グレイトティーチャー(3/3)
「なるほど。黒宇津学園のシステムを理解するためにこの塾に来られたわけですか」
二年D組の元担任に導かれ俺とさくらは黒宇津ハイスクール塾内を見学させてもらっていた。
塾と聞いて俺は学園と同じような教室が数部屋あるものだと想像していたが、この黒宇津ハイスクール塾は少し様子が違っている。教室こそあるのだが生徒の机と椅子は仕切りによって隣の席と遮られていて、半個室と呼べるような状態になっていた。
机にはモニターとキーボード、それからマウスやヘッドホンまで備え付けられていた。生徒たちはモニターに映る動画を視聴しながらノートをとったり、キーボードを打ち込んだりと黙々と作業をしている。音声は聞こえないが、モニターに映っている講師らしき人物や背景のホワイトボードの内容からみてどうやらこのクラスは英語の授業を受けているようだった。
「へぇ。デジタル機器を使って授業か。ノートとペンしか使わないかと思っていたが、最近は勉強するにも便利になったもんだ」
「あはは、そうですね狼くん。でも今の若い子たちにとってはこれが普通です。ノートをとる生徒は年々減っているそうですよ」
俺と元担任が会話を進めていると一人の男が教室へと駆け込んできた。男は教室を見回すと一人の生徒のもとへと駆け寄り何やら会話を交わし始めた。
元担任によると生徒たちは端末を操作し授業内容の疑問点を直接講師に聞くことが出来るらしい。呼び出された講師は直接生徒のもとへと駆け寄りワンツーマンで教えるそうだ。今教室へとやってきた男はそういう存在だった。
「授業内容は各生徒の進度に合わせて自由に選択できます。講義内容はすべて動画になっていますからね。苦手なところは繰り返せるし、得意なところはスキップできる。授業内容も教科書の内容全てではなく各生徒の希望している大学の過去問を参考に役に立ちそうな部分だけをピンポイントに教えることが出来るのです」
元担任がそう説明したが、
「でもこれくらいのことは他の塾や私立高校でもやっていそうですよね?」
とさくらが口を挟んできた。
マジか。これが普通なのかよ。俺としては十分驚きなんだけどな。自分が教育現場というものからいかに懸け離れた人生を送ってきたのかを思い知らされる。
「木下先生の言うようにデジタル機器で授業をする。少人数、もしくは個別指導することは別に昨今では珍しいものではないですね。もちろんこれらの要素が黒宇津学園の進学率を支えるシステムではありません」
「ふーん。じゃあ、黒宇津学園のシステムって一体何なんだ? 真っ暗闇でする授業。昼飯も食わず寝ている生徒。そして退職したはずの教員が何故か生徒の通う塾で働いている。分からないことだらけだ」
「あはは。そうですね。説明されていないのでは無理もないことです。しかしとても単純なことなのですよ。例えばですが狼くん。全く同じ学力を持つ人物が二人いるとしましょう。仮にA君B君とでも呼びますかね。では、一日二時間勉強するA君と、一日五時間勉強するB君とではどちらの成績が良くなると思いますか?」
元担任からの突然の出題に俺は一瞬考えてから、
「色々と例外はあるんだろうが、普通はBの方なんじゃないか?」
「そうですね。集中力や適性などをを考慮しなければ普通は『時間をかけた方』がよりその物事に精通、熟練していくものです。黒宇津学園のシステムはまさにこれです。学園の生徒が他所の生徒よりも高い進学率を誇るのは単純に『他校よりも勉強する時間がある』からですよ」
元担任は説明をしながら次の教室へと俺たちを案内した。教室の出入り口には自主学習ルームと書かれたプレートがぶら下げられている。教室の中はやはり机ごとに仕切りがされた環境だ。今は満席状態で生徒のほとんどは端末を操作し自主的に勉強をしている。
「では狼くん。高校生の生活の中で最も生徒から勉強する時間を奪い取っている事って何だと考えますか?」
再び質問をしてくる元担任。
俺はしばらく考えたがこれだと思う考えは浮かばなかった。アルバイトや通学時間などを口にしてみたがいずれも元担任は否定した。
「黒宇津学園の理事長はこう考えたそうです。高校生から勉強する時間を奪っている物ーーそれは高校での学校生活そのものではないかとね」
「はぁ?」「はぁ?」
元担任の口から飛び出た言葉を受け俺もさくらも間抜けな声を上げた。
俺たちの反応が面白かったのか元担任はクスクスと笑い口を開いた。
「以前の黒宇津学園は一般的な高校と同じ授業スタイルをしていました。しかし、生徒の成績もやる気もよろしくない。部活や塾で疲れ果て寝ている生徒はいましたし、いじめや不登校も発生していたそうです。教員の質もバラバラで、生徒個人に合わせた授業などとても出来ない。自宅で自主学習しているほうがよほど勉強になる。学校の授業は『先生の話を聞き流す作業の場』などと生徒から言われてしまう始末だったようですよ」
元担任は苦笑いをし、肩をすくめてみせた。
「そんな生徒の声や現状を見て理事長は思ったそうです。『無駄な授業で時間を過ごさせるのは生徒のためにならない。ならばいっそのこと授業時間を睡眠時間として提供し、空いた放課後の時間に自主学習させてあげたほうが生徒のためになるのではないか。どうせ生徒が高校に進学したのは高校卒業という学歴を得るためなのだから授業などしなくても卒業させてあげれば需要を満たせるし』とね。こうして変革が始まったそうです。快適な睡眠時間を提供するために遮光カーテンを用意したり、体が痛くならないように人間工学を基にした椅子を用意したりね。授業の内容も生徒の睡眠を邪魔しないように、でも定められている単位を与えられるように小声で実施されるようになりました」
「そういうことかよ。じゃあ俺らは授業じゃなくて子守りをさせられているわけか」
「まぁ、そうとも言えますね。そして生徒が本腰を入れて勉強できる環境として『黒宇津ハイスクール塾』が開設されました。生徒たちは放課後の午後四時から翌日の午前五時までここで伸び伸びと自主学習ができるのです。ちなみに学園の授業料に塾の費用が含まれていますので塾に行くからと言って追加料金は不要です」
元担任はにこやかに説明するが、俺としては理解に苦しむ話だった。
「それって逆に手間なんじゃないか? この塾でやっていることを学園でやれば昼間のうちに勉強できるだろ。そうすれば放課後は生徒の好きにさせてやれる。昼夜逆転の生活をさせてまですることか?」
「確かにそうですね。狼くんの言う通り。昼にしっかり学校で勉強し、放課後の空いた時間に自習する。それが理想です」
ですがね、と元担任は続ける。
「学校という場では生徒はやる気にならないのですよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「僕自身経験があるのですが学校ではどうしても怠けてしまいました。同じように学ぶためにお金を払っているはずなのに塾の方が集中出来てしまう。世の中には塾に通うために学校を休む子までいますしね。やる気のない状態で七時間近い時間拘束されるなんて勿体ないと思いませんか? 部活動をすればもっと多くの時間を奪われてしまいます。ちなみに黒宇津学園には部活動はありません。修学旅行や学園祭のような受験に関係のない無駄な行事も一切行いません。受験のために生徒たちは頑張っているのですからその足を引っ張るようなイベントなど学校側がするべきではないと僕は思っています。黒宇津学園は本当の意味で受験勉強に特化した学園なのです。僕はそれが大変に誇らしい」
語りつくした元担任は大きく鼻から息を吐きだした。腕を腰に当て満足げに俺たちへと視線を向けてきた。何か質問は無いかと言いたげなその顔を見て、俺はなぜ教師を辞めて塾講師になっているのかを訪ねてみた。
元担任が言うには生徒と同じく教師にも学校向き、塾向きのタイプがあるらしく実際に勤務する中で自分の力が発揮しやすい職場へと異動できるらしい。要するに今月やめた教員連中は塾の方が適性があると考え異動しようとした。それが今回はたまたま十二人のタイミングが重なってしまったということだそうだ。
「先生方も十人十色。僕のようにワンツーマンでやる気に満ちた生徒をサポートすることをやり甲斐に感じる人もいれば、多少給料が下がっても単純でストレスのない環境で仕事がした人など様々です。適性にあった職場を選択することで、最終的には生徒のためにもなるのですよ」
そう言い終えた元担任は何かを感じ取ったのか俺たちへと手を合わせ、
「すみません。生徒から呼び出しが来たのでこれにて失礼します。お二人とも一ヶ月ではありますが、生徒たちの快眠のためにも素晴らしい授業をよろしくおねがいしますね!」
晴れやかな表情で駆け出し教室の中へと姿を消したのだった。
翌日ーーつまりは火曜日の昼休憩。
俺とさくらは再び黒宇津学園の食堂へと集合し、昨日と同じく互いの授業ーーいや、子守の状況について報告をし合っていた。
「何と言うかこんなに虚しい仕事は初めてだぜ」
「そうですねぇ。私もです。暇というより本当に虚しいですよね。こんな仕事内容で月給三十万円もらえるなら十分いい職場なんでしょうけど」
「それはそうかもしれないが、少なくとも俺にはキツいな。刺激が無さすぎて頭の動きが鈍って来そうだ」
「暗い部屋で九十分独り言ですもんね。下手したら精神に異常をきたすかもしれません。怖い怖い」
俺たちが昼食を頬張っていると、遠くからグレイトティーチャーこと学年主任が手を振り近づいて来た。
「やぁやぁ、二人とも。おはようございます。午前中の『授業』は滞りなくできました?」
「ああ。問題なく『子守り』はやり遂げたっす」
俺の言葉にグレイトティーチャーは満足げに頷いてみせた。
「その様子だと学園のシステムについてある程度理解したようだね。ちょっと変わっているが、なかなか良いシステムだと私は思っていますよ。いじめ問題もこの学園ではシステム発足以降0件ですから」
「そうらしいっすね。事務職員に話を聞いたが自殺問題や暴力事件も発生していないとか」
「まぁ当然の事ですがね。そうした問題が発生する人間関係がここの生徒間には無いですから。基本的に登校と同時に彼らは寝る。隣に座るクラスメイトの名前や顔を覚えている生徒は少ない。初対面の人をいじめる人は少ないでしょ? だったらずっとお互いに『知らない人』でい続ければ平和なのですよ」
「やれやれ。そんな状態で大丈夫なんすかね? コミュニケーション能力とかに問題が出るんじゃ無いっすか?」
俺の疑問に対しグレイトティーチャーは、そういう能力は大学生になってからでも習得できる。進学校にやってきた生徒にとって志望する大学に入学することが最優先課題である、という意味のことをやんわりと俺たちに説明してみせた。
同意する気もないが否定する要素もない。グレイトティーチャーの言葉に俺もさくらも適当に頷くしかなかった。
「では私は臨時の補習があるので失礼するね。お二人とも午後の授業も頑張ってください。それから狼くん。午前中の授業を拝見していましたがやはり君はスジがいいと思います。この学園に就職してみては?」
「‥‥‥考えておきますよ」
グレイトティーチャーは微笑みながらのんびりとした足取りで食堂を後にした。
俺はコーヒーカップを手に取りブラックコーヒーを一気飲みする。
ふと俺の脳裏に疑問がよぎった。
周囲を見渡した俺は後ろの席でパンをかじっている中年教師を見つけると声をかけた。
「食っているところ悪いんすけど、二学年の学年主任さんいるじゃないっすか? あの人って何でグレイトティーチャーって呼ばれているんすか?」
突然狼獣人に話しかけられたことに中年教師は驚いた様子だったが、教師らしくすらすらと説明をし始めた。
「ああ。あの先生ね。それはもちろん生徒を寝かしつける技術が凄いからだよ。私も一度グレイトティーチャーの授業を聞いたことがあるけど素晴らしいよ。ありえないくらい退屈な授業をしてくれるんだ。声のトーンや喋り方も聞いているだけで強力な睡魔をもたらしてくれる。あの方にかかればカフェインをどれだけ摂取していようが、性欲でムラムラしていようが、失恋で傷心していようがぐっすりと眠ることができる。眠りも深いから疲労回復効果も高い。補講と言っていたけどたぶん午前中に寝れなかった子たちを寝かしつけに行ったんじゃないかな?」
俺は中年教師へと礼を言うと食器を片付けさくらと共に午後の『授業』の準備をしに職員室へと向かった。
「大牙さん。グレイトティーチャーに『スジが良い』って褒められてましたね」
「ああ」
「それって大牙さんの授業が眠くなるくらいにメッチャつまらないってことですよね?」
「‥‥‥‥‥‥」
「さっ、午後の『授業』も頑張りましょうか」
「そうだな。ちくしょう」
<グレイトティーチャー 完>




