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ゴッドハンド(2/4)

 昼食を食い終えた俺たちが向かったのは首都中心部にある白い建物だった。柱や外壁に彫刻が施された美しい建物で、敷地の外には噴水や公園があるなど憩いの場になっているらしい。

 ワゴン車を駐車場に停め、俺とサクラは建物の入り口へと向かった。


「ここがバイト先か。 病院……博物館か? 何の建物なんだ?」


 俺の疑問に対しサクラは、


「それが私もよく知らないんですよ。機関の人が言うには『この国を発展に導いた拠点』だそうです」

「何だそれ。どんなバイトさせられるか分からんな」

「そうですね。まぁ、エッチなことでもない限りは何でもやりますけどね」

「そうかいそうかい」


 建物の内部に入った俺たちの目に飛び込んできたのはこの国の国旗だった。天井一面にデカデカと飾られた国旗の中心部には大きな山が描かれている。そしてその山の前を二つの腕が交差している様子が描かれていた。よく見れば描かれている腕には機械的なギミックのようなものが描き加えられており義手であることが分かる。


「ここでも義手か」


 俺が独り言を言う間にサクラはスタスタとエントランスを抜け、階段を登って行った。周りから好奇の視線に晒されながら俺もサクラの後ろをついて行く。

 歩きながら俺は館内の様子を観察していた。老若男女問わず色々な奴らが歩き回っている。だが比較的多いのは若者だ。今にも死にそうな青ざめた表情の奴がいるかと思えば、誇らしげに自らの腕を摩っている奴もいる。摩っているその腕は義手だった。

 4階へとやってきた俺たちの前に『ここから先は関係者以外立ち入り禁止』という立て札とともに、空港のセキュリティゲートを思わせる受付が出現した。どうやら一般人は3階までしか来れないらしい。

 サクラは作業着のポケットから何かの紙を取り出すと受付に座っていた女に手渡しした。ちなみに受け取った女の腕も義手だった。


「MS機関の者です。この紙に書いてあるスタッフさんと面会するアポを取っているので繋いでもらえますか?」


 サクラの言葉に受付嬢は機械的に返事をすると館内電話を使いどこかへと連絡した。


「すぐにスタッフが来るそうなのでお待ちください」


 電話を切った受付嬢の言葉通り、しばらくするとセキュリティゲートの奥から白衣姿の女が歩いてきた。30代くらいのその女は柔かに笑みを浮かべると、


「あなたが木下サクラさんね。機関の同期から話は聞いているわ」


 サクラへと握手を交わし次に俺へと視線を向けた。


「君が噂の狼くんね。私はこの会社でスキルの収集を担当している者よ。MS機関所属の研究者ではあるけど、現在はほぼこの会社の専属研究員という感じね。同僚たちからはスキルハンターなんて呼ばれているわ。よろしくね」


 スキルハンターから握手を求められ俺は応じた。女性らしい細い指の感触とともに血の通った温もりを差し出された手から俺は感じ取る。


「あんたは義手じゃないんだな」

「ふふふ。そうよ狼くん。この国では珍しい素手の人間。まぁ必要ないから素手なわけだけどね」


 そう言ってスキルハンターは俺たちを手招き、ゲートの奥へと案内し始めた。


「あのぉ、スキルハンターさん。機関の先輩に紹介はされましたが、私はいまいちここで何をすればいいのか分かっていないのですけど……」


 先頭を行くスキルハンターへとサクラが問いかける。


「安心して。サクラさんの身に負担がかかるようなことはないわ。基本的には寝ていてくれればいいだけよ」

「寝るだけですか? それでお金が貰えると?」

「うーん。お金が貰えるは正しくないわね。正確には私たちがサクラさんから買い取るって感じよ」

「買い取る? …………もしかして臓器を摘出されたりするんでしょうか?」

「あはは。まぁ似ているかもね。でも私が買い取るのはサクラさんのスキルよ」


 そう言ってスキルハンターは扉の前で立ち止まった。頑丈そうな二枚の扉。壁には指紋と網膜を認証する機械が設置され扉の奥が厳重に警護されていることが伺える。スキルハンターはそれらのセキュリティを解除し扉の中へと俺たちを招いた。

 案内された部屋は思ったよりごちゃごちゃとしていた。部屋の中央には円柱型の巨大な機械が設置されていた。パネルやキーボードが装着され、様々なコードやらロボットアームが装備されている点から見てどうやら巨大なスーパーコンピューターらしかった。その機械をぐるりと囲むように8台のベッドが配置されている。ベッドをよく見ると頭側にヘルメットのような機械が取り付けられていた。部屋の四隅には机と椅子が用意されていて、その一角だけ見れば病院の診察室にも見える。

 スキルハンターは入室してすぐ左手にあるデスクへと向かいサクラを椅子に座らせた。サイズの合う椅子が無いため申し訳ないが立っているか床に座ってくれとスキルハンターは俺に説明する。俺は特に不満もなく壁へと寄りかかり2人の様子を眺めることにした。

 スキルハンターはデスクに備え付けられているパソコンを操作すると、何やら書類をプリンターで印刷し始めた。


「じゃあまず始めにサクラさんにはこの紙に記入をお願いするわ」

「なんですこれ?」

「問診票みたいなものよ。特に大事なのは一番下の項目ね。『あなたのもつ技能、資格、才能を可能な限り箇条書きしてください』という部分よ。ここは本当に大事なので頑張って書いてね」


 スキルハンターからの指示を受けサクラはさっそく書類へと記入を始めた。


「スキルハンターさんよ。あんたの研究……というか仕事って何なんだよ?」


 俺が質問してくることが意外だったのかスキルハンターは俺へと視線を向けた。だが次の瞬間にはにんまりと笑みを見せ、


「狼くんはどういう仕事だと考えているわけ?」


 逆に質問してきた。問いかけたのは俺なんだけどな、などと思いながらも俺は口を開く。


「この部屋の設備を見た感じだと寝ている人間の頭にあのヘルメットみたいなダサい機械を取り付けるんだろうな。スーパーコンピューターもあるみたいだし、さっきまでの会話とその問診票の内容。そんでもってあんたの異名から考えるに、他人の脳に保存された技能をコンピューターに記録する仕事ってとこか?」

「へぇ。やるじゃない狼くん。だいたい合っているわ」


 スキルハンターは愉快そうに俺へと拍手を送る。


「私の仕事……というか研究内容は『他人の持つ後天的な技術、知識のデータベース化』という感じかな。この会社の基幹となる研究よ。世界中から色々な人物を調査していてね。その人物の能力を評価し一定以上のレベルの人物にはその能力を売ってくれないかと交渉しているの。当然能力の貴重性や有用性、熟練度によって報酬を査定して払っているわ」

「なるほど。アルバイトとは言えないな」

「そうね、狼くん。あっ、ちなみに買い取るとは言ったけどあくまでも能力のコピーだからサクラさんが廃人になるとかはないから安心してね。さてさて、サクラさん? 問診票は書けた?」


 はい、と返事をしてサクラは書類をスキルハンターへと手渡した。


「どれどれ…………爆薬、銃火器の扱い。飛行機や船舶の運転。ハッキング。盗聴盗撮。尾行術。捕縛術。変装術。鞭検定3級。潜水士の資格。6ヶ国語に堪能。宝石鑑定。調理師免許を取得。単独での建物の発破解体の経験あり。ブービートラップの作成と爆発物の処理管理。ひよこの雌雄鑑別の資格。ラペリング。ハングライダーの操縦経験あり。秘書検定。簿記。我流での薬物毒物の生成…………すっごーい!」

「いやいや、それほどでもないですぉ〜にゃははは!」


 サクラは得意げに腕を腰に当てて笑って見せる。


「……危ねぇスキルもってやがるな」


 俺は2人に聞こえないようにぼそりと呟いた。単独での建物の発破解体って危険人物すぎるだろ。普段は脳天気そうな奴だが流石にMS機関の職員ってわけか。下手なテロリストより危ないんじゃないか、こいつ。


「まだはっきりとは査定できないけど、これだけのスキルなら報酬はたくさん出さなくてはいけないわね。いえいえ、出し惜しみするつもりはないわ。結構貴重なスキルも持っているみたいだから私たちとしても悪く無い買い物だわ。そうね…………だいたいこれくらいは最低でもお支払いできるわ」


 そう言ってスキルハンターはパソコンを操作し、画面をサクラに見るよう促した。俺も画面を覗き込む。表計算ソフトが起動されたその画面にはサクラの暫定査定額が示されていた。相場が分からないからサクラの値打ちが如何程のものかは判断できないが、少なくとも生活費として見れば破格な金額だった。慎ましく暮らせば先進国なら10年は暮らせる額だ。マジかよ。


「サクラさんの場合、ヤバい系のスキルが多いから貴重性が金額を押し上げているわね。後はそこのベッドに寝てもらってスーパーコンピューターに脳内の情報をスキャニングさせてもらうわ。そこで各スキルの熟練度を査定すれば最終的な査定額をお示しできるわね。ちなみに買い取ってもらうかの判断は最終査定額を確認してからでもOKよ。その間にスキャンした脳内情報は個人情報なので買取を辞める場合はちゃんとデータ消去させてもらうから安心してね」

「なるほどなるほど。じゃあスキャニングに応じます。でもその前に確認してもいいです?」

「何かしらサクラさん?」

「コピーしたスキルは何に使われるんですか?」

「ああ! 私ったら一番大事なことを伝え忘れていたわ。ごめんなさい。説明させてもらうわね」


 そう言ってスキルハンターは室内の奥へと向かい、陳列されている棚を一つ開けると中から不気味なほど真っ白な何かを取り出す。我が子のように愛おしくそれを抱きかかえたスキルハンターは目を丸くする俺たちの前へとそれを運んでくると、


「さぁ見てちょうだい。これが我が社が研究、開発し、そしてこの国の発展のために販売している目玉商品よ」


 誇らしげにそれをデスクの上へ並べた。


「義手……ですね」「義手だな」


 俺たちがそれぞれ言葉を発すると、


「これが我が社のヒット作。そしてこの国を発展させたアイテム、『ゴッドハンド』よ。サクラさん。あなたから買い取ったスキルはこのゴッドハンドに記録されるわ。そしてゴッドハンドを装着したこの国民はあなたと同じレベルでそのスキルが使えるようになるのよ」


 どうだ恐れ入ったかとでも言いたげな表情でスキルハンターは俺たちへと視線を向ける。

 俺は並べられた義手ーーゴッドハンドを一つ手に取った。見た目以上に軽い。紙、とまではいかないが腕に装着しても重さで疲れたりするようなことはなさそうだった。腕の根元を覗いて見ると中は空洞だった。一般的な義手は中身が機械的な構造に埋め尽くされているはずだがゴッドハンドは違うらしい。ここだけ見れば義手というよりは長めの金属製手袋といった感じだ。


「内部にはセンサーがあり電気信号で腕全体、指先を自動で動かす。まさに神が導いてくれるかのように作業を進めることができるのよ。どんなに不器用な人でも、初めて作業をする人でもゴッドハンドがあれば熟練者と変わらないレベルで様々なタスクをこなすことができるわ。素晴らしいと思わない⁉︎」

「……考える頭は必要なんじゃないのか? この義手だけで仕事ができるとは思えんが」

「おお、狼くんいい質問ね。実はゴッドハンドはアーム部分だけじゃなくてね」


 これよ、と言いスキルハンターはゴッドハンドの手首に装着されていたゴム紐のようなものを指差した。


「このヘッドバンドを頭につけることで持ち主の五感や思考をアーム部分へと送信するわ。そしてヘッドバンドとアームそれぞれのコンピューターが相互に協力しあって作業手順を解析、計画、実行に移すのよ。つまり持ち主は義手だけでなく、義脳も手に入れていると言えるわね」

「……なるほどな。しかし本当にこれで他人のスキルを再現できるのかよ。信じられないな」

「無理もない反応だわ狼くん。だけど2人ともこの国に入国したなら何かしらの形でゴッドハンドの恩恵を受けているはずよ。この国では成人した人間のほとんどはゴッドハンドを身につけているはずだから。そうしないと就職に困るのよね」

「どういうことだ? 就職に困る?」

「そうねぇ。例えばレストランに就職しようとしたら『料理人』のデータが保存された義手を持っていないと厨房には立たせてもらえないの。ウエイターも『接客』のデータが入っている義手が必要だし、店舗によってはオプションで義手に注文を取るための端末を取り付けることもあるのよ」


 説明を聞きながら俺は先ほど昼食を取ったレストランを思い出す。そう言えばそんなウエイターがいたな。それにあのレストランの飯はメチャクチャ美味かったが、それもつまりはゴッドハンドに保存された料理人のスキルで作られていたわけか。

 スキルハンターが話し続ける。


「そんなわけで、サクラさんのデータもゴッドハンドへと記録されこの国の住民の生活へと役立てられるわけ。たぶんサクラさんのスキルなら軍関係の人たちが欲しがるんじゃないかしら。さぁ、サクラさんはどうします? 自分のスキルが人々の役に立つなんて、素晴らしいことだと私は思っているわ。サクラさんも報酬が貰えるわけだし、悪いことはないと思う」

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