ゴッドハンド(1/4)
ワゴン車の窓から見える景色は退屈そのものだった。
枯れ草と赤土の大地が続く丘陵地。時折奇妙な形の岩が出現する以外に特徴のないこの場所をワゴン車はのろのろと土煙を上げながら走り抜けている。
後部座席に寝転んでいた俺は代わり映えしない景色に飽きてきて欠伸を連発していた。ただでさえ車の振動が眠気を誘うというのに早朝に出発してから3時間近く同じ風景を見せられてはたまらない。俺は退屈しのぎにベストのポケットへと手を突っ込みスマートフォンを取り出すが、すぐに電源を切りポケットへとしまった。この方法はすでに5回ほど試している。いずれも眠気を増長するだけだったことを思い出したのだ。
3時間も寝転がっているため体の節々が鈍い痛みを発している。座って伸びをしよう。そう考え体を起こすがすぐに頭を天井にぶつけた。めげずに座る体勢を取ろうとするが、2メートル半ある俺の体はやはり人間サイズのワゴン車には少々厳しい大きさらしい。結局俺はとんでもなく猫背の姿で後部座席へと座ることとなった。
「狼さんなのに猫背とはこれいかに、ですね」
そんな俺の仕草をルームミラー越しに観察していた運転手が愉快そうにそう言った。
20代の若い女だ。髪や顔つきからアジア人であることが分かる。普段は上下黒のビジネススーツ姿が多いのだが、今は上下紺色の作業着姿だ。リズムを取るように体を揺らしながら女は脳天気そうにワゴン車を走らせている。
「うるせぇ、好きでこんな猫背しているわけじゃねぇよ。サクラも俺と同じ体格になってみれば苦労が分かるぜ」
「そうかもですねぇ。でもなるつもりはないので永遠にわからないですよ」
サクラと呼びかけられた女はヘラヘラと答えた。
「そんなに退屈なら車を降りて走られたらどうです、大牙さん? ぶっちゃけこのワゴン車より早く走れますよね? 狼獣人ですし」
狼獣人。
灰色の毛に全身を覆われたこの俺を言い表すには最適な言葉だ。ベストとズボンこそ身につけているが、狼の頭部に鋭い爪と尻尾を持つ俺はまさに人外と言える存在だろう。サクラの言う通りぶっちゃけこの車より早く走れるし、数時間走る続けることだってできる。
「嫌なこった。楽したいんだよ。それよりまだ国境検問所に着かないのか? いい加減この景色にはうんざりだぜ」
「ナビによるとあと13分で到着です。もう少し我慢してください。それと後ろが見えませんし、威圧感が凄いので早く横になってくださいね」
「…………次からはもう少しデカい車で頼むぜ」
俺は素直に横になりまた退屈な風景鑑賞に戻ることにした。
本当に13分後に国境検問所に到着した。
荒涼な大地に突然出現したのはコンクリート製の巨大な門とその門を挟んで左右へと伸びる金網の壁だった。門の近くには小さな小屋が左右に一つずつ設置されている。俺たちを乗せたワゴン車が接近すると小屋の中から5人の男たちが出てきた。マシンガンを持っている奴もいる。
ワゴン車を停止させ、サクラが降車する。男たちの1人が笑顔で接してきた。
「こちらは国境検問所です。この先の国へ入国される方ですか?」
「は〜い、そうで〜す」
「では入国審査をするので身分証とこちらの書類へのサインをお願いします。あと、手荷物検査と車の中を調べさせてもらいますね」
「いいですよ。ただ、車の中に大きなペットがいるので刺激しないようにしてくださいね」
「ペット? 検疫の手続きは大丈夫ですか?」
問題ないですよ、とサクラが答えると3人の男たちが金属探知機と警察犬を連れてワゴン車へと近づいた。だが、警察犬が猛烈に吠え始め3人の歩みが止まる。後部座席のドアを開け俺が降車すると周囲からどよめきが起こった。露骨にマシンガンを構える男もいた。
「なななななな、なんですかあれは?」
先ほどまで紳士的に対応していた男が狼狽える。
「審査官さんよ。そんなにビビるなって。別にあんたを食ったりしねぇからよ」
俺が言葉を発したことに男たちは驚愕したらしく互いに顔を見合わせた。警察犬は吠え続けていたが、俺がひと睨みするとたちまち吠え止み男たちの後ろへと身を隠した。
「えーっとお嬢さん。ペットというにはちょっと常識外といいますか……入国審査としては……うーん、普通のペットと同じ扱いでいいのかな……」
審査官は頭を抱えた。そりゃそうなるよな。狼獣人がきた場合の入国審査のマニュアルなんてないだろうしこれまでの経験も活かしにくい。俺が色々な国に入るたびに目撃する光景だ。だが流石に俺のお目付役であるところのサクラは手馴れたもので、
「そちらの国の外務省には連絡済みです。大臣の許可を得てますので『MS機関のスタッフと狼獣人が来た』と言えば通じると思うので確認してみてください」
MS機関。世界中に拠点を置く『知の坩堝』などと評される研究機関だ。俺を狼獣人にした曰く付きのとんでもない組織なのだが、色々な国と繋がるがある分こういった出入国時には便利な存在でもあった。
サクラの言葉を受け入国審査官が大臣へと確認を取り始めた。その間に車と荷物の検査が済まされた。始めは俺の姿にビビっていた連中も話が通じることで徐々に安心したらしく、
「しっかしぶったまげたなぁ。狼獣人に合う日が来るなんて思わなかったぜ」
「狼の兄さんよ。この国の名産で豚肉の焼き団子あるんだけど食うかい?」
「すっげぇ筋肉。……車くらい持ち上げられるって? すっげぇなぁ!」
思ったよりもフレンドリーに接し始めた。
肉をもらったりお茶をご馳走になったりしているうちに俺はふと審査官連中の腕に注目した。
一見すると普通の腕だが、俺の嗅覚が連中の腕から金属やゴムの匂いを感じ取った。最初は連中の腕時計やら装備からの匂いかと思ったが、腕相撲をしてみたり銃器を触らせてもらっているうちに俺は確信した。
「ちょっと聞くけどよ。あんたらのその腕って、ひょっとして義手か?」
俺の問いかけに連中はそうだよ、と極めて平然と答えて見せた。
「この国じゃあ珍しいことじゃないよ」
1人の男が答えた所で入国審査は完了したらしく、俺とサクラは連中にあいさつを済ませワゴン車に乗り込んだ。
「大牙さんと柔かに応対できるとは中々面白い人たちですねぇ」
「そうだな。だいたいビビられるか警戒されるかだからな。なんつーか、育ちの良さみたいなのを感じだぜ」
「そーですねぇ。ところで何を話していたんですか?」
「ん? ああ。連中が義手をしているって話だ。確かこの国は少し前まで戦争していたんだっけか?」
「ええ。でも20年前に終戦してそこからは一気に成長を遂げた国になりましたね。この辺りはまだ岩が転がったりと殺風景ですが、今から行く首都は完全な都会です。小さな国ですけどここら周辺の中では一番安定し発展した国と言えますね」
「ふーん。……ん? でも変だな。さっきの審査官連中は20代のやつもいたぞ。そいつも義手をしていた。俺はてっきり戦争で腕を失ったから義手しているのかと思っていたが違うのか?」
「うーん。そう言われるとそうですねぇ」
「……しかもあの場にいた全員が義手してたぜ。両腕共だ。変じゃね?」
どうなんですかねぇ、とサクラはさして興味がなさそうに空返事をした。
ワゴン車は門を潜り再び荒涼とした殺風景の中を進んで行く。
「そう言えばこれから行く国だけどよ。何の用事で行くんだ? 俺まだ説明受けてないぞ」
俺の問いかけにサクラは、
「ああ、そうでしたね。安心してください。用事があるのは私だけで大牙さんはのんびり観光してもらって大丈夫ですよ?」
「MS機関の仕事じゃないのか?」
「違います違います。私の私用です。さっき出国した国に行くと決まった時からついでにこの国に寄ろうと考えてましたから。……大牙さん何か用事ありました?」
俺が首を横に振ると、ですよねぇとサクラは笑顔を見せた。暇人で悪かったな。
「滞在は2日を予定しています。ひょっとしたら私の用事次第でもっと早く帰ることになるかもしれません。いずれにせよ大牙さんはのんびりと休んでいてくださいな」
「ふ〜ん。まぁ良いけどよ。それにしてもどういう用事なんだ」
「そうですねぇ。簡単に言えばお小遣い稼ぎですね」
「小遣い稼ぎ? 何だお前金欠なのかよ」
「そうなんです。先月いろいろとありまして」
「けっ。どうせ桜沢くんとかいう例のアイドル関連で金使いまくったんだろ?」
「それもですけど、大牙さんが任務中に壊した機材やら建物の修理費用が私の給料から天引きされてましてね」
「……………………」
「今月の前半は三食全部食パンの耳だけで過ごしてました」
「そ、そうか……」
「という訳でMS機関の先輩に手っ取り早く楽にお金を稼げる方法を聞いてみたんですよ。そしたらこの国に行くと楽にお金が稼げるって聞きましてね。これは是非行こうというわけです」
「ふ〜ん。なんつーか危ないことやらされるんじゃねぇの。胡散臭そうな話だ」
「そういう訳ですので。今から首都にあるMS機関の研究施設に向かいます。そこで高額バイトがあるそうなので。では到着まで大牙さんは寝ていて良いですよ。多分4時間かかりますから、到着はお昼の3時ごろですかね?」
「……また4時間この風景と付き合わなきゃならんのか‥‥」
ため息をつく俺を他所に車は首都へとスピードを上げ走り始めた。
実際のところ俺が覚悟していたほど退屈な旅路とはならなかった。30分ほど荒涼とした大地を駆け抜けていたワゴン車だったが、あるエリアを境に急に景色が変わったのだ。近代的な建物が立ち並ぶ街が現れ人々が生活を営む日常の景気がそこにはあった。
道路はしっかりと舗装され、バスやタクシーなどの交通インフラも整っている。土埃などもなく、街の空気は綺麗なものだった。通行人も小ぎれいな服装をしていてまだ首都ではないはずだが、活気とともに生活水準の高さを伺うことのできる街並みだ。
「へぇ。先進国並みにこ綺麗じゃねぇか。歩いている奴らも満ち足りた顔していやがる」
「そうですねぇ。良い国そう」
そんな会話を交わしながら窓の風景を眺めていると、俺は気づいた。
「おい、サクラ。さっきから歩いている連中を見ているとよ。全員何か腕がおかしくないか?」
「ん? …………言われてみるとそうですね。何というか一回り大きい?」
「つーか。あれ義手じゃないか? よく見ると皮膚と色が微妙に違うぜ」
「私は大牙さんほど目が良くありませんから分からないですよ。あっ、でも隣のバスの運転手さん完全に義手ですよ」
言われて俺はワゴン車に隣接して停車しているバスへと視線を向けた。角度の問題で見にくいが、確かに運転手は義手だった。他の連中と違い明らかに金属部品でできているのが分かる。
「変な人たちですね」
サクラが呟いた。
予定通り4時間をかけ首都へと到着した俺たちは昼食を済ませるためレストランへと入店した。俺の姿を見て客たちが騒めいたが、営業スマイルを崩さない店員によって俺たちは外のテラスへと案内された。
サクラはサンドイッチ。俺はステーキ。それぞれ注文をしてみると、ウエイターの女は左腕のフタを開きそこに現れたタッチパネルを操作し始める。義手だ。どうやらそこに俺たちの注文を入力しているらしくにこやかに一礼してウエイターは厨房へと去って行った。
厨房では料理人たちが忙しなく働いているがよく見るとその全員が義手をして調理をしている。恐ろしく効率的な動きでテキパキと調理は進められ、10分もしないうちに俺たちのテーブルに料理が並べられた。
「なんか皆さん義手をしていますね」
「だな。どうみても戦争に行っていなさそうな連中まで装着しているってのはどういうことだ?」
どういうことなんでしょうね、とサクラは気がなさそうな返事をした。気を取り直し俺たちは食事を始める。運ばれてきたステーキはメチャクチャ美味かった。今まで食べたこともないようなソースに絶妙な焼き加減の肉。正直食べながらグルメ漫画よろしくうっとりしていたぜ。サクラも同じ感想だったらしく、とろりとした表情でサンドイッチを頬張っている。
俺たちは互いに視線を交わすと迷うことなく追加注文をした。運ばれる食事全てが絶品だった。




