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狼獣人になったが、俺以外の連中がまともじゃない  作者: 双六
ヘルスヘル ー健康的?ー
25/33

ヘルスヘル(2/3)

 健康合宿という言葉の響きから俺は体育会系的なノリでランニングでもするのかと思っていた。

 それだけに合宿最初のプログラムがいきなり「食事」というのは驚きだ。

 身体測定を終えた参加者たちは続いてホテルの食堂へと移動する。

 食堂にはビュッフェ形式で食事が並べられていて、師範によれば好きに食べて良いとのことだ。

 参加者たちは多少驚きつつも、次々と皿に料理を乗せていく。もちろん俺も遠慮容赦なく五人分くらいの食料を盛り付けた。


「揚げ物とか甘い物もあるけど、どれでも食べて良いの?」


 一部の参加者からそんな言葉が出て来たが、


「もちろん食べ過ぎはいけませんが、食事は何よりも楽しむもの。どうぞ食べて楽しんでください」


 という師範の言葉に押されて皆楽しげに食事を開始した。

 俺が三キロの牛肉を食べ終えた頃。師範がマイクを手に取り立ち上がった。


「皆さま食事はいかがでしたか? この中にはダイエットや健康促進のために食事制限などを過去に経験された方もいらっしゃることと思います。しかしどうでしょう? 笑顔で食事を楽しむ。これは実に健康的な光景ではないでしょうか。この合宿ではウォーキングや体操なども行いますが、メインとなるのは皆様の『健康観』を変えることであります。さて、ここから合宿は次なるプログラムへと移行いたします」


 師範の言葉に合わせるように食堂の天井から白い幕が降りてきた。スタッフ数人が何やら機材を運びその幕の前へと設置する。どうやら投影機らしくここからはスクリーンを使って何かを説明するつもりらしかった。

 食堂内も遮光カーテンによって暗くなる。やがてスクリーンにぼんやりとパソコンの画面が映し出された。


「『健康観』を変えると私は先ほど説明しましたが、では『健康観』とは何によって形成されるのでしょうか? 皆様の中にはダイエットの経験がある方がいらっしゃると思います。痩せたい。綺麗になりたいと考えるのは別におかしなことではありません。しかし、体重何キロ以下じゃないといけない。ウエストは何cmがベストといった基準は果たしてどこからそう考えるようになったのでしょうか?」


 師範はそう言いながら手元にある端末機を操作した。するとスクリーンには「ヘルスライフ」と書かれたログが現れ、次の瞬間には食堂全体に響く大音量で男の声が流れ出した。

 俺は首輪を少し(いじ)りながらスクリーンを凝視した。


『はーい! 皆さん! 本日はこちらのお品をご紹介! あのNASAで開発されたこの超振動ヘルスベルトぉ! こちらは何と一秒間に五百回の振動を腹筋に与え脂肪を燃焼させてくれるという素敵なアイテムでございます。あの城南大学の堀越源五郎名誉教授も愛用している品なんですね! 見てください。この洗練されたデザイン! おしゃれに敏感な奥様からも大絶賛! この品を使った女性は何と三ヶ月で五キロの減量に成功し理想的な四十キロボディを手に入れたのであります! こちらの品は本来なら十万円なのですが、ヘルスライフはとことん低価格でご提供! お値段何と三万円! 三万円ですよ! しかも送料は無料! さらに本日お申し込み頂きましたら、脂肪燃焼に効くこの健康緑茶もプレゼント! さぁ、電話番号は‥‥‥』


 スクリーンに映し出されたのはスーツ姿で陽気に喋る男の姿とやたら高級そうな箱に入れられた何の変哲も無いベルトだった。俺ですら見たことのある超有名テレフォンショッピングのコマーシャル。ちらりと横を見ると主婦らしき参加者数人がそわそわしている。実際に購入したことがあるのかもしれないな。

 動画が終わると師範がマイクを手にし、


「さて皆様。こちらのコマーシャルをご覧になっていかがだったでしょうか? ひょっとしたら買ったことのある方もいるかもしれませんね。ところで今の動画で登場した『城南大学の堀越源五郎名誉教授』ですが、彼のことを知っている方はいらっしゃいますかね? ‥‥‥いないでしょうね。彼の専門は天文学です。したがってダイエットに関する医療や栄養学について彼も素人と変わらない」


 師範の言葉に食堂内がざわついた。師範の言葉は続く。


「ちなみに冒頭のNASAで開発されたとのことですが、問い合わせて見るとこのNASAとはアメリカ航空宇宙局のことではないです。名香野アカデミック・サービスアフターという日本のメーカーでした」


 食堂内の女性陣から小さなため息が聞こえてきた。俺はと言えば正直なところ吹き出すところだった。


「今指摘した二点についてヘルスライフは嘘をついていません。視聴者がその気になって調べればわかることです。しかし、ほとんどの人は『有名大学の教授が使っているならすごいに違いない』『あのNASAが開発したなら信じられるかも』と考えてしまうわけですね。つまり」


 ここで師範は食堂にいる参加者全員をじっくりと眺めて言葉を切り出した。


「視聴者側に知識と疑いの心が無ければ見抜くことができないわけです。そもそも中学生くらいの理科の知識くらいがあればお腹を振動させた程度で脂肪が燃焼されるはずがないくらい理解できるはず。しかし現実には細胞や代謝に対する知識を持って健康活動をしている一般人はまだまだ少ない。ネットを検索しても自称医者の疑似科学に溢れていますし、ダイエット記事もブログのアクセス数を稼ぐためだけに大げさで根拠もないことを羅列するような記事ばかり! これらも読み手に知識と常識があれば嘘を看破できるはずなのに、多くの人が間違った情報を鵜呑みにして、健康を害している!」


 やや熱を込めた師範の言葉に参加者たち数人が姿勢を正した。

 スクリーンの映像が切り替わり、一人のやせ細った少女の写真が投影された。


「今スクリーンに映し出されていますのは十八歳でこの世を去った娘です。この子がなぜ若くして命を落としたか。それはネットで見かけた間違ったダイエット法と間違った治療薬によって健康に致命的なダメージをうけてしまったからでした。体重は三十五キロくらいじゃなければいけないとうわ言のように呟き、食べた食事をトイレで吐き続ける。とても直視できる姿ではなかった。娘は次第に食事を受け付けることもできず衰弱死しました」


 師範がややすすり泣くように声を絞る。参加者の中にはハンカチを取り出し目元を拭う者もいた。俺はと言えば唐揚げにレモンをかけながらその味を堪能していた。


「はっきり申し上げましょう! この現代日本において私たちの『健康観』は正常ではなく毒されているのです。何に毒されているか? もちろんそれはヘルスライフのように『健康』を売り物にする無責任な輩にです。これに対抗するにはどうすれば良いか? それは正しい知識を学び体験し、共有する場を設けることしかありません! ネットやテレビでは不十分、いえむしろ危険ですらあります。今回の合宿の趣旨がお判りいただけたでしょうか? 私はこの合宿をそうした学びの場とし、皆様の『健康観』を再構築するお手伝いがしたいのです!」


 師範がマイクを下ろした。参加者の中には腕組みをし感心するように頷くおっさんがいる。おばさんの中には小さく拍手をする人もいた。俺はと言えば唐揚げがなくなったので山盛りのポテトをむしゃむしゃと頬張り始めた。

 一人の女性参加者が手を挙げた。スタッフの一人が女性へと近づきマイクを手渡し、


「あのぉ、『健康観』を再構築するというお考えは分かりました。素晴らしいと思います。でもどうやって再構築をすればよろしいのでしょうか? 知識を身につけると言っても難しい専門書を読むのは辛いですし時間もかかると思うのですが?」


 女性の疑問に対し、師範は朗らかに笑みを見せると、大丈夫ですと白い歯を見せた。


「専門的な知識は不要です。中学生レベルの知識と広い視野で十分。双子出版さんから出ている『大人になって振り返る学習』シリーズは色々な知識を分かりやすく図解しているのでおすすめです。この合宿でも参考書として利用します。そして忘れてはならないのは健康になるのはあくまでも手段であり、最終的な目標は幸せになることです。幸せの形は人それぞれ。想像してみてください。皆さんのイメージする幸せな自分は健康グッズに埋もれていますか? 大量の薬を飲み続ける生活ですか? 否! 楽しく食事をし、笑顔でウォーキングしたりする姿ではありませんか? さぁ、この合宿で正しい知識と広い視野を手に入れる方法を学び、皆さんで幸せを掴むために健康になろうではありませんか!」


 食堂は拍手に包まれた。俺はと言えば皿が空になったのでホテルボーイを呼んでコーラはないかと尋ね、用意されてませんと回答され落ち込んだ。


 この後合宿はプログラム通りに進められた。

 軽い運動やストレッチ。スタッフによる整体マッサージ。ときおり健康グッズを批判したりする場面もあったが、楽器を演奏したり動物と触れ合ったりとどのプログラムも『笑顔で楽しむ』ことを重点にしているらしく、参加者からは笑顔が絶えなかった。

 三日間の合宿を終え、俺と参加者たちはホテルを出た。参加者たちは全員晴れ晴れとした表情で師範らスタッフと言葉を交わしたり握手をして別れを惜しんでいる。そんな参加者たちを乗せたバスがホテルを立つのを見届け、俺はホテル前に止まっていた一台の車に近づいた。

 車のドアが開き、ふんわりとした茶髪のチビ女ーー木下さくらが現れた。


「スパイ活動お疲れ様です、大牙さん」

 

 

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