ヘルスヘル(3/3)
さくらに後部座席のドアを開けてもらい俺は乗車した。
車は八人乗りのワゴン車で二列目の座席は車体後部に向けて回転させられている。その座席にはスーツ姿の男が座っていた。営業スマイルを浮かべ、男は乗車した俺へと会釈した。
「いやいや、お疲れ様です狼さん。送られてきたデータを拝見しました。大助かりです。こちらは謝礼となります」
男が差し出した茶封筒を受け取り俺は三列目の座席へと座った。封筒の中を覗いてみると札束が一つ入れられている。
俺は口元を緩めると封筒を隣に座るさくらへと手渡し、首輪を外し大きく息を吐いた。ほぼ同時に車が動き始めた。
「ふぅ。首輪ってのはやっぱり疲れるな。首と肩も凝るし、何よりちょっと屈辱的だぜ」
俺の言葉に男は営業スマイルのまま、
「申し訳ありません。しかし、お陰様で健康合宿の全容をばっちり把握できました。お疲れ様です」
「まっ、通信機の類は全部合宿の間は没収されちまうからな。首輪の中に隠しカメラと送信機を仕込むってのは良いアイディアだと思うぜ。しかし、『ヘルスライフ』さんよ。もう映像は見たと思うがあんたの会社が宣伝している商品は随分と合宿中に批判されまくっていたぜ」
あははと男は笑った。
「昔から我が社の製品やコマーシャルへの批判的な意見はそれなりにありましたがね。まさか健康合宿という場で名指しで批判する輩がいるとは思いませんでしたよ。ここ半年間で我が社の製品の売り上げは下がる一方でしてね。今回の調査でようやくその首謀者とその手法が判明してほっとしてます」
「そうかいそうかい。で? あんたら『ヘルスライフ』はどうするんだ? 実際に三日間合宿を体験して見たけどよ。あの師範は中々説得力があったぜ。『健康観』を再構築するっていう主張はたぶん世の中にも受け入れられるだろうよ。そうするとあんたらの商売は苦境に立たされるんじゃねぇの? もしかして営業妨害とでも難癖つけて裁判でもするのか?」
とんでもないです、と男は営業スマイルを崩さずこう続けた。
「我が社の製品はグレーですからね。裁判になったら勝つのは難しいですよ。あはは」
悪びれる様子もなくそんなことを発する男に俺は半笑いだ。男はそんな俺を他所に懐から取り出した端末を起動させた。
「裁判はしません。かと言って我々が日々努力して築き上げてきた『健康観』を崩されるわけにもいきませんからね。ここはあの師範という男の信用を暴落させるところから始めますね」
「ほぉ。自信があるようだな。でもあの師範に付け入る隙なんかあるのか?」
「ありますよ、大量に。まずあの男ですが健康合宿は副業のようなもので、本業は出版社の編集者ですね。『大人になって振り返る学習』シリーズの担当者ですね」
ほら、と言って男は端末の画面を俺に見せた。そこには双子出版社の社員とその肩書き一覧が表示されている。画面の真ん中に『大人になって振り返る学習』と書かれた本を誇らしげにもつ師範の写真があった。
「はぁ? じゃあなんだ。あの師範自分が担当する本をちゃっかり宣伝しているってことかよ」
「そうですね。合宿中に色々と書籍、動画などで健康について勉強会みたいなこともしていたようですが、調べてみると全部双子出版の本ですね。双子出版は健康本や医療本に力を入れている会社だそうで、この合宿そのものが商品の宣伝みたいなものですよ」
ちなみにさくらによれば、『大人になって振り返る学習』シリーズはその前身となる『これ一冊で健康になる』シリーズという本があるそうだが、
「そっちのシリーズは出典不明真偽不明の健康法が載っていたりと杜撰な本でしてね。おまけに一冊七千円で全十巻。それを訪問販売でかなり強引に売っていたものですから国民生活センターに消費者から苦情が大量に寄せられていたそうですよ。だから『大人になって振り返る学習』シリーズも怪しい気がしますね」
さくらの解説に男は、
「ありがとうございます。その情報は我が社の調査でも判明していなかった事実です。良い情報ですよ」
そう言って男は情報料ですと即金で報酬をさくらへと渡した。太っ腹だな。
男は端末を操作し、今度は一人の少女の画像を俺に見せた。それは合宿初日の食堂で見せた誤ったダイエットで命を落とした娘の写真だった。師範が涙ながらに娘のエピソードを語る場面では参加者から涙が流れたもんだ。
男は端末の写真を見ながら語る。
「たぶんこの健康合宿において一番師範の信用を高めたエピソードだと思いますね。娘を失った悲しみ。そこから世にはびこる『健康観』に物申す姿勢。これは参加者の共感を呼びますし、ある種の団結、決起を引き起こしたでしょうね」
「そうだな。おばさん連中なんか大多数がハンカチで涙を拭いていたぜ。その画像がどうしたんだ?」
「この女の子なんですが、まだ生きてますよ」
唖然とする俺。はぁ? 生きてる?
男はさらに端末を操作し新しい画面を俺に見せた。それはとある小さな芸能事務所のホームページ。所属タレント一覧に件の少女が掲載されている。
「完全な『やらせ』ですね。そもそもあの師範は既婚者ですが、子供は息子だけです。よくよく演説を聞いてみると自分の娘とは一言も言っていません。参加者が勝手に師範の娘だと思い込んだだけというわけです」
「おいおいおいおいマジか! 何だよ。俺なんて途中からスパイしていることにちょっと罪悪感出てきてさ、三日目のプログラムとか結構真面目にやっていたんだぜ? はぁ〜俺の頑張りと良心返せよ」
頭を抱えながら俺は合宿中の師範を思い出していた。ジョギングや健康に関する座学の時でも熱心さを前面に出していたあの姿も全部演技だったってわけか。見抜けなかった自分が腹ただしくもある。修行が足りねぇな。ちくしょうめ。
車は市街地に入り、都市部を目指してぐんぐんと加速していく。
「まぁ、こんな感じであの健康合宿には色々とツッコミどころがあるわけです。我が社はテレビ局とも繋がりが深いですからね。これらの事実を報じてもらってまずは合宿とあの師範の信用を落とします」
男の言葉に俺は頷いた。俺と同じく参加者連中は驚くだろう。そう言えば合宿の終盤に双子出版のカタログみたいなものを師範が配布していたな。ひょっとしたらすでに購読を決めて本を注文した参加者がいるかもしれない。そういう連中は真実を知ったらどうするのだろう?
「でも『ヘルスライフ』さんよ。たとえあの師範の信用が落ちたところであんたらの商品の信頼が回復するわけじゃないだろ? どうするつもりなんだ?」
「特に何もしませんよ。これまで通りにグッズや健康法を開発し、販売する。そして今回のように我々の『健康観』を崩そうとする輩がいれば攻撃、もしくは懐柔するだけです。批判記事をさらに批判するとかね」
「それだけで良いのかよ? 消費者だってバカじゃないぜ? 『この錠剤にはレタス四個分の食物繊維が入ってます!』とか宣伝しても『でもレタスって食物繊維が少ない野菜じゃん』って気付く。消費者はもう騙されないぞ?」
俺の言葉に男は涼しい笑顔で、
「いいえ。消費者はそんなに賢くないですよ」
はっきりと言い切りやがった。
「健康になりたい人の中には『楽に健康になりたい』と想う人が大勢います。彼らにとって必要なのは自分の楽を後押ししてくれる存在です。『飲むだけで』『装着するだけで』というフレーズは彼らにとって魅惑的なんですよ。反対にどれだけ真実だろうが自分の楽を否定する要素は受け入れ難いものですよ。我々はそういう『楽をしたい』というニーズを満たしてあげれば良い。それだけで売れますよ。多少の知識を手に入れたところでそうした欲望に消費者は勝てません。これからも稼がせてもらいますよ」
車は市街地を抜けたとある施設の前で停車した。
俺とさくらが下車すると、
「本当にこちらでよろしいのですか? 駅までお送りしてもよろしいのですよ?」
男が営業スマイルのままそう尋ねてきた。
俺たちはその申し出を表面上は丁寧に断った。ぶっちゃけこいつとあんまり一緒にいたくないってのが大きい理由なんだよな。男もそれを察したのかそれ以上は何も言わず、車を発進させ去っていく。
走り去る車を見ながら俺は大きく息を吐いた。
「やれやれ。なんとも不健康な話を聞かされた気がするぜ。口止め料をもらったから別に他言する気は無いけどよ。健康グッズか。何だかなぁ。健康を売りにしたアリジゴクみたいだ」
「あんまり気持ちのいい話じゃ無いですもんねぇ。まっ、つまらないことはさっさと忘れましょう」
さくらは鞄から何やら紙切れを二枚ほど取り出し施設に向かって歩き始めた。
「しかし、健康グッズ会社のスパイを手伝えとはな。MS機関も色々と面倒な仕事を持ってくるもんだぜ」
「良いじゃないですか。合宿の効果も多少はあったでしょ?」
「どうだか。食事はビュッフェ形式だから好きなだけ食っちまったしな。あんまり意味なかったと思うぞ」
「あらま。じゃあ、今度はここで本格的に健康を目指しましょうか」
そう言ってさくらが指差す方には『細島パワーランド』と看板のついた施設のゲートがあった。さくらがひらひらと見せびらかすかのように入場券を揺らしている。
「お前が遊園地に来るとかどういう風の吹き回しだ?」
「ふふふふ。今ですね、ここのアトラクションを全部遊んでスタンプを集めると桜沢樹くんの記念フォトフレームが貰えるイベントがやっているんですよ。難易度が結構高いそうなんですけどペアでの参加が認められているんで、大牙さんとならクリアできると思うんですよねぇ。というわけで行きましょう! ね? ね?」
目をキラキラさせるさくら。年甲斐もなくぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる様は何とも滑稽というか、何というか。
「まったく、どこに連れて来ると思ったら結局桜沢樹かよ。やれやれ、相変わらずアイドルのこととなると色々とスゲェよなお前って。前もグッズ買うために三日間ドームの前で並んでたとか言ってなかったか?」
「んん〜? 不健康ですか?」
「‥‥‥いや、健康的だろうよ。よっしゃ、全部クリアしてやろうぜ。こうなりゃとことん楽しんでやろうじゃねぇか!」
「調子に乗ってアトラクションを壊したりしないでくださいよ?」
「分かってるって!」
<ヘルスヘル 完>
次のエピソードは2018年4月ごろに投稿予定です




