サクラトリック(1/3)
「日本人ってのは何でこんなに桜が好きなんだろうな?」
三月下旬のある昼過ぎのこと。
俺はお目付役である木下さくらが運転するワゴン車に乗り、日本のQ県にあるL公園へとやって来ていた。
有料駐車場へと車を止める間、俺は窓から見える景色を眺めながらそんなことを呟いてみる。
「日本といえば桜。桜といえば日本。そこには理屈なんてないんですよ大牙さん」
運転席からふんわりとした茶髪の日本人女ーー木下さくらがのんびりとした口調で俺の呟きに答えて見せた。無事ワゴン車を停車させたさくらはどこか浮き浮きとした様子でワゴン車を降りる。その様子を見て、
「そうなんだろうな。理屈なしか」
俺も頷きながら下車するのだった。
L公園は春休みということも手伝って大勢の人間がいた。
家族連れ。恋人同士。会社の仲間同士。犬と散歩しているやつ。一人なやつ。
そしてほとんど全員が自分たちの頭上へと顔を向けていた。
見事な桜だ。
公園内はまさに桜色一色。頭上を見上げれば桜が見えぬ場所などない。そう言ってしまえるほどにL公園には大量の桜の木々が植えられ、そのほとんどが八分咲きだ。時折そよ風に乗って舞う花びらが何とも風流じゃねぇか。風が運ぶ桜の匂いが仄かに場を彩り満たしている。
「噂通りの千本桜ですねぇ。大牙さんもさっきの疑問なんてどうでもよくなっちゃうでしょ?」
「そうだな。確かに理屈はいらない。綺麗だ」
素直な感想を口にした俺だったが、周囲の連中が俺の姿を見て指差す様子を見て、
「なぁ、どうしてもこの格好じゃなきゃダメなのかよ?」
そう疑問と、不満をさくらへと向けた。
この格好。
全身が毛皮に覆われた俺は俗に狼獣人と呼ばれる姿をしている。毛皮だけではなく狼の頭部に二メートル半の体格も合わさってとにかく俺は目立つ存在だ。ましてこの日本みたいな先進国じゃなおさら注目の的。
さらに加えて今回の俺はいつものベストにズボン姿ではない。
羽織に袴姿ーーつまりは和装だ。
俺の隣を歩くさくらも赤を基調とした着物姿。
‥‥‥小柄な体格と合間って七五三に見えなくもないが俺は黙っていた。
「お花見ですからね。せっかくですから着るものから気分を出して見ました。いやぁ、たまには和服も良いですよねぇ」
「確かに普段のベストにズボンだと花見っぽくはないけどよ。それにしたって和服とはな」
「文句言わない! 大牙さんのなんて無茶苦茶高かったんですよ。特注サイズですし、通気性とか色々手を加えているんですから。汚したら本気でキレますからね」
「へいへい。分かったよ。でもすっげぇ動きにくいんだよこれ。草履と足袋なんて初めて履いたぞ」
そんな会話を交わしながら俺たちは公園の中央へと向かっていく。L公園の桜は敷地中央に重点的植えられていて、一番のビューポイントだそうだ。
もっとも俺たち二人の目的地はそこではなかった。
「で? その『百景桜』ってのはどこにあるんだよ?」
「ティーブレイクさんに渡された地図によるとですね。公園の北側にあるみたいですよ。その周囲は桜のないエリアでして『百景桜』が一本だけ生えているそうです」
「その一本で千本桜に匹敵する桜。本当にあるのかよ、『百景桜』なんて」
「さぁ? でもあのティーブレイクさんの言うことですからね。荒唐無稽ですけど、ありそうな気にもなってきますよ」
「あのティーブレイクのことだからな」
公園のピンク色が次第に強くなっていく。
景色は完全に桜に染められていると言っても良いだろう。
俺たちは公園の中央部へとやってきていた。もはや桜色の暴力。網膜へと嫌という程に桜色が差し込んでくる。それほどまでの桜の密度が凄かった。
桜の下にはブルーシートを敷いた連中が弁当を広げて食べていたり、カラオケ機材を持ち込んで歌っていたりと思い思いの方法で花見を楽しんでいた。中にはバーベキューをしていたり、コスプレをして写真撮影に興じている連中もいる。ここ数年で花見の景色も随分変わったもんだな、と俺は柄にもなく染み染みとした感想を心に描いた。
ここで花見をするのもいいのだが、生憎俺たちの目的地は別の場所。騒ぎ楽しむ連中の横を俺とさくらは通り過ぎた。
「そもそもMS機関が花見をするとはな。研究にしか興味のない連中だと思っていたけど、そういう季節を楽しむ気持ちを残した連中がいることに驚きだぜ」
俺の言葉にさくらは、
「何でもアメリカ本部とかヨーロッパ支部の偉い人たちが日本支部にやってくるそうなんですよ。良い機会なのでってことでお花見しながら交流をしようという話になったらしいですよ」
「やれやれ。それで暇な俺たちに花見の場所取りをさせようってことになったわけか。ちっ、ティーブレイクのやつめ。入社二年目のサラリーマンみたいな役を押し付けやがって」
花見の場所取り。
多分、日本人特有の仕事だろうな。人間だった頃には無縁だったと言うのに、まさか狼獣人になってからそんな役目を命じられることになるとは人生ってのは分からないもんだ。
俺は小脇に抱えたブルーシートを一瞥しため息をついた。
「それにしてもよ。『百景桜』ってその一本で千本桜レベルなんだよな? そんな桜があるならもうとっくに場所取りされちまっているんじゃないか? 周りに他の桜がないのなら写真撮影としても良いポイントだろうし」
「そうなんですよね。でもティーブレイクさんが幹部連中に『今年はとても素晴らしい桜をご覧いただけます。最高の場所を確保させますのでご期待ください』とか言っちゃったらしいですよ」
「変なところで見栄をはりやがってあの女」
ですからね、とさくらはカバンの中に手を突っ込むと、手榴弾を取り出し、
「邪魔な連中がいたら追い払え、とも命じられました」
笑顔でそんなことを口にするのだった。
今年の花見客は災難だな。
『百景桜』がある場所は公園の敷地から川を超えた先にあった。
川幅はおおよそ二十メートル。深さは大したことがなさそうだった。赤い橋が向こう岸まで架けられていてそれが唯一川を超える手段らしい。
『百景桜』と呼ばれるだけあって、尋常ではない大きさの桜だった。高さは少なとも四十メートルはあるだろう。枝の広がりも凄まじく、中規模のスーパーマーケットくらいなら覆ってしまえるほどだ。枝もそうとう頑丈なのか人工の支えなど無い状態で大量の葉や花を支えてしまっている。
そして肝心の花も美しかった。花は八分咲きと言ったところか。茶色の枝を見つけることが難しいほどに見事に桜色が視界を彩っている。
世界中で色々とトラブルや大事件を見てきた俺だが、正直に言ってこの桜のスケールはそれらを塗りつぶしかねないほどのインパクトだ。普通だったら俺も口を半開きにして呑気に『百景桜』の眺めを楽しんだことだろう。
しかし、俺は桜の周囲を取り囲む城壁のような建造物へと目を奪われていた。
まるで監獄のような無機質なコンクリート製の灰色の壁。高さはおよそ十メートルくらいか。そんな物が『百景桜』を囲んでいやがる。壁に阻まれ桜の幹を見ることが出来ない。
そして、壁には看板が取り付けられていて、
『これより先は立ち入り禁止』『下劣な花見客お断り』『花見禁止』『恥知らずの花見客など害悪』『場所取り禁止。破ったものには制裁を加える』『桜会指定保護対象の桜あり。侵入するべからず』
などと書かれていた。
「何だこれ?」「何あれ?」
俺とさくらは橋の上で顔を見合わせ、次の瞬間には首を傾げた。




