サクラトリック(2/3)
橋を渡り対岸へとたどり着いた俺とさくらは『百景桜』を囲む外壁へと近づいた。
よく見ると外壁の上部には四角形や三角形の小窓のような穴が空いている。その姿は日本の城でよく見かける穴とよく似ている。穴から投石したり銃口を外へ向けたりする防御のための穴だ。確か『狭間』って名称だったと思う。
「なんだこれ!」「はぁ? 信じられない!」「桜が見れねぇじゃなぇかよぉ〜」
ふと俺たちの背後から若い男女の声が聞こえてきた。
振り返って見ると全体的にチャラついた八人の男女がいた。その手には花見のための道具が抱えられているが、花火やら拡声器、そして大量の酒瓶などなど、花を見るつもりなど一切感じられない装備ばかりだ。
「あっ。でもあそこに入口っぽいのあるじゃん!」
連中の中から派手なメイクの色黒女が品性のなさそうな声を出しながら外壁の一部へと指差した。
確かに女の言うように外壁の一部ーー橋を渡って少し左側のところーーにぽっかりと長方形の空洞があった。
男女が意気揚々と空洞の中へと入っていく。
俺とさくらはその様子を少し離れたところから眺めていた。空洞からは遥か向こうに『百景桜』の幹が見える。
連中が桜を見上げ猿のように奇声を発した時だった。
ぼんぼんという低い音と共に、連中の体がビクっと震え、
「ぐあぁつ!」「ぎゃあ!」「ぐえっ!」「ああぁ!」
男女八人がその場にうずくまった。
やがて和装に身を包んだ男たちが十人ほど現れた。男たちは痛みに悶える男女を取り囲むと、問答無用でその体を抱え上げ外壁の外まで引きずり出すと、ゴミを捨てるかのように放り投げた。
痛みに呻く連中だったが、一人の金髪の男が怒りの形相で男たちへと食ってかかった。
「何しやがるんだテメェら! ぶち殺すぞ!」
金髪がキーキー声で叫ぶ。すると男たちの一人が背負っていた何かを両手に抱えた。黒い筒のようなそれには引き金がついていて、男は金髪へと素早く狙いを定めて引き金を引いた。
再びぼんという低い音と共に黒い筒から何かが高速で飛び出した。
金髪が回避する間も無く飛び出した何かが金髪の股間へと直撃した。
獣のような悲鳴をあげ金髪が崩れ落ちる。地面にコロリと何かが落ちるのに俺は気がついた。乾電池にも見えるそれは非殺傷性の弾丸ーーゴム弾と呼ばれるものだった。
「ここの『百景桜』は我々桜会の保護対象だ。貴様らごとき下賤な輩が花見などおこがましい。早急に立ち去れ品性なき者共め!」
男たちの中からひときわ体格のよい壮年の男が男女を睨みつけた。
しかし、男女連中は戦力差が分かっていないのか、
「桜は皆んなのものでしょ!」「俺たちだって桜を見る権利がある!」
などと反論をわめき散らした。しかし、
「貴様らゴミクズに見せる桜などない」
という壮年男の一声で男たちは男女八人を袋叩きにすると、橋の上から八人を川へと放り投げたのだった。
「むむ。狼獣人とは珍妙な」
男女八人を始末し終えた壮年男が俺に気がつき声をかけてきた。
「なかなか刺激的な見世物だったぜおっさん」
俺の言葉に壮年男は白い歯を見せた。
「近頃はああ言った花見を汚す輩が多くて困る。可哀想ではあるがゴミに桜を汚されるわけにはいかないからな。お前たちは何用だ?」
「俺たちは『百景桜』を見にきたのさ。明日にでも俺らの上司が花見をしたいらしくてな。場所取りに駆り出されたってわけさ」
「なるほど。お前の上司はどのような花見をするつもりか?」
「は? いや、どんな花見って言われてもな」
俺はちらりとさくらへと目を向けた。カバンから端末機を取り出したさくらは何やら画面を操作すると、
「えーっとですね。上司曰く、『お寿司食べ放題。お酒飲み放題。カラオケ謳歌。花火バンバン。焼肉ジュージュー。桜に登って記念撮影。枝折り上等! 快楽絶対主義お花見』と参加者へ通達しているみたいですね」
「却下だ! そんな花見など許せるわけがなかろう!」
壮年男が吠えた。他の男たちも俺たちへと敵意を向け始めた。何なんだこいつら?
「まったく嘆かわしい。花見は季節感を感じる日本人の行事だぞ。近頃では乱痴気騒ぎばかりするゴミ共が多くて困る」
壮年男がボヤいた。
「いや、そもそもあんたらの許可がいるのかよ? ここってL公園の敷地だろ? さっきの男女も言っていたが公園の桜だから別に見ることに許可なんて不要なはずだがな」
「生憎だが狼よ。この『百景桜』は桜会によって重要樹木として指定されているのだ」
「何だよそれ? そもそも桜会ってあんたらは何なんだ?」
「全国の美しい、もしくは希少な桜を守る団体だ。この土地は昨年から我々桜会が購入した私有地。故に外壁で桜を守ることも、花見を制限することも我らの管理下ということだ」
壮年男が胸を張ってみせた。見ると男の着物には『桜会会長 SAKURA LOVE』と刺繍がされていた。
俗っぽいな、と思いつつ俺は男たちを観察してみる。どいつもこいつも体格が良い。着物の下に隠れている筋肉はそうとうに鍛え上げられている。一般人を超えているぞこいつら。
「うーん、困りましたねぇ。ティーブレイクさんは頑固な所ありますからね。『百景桜』で花見をすると言ったら、諦めたりはしないでしょうし。むぅ〜」
さくらが口を尖らせ不平そうな表情をしてみせる。その手が鞄の中を探っていることに気がつき俺はさくらを小突いた。手榴弾を使おうとするなよな。
「じゃあ、どうしたらあんたら桜会は花見を許可してくれるんだ?」
俺の問いかけに会長らしき壮年の男は懐から一枚の紙を取り出した。
受け取った紙を俺はさくらと一緒に読んだ。
『桜会 花見の心得
第一条 酒を飲むべからず
第二条 肉を食うべからず
第三条 桜を傷つけるべからず
第四条 食して良いのは花見団子と料亭から出される花見弁当のみ。
第五条 和装で参加すべし
第六条 歌会を開くべし
第七条 声を発して良いのは歌の時と挨拶時のみ
第八条 黒髪の者のみ参加してよい
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥etc.』
「無理だなこれ」「無理ですね」
渡された紙には全部で二十八もの項目が書かれていたが、それらを読んで俺とさくらは同じ感想を抱いた。
MS機関の上層部と、自由人で面倒臭がりで出不精なティーブレイクがこんな禁欲的な項目を守れるはずがない。つーか、何だこの心得。堅苦しい校則みたいだな。
「ふむ。これらが守れぬとあらば『百景桜』敷地内での花見は許可出来ぬな。我らは桜そのものを守るのはもちろん、花見をする者のマナーについても守護しているのだ。近年の乱痴気騒ぎの花見など下賤そのもの。同じ知性ある者として恥ずかしくて堪らぬ。そう言った輩を成敗し、正しい花見をさせるのも我ら桜会の仕事なのだ。正しい花見をする気になったらいつでも来い。敷地内への入場を許可しよう。もちろん心得を守れぬのなら即刻退席してもらう。抵抗するならば‥‥‥」
会長の言葉に周囲にいた男たちが背負っていた黒い筒ーーグレネードランチャーを構えた。
会長は厳しい表情のまま言い放った。
「成敗する」
面倒くせぇな、こいつら。




