グレイトティーチャー(1/3)
六月上旬のある日のこと。一台のワゴン車が東京の首都高速を走っていた。
「はぁ? 俺に教師をやれだって?」
俺は運転手の口から飛び出た言葉を受け、体を起こしながらルームミラー越しに運転手の顔を覗き込んだ。
運転席に座るのは二十代の若い女。ふわりとした茶髪に小柄な体格をした運転手の女ーー木下さくらは俺のリアクションに半笑いだった。
「そうなんですよ大牙さん。今までも色々と奇天烈な指令がありましたけど、今回のはシンプルに変ですよね。狼獣人に教師をやらせるなんて」
狼獣人。
俺の肩書きにして現状を表すに十分な一言だ。狼の頭に全身を覆う灰色の体毛。人間を超えた体格と筋肉の鎧。どう見ても教師という聖職からは程遠い外見だろう。そんな俺に教師になれだと?
「やれやれ。珍しく東京に呼び出された思ったらまさかの『教師になれ』かよ。どこからツッコミを入れればいいのかわかんねぇな。だいたい俺は学校に行ったことが無いんだぜ?」
「あー、そう言えばそうでしたね。どういうことなんでしょう? 人選ミス? いや、狼選ミスか」
「何にせよ、今回も嫌な予感がする。つーか、その指令ってMS機関からの指令なんだろうな?」
「いいえ」
さくらの話によると今回の件はドクターティーブレイク(俺を狼獣人にした科学者だ)からの仕事らしい。
黒宇津学園という私立高校で何やら運営の協力をしているティーブレイクから、俺を含め数人のMS機関職員へと召集がかかったそうだ。
さくらは協力の内容を聞かされてはいないそうだが、黒宇津学園といえば東京都内でも進学校として有名だ。少し前にテレビでもネットでもタレントを使って派手に宣伝しているのを見たことがある。確か希望校への進学率が90%とか謳っていたはずだ。
「何でも黒宇津学園が進学校として有名になったのは学園理事が提唱したシステムをティーブレイクさんが実現させてからだそうですよ。一体何をしたら有名大学合格者を量産できたんでしょうね?」
さくらの問いかけに、
「さぁな。それにしたって何で俺が教師にならないといけないんだ?」
「それこそ現地でティーブレイクさんに聞きましょうよ」
「ぶっちゃけ人数合わせのためだな」
黒宇津学園の会議室。
ふかふかの上等そうな椅子へと腰掛けた白衣姿のティーブレイクは俺達の疑問に対しそんな言葉を口にした。
会議室には俺とさくら以外に男女十人がいる。顔見知りではないが全員がMS機関の職員だ。こいつらも詳しい話は聞かされていないらしく、不安そうにティーブレイクと俺へと視線へ向けてくる。
「さて、突然呼び出して済まなかったな諸君。早速なのだがここにある書類に目を通しておいてくれ」
そう言ってティーブレイクはA4サイズの紙一枚を俺たちへと差し出してきた。受け取った文面を見て俺は目を丸くした。
『辞令
大牙殿 20××年 6月 ×日より、黒宇津学園高等部2学年の担任に任ずる。
期限は20××年6月×日から20××年6月××日までとする。以上
学校法人 黒宇津学園 理事長 ×××××』
他の連中も受け取った辞令を目にして明らかに狼狽していた。そりゃそうだ。MS機関のスタッフってことは普段研究者のサポートをしたり、機関からの調査作業や事務をしている人間だ。大学のような研究機関に関わることはあっても、『教育』に関する仕事はしたことがないはずだろうよ。たぶん教員免許なんて誰も持っていないに違いない。
スタッフの一人がティーブレイクに教員免許の点を指摘すると、
「問題ない。気にするな」
とティーブレイクは答えてみせた。
「おいおいティーブレイク。ちゃんと説明してくれよ。いきなり呼び出された挙句に教師をやれだ? 意味が全然分からん」
「ふむ。それもそうだな。実はな」
俺の問いかけに、ティーブレイクはいつものように気だるげに話し始めた。
黒宇津学園の高等部は一学年につき七クラスあるそうだ。各クラスに担任と副担任が就く。つまり一学年に十四人の教員が必要なわけなのだが、どうやら二年生担当の教師の内の十二人が退職するらしい。
教員の確保は年々その難易度を上げているらしく、六月というシーズンに十二人も退職した穴を埋めることは困難だそうだ。そこでティーブレイクはMS機関のスタッフの中から比較的時間の自由が効き、かつコミュニケーション能力の高い人材を短期間教員代役として提供することを学園に提案したそうだ。
「正式な教員が見つかるのは七月になると聞いている。諸君らにはそれまでの間、黒宇津学園で勤務をして欲しい。特別ボーナスと有給を十日出す。それほど悪い条件ではないはずだ」
ティーブレイクがそう口にしたもののスタッフたちの表情は暗い。眼鏡をかけた神経質そうなスタッフは癌の宣告を受けたかのような面を見せている。いつもお気楽そうにしているさくらでさえ泣きそうな顔をしていた。
「ん? 大牙、君は随分と落ち着いているな。他の皆は嫌そうな顔を隠せずにいるというのに」
ティーブレイクの言葉にスタッフたちが慌てて姿勢を正した。俺はそんな連中の様子に首を傾げながら、
「何せ狼獣人になったり、地雷の撤去を命じられたりされてきたからな。ヘンテコなことに慣れちまった。最初は教師になれと言われて驚いたが、ボーナスも有給も出るなら良い仕事なんじゃねぇの? むしろ他の奴らが悲壮感出している理由が分からん」
「なるほどな。ちなみに君にはボーナスも有給も出ないぞ。タダで働いてもらう」
「はぁ⁉︎ 何でだよ!」
「だって君、先月仕事中に某国でガソリンスタンドを破壊してしまっただろう? その弁償にいくら必要か知っているかね?」
「うっ‥‥‥」
「本来なら某国で数ヶ月間奉仕活動させるところだが、心優しいティーブレイク博士が実験に協力する代わりに弁償を肩代わりしてやろうと考えているのだよ。どうするね? 文句があるなら断って良いのだぞ」
「ちくしょう。分かったよ」
「分かればよろしい。では、各クラスの現担任からそれぞれ引き継ぎを済ませてくれ。来週の月曜日から君らに授業をしてもらう」
「うー、気分が乗らないよぉ」
辞令を受け取ってから二時間後。
俺とさくらはワゴン車に乗り込み黒宇津学園を去っていた。後部座席には教科書と契約に関する書類が大量に載せられている。俺はさくらの呻き声を聞きながら書類を読み進めていた。
俺は一冊のノートを手に取った。俺が受け持つクラスーー二年D組の現担任から受け取ったノートだ。中を見てみると、生徒一人一人の情報がかなり細かく書かれている。おかげで生徒たちのことがある程度事前に知れたわけだ。マメな前任者で助かるぜ。どうやら極端な問題児はいないクラスのようだ。
「何がそんなに嫌なんだよ? 高校生のガキの前で授業するだけだろ? お前といい、他のスタッフといい何でそんなに嫌そうな顔するんだ?」
「大牙さんは学校という場を知らないからそんなお気楽でいられるんですよ」
俺の問いかけにさくらは大きくため息をつきながら答えた。
「いいですか大牙さん。今の先生たちはとんでもない激務なんですよ。授業だけじゃなくて部活動の顧問をしたり、書類を作ったり研修に行ったりと。その上、未熟な子供を相手にしなきゃいけない労力は想像以上に厳しいはず。朝の七時に出勤して、退勤するのが夜の十時過ぎ。下手すれば土日は部活動で生徒のために活動しないといけない。さらにさらに生徒間のいじめ、暴行、非行があれば対応しないといけないですし、親からの理不尽なクレームも受け付けないといけないんですよ」
「ふーん」
「学生時代の話ですけど、『教員だけは絶対になりたくない』っていう声は私の周りで結構ありました。まさかMS機関に勤めて教師にされる日が来るなんて。はぁ」
「そう言えばニュースで学校の不祥事とかたまに報じられてるな。でもさっき現担任と話をしたけどよ、疲弊している様子も精神を病んでいる様子もなかったぜ。学校を辞めるのは一身上の都合とか言っていたが、教師って仕事に誇りを持っているように見えたがな」
「そうなんですよね。私の前任者も何というか凄い明るい人で悲壮感とかなかったんですよ。何であの先生たち辞めちゃうんですかね? てっきり私は教職の激務に耐えかねて退職するんだとばかり思ってました」
「それも妙な点ではあるな。ところで授業ってどうすりゃ良いんだ? マニュアルは貰ったがいまいち分からん。この学園って有名大学への進学率が売りなんだろ? 俺らみたいな素人の授業で大丈夫なのか?」
「それも謎ですよね。普通は臨時講師で良いと思いますけどね。なんか色々とこの学園おかしいですよ。まぁ、考えてもしょうがないのでこのまま洋服店に行きますね」
「は? 何で?」
「いやいや、大牙さんの服をオーダーするためですよ。そのベストとズボンという格好じゃあ先生らしくないでしょ? 今後いろいろと着る機会があるかも知れませんから、この機会に大牙さん用のスーツと礼服を作りましょう」
「馬子にも衣装ってか。やれやれだな」
「馬子じゃなくて、狼獣人ですけどね」
次話投稿は12/20(水)を予定しています




