ラブポーション(2/3)
俺たちの間抜けた声など無視をして、国王は問いかけて来た。
「ティーブレイク女史。それとそこの狼。ここまでくる道中でこの国の様子を見たはずだがどんな印象を受けたかな?」
「私は率直に言って面白みに欠ける国と感じたな。機能性重視の無味乾燥とした街並みや無個性没個性な国民。ちょっと異常ではないかと思うくらいだ」
ティーブレイクの率直すぎる意見に室内にいた執事や近衛兵が眉根を寄せた。相変わらず場の空気を読もうとしない女だな。俺も同意見だけどさ。
国王が俺へと視線を向けて来た。俺が頷くと、半笑いを浮かべて国王は語り始めた。
「国民性なのだろうな。我がパンジャ王国の国民は皆勤勉でよく働くし、極めて優秀だ。特に頭脳労働は他国からも評価されている。私としてもそこは間違いなく誇りなのだが、どうにもユーモアがないというか、生真面目すぎるというか、理性的過ぎるのだ。論理や理性を重視し、感情や感性と言ったものを排している文化がある」
「なるほど。しかし、それが国家の危機。そして媚薬の発明依頼にどう結びつくのかがよくわからないな」
ティーブレイクの言葉に俺も同意だな。
確かに無味乾燥すぎる家や没個性国民っていうのは面白みには欠けるだろう。だが平和に安定的に暮らしているというのは世界のどの国にも誇れるポイントだろうよ。世界全体を見れば毎日銃弾が飛び交っていたり、人を人とも思わない悪政や団体による悲劇が発生する国だってある。パンジャ王国が危機に瀕しているようには見えないな。
「確かに一見すれば我が国は平和で安定的な国だ。そなたたちの祖国と同じくらいにな。だが確実に病魔は国民を、国を蝕んでいる。例えばこの国では数年前に食事という文化に対して疑問が起きた。エネルギーの摂取効率が悪い。食事の支度に時間が奪われる現状はスマートではない。素早く、簡単に栄養とエネルギーを摂取できるタブレット錠剤を使うことがもっとも理性的な食事のスタイルだと言うブームがあってね。飲食店が国からなくなり、国民は今日もタブレット錠剤をメインにして生活している」
「それは‥‥‥なかなか」
ティーブレイクもやや呆れ顔だ。そういえば王宮までの道中に飲食店がなかったな。そういう事情かよ。
「少し前にこの国ではペットを飼うことは理性的ではないという思想が広まった。餌代や散歩に時間を取られるなど人間のエネルギーの無駄遣いだとね。国からペットショップ、さらには動物園や水族館もなくなったよ」
「‥‥‥‥うーむ」
「そして五年ほど前だろうか。若者たちの間である思想が広まった。『恋愛や子育て』など理性的ではないと。彼らが言うには一人の人間を生み出し育てるなど時間とお金、労力の完全な無駄遣いだそうだ。子育てのために昇進のチャンスやプライベートな時間をなくしてしまうのは人生を損しているとね。円満な家庭生活を過ごすことのできる家庭が全体の数%に過ぎないことも当時の統計で明らかになった。多くの若者が賛同してね。この五年間我が国で結婚した男女は一組もない。当然出生率は0だ。五年間ね」
ため息をつく国王に周囲の執事たちも合わせたかのように暗い顔をしている。
五年間子供が生まれていない。
確かにこれは国家の危機と言えるだろうな。信じがたい話ではあるが。
「しかし、普通年頃の男女がいれば思想がどうであれ自然とペアが発生するものだ。この国ではカップルさえ誕生しないというのか?」
ティーブレイクの問いに国王は、
「いや、さすがにそれはないようだ。十代の男女に調査を行ったが、恋人を作ったことのある人間は全体の八割もいた。だが、恋人を作った男女の100%が数週間以内に別れている。『経験をしてみてはっきりわかった。周りの言う通り、時間とお金の無駄であると。自分たちはこれから人として大事な時期に入る。就職活動や社会勉強に比べれば恋愛の優先度と必要性は0に近い』‥‥‥調査対象の若者の口から出た言葉だ。我々世代からすれば考えられない思想だよ」
肩を落とす国王へとお付きのものがお茶の入ったグラスを運んで来た。国王は受け取ったグラスの中身を飲み干し大きく息を吐いたのだった。
「お分かりだとは思うが、子供が生まれないというのは国として避けるべき最悪の事態の一つだ。君らの祖国と同じように我が国も老人が多く、子供が少ない。いや、君らの国以上に厳しい状況に置かれている。あと三年もすれば老人一人を若者一人ちょっとで支える時代が来る。恐ろしいことだよ。すでに若者の間では『無駄に長生きするだけの老人を若者が犠牲になってまで支えるの理性的ではない』とする思想が広まりつつある。このままでは国家が破綻し、最悪暴動が起きるかもしれない」
「だから媚薬を使って無理やりにでも出生率を上げたいと?」
ティーブレイクの言葉に国王は、
「危機を前にして道徳や倫理など無意味だよ。非常識なのは分かっているが是非お願いしたい」
ティーブレイクが国王からの依頼を引き受けてから二時間後のこと。
王立パンジャ大学と称される施設。その中にある研究室にて俺とティーブレイクはくつろいでいた。
「本当に引き受けるのかよティーブレイク。媚薬作りなんてお前の専門外じゃねぇの?」
「別に私は専門を決めていない。面白そうなものなら何でも作るさ」
「ああ、そうだったな。しかし、国民全員を媚薬漬けね。バレたらとんでもないことになるぜ。そんだけ切羽詰まっているってことか。にしても味気ない国だとは思っていたが、まさか恋愛や子作り子育てにまで興味なしとは驚きだ。悟りの国だな」
俺の言葉を無視し、ソファに寝転がりながらティーブレイクは試験管を数本手に取り、色のついた得体のしれない液体を混ぜ合わせる。部屋全体にツーンとした匂いが立ち込めたと思うと、次の瞬間には薔薇のような香りが漂い始めた。石鹸でも作ってんのかこいつは?
「おい、ティーブレイク。薬で遊ぶなよ」
「遊んでなどいない。媚薬を作っているところだ。そして今完成した」
「‥‥‥え?」
ティーブレイクがソファから立ち上がり、一本の試験管を俺へ見せつけるように掲げた。無色透明の液体が入ったその試験管をティーブレイクは軽く振ってみせる。
「さて。媚薬の効果を実験してみるか」
「いやいや、お前いくら何でも完成するの早過ぎるだろ」
「何てことはない。発表していないだけで昔作ったことがあるだけだ。媚薬とは言い切れんが国王の抱える問題を解決する薬にはなるだろう」
「そういうことかよ‥‥‥で、実験って誰が飲むんだ? 俺か?」
「いやいや。君に薬剤は効かないだろう。ちゃんと被験者は呼んである」
ティーブレイクの言葉通り、しばらくするとふんわりとした茶髪にスーツ姿のチビ女ーー俺のお目付役である木下さくらがやってきた。
研究室へと入室してきたさくらは俺の姿に気がつくと、
「え? 何で大牙さんいるんですか? 今回はティーブレイクさんと私だけだと聞いていましたよ。うわぁ、せっかく毛の塊と離れられると思ってテンション上がってたのにがっかしだなぁ」
「相変わらずムカつく女だな、さくら。俺だって今回は口うるさいのがいなくてほっとしていたところだ。それなのにひょっこり出て来やがってよ。うまいラーメンに虫が入って台無しみたいな気分になったぜ」
「ティーブレイクさんをサポートするために二日前から先行して入国していたんですよ、暇で無職の甲斐性なし狼と一緒にしないで欲しいですねぇ」
「護衛としてここに来たんだ。文句あるか? 使いパシリのちんちくりんが」
お互いに相手へと中指を立て合い、俺とさくらはあいさつを交わした。
ティーブレイクは表情を変えることなく、
「出会って三秒で口喧嘩とは君らも変わらんな。まぁ、いいだろう。ところでさくら」
「何でしょうかティーブレイクさん?」
「この研究室を準備したりと大変だったようだね。気晴らしにお茶をしないかね?」
「わーい。流石ティーブレイクさん。どっかの狼と違って優しんだもん」
「ははは。ではこのお茶を飲んでみてくれ。新茶だ」
「へぇ。無色透明なんですね」
「ああ。ぐいっと一気に飲んでくれ」
ティーブレイクの作り出した媚薬をさくらは何の疑いもなく一気に飲み干した。日頃お茶会ばかりしているティーブレイクの差し出したものだからな。怪しまれにくいのかもしれない。
媚薬を飲み干したさくらは大きく息を吐いた。
「うーん。何の味もしませんね。これお茶ですか? 水にしか感じませんが」
「そうか。ところでさくら。さっき大牙に会ってがっかりだ、という発言があったが、今もそうかね」
「ぶっちゃけがっかりですね。今回はティーブレイクさんと優雅に女子会気分でしたし。大牙さんと一緒にいるとトラブル続きで嫌になっちゃうっていうか、でもまぁ、そこがちょっと刺激的とも言えるんですけどね。面倒は面倒ですよ? うーん、でも会ってみると何だか‥‥‥その‥‥‥嬉しいっていうか。えぇっと、あれ?」
さくらの表情に変化が現れた。頬が紅潮し、瞳もとろんとしてどこを見ているのか定かでなくなった。ゆらりゆらりと体を左右に揺らす様は酔っ払っているようにも見える。
どう見ても薬の影響だよな?
いやいや、いくら何でも即効性があり過ぎるだろ。飲んでまだ五秒程度しか経っていないぞ。ティーブレイク。相変わらずデタラメなものを作る女だ。
さくらが俺をじっと見つめて来た。いつもの強気生意気な雰囲気はそこにはなく、愛玩動物を思わせるこちらの庇護欲を刺激する視線と仕草。ゆっくりと椅子から立ち上がったさくらは一歩一歩俺へと辿々しく近づくと、
「お、おい、さくら⁉︎」
俺の体へと抱きついて来た。いつもは獣臭いなどと揶揄してくる俺の体へと頬づりする様子はまるで猫。俺が引き離そうとするが、
「いやだぁ。いっしょにいるのぉ」
駄々っ子のように抵抗してみせた。
「媚薬の効果は問題ないようだな。早速国王に提出することにしよう。そしてさっさと報酬をもらって帰るとしようか」
ティーブレイクが荷物をもって研究室を出て行こうとするのを俺は呼び止めた。
「お、おい。ちょっと待てよティーブレイク。さくらを元に戻せって。これじゃあ身動きが取れん」
「あと一時間もすれば治るよ。それまで可愛がってやればいい。案外それはさくらの本心かもしれんぞ」
「てめぇ、ふざんけんなよ」
「そもそも君なら力づくでさくらを引き剥がせるだろ? それをしないというのは案外君も悪い気はしていないのではないかね?」
それじゃあ、ごゆっくりなと言い残しティーブレイクは研究室を去って行った。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥にゃあ♪」
さくらが小さく鳴き、研究室は静かになった。
次話は12月9日(土)投稿を予定しています




