。

 とにかくサクラがあの胡散臭いスーパーコンピューターに頭の中を覗かれている間、この俺はお暇になったってわけだ。お優しいスキルハンター女史は施設内でくつろいで良いと言ってくれたが、俺としては今日を退屈なだけの日にするつもりはない。何かしら刺激がないかと建物を後にしたがもうすでにこの様だ。

 日々MS機関から無茶を言われ指示を受け依頼をこなしてきた俺にとってこういう平穏な時間というのは貴重な物のはずだが、如何せん俺には暇つぶしの才能がないらしい。一般人というか人間ってどうやって暇つぶしするんだったっけか? この国は先進国並みに都市が発達しているから娯楽もそれなりに充実していると考えられるが、紙幣や小銭のない狼獣人を楽しませてくれそうな物はないだろうな。いっその事酔っ払いやマフィアが喧嘩でも吹っかけてくれれば退屈しないのだが、街ゆく住民は皆善良そうだ。平和だねぇ。


「あの、すいません……」


 退屈しのぎに大通りに登場して悪目立ちでもしようかと考えていた俺に1人の男が声をかけて来た。

 若い男だ。たぶん20代前半。ひょろりとした頼りなさそうな体つきにヨレヨレの服装。やや猫背気味でおどおどした態度をしているが、それがこいつのいつも通りのスタイルなのか見慣れない狼獣人にビビっているからなのかは判断できないな。特徴的なことにこの男は背中にイーゼルを背負っている。手に持っているカバンからは筆やら鉛筆が詰め込まれていた。画家か?


「何の用だ兄ちゃん。俺は休憩中なんだが」


 俺が問いかけると男は背負っていたイーゼルを降ろし、カバンから紙と筆を取り出した。


「も、ももしよければ君の絵をかか描かせてくれませんかぁ?」


 激しくどもりながら男はそんなことを言った。俺の絵だぁ?


「え、ええっと。僕は、その、イラストレーター志望で。そそそれで、街に出て毎日色々な物をススケッチしてるんだ。それで、き、君は凄く個性的だから、その、えーっと是非描かせてほ欲しいです!」


 そう言って絵描きは俺の同意を得る前に鉛筆を走らせ始めた。おいおい気が早いだろうが。

 俺は呆れながら絵描きの様子を観察する。相変わらず猫背だが、何となく目つきが変わったような気がした。集中しているというか、目の奥に光が灯ったようなそんな印象を持った。同意もなく描き始めたことに文句を言ってやろうとも思ったのだが、絵描きのその目を見て俺は口を閉じる。

 絵描きは俺のことなどお構いなく筆を動かし続けた。よく見れば絵描きは素手だ。ゴッドハンドを着けていない。


「あんたはゴッドハンドには頼らないのか?」


 俺の問いかけを受け絵描きは筆を止めることなく答えた。


「イラストレーター用のゴッドハンドはあるよ。で、でも皆同じような絵しか書けなくなるから、ぼ僕は嫌いだよ。自分の絵で、ご飯を食べていきたい。だから……」

「ふーん、そうかい。……あんた見た感じ定職に就いていないよな? 平日のこんな時間に公園にいるし、服装はヨレヨレのお古。栄養状態も良くなさそうだし、ちょっと体臭もあるな」

「……うん。そうだね。て定職にはつ就けていないね。フリーター‥‥‥いや、ホームレスってやつさ」

「俺は今日この国にやってきてついさっきゴッドハンドのことを知ったんだけどよ。この国じゃゴッドハンド無しじゃ就職できないって話を聞いたんだが?」

「そう、だね。その通りだよ。義務教育が終わったら、皆欲しいゴッドハンドを買うために、ばバイトするのが普通だしね。うん」

「高等教育とか大学はないのか? 美術の大学とか専門学校とかでスキルを鍛えるって手段もあるだろ?」

「……この国に大学なんてないよ。身につける技能も知識もごゴッドハンドを着ければ、い1秒もかからず習得できるんだから」

「ああ、そうか。でもそれって身についていないってことだよな。そんな人材じゃあ企業も顧客も仕事を任せるの不安にならねぇのか?」

「……ならないんじゃないかな? ぼ僕も以前デザイン事務所に面接に行ったけど、ゴッドハンドを持っていないってい言ったら『初出勤からベテランと同レベルで仕事ができる新人と仕事ができるまで時間もコストもかかる上に求めるレベルに達しているかもはっきりしない新人。どちらを企業が欲しがるかちょっと考えれば分かるよね』って説教されたよ……」

「そりゃあ厳しいな。人を育てるつもりなんかゼロってわけか」


 絵描きは筆を止め小さくため息をついた。通行人どもは狼獣人と絵描きの様子を見ながらヒソヒソと仲間同士で耳打ちをしあっている。俺はともかく絵描きに対する視線は明らかに冷笑的だ。俺がちらりと視線を向けると連中はそそくさと去って行った。


「ん? でも待てよ。全員が同じレベルで仕事ができるなら、極端な話新人が入社当日に部長になっても業務に問題はないってことか? 昇進とか地位とかどうなるんだ? 年功序列?」

「……年功序列か。き教科書で聞いたことのある言葉だね。ううん、違うよ。ゴッドハンドのランク順」

「なんだそりゃ」

「ゴッドハンドには、せ性能にバラつきがあるのさ。平社員レベル。万年係長レベル。それから社長レベル。教科書に載るレベル。神レベルみたいな感じ……もちろん性能が上なほど、こ高額だよ。だから金持ちの子はしゅ、出世が早い。17歳で現社長をお、追い越して会社を乗っ取った人もいるらしいし……でも、普通の若い子は安物のゴッドハンドから装着するんだ。ゴ、ゴッドハンドのランクがそのまま社会におけるランクだから皆普段からゴッドハンドをみ身につけたままだね。逆に成人にもなってゴッドハンドがないとしゃ、社会的な信用はどうしても、ひ低くなる」

「なかなかエゲツないな。出世したけりゃ金出せってか。分かりやすいとも言えるけどよ。ちなみに神レベルのゴッドハンドはどのくらいするんだ?」


 だいたいこれくらいだよ、と絵描きが口にした金額を聞いて俺は開いた口が塞がらなかった。ひ孫の代まで遊んで暮らせる額だ。そんなバカな買い物する奴がいるのかと尋ねると政界財界のトップに数人いるらしい。神レベルのゴッドハンドを買った議員のせいで政権交代まで起こった例があるというから呆れるというか何というか‥‥‥。


「俺の想像以上にゴッドハンドはこの国に影響を与えているわけか。サクラのスキルにあれだけの値がつくのも何となく理解できるような気がしてきたぜ。だが話を聞いているうちに他人事ながらあんたのことが心配になってくるな。ゴッドハンドを入手しないと生活ヤバいんじゃないのか?」

 

 再び筆を走らせ始めた絵描きは俺の問いかけに対し、


「そうだね。両親から親子の縁を切られたよ。『我が子が素手なんて恥ずかしくて街を歩けない』だってさ。友人の家に泊めてもらえないか頼んだら『悪いけどもう俺に関わるな。素手と友達とかマジありえないって』って鼻先で戸を閉められたよ。住む場所もないから漫画喫茶で寝泊まりしてる。バイト先も年齢と素手を理由に先月クビになった。今はこの公園で似顔絵を描いてお金を稼いでいるよ。……ああ、安心して。狼さんのは僕の練習だから料金なんていただかないよ」


 絵描きの筆は止まらなかった。心底辛いことを口にしているはずなのに絵描きの表情に悲壮感はない。どもることも少なくなり口調も安定してきたような気がする。むしろ先ほどまでより元気になっているようにも見えた。


「何だか楽しそうだなあんた。そんなに絵を描くのが好きなのか?」


 絵描きの筆が一瞬止まる。外国語で話しかけられたかのようにきょとんとした間抜け面を俺へと向けた絵描きだったが、


「うん。もちろん大好きさ」


 純真そのものな笑顔を見せた。


「僕は体が小さくて力もないし、勉強も得意じゃなかったよ。同級生からは一つ下のランクに見られていたと思う。でもさ。絵だけは先生からも褒められることが多くてね。10歳くらいからのめり込んだよ。13歳ごろだったかな? 学校で学年の生徒全員で遠くの街へ旅行に行く行事があった。生徒が自分たち用にガイドブックというか計画表を作るのだけどその表紙と挿絵を僕が担当することになったんだ。当時の先生がさ。僕を推薦してくれてね。もう一生懸命書いたよ。楽しかったなぁ。出来上がったガイドブックを家族や親戚に見せて回ったっけ? その時くらいから将来はイラストレーターになりたいって思い始めたよ」


 絵描きは続ける。


「でもさ学校を卒業する前にお試しで自分の欲しいゴッドハンドを試着できるイベントがあったんだ。現物と金額を知ることで現実的な目標を意識させる行事だったんだけど、僕は希望したイラストレーター用のゴッドハンドを使って見て愕然としたよ。自分がいつも書いている絵柄は描けず、描きたくもないポップなイラストや派手なだけのロゴとかしかゴッドハンドは生み出さなかった。他のみんなはゴッドハンドが欲しいと思ったんだろうけど、僕は逆だった。このゴッドハンドには生み出せない僕だけの絵を描いてみせる。そしてそれで生活するんだって決意したよ。他のみんなが必死にバイトして貯金する中で、僕はイラストを描いては広告代理店とかに持ち込んだ」

「へぇ。見かけによらず結構アクティブじゃねぇか」

「まあね。でもさ、面接を担当する人は皆同じことを口にしたよ。『このイラストはどのゴッドハンドで描いたんだい? 使用したゴッドハンドの品名と型番。それから搭載されているアプリケーションとそのバージョンを教えてもらえるかい?』ってね」

「そりゃあ…………笑えないな」

「素手で書いたって答えたらその瞬間に面接終了だったよ。素手で書かれた絵なんて恥ずかしくて買い手がつかないだってさ」

「…………」


 俺が無言でいると絵描きはよし出来たよ、と言いイーゼルから紙を取り出し出来上がった作品を俺へと差し出した。受け取った絵を俺は眺める。色鉛筆を使った写実的な絵だった。紙の中の俺は口角を上げ不敵な笑みを浮かべながらベンチへと腰掛けている。うん。悪人面だ。なかなかリアルなんじゃねぇの。


「獣人は初めて描いたけど、今の全力で描かせてもらったよ。ありがとう狼さん。おかげでいい修行になりました。確かに生活も周りからの目も辛いけど、僕は自分のスキルを磨いて成功してみせます」

「そうかい。まっ、記念にこの絵は貰っておくぜ」


 俺の言葉に絵描きは照れ臭そうにほほを掻いてみせた。絵描きは色鉛筆や筆ペンを鞄にしまいイーゼルを背負い始める。また次の被写体を探しに行くのかもしれないな。ぺこりと俺にお辞儀をした絵描きはその場を去ろうと歩み始める。

 ーー不意に。

 俺は公園の入口へと目を向けた。

 制服をきちっと着こなした男が3人、俺と絵描きのいるベンチへと近づいてくる。男たちの服装は昼間見た国境警備の連中によく似ていた。全員の両手にやや無骨なデザインのゴッドハンドが装着されている。

 絵描きも男たちに気づいたらしく歩みを止めた。やがてお互いの顔がはっきりと見える位置まで近づいてきた男たちは絵描きの前で立ち止まった。


「国民ナンバー34530298だな?」


 1人の男が絵描きへと問いかける。頷いた絵描きに対し男は、


「我々は国税局の者だ。貴様は一昨年より納税を怠っている。我々は再三に渡り警告と就職支援のため廉価版ゴッドハンドのレンタルなどを貴様に対し行ってきた。しかし今日までに改善の意志がみられず、また納税も現在まで行われていない。これらの状況から法律に従い貴様を逮捕することが決まった」

 

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