ゴッドハンド(4/4)
「おいおいどういうことだ? 逮捕? この絵描きが?」
俺はベンチから立ち上がり国税局職員を名乗る男たちへと声をかけた。
「これは驚いたな。狼人間とはな。……ああ、そういえばどこかの研究所で生み出されたとかニュースで見た覚えがある。お前さんだったというわけだ」
ちっとも驚いていない表情で男の1人がそう言った。
「狼よ。お前さんこの絵描きとはどういう関係だ? 友人か?」
「いいや。たまたまベンチで休んでいたら絵を描かせてくれって頼まれただけだ。被写体と書き手の関係だな。ちなみに初対面だ。でもまぁ色々とこの国のことを教えて貰ったし、それなりに情もあるからよ。ちょいと逮捕の経緯くらい教えてくれねぇか」
「ふん。まぁいいだろう。とは言っても先ほど言ったことが全てだ。3年近くこの男は納税を怠っている。ゴッドハンドを装着せず定職につかないまま日々を過ごしているのだ。この国では納税は国民に課せられた義務であり違反者には厳しく罰則が与えられることになっている。健康上の理由で働けない場合や扶養されている人間はある程度免除はされるがね。しかしこの男はそういった条件には当てはまらない。すこぶる健康であり、家族に養われているわけではないからな」
男は絵描きをじろりと見る。絵描きの服装や態度を観察しているようだがあからさまな侮蔑の視線だった。
「狼よ、我が国が血も涙もない国だと誤解してくれるなよ。色々な事情があってゴッドハンドが入手できず就職できない者がいることは国も把握している。そういう輩のために支援の一環として一定期間国が安いゴッドハンドをレンタルし、自費でゴッドハンドが買えるようになるまでバックアップするプログラムがあるのだ。この絵描きもその支援対象者ということで2年ほど支援プログラムを受けた。ところがこの男は我々が提供したイラストレーター用ゴッドハンドを拒否し、あろうことか紹介した広告代理店において素手で仕事をするという暴挙に出たのだ」
「だ誰でも描ける絵なんて価値がない。僕はああの職場で価値のあるし仕事をしたかっただけだ」
絵描きがどもりながら反論してみせた。その態度が気に入らなかったのか男の目つきが変わる。
「貴様はこの国を発展させたゴッドハンドを愚弄するのか? 思い上がりもいいところだ。貴様の絵など硬貨一枚の価値もない。現に貴様は職場をクビになっただろうが。上位モデルのゴッドハンドでイラストレーターの仕事をすれば良い収入が見込めるというのに愚かしいやつだ」
「ぼ、僕の絵だって価値がある……」
消え入りそうな声だったが、絵描きは確かに反論をしてみせた。
男たちは首を横に振り互いの顔を見合わせる。理解しがたいとでも言いたげな表情だった。
「貴様が自分の絵にどういう感情をもっているかなどどうでもいい。我々にとって重要なのは貴様を庇う要素はもう何もないということだ。支援プログラムが失敗に終わった以上、次なる措置は逮捕。そして然るべき裁判の後に処罰と処置が施されることになる」
「処置ってどういうことをされるんだ?」
俺の疑問に対し男たちはにやりと意地悪い笑みを浮かべ答えた。
「簡単なことだ狼よ。無価値な素手に用は無いのだから、価値のあるゴッドハンドへと取り替えるということだ。具体的には生身の腕を切り落とし、正真正銘の義手であるゴッドハンドを装着するのだよ」
男の口から飛び出た物騒極まりない言葉に絵描きがビクリと体を震わせた。
「……ぼ、僕の腕を切り落とす……だって?」
ややあって絵描きがぼそりと言葉を漏らす。絵描きの顔面は蒼白だ。
「その通りだ。無価値な貴様が手術によって真人間になれるのだ。素晴らしいじゃないか。おそらくはイラストレーター用のゴッドハンドを着けてもらえるはずだ。これで絵を描いて飯が食えるぞ。よかったな」
ほくそ笑む男たちに対し絵描きは狼狽を隠せないでいた。無意識なのか絵描きは腕を胸の前で交差させ庇うかのように体をやや前傾させている。じりじりと間合いを詰める男たちに対し絵描きもまた後退していく。そして、
「ーーッ‼︎」
絵描きが素早く振り向いた。イーゼルを素早く降ろすとそのまま絵描きは公園の奥へと駆け出す。明らかな逃亡行為。そんな絵描きの行動を男たちが見逃すはずなどなかった。絵描きを上回る俊敏さで男たちの1人が行動を起こした。絵描きが4歩進んだところで男は絵描きへと追いつき、その首へと無慈悲に手刀を打ち込む。
「ぐああっ‼︎」
絵描きがうめき声をあげ派手に転んだ。男は追撃の手を緩めない。素早く絵描きに接近すると絵描きの右腕を掴み捻りあげる。男はさらに体重をかけ絵描きの背中を踏みつける。腕を決められた絵描きは痛みにうめき身動きが取れなくなった。無駄のない鮮やかな捕縛術だ。
「素手がゴッドハンド持ちに勝てると思うなよ。俺たちの装着しているゴッドハンドは国税庁の業務だけでなく、お前みたいな往生際の悪い連中を黙らせる格闘術や捕縛術にも対応しているんだ。アームパーツだけでなくレッグパーツも装備しているから機動力でもお前に勝ち目はない」
嗜虐的に笑みを漏らす男。抑えられた絵描きは痛みと悔しさからか目に涙を溜めていた。
他の男たちが絵描きの周囲を取り囲もうと接近する。その前に俺は絵描きを抑える男へと近づきその腕を握り捻り上げた。苦悶の声をあげ男はたまらず絵描きの拘束を解いた。
「なんの真似だ狼!」
「やり過ぎだ。絵描きの腕をへし折るつもりかあんた?」
「生憎だが私の意志ではなくゴッドハンドが適切に判断した行動だ。それにどうせ生身の腕は切り落とすのだ。問題はあるまい!」
「けっ! ゴッドハンドが判断した、か。気にくわねぇな」
俺は男の腕を解放した。俺を睨みつける男の周りへと他の2人が駆けつける。
「狼よ。今のお前の行動は明らかに俺たちの妨害だ。咎めを受ける覚悟はあるんだろうな?」
「おうおう権力ってのは怖いねぇ。じゃあゴッドハンドの指示通り俺を捕まえるなり何なりしてみろよ」
「言われなくとも貴様を捕まえるさ。人間より身体能力に自信があるようだが、戦闘用ゴッドハンドを装着した人間が生身の人間と同レベルだと思うなよ。貴様といえど俺たち3人相手に勝てる要素はない」
「ごちゃごちゃ言ってないでかかってこいよ。それともそのおしゃべりもゴッドハンドの指示か?」
「「「ぬかせこの畜生が!」」」
男たち3人が俺へと攻撃を仕掛けるーーことはなかった。
地面に縫い付けられたかのように男たちはその場から微動だにしない。俺への敵意をむき出しにした男たちだったが、その表情が凍りつく。首をキョロキョロと動かし、自分の腕を、足を、そして装着されたゴッドハンドへと目を走らせる。
「な、なんだ?」「ゴッドハンドが機能しない⁉︎」「おい、おい、動け! 何なんだこれ!」
先ほどまでの余裕と尊大さは消え失せ、自身に起こった現象を理解できず男たちが狼狽する。
「流石のゴッドハンド様も初見の事態には対応できないみたいだな」
「何だと! どういう意味だ狼!」
「狼獣人との戦闘経験なんてゴッドハンドには記録されてないだろうよ」
「「「…………………………………………っ‼︎」」」
「お前らの装着しているゴッドハンドが猟師や軍隊のものだったら俺を『獲物』や『敵のロボット兵』に見立てて機能するんだろうが、今装着しているゴッドハンドはダメみたいだな。たぶんほとんどのアクションが『対人間』を前提に構築されているんだろ。残念だったな」
「そ、そんな!」「嘘だろ」「ちくしょう!」
「まぁ焦るなよ。ゴッドハンドは使えなくてもお前らは頭もあるし五体満足じゃん。どういう法的根拠でこの俺を捕まえるのか。どういう武術、道具、戦術で俺を抑えるのか考えて行動できるだろ? まだ勝機はあるぜ」
「……法的根拠」「えーっと、こういう場合ってどんな法律が有効なんだ?」「公務執行妨害って言葉を新聞とか教科書で見たことはあるけど……」「いかん、法律なんて知らんぞ。ゴッドハンドに記録されていて覚える必要なんかなかったし」「というより狼獣人に法律って有効なのか?」「じゃあどうする?」「分からん」「ルール無視で捕まえて良いってことか?」「どうやって捕まえるよ? ゴッドハンドがないってことは素手であいつを抑えなきゃならんってことだぞ!」「ええええ。無理無理絶対無理だって!」「武器も無いし」「格闘するしかないってこと?」「殴る蹴るなんて自分の意志でしたことねぇよ」
大の男3人が子供みたいに慌てる樣っていうのは想像以上にイライラしてくるもんだな、と俺は連中を見て思った。こいつら全然自己判断出来てねぇじゃん。男たちが話し合う間、俺は地面に倒れたままの絵描きを起こした。痛むのか右腕を摩っているが、致命的なダメージは与えられていないようだった。
男たちの話し合いはまだ終わらない。レストランで何をオーダーするか迷い続けるガキンチョと変わらん樣だ。俺はさきほどまで自分が座っていたベンチに近くと、
「あらよっと!」
地面からベンチを引っこ抜いた。男たちは話し合いを中断し、俺へと驚愕の視線を向ける。俺はニヤリと笑うと男たちの方へとベンチを投げつけた。舗装された道路へとベンチはぶつかり、派手な音をあげて木っ端微塵となった。
流石にぶつけるのは不味いからな。連中の真横に狙いを定めて投げてやった。それでも連中にはとんでもない衝撃だったようで尻餅をつきガクガクと震え始めやがった。
「狼獣人にベンチを投げつけられるなんて貴重な経験だろ? しっかり頭に刻んで経験値積んでおくんだな。さぁて次はどうするよ?」
俺の言葉を受け、男たちは互いに顔を見合わせる。そして、俺へと背を向けるとたどたどしい足取りで公園を走り去って行った。
「逃げるって判断は出来るのな……」
俺はふぅ、と息を吐くと絵描きへと振り返る。
「やれやれ、年甲斐もなくカッとなっちまったなぁ。あんたは腕の方大丈夫か?」
大丈夫です、と絵描きはイーゼルを地面から拾い上げながら答えた。
「狼さんこそ僕のせいでつまらないことに巻き込んでしまってすみません。あの人たち、警察を呼ぶかもしれませんね」
「心配するな。どうせ俺は今日中にこの国を出国するし、100人くらい警官が来たところで逃げ切れる。ここだけの話、国外逃亡なんて俺は慣れてるからな。というよりお前、税金は納めろよ」
「すみません」
「だがお前に関しては事態は何も好転していないぜ。どうする気だ?」
「…………以前から考えていましたけど、この国を出ようと思います。あてが無いわけでも無いので」
「ほぉ。なら早い方がいいぜ。ここでお別れだな」
「はい。ありがとうございます。外の国でイラストレーターとして頑張りますよ」
「そうかい。達者でな」
絵描きは俺へと手を振り、男たちは反対方向へと去って行った。
「ああああああ! 何これえええ!」
絵描きの姿が見えなくなった頃、聞き覚えのある声が俺の後ろから聞こえて来た。
「派手な音が聞こえたと思ったらやっぱり大牙さんの仕わざでしたか! 何ですこれ? ベンチ壊したんですか?」
「壊したっていうか、木っ端微塵にしたって感じだな」
なにそれ意味わかんない、とサクラが眉間に皺を寄せ俺を睨む。おお、怖い怖い。
俺はサクラの腕へと目を向けた。真っ白な腕に見覚えがある。スキルハンターに見せてもらったゴッドハンドだ。
「お前どうしたんだ、その腕?」
「ああ。これですか? 思ったよりも早く脳内データのコピーが終わりましてね。試しにゴッドハンドを使いたいって頼んだらスキルハンターさんが貸してくれたんです。ちなみに私のスキルは暫定価格より1.5倍の値打ちになりましてね。うはうはですよ」
「そりゃあ良かったな」
「えへへへ。まっ気分がいいですからベンチを壊した件は不問にしますよ。ところで大牙さん、その胸ポケットから見えている紙は何です?」
「ん? ああ、ここで休んでいたら絵描きに会ってよ。無料で俺の絵を描いてもらったんだよ。というか描かれたか」
俺は紙を取り出しサクラへと渡す。
「ふ〜ん。そう言えば私のゴッドハンドですけどイラストレーター(平社員版)が保存されているんですよね。ちょっと私も大牙さん描いてみますね」
そう言ってサクラはカバンからシャープペンシルを取り出すと、紙の裏へと猛烈な勢いで絵を描き始めた。
「すごいすごい。私あんまり絵心ないんですけど見る見るうちに大牙さんが描かれますね」
1分もしないうちに作業は終わってしまったようで、出来上がったイラストを俺は見せられた。
黒のシャープペンシルだけで描かれた俺はかなりリアルだった。影の付け方、濃淡の表現。完璧だ。残念だが贔屓目に見ても絵描きの書いたカラフルな絵よりも上手かった。
「すごい発明ですよねぇ。さてとゴッドハンドを返して来ますね。報酬も貰ったのでとっとと出国しましょうか。どうせ大牙さんのことですからベンチを壊すついでに何か良からぬこともしたんでしょうし」
「はは、察しがいいな。ところでよ、俺が絵描きに書いて貰った絵はどう思う?」
「んん〜。そうですねぇ。普通じゃないですか?」
普通ね、と俺は小さく呟く。
やれやれ現実ってのは本当に厳しいよなぁ。俺は紙を丁寧に畳み胸ポケットへと静かに収めた。
「頑張れよ。負けるんじゃないぜ」
「え? 何か言いました大牙さん?」
「何でもねぇよ。帰ろうぜ」
『ゴッドハンド 完』




