ラブポーション(1/3)
太平洋を進む一隻のフェリー船。
その展望デッキに設けられたレストランにて、俺とドクターティーブレイクは丸テーブルを挟んでカップスープを飲んでいた。
汽笛を鳴らしフェリーは進む。進行方向を見ると大きな島が見えている。日本の四国くらいの大きさらしいが、全体的に平坦で面白みのない形をした島だった。
「ふと思ったのだが君の初恋っていつ頃だ?」
ティーブレイクの突然すぎる質問に俺はカップスープを飲む手を止めた。
「なんだよ急に。珍しい話題だな。お前が人の色恋に関心があるとは知らなかったぜ」
「ふむ。ふと気になってな。狼獣人の初恋。退屈しのぎに聞くのも悪くないだろう?」
狼獣人。
今の俺を表現するにはその一言で十分だろう。
ティーブレイクの所属する研究機関ーーMS機関によって人から狼獣人という奇想天外な存在へと改造された俺は機関からの依頼をこなして生活していた。そして目の前に座る、旅先でも白衣姿のこの女こそ俺を改造した張本人だった。
「昔のことだからあんまり覚えてないな。でもまぁ、十八くらいの時の話じゃないか?」
「一般的だな。ノーマルだな。面白くない。がっかりだ」
「うるせぇよ。じゃあお前はどうなんだ?」
「七歳の時に発明王エジソンの伝記を読んで彼に初恋した。でもその翌年にはニコラ・テスラの方が好きになっていたな。その翌年は確か野口英世。で、その次は福沢諭吉。そして今も福沢諭吉の肖像画が好きだ。複数枚あると大変幸せな気持ちになれる。日本人の女性なら誰でも諭吉ファンだよ」
「‥‥‥‥‥‥で? 今回もその愛しの諭吉君を手に入れるためにあの島へ行くわけだ」
「その通りだ。呼ばれたのは私だけだがな、一応護衛として君にも来てもらうよ」
「何だよ。そんなに物騒な島なのか? 俺の聞いた話じゃあ、結構平和な国のはずだぜ?」
「いかに平和な島でも女のひとり旅は危険だろ? 特に私のように才気に溢れた美女など危なくていつ狙われてもおかしくない」
「言ってろ」
パンジャ王国。
俺たち二人が向かっている島はそう呼ばれている。昔ながらの王政であり宗教大国。国民全員がパンジャ教の信者であり、国内の生活は厳格なパンジャ教に密接に関わっており、清貧の国として有名だそうだ。国王や王政に対しての信頼もそれなりにあるため、大きな混乱や内戦もなく平和に日々を過ごせる国。一つの理想的な国家と言えるだろうな。
そんな国の国王からティーブレイクに直接連絡があったのがひと月前のこと。
「何でも『我が国の危急存亡に関わる重要な案件の解決に協力してほしい』そうだ。詳しいことは現地で説明するそうだが、電話に国王自らが出るとは相当深刻な事態のようだな」
「ふ〜ん。それで一肌脱ごうってか。インドア派のお前が随分アクティブに動くようになったもんだ。この前もバカな実験のためにニュージランドまで行ったよな」
「報酬も悪くない条件だったからな。それに単純に興味がある。パンジャ王国といえば極めて知能指数の高い国民ということでも有名だ。学力調査では十年連続で世界一。IT技術や最先端医療技術のような高度技術の開発を得意とする国民。実際に海外の有名大学に通う若者も多い。そんな頭のいい国民を悩ませる問題は一体何なのか。面白そうじゃないか。さぁ、それそろ下船の準備をしよう」
「俺はまた何かろくでもない事態になるような気がするぜ」
フェリーを下船した俺たちは王宮の召使いを名乗るおっさんに案内され、高級車へと乗せられた。
港から王宮までの一時間を車内で過ごす間、俺は窓から見える国内の様子を観察し続けた。
一言で言えば面白みのない国、という印象だ。
街の家々はどれもこれも同じようなデザイン。量産された無個性そのもの。そんな代わり映えしない景色が続く街。コンビニや娯楽施設らしきものもない。パンジャ教の教会も円筒形で一見すればでかい煙突にしか見えないようなシンプルすぎるデザインだった。
街ゆく人間も面白みがない。
男は全員同じ髪型。女は髪型こそバリエーションがあるが服装は男と同じ数パターンしかない。
何よりも、能面やマネキンのように歩いている連中は無表情だった。
運転席に座るおっさんへとこのことを指摘してみると、パンジャ教で服装や娯楽を否定はしていないそうだ。じゃあ街や人がどうしてこの有様なのかを問いただしてみると、単なる国民性だとおっさんは答えた。
そんなもんなのか、と疑問を感じる俺を他所に車は王宮へとたどり着く。
四角と三角を組み合わせて作りました、と言わんばかりに王宮もシンプルなデザインだった。一般人の家と比べてもデカくて広いくらいしか違いがない。堅苦しい表情を浮かべる執事や警備担当の衛士に迎えられながら俺とティーブレイクは王宮内を案内される。
ひときわデカイ扉の前に案内された俺たちはこの先が玉座の間だと説明され、中へと入れられた。
「ドクターティーブレイク! よく来てくださった! さぁ、こちらへ」
玉座の間。その名の通り玉座へと腰掛けた国王らしき男は俺たちが部屋に入るなりそう言った。
玉座の前には椅子とテーブルが用意されていた。執事の指示でティーブレイクは椅子へと腰掛ける。俺は椅子を追加で用意しようとした執事を止め、部屋の壁へと腕組みをしてもたれかかることにした。俺の態度に執事は少し不満気ではあったようだが、国王の方は気にすることなくティーブレイクへと語りかけた。
「長旅ご苦労であったなティーブレイク女史。この国は空路がないためにどうしても船が必要でな。出来るだけ快適に過ごせるよう一番豪華な客船を用意したのだが、如何だったかな?」
「お陰様で数年ぶりに船旅を堪能したよ。出される食事も素晴らしかった。道中は極めて快適だったよ」
国王相手でも普段と口調や態度を変えることなくティーブレイクが率直に感想を口にした。
「それで? 私を呼び出した要件をそろそろ聞かせてはいただけないだろうか? 私は他人を焦らしたり虐めるのは好きだが自分がやられるのは嫌なのでね」
「そうだな。ティーブレイク女史。そなたはかの有名なMS機関内でも研究者としての実力は抜きん出ていると聞いている。そなたの実験結果が世界に与えた衝撃は凄まじいものがある」
そう言って国王がちらりと俺の方へと視線を動かした。
「そなたに是非作っていただきたいものがあるのだ。狼獣人などという奇想天外な存在を作り出してしまうそなたの頭脳を使い古より人類が求めて来た霊薬を作って欲しい」
「霊薬とおっしゃいますと?」
「うむ。惚れ薬。つまりは媚薬を作って欲しいのだ」
‥‥‥流石のティーブレイクも予想していなかった言葉だったらしい。国王の前でぽかんとした表情を浮かべ、ティーブレイクはしばらく言葉を発しなかった。俺にしても予想外だ。国家の危機って話だったはずだったよな。
「えーっと、媚薬というとすでに世界中で色々な薬や漢方などがあるはずだ。わざわざ私が作る必要はないと思うが?」
ティーブレイクの言葉に国王は首を横に振ってみせた。
「いやいや。余が望むのはそんなチンケなレベルの媚薬ではない。服用した者が恋をせずにはいられなくなるレベルのものだ。単純に性欲を強めるような代物ではダメだ」
「そのレベルの媚薬となるとファンタジー世界の代物だが?」
「だからこそ狼獣人などというファンタジーな代物を生み出したそなたに頼んでいるのだ」
「‥‥‥ちなみにその媚薬は国王が個人的に使うおつもりで?」
「いやいや。余は五人の妻がいるし、子供も十人いる。必要はない。我が国の国民全員に秘密裏に使うために開発してほしいのだ」
「はぁ?」「はぁ?」
国王の言葉に思わず俺もティーブレイクも間の抜けた声をあげた。
次話は12月7日(木)に投稿予定です




