サクラトリック(3/3)
「なるほどなるほど。それでゴム弾が怖くて退却して来たというわけか」
L公園の駐車場。俺たちが乗って来たワゴンの隣に大型のキャンピングカーが一台止まっている。
俺とさくらはキャンピングカーの中で、のんきに花見団子を頬張る女ーードクターティーブレイクと対面していた。うぐいす色の着物を着たティーブレイクだったが、何故か着物の上から白衣を着ている。いや、おかしいだろその格好は。
桜会を名乗る男たちとの会話から三時間が経過している。まだ周囲は明るいがあと小一時間もすれば日が沈み始め、夜桜を楽しむ時間となるだろう。
俺たちからの報告を受け、ティーブレイクは珍しく不機嫌だ。
「いやいや、あんな連中が陣取っているなんて聞いてねぇよ。私有地にもされているし、おまけにゴム弾で武装までしていやがる。一度退却したくらいで文句言われてもな。ここは日本だし、無茶なことするわけにはいかないだろ? つーか、あんな連中を放っておくとか日本の警察は何していやがるんだ」
俺の文句にティーブレイクは、
「ふむ。まぁ、警察沙汰になるのも確かに面倒だ。しかし、予定が変わってな。花見は今日の夕方からになったのだ。大見得を切ってしまったからな。何としてでも花見はあの『百景桜』にしなければならない」
「マジかよ。こだわるな。しかし、実際あの桜会は面倒臭いぞ。ゴム弾とはいえ武装しているし、結構鍛え上げられた連中だ。喧嘩で負ける気はしないが、力づくで場所取りなんてしたら落ち着いて花見をさせてもらえるとは思えない」
俺の言葉にティーブレイクは花見団子を頬張りながら目を細めた。
「その桜会とやらは私有地だから花見はさせないと主張しているわけだな?」
「ん? ああ、そうだ。昨年土地を購入したらしい。桜一本のためにご苦労な話だぜ」
「なら解決は容易だ。大牙、今から桜会の所有地に乗り込むぞ。私を安全に『百景桜』の根元へ運べ」
「は? お前を根元へ連れて行くだけで良いのか?」
ああ、とティーブレイクはお茶を啜りながら悪戯小僧のように笑みを浮かべた。
「追え! 追うんだ!」「無断で敷地内に入りやがって賊め!」「ゴム弾を構えろ!」
周囲が暗くなり始めた頃のこと。
俺はティーブレイクを左腕で抱えながら桜会の敷地内へと侵入していた。
連中は茣蓙を敷いて花見の途中だったようだが、俺たちの侵入に気がつくと軍隊のように素早く陣形を組んだ。四方八方から硬質ゴム弾が俺たちめがけて飛んでくる。俺はティーブレイクを庇いながら右腕を使って弾丸をはたき落した。
俺の全身へとゴム弾が当たる。普通の人間だったら痛みで行動不能になるだろうが、生憎俺は狼獣人。筋肉の鎧に加え全身を覆う毛皮が硬質ゴム弾を無力化していた。
ゴム弾が効かないことを悟った連中は行動を変えた。
連中は腰に手を当てたかと思うと黒い棒のような物を取り出し俺へと振りかぶって来た。バチバチという耳障りな音からしてスタンガンが内蔵された警棒らしい。いやいや、桜を守る会がそんなもん装備しているんじゃねぇよ。
四人の男が俺を囲み、一斉に警棒を振ってくる。正面にいた男へと俺は一瞬で詰め寄り、腹へとパンチを繰り出し吹っ飛ばした。加速した俺の動きに他の三人は対応できなかったらしい。そのままお互いに警棒をぶつけ合い電撃による悲鳴をあげた。
連中を突破した俺は『百景桜』の根元へと到着すると、抱えていたティーブレイクを地面へと降ろした。
「おい、ティーブレイク。予定通り根元まで連れて来たぞ。で? どうするんだ? 増援がすぐに来るぞ」
「ふむ。もう少しだけ時間を稼げ。すぐに見つかる」
「は? 何を見つけるっていうんだ?」
ティーブレイクは俺の問いかけには答えず木の幹を手でなぞり始めた。行動の真意が掴めず首を傾げる俺だったが、
「そこまでだ! 狼め!」
威勢のいい大声を出したのは昼間俺たちの前に現れた壮年の男。桜会の会長だ。
仁王立ちで佇むその姿は武蔵坊弁慶のように迫力があった。会長の周囲へと部下たちが集まり、グレネイドランチャーを構えている。
俺は連中の銃口からティーブレイクを庇うように移動する。ティーブレイクと言えば殺気立つ男どもに囲まれているというのにのんびりとした動作で桜の幹をなぞり続けていた。
「狼と女! すぐに桜から離れろ。老木の根に乗るんじゃない! 傷んでしまうだろうが! これだから下賤な輩は困るのだ。桜を労わり、愛でる。そういった精神が無いから貴様らに花見などさせたくないのだ」
「下賤な輩ねぇ。花見程度のことでそこまで言われる日が来るとは思わなかったぜ」
「余裕そうだな狼。確かにお前は強い。簡単には撃退できそうも無い。だがな、貴様らのしている行為は私有地への無断侵入だ。住居侵入罪だ。さらに希少な古木を痛めたのだがら、器物損壊罪も通用するぞ。貴様がいくら強くとも社会的制裁からは逃れられん!」
「はっ。それを言うならお前らも銃刀法違反だろうが! ついでにいうと俺なんて人間じゃ無いから法律じゃあ裁けないかもよ?」
「ふん! 我々桜会には警察の上層部や司法へのパイプがある。裁きを受けるのは貴様らだけだ」
「マジで? 桜会ってそんなに権力あるのかよ⁉︎」
そんな会話を交わしながら男たちはジリジリと間合いを詰めて来た。
三十人弱か‥‥‥俺一人なら問題ないがティーブレイクを守りながら戦うとなるときつい人数だな。
拳を握り、応戦の準備をする俺だったが、
「おっ、あったぞ大牙」
という緊張感のかけらもないティーブレイクの大声に俺も桜会の連中も動きを止めた。
そして、虚を突かれ動きを止めら俺たちの前でティーブレイクはおもむろに幹の一部へと指を引っ掛け、
「あらよっと!」
桜の幹を引き剥がした。
「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」
俺も男たちも目を丸くし、間抜けな声をあげた。
そりゃそうだ。華奢な女が幹の皮を素手で引き剥がす光景だ。驚くのは当然だろう。
そしてさらに驚くべきことに樹皮を剥がされた部分には通常の植物組織ではなく灰色の配電盤のような人工物が埋め込まれていたのだ。
予想外の事態に言葉も動きを奪われた俺たちの前で、ティーブレイクは鼻歌交じりに機械を操作してみせた。その瞬間、『百景桜』を中心に地響きが周囲へと響き始めた。
「何だ?」「揺れてる」「おい見ろ! 『百景桜』が動いてる⁉︎」「な、なんだありゃあ!」
男たちから驚きの声があがる。『百景桜』は振動とともに少しずつ浮き上がっているのだ。やがて土を押し上げ、樹木の根が外界へと姿を見せた。桜本体に負けず劣らず巨大な根だ。恐ろしいことに根はまるでタコの足のようにウネウネと動いているのだ。土をかき分け大地へと力を込め、根は『百景桜』を持ち上げているらしい。
さらにどこからかキュルキュルという甲高い音が聞こえて来た。木の下へと目を向けてみると巨大なキャタピラが稼働している。土煙を上げながらキャタピラは動きを早めていく。
ティーブレイクは桜から降りると、
「よし。これで終わりだ。帰るぞ大牙」
唖然とする一同を無視して歩き始めた。慌ててその後ろへと付いていく俺だったが、
「ちょ、ちょっと待て女! これは一体どういうことだ!」
我を取り戻した会長がティーブレイクへと叫んだ。
「こ、この『百景桜』は巨大さとその長寿から古来より大切に守られて来た桜。な、何でそんな桜がこんなことに」
流石の会長もありえない事態を前に平静ではいられないようだった。
「ん? いや大した話じゃないぞ。この桜はお前たちが土地を購入するさらに前からすでに死にかけていた。当時の公園の持ち主から『どうにか桜を守れないか』と相談を持ちかけられた私が『じゃあ、いっそのことサイボーグにしてはどうか』と提案した。そして実行した。ただそれだけだぞ」
さらりと告げられた事実に俺も桜会も言葉を失った。植物のサイボーグだって⁉︎
「まぁ、実際にはサイボーグにする前に桜が死んでしまったから、表面のガワだけ使って中身はほとんど機械だがな。だから正確にはロボット化、機械化というところだな。よく出来ているだろ? 私としてもビッグプロジェクトだったからな。MS機関の上層部に見せて自慢がしたかったのだよ」
ニヤリと笑みを見せるティーブレイク。ひらひらと先ほど引き剥がした樹皮を煽っている。よく見ると樹皮はそれっぽく見せた人工的な布のようだった。なるほど。研究三昧のMS機関連中が花見なんて風流なことするなんて変だと思っていたんだ。結局研究結果のお披露目が目的だったわけか。
『百景桜』はいよいよ本格的に動き出し、ゆっくりと速度を上げながら川の方へと向かって進行し始めた。
当然川へ到着する前に桜会が築いた外壁があるわけだが、機械化によって強化された『百景桜』には関係ないらしかった。巨大な根が鞭のようにしなり、外壁を一瞬にして破壊したのだ。
「『百景桜』が桜会の所有地に有る限り花見は出来ない。なら桜を移動させるまでだ」
ティーブレイクの言葉に促されてか『百景桜』は外壁を超え、川をも超えてしまった。
夜桜見物に来ていた一般人が動く桜を見て仰天の声を上げている。
「さぁ、帰るぞ大牙。『百景桜』は公園の東側へと移動させた。確か空き地があったはずだ。そこで花見をすることにしよう」
「お、おう。なんつーか、お前って本当に無茶苦茶だな」
呆然と桜の進行を眺める桜会を放っておいて俺たちは崩れた外壁を超え、橋を渡り始めた。橋を渡る間、遠くからあんなものは桜じゃない、風情がない、と会長が叫ぶ声が聞こえて来た。
「やれやれ桜が動いた程度で呆然とするとは情けない連中だな。そうは思わないか大牙」
「あんなデカイ桜が動いたら誰だってビビるだろ」
「ふむ。そうかもな。しかし、連中はどうするんだろうな? 風情が無いなどと叫んでいたようだが?」
「さぁな。しかし、人工の機械仕掛けな桜なんて連中の保護対象にならないんじゃないか?」
「情けない。連中の桜への愛などその程度というわけか。天然物しか愛せないとはバカバカしい」
私はな、とティーブレイクは歩きながら話し始めた。
「桜という木はとても恵まれた花だと思っている。これだけ愛され求められる樹木はなかなか無いだろう。虫もつくし、痛みやすいから管理も難しい。コスパを考えるとなかなかに面倒な植物だ。だが愛されている。マナー云々は確かに問題提起するべきだし改善するべきだとは思う。だが愛でる形を強制したり一本化するなど愚の骨頂だ。そんなことをして決まり切った形式でのみ桜を楽しむなど馬鹿馬鹿しい。楽しく無い。人にとっても桜にとってもな」
見てみろ大牙、とティーブレイクはおもむろに指差した。それははるか前方『百景桜』が停止している場所だ。
大勢の花見客が突如出現した『百景桜』を囲んでいる。恐々と遠くから眺める連中もいるが、ほとんどの奴はブルーシートを広げ思い思いの方法で花見を始めていた。機械化され追加された機能なのか『百景桜』本体がぼんやりと輝いていてとても幽玄な桜色を放っている。どこから歌声も聞こえてきた。
「楽しそうだと思わないか、大牙? 私たちが年に一度の花見を楽しむように、このシーズンの桜は人間に囲まれて楽しんでいるように見える。自分の元に集まる人間の様子を面白がって花を咲かせ散らせている」
「桜が『人見』をしているとでも?」
「そう思ってみると桜の下で騒ぐのも悪く無いだろ? 桜を楽しませてやっているんだってな」
「お前にしては珍しいな。文学的というか、寓話的な発想というか」
「たまには良いだろ?」
さぁ我々も参加するぞ、とティーブレイクは歩みを速めた。
<サクラトリック 完>
次のエピソードは2018年7月に投稿予定です。




