ラブポーション(3/3)
さくらがティーブレイクに媚薬を投与された翌日。
王宮を出た俺たちはさくらの運転するワゴン車に揺られ、港へと向かっていた。
後部座席に腰掛ける俺とティーブレイクは国王から手に入れた報酬ーー小切手と得体の知れない植物のチェックをしていた。乾燥したその植物は漢方薬のような独特の匂いを車内へ漂わせている。
「何なんだよこの植物は? 変な匂いだな。それを手に入れるためにパンジャ王国の依頼を受けたってわけか」
「何も金ばかりが報酬ではないさ。私にとってこの香草は以前から研究してみたいと思っていたからな。希少な草だぞ。噂ではこの草を煎じて飲むと声を自在に変えることができるらしい。実に興味深い」
「ふーん。それにしても実際に効果が出るかも分からないのに即決で報酬を出すとはあの国王もよく分からない奴だな。明日の宗教儀式の時に国民に飲ませるって作戦らしいが、上手くいくのか?」
「さくらに飲ませたものとは違って、国王に伝えた薬は完全版だ。一回投与すれば半年は効果が続く。何でもパンジャ教では一ヶ月に一回、教会で聖水を飲む儀式があるそうだ。それを利用して国民を薬漬けにするつもりらしいぞ。一年後くらいにはこの国でたくさんの産声が聞けるようになるだろう」
「だと良いけどよ」
「少子化問題なら解決するさ。ところで話は変わるが、昨日君らはあの後どうしたのだ? 私がいなくなった後のことだが一線を超えたかね?」
ワゴン車が大きく蛇行した。車内が揺れ、俺は窓に頭をぶつけ、ティーブレイクは俺にぶつかった。
「ななな何を言っているんですか! そんなことあるはずないですよ!」
車を蛇行させた張本人ーーさくらが後部座席を振り返りながら抗議した。
「そうなのか。つまらない。大牙、君も案外ヘタレだな。媚薬で朦朧としたメスがいるのに手を出さないとは、それでも狼なのか?」
「うるせぇよ。薬の効果が切れるまで研究室でなだめていたんだ。大変だったんだぞ」
「次は君にも効く薬を作って双方に飲ませてみるかな」
「ふざけんな!」「絶対嫌です!」
車は港へと到着するとフェリー船へと乗船した。車を降りさくらがフロントで手続きを済ませている間、俺は昨日のさくらの様子を思い出していた。
焦点の合わない瞳。
幼稚な言動。
最初は媚薬の効果として発情状態になっているためかと思っていたが、小一時間観察したあの状態はどちらかと言うと‥‥‥。
俺が疑問を感じるのを他所に船は港を出航した。
ーーまぁ、いいか。どうせ薬の効果がはっきりするのは少し先だ。放っておこう。
僅かながら疑問を感じつつ、俺たちはパンジャ王国を出国したのだった。
それから一年と三ヶ月後のこと。
MS機関からの仕事を日々こなす俺たちに対し、再びパンジャ王国から呼び出しがかかった。
フェリー船から降りた俺たち三人は再びパンジャ王国の港へと降り立った。以前と同じく王宮の使いが俺たち三人を王宮へと車で案内するために待機していた。
王宮までの道中、街の様子を観察してみたが以前来た時とは雰囲気がまるで違っている。
まず目につくのは落書きだ。
大量生産され無味乾燥としていたデザインの建物に大量の落書きがされているのだ。道路に面する店や家、さらには神聖なはずの教会までペンキやスプレー缶で色付けられている。白一色だった街並みは、前衛芸術を思わせる混沌とした色味で彩られていた。
行き交う人々もまた異彩を放っていた。
髪型や髪色まで十人十色の個性派揃い。アニメでしか見たことのないような奇想天外なファッションで歩く若い女。装飾品を全身に身にまとい悪ぶるように肩を揺らして歩く若造。アロハシャツにサングラス、そしてモヒカンヘアーのファンキーな爺さん。以前の無個性に叛逆するかのように、誰一人として同じ姿の奴がいない。
喧嘩や言い争いをしている連中も多く見かけた。流血騒ぎになり警察が出動している場面まで見るとまるで別の国にやってきたような気分になるな。
そうした過激とも言える変化を見せる街の景色だったが、一番俺が驚いたのは歩いている連中がどいつもこいつも嬉しそうに楽しそうに笑顔を見せていることだった。
王宮に到着した俺たち三人は国王のいる玉座の間へと通された。
国の変わりように対して、国王や王宮内の様子に目立った変化はないようだった。ややくたびれた様子の国王だったが、俺たち三人が入室してくると背筋を伸ばしこちらへと顔を向けた。
国王の前にティーブレイクとさくらが用意された椅子へと座る。俺はこの前と同じく壁にもたれて待機した。
「ティーブレイク女史よ。そなたを呼び出したのはほかでもない。今すぐに国民を例の媚薬から解放して欲しいのだ」
国王は単刀直入に話を切り出した。
「薬にご不満でもあったかな? 出生率に変化はなかったのかね?」
ティーブレイクの質問に対し、国王は首を横に振った。
「いや、出生率は見事に回復した。薬を使ってから二ヶ月もすると国中で結婚式が同時多発的に発生した。それに伴ってここ数ヶ月は毎月たくさんの子供が生まれている。確かにそなたの薬は余の希望を叶えてみせた」
「では何故?」
「街の様子を見たであろう? 落書きに奇抜な格好。それに喧嘩や騒動。以前の我が国なら全く見かけない光景が広がっている。そなたの薬を投与して以来犯罪の発生率がこれまでの比ではない勢いで増加している。警察官の採用を増やさざる負えないくらいにな。これは一体どう言うことか? そなたから説明願いたい。あの媚薬の副作用なのではないか?」
口調こそ紳士的だが、国王は明らかにイラついている。室内を見てみれば、前回と違い近衛兵たちが帯刀している。連中の目も不穏な光に満ちているように思えた。
「副作用ではないな。あの薬に副作用と呼べる症状はない。今起きている問題が薬のせいだと言うのなら、副作用が原因ではなく薬の効果がしっかり出ているからだ」
「行っている意味が分からぬわ。副作用ではない? あれは媚薬であろう」
「いや、媚薬と呼べる代物ではない」
ティーブレイクの言葉に国王は目を見開いた。
「言っただろ? 服用者が恋に落ちる。そんなレベルの媚薬などファンタジー世界の代物だと。いくら私でもそんな薬は作れない」
「じゃ、じゃあ、あの薬は何だと言うのだ、ティーブレイク女史」
「無理やり名付けるなら『バカになる薬』と言ったところだな」
静寂。
玉座の魔に数秒の沈黙が流れた。
国王はもちろんのこと、衛生兵や従者たちだけでなく、俺やさくらもティーブレイクの言葉の意味が理解できず、言葉を失った。
ややあって口を開いたのは国王だった。
「‥‥‥な、何だと」
「人間の脳。特に大脳新皮質ーー脳の表面部分の働きを弱める効果があの薬の本質だ。早い話が理性を弱め、本能的な情動を表面化させる薬といったところだな。この国の国民は頭がいい。理性的だ。病的なまでにな。それゆえに物事全てを合理的、効率的に考える傾向が強いと感じた。恋愛や子育ては本能的な情動が必須だが、ここの国民はそれを強すぎる理性で押さえ込んでしまう。だから私は理性が弱まれば、自然と恋愛や子育てへの関心が出てくるだろうと考え、この薬を使うことを考えたのだ」
「‥‥‥ならば、どうすればこの薬の効果はなくなるのだ?」
「ん? 薬の効果が気に入らないのか国王殿?」
「当たり前だ! 犯罪発生率は上昇する。おまけに我が国の強みであった世界基準の学力もあらゆるデータから見て低下しているのは明らか! すでに国内の医療やIT技術は担当する人間が急に仕事が出来なくなり混乱している! バカになる薬だと! よくもそんなものを我が国民に飲ませたな!」
国王が玉座から立ち上がり顔を赤くさせ吠えた。穏やかな表情は消え失せ、獣のような形相を見せる。
近衛兵たちも武器を手に取り、部屋のドアを封鎖した。
「すぐに我が国民を元に戻せ! 以前のように賢く理性的な我が国民を返せ! 国民が元に戻るまで出国はさせん!」
「うーむ。それは無理だな。国民を治すには『頭を良くする薬』を作らねばならないことになるが、生憎そういう薬の発明に昔に失敗していてね。少なくとも私には作れないな」
「じゃあどうすれば良いのだ!」
「薬の服用を止めても一度活動を鈍らせた脳がかつての機能を取り戻すには訓練が必要だ。教育機関の拡充をされてはどうだ? 何年かかるか分からんがな」
「ふざけるな! 返せ! 我が国民の頭脳を返せ! さもなくばここで全員始末してやる!」
国王が言葉を言い終えると同時に室内に轟音が響いた。国王も近衛兵も轟音を発した俺の方を見て凍りついたように動きを止めた。
俺はもたれかかっていた壁を右拳で叩き壊していた。蜘蛛の巣状に壁面へとヒビが入り、やがて外壁は崩れ去った。外からの風が室内へと流れ込む。
「言っておくが国王殿。ここにいる狼は気が短い。この人数の近衛兵程度なら簡単に蹴散らすぞ。ついでに私の隣に座る娘もそれなりに暴れさせると危険だ。平和主義の私だが、身を守るために二人を王宮内で暴れさせる命令を出すくらいは簡単だぞ」
ティーブレイクの言葉に国王は少し冷静さを取り戻したらしい。悔しそうに顔を歪めると、
「出て行け! 貴様ら三人は二度とパンジャ王国の地を訪れるな!」
忌々しくそう告げ俺たちを退室させたのだった。
「やはり君を連れてきたのは正解だったな、大牙。さっきの脅しは流石だ。おかげで安全に出国できる」
送迎用の車に乗せられ、俺たち三人は王宮を追い出され港へと向かっていた。
助手席に座るさくらへ出国手続きを任せ、俺とティーブレイクは後部座席にのんびりと座っていた。
「ふん。お前が最初から薬の正体を国王に喋っていれば良かったものを。どうせお前のことだから未使用の薬を試してみたかったんだろ?」
「バレたか。いいデータが収集できたということにしておこう。一応依頼内容は達成したのだから私が悪いはずがない」
「けっ。良く言うぜ。さくらに薬を飲ませただろ? あの時俺は疑問に感じてたんだよ。発情しているというよりは幼児退行しているみたいだったからな。あれは結局のところ知能低下していたわけだ」
「さくらに投与した薬は一時的なものだ。副作用はないから安心しろ」
「へいへい。にしてもこの国はどうなるんだ? 強みの頭の良さがなくなった以上、世界から相手にされなくなるんじゃないか?」
「そうかもしれないな。だが、大牙。あれを見てみろ」
「ん?」
そう言ってティーブレイクが指を指したのは公園だった。信号で車が停車したから公園内の様子がよく見える。
若い男女数組がベンチに腰掛け抱き合っている。恥ずかしがることもなく、白昼堂々と互いの舌を絡ませ愛を確認し合っていた。その表情に迷いや恐れなどないように見える。
「へっ。本能のままにだな。お熱いねぇ」
「どっちが良いのだろうな大牙?」
「は? 何がだよティーブレイク」
「理性的に賢く生きるのと、本能的に愚鈍に生きるのと、どっちが彼らにとって幸せなのだろうな?」
「‥‥‥さぁな。俺らが決めることじゃない。まして薬に左右されていいことでもないだろうよ」
「そうだな」
<ラブポーション 完>
次のエピソードは12/19(火)に投稿を予定しております




