セカンドライフ(4/4)
狼獣人を倒した翌日。
のんびりと自宅で朝食を食べていたルシファーはギルド長によって呼び出されることになった。急いで装備に身を包んだルシファーは食べかけの朝食を残したまま、伝令役の男と共にギルドの集会所へと向かった。
やってきたルシファーを歓迎したギルド長は村の中で起こった連続盗難事件の調査をルシファーに命じた。自分に警察のようなことができるわけがないと思っていたルシファーであったが、突然視界に出現した新しいスキルの追加という案内を見て調査を開始したのだった。
盗難事件をスキルによって解決したルシファーの元へ今度はチェリーが深刻そうな表情でお願いをしにやってきた。可愛らしいチェリーの仕草に、ルシファーは依頼内容も確認しないまま引き受けることを即決し鼻の下を伸ばした。依頼をこなすたびにルシファーの目には自身のパラメーターがどんどん強化されているのを理解し、
「なるほどね。依頼をこなすほどにスキルが拡張されていくわけか。こうなったら村の悩みを全部解決してやるぜ! その内に俺の嫁候補が出現するはずだ! チェリーちゃんにだってもうフラグが立ち始めているし、俺のセカンドライフもいい感じなんじゃね?」
そう判断したルシファーは片っ端から村人へと声をかけ、悩み、トラブル解決のために尽力した。
農作物の収穫。逃げた家畜の捜索と保護。さらには村の内部で起きた連続殺人事件までも解決してみせた。もちろんほとんどの依頼はスキルに頼りっぱなしではあったのだが、紛れもなくルシファーは自分の意志で自発的に行動を続けた。
依頼をこなしていくルシファーを村民たちは褒めたたえた。曰く、子供たちの憧れの存在だとか。曰く、村を救った英雄だとか。曰く、村一番の働き者にして誠実な男だとか。
村民の声に「そんなことはないよ」などと謙遜してみせるルシファーだったが、自宅に帰ると、
「うっひょおおお! 今日はチェリーちゃんだけでなく、パン屋のお嬢さんとお茶会しちゃったぜ。これはもうあれだ。俺のハーレムが着実に出来上がっているってことじゃん!」
と布団の中で悶絶するのであった。
そんなルシファーの様子を観察し続ける科学者と狼獣人。多少の下心はともかく、積極性が出てきたことは狼獣人も認めざるを得なかった。科学者が次のステージとして、後輩の指導という新展開を発動させることを決め、演者たちへと指示を出す。
そんな異世界転生ライフがスタートして、六日目のことだった。
「もうこんな生活嫌だあああああ‼」
その日はルシファーの絶叫から始まったのだった。
「何だ? 今、ルシファーの奴が叫ばなかったか?」
村から隠れるように停車されているトラックの荷台。俺は荷台に積まれたソファーに寝転がっていたのだが、モニターから流れる情けない悲鳴のような声に反射的に身を起こしてしまったのだった。
「ああ、どうやら自宅で目を覚ましたようだな。何があったんだ?」
俺の問いにモニター画面を見続けていたティーブレイクが答える。ティーブレイクは手元のパネルを操作し、一番大きなモニターにルシファーの自宅内の映像を表示させた。
画面には布団から身を起こし、頭を掻きむしっているルシファーの姿が映し出されている。なにやらブツブツと独り言を口にしているようだが、声が小さすぎて聞こえない。
ティーブレイクが再びパネルを操作し、マイクの感度をあげた。トラックの荷台にルシファーの独り言が響き始めた。
「冗談じゃないよ。異世界転生だぜ。異世界! 憧れの転生を果たしたっていうのにさ。やっていることは警察とか、便利屋みたいなことばかりじゃないかよ。ふざけんなよ。可愛い女の子には全然モテないし。パーティを組もうとか誘ってくれる仲間もいない。村の外へ冒険に出るんだと言っても、所属しているギルドの規定とか何とか言って外に出してくれないし。狼獣人は倒したけど、ドラゴンとかもいないし。何より俺が全然強くなっている気がしないんですけど! チェリーちゃんの家にスキルで忍び込もうとしても、『現在このスキルは使用できません』とか注意文出てくるし! 増えるスキルも戦闘向きのものがない。何つーか、『物質創造』とか『透明化』とか、『生命を与える』とかチートスキルないのかよ! もう嫌だ。もう嫌だ。仕事がどんどんくるし、ネットもゲームもないし、ギルドの規約で一定の金を収めなきゃいけないし。何だよこれ! 俺は働きたくないっつーの! 可愛い女の子に囲まれてチヤホヤされてハーレムライフしたいんだよ! スキル使って強いやつをボコりたいだけなんだよ! ああああああああっ! もう嫌だ。もう嫌だ。また今日もあのギルド長が来るんだろ? 今日は何だ? 蜂の巣駆除か? 芋の収穫か? 酔っ払い同士の喧嘩を仲裁しろってか? もう嫌だ。もう嫌だ。元の世界も嫌だけど。ここも嫌だ」
一人で喚きながらルシファーは布団へと頭を何度もぶつけ続ける。
ちょうどその時、家のドアをノックする音が室内へ響いた。ルシファーが一瞬動きを止める。寝室の窓から外を見たルシファーは大きくため息をついた。
「ギルド長が来やがった。噂をすればだ。俺は働かないぞ! 俺は狼獣人を倒した英雄だぞ! むしろお前らが俺に食事とか貢げよな! 英雄とか崇めるくらいなら可愛い娘の二、三人よこせよ! 糞がっ!」
顔を歪ませ毒を吐くルシファーに対し、玄関で待つギルド長は失礼を承知でドアを開けるとルシファーの寝室までやってきた。ルシファーがキッとギルド長を睨んだ。その視線にギルド長も一瞬ビクッと体を震わせた。
「る、ルシファー。どうしたのだ? 具合でも悪いのか?」
「‥‥‥別に」
「では、身支度を済ませ。ギルドへ集合だ。今日は村の地鎮祭がある。我らは警備と運営を任されているのだから、気合いを入れろよ! 英雄であるお前をみんな待っているのだ! 必ず来るんだぞ!」
「‥‥‥はい」
そう言い残しギルド長は部屋を出て言った。ルシファーはドアの方へと一睨みすると再び頭を抱えて独り言を始めた。
「何が必ず来いだ、糞野郎! てめぇなんか指示するばかりで何にも動かないじゃないか。やっぱこの程度の村人の民度なんかたかだか知れているな。何で王都とか、大帝国みたいな所からスタートしないんだよ。成長要素とかいらなねぇんだよ。最初から最強ステータスにしろよ。糞が! ギルド長め! テメェなんか俺がスキル使えば瞬殺だからな。ちくしょう。糞野郎が!」
ぶつくさ文句を言いながらルシファーは着替えを始めた。身支度を整え、朝食を食べるルシファー。その朝食も召使いに作らせたい、何故自分を慕う従者が登場しないのか、などと文句を言いながら食すのだった。
「おいおい、ティーブレイク。人格矯正どころか鬱憤が溜まりに溜まりまくって闇が溢れているみたいだぜ?」
モニター画面を見ていた俺は半笑いを浮かべながらティーブレイクへと語りかけた。そのティーブレイクと言えばティーカップを口に付けながら微動だにしない。自分の実験が上手くいかない時の癖だ。じっとモニターを睨みながらティーブレイクはカップの縁を噛んでいる。
一方ルシファーといえば身支度こそ整えたものの、なかなか外出しようとはしなかった。家の中をウロウロと歩き回り、小一時間ほどしてようやく外へ出たかと思えばギルドではなく、市場へと奴は向かった。そして市場でひたすら食料を買い込むと自宅へ戻り、寝室へ食料を持ち込み家中のドアや窓を閉めやがった。
ベッドへ戻ったルシファーは買って来たお菓子を早速ボリボリと貪り始めた。
「どうみても引き篭もりのようにしか見えないな。完全に以前の生活に逆戻りだ」
「‥‥‥そのようだな。うーむ、どうするべきか。さくらに『チェリーちゃん』としてまた背中を押してもらうか。いや、先ほどまでの様子だとさくらを襲いかねないな。とするとどういう方法がある?」
ティーブレイクが頭を抱え、モニターを睨む。モニターに映るルシファーは大欠伸をかきながら、尻を掻いている。呑気なもんだ。
「ギルド長を筆頭にスパルタな接し方に変えてみるか? いや、ルシファーはもう心が折れかかっている。強制させることで仕事をするようになっても、それはこの実験の趣旨とは違う。あくまでも自発的行動が必要なのだ。しかし、この場合はどうする? 完全に異世界に対して希望を失ってしまったしな」
「結局、転生した程度じゃあ人格が変わることはないってこと何じゃあねぇの?」
「ううむ。本当は今日から後輩キャラを登場させるつもりだったのだがな。やはり薬剤や脳にチップを埋め込む方法が人格矯正においては確実、ということか」
「環境変化で人格変化を促すって発想は悪くないとは思うぜ。ただまぁ、今回は失敗ってことだな。撤収しようぜ」
そうだな、とティーブレイクが俺の提案に同意した時だった。
モニターに映るルシファーが大きな声で短く叫んだのだ。ベッドから飛び上がったルシファーは両手にお菓子を抱えたまま、何やら興奮した様子で室内をうろつき始めた。
やがて、ルシファーは部屋を飛び出すと、そのまま自宅を出て村の中心部へと走り始めたのだ。
「何だ? いきなり家を飛び出しやがったぞ」
「大牙、何だか嫌な予感がする。君はすぐに村へ向かってくれ。ルシファーが妙な真似をするのなら止めてくれて構わない。その瞬間に実験を中止する」
ティーブレイクの指示を受け俺はトラックの荷台から飛び出ると全速力で村へと向かった。一応死んでいることになっている身なわけで、俺は家々の裏に隠れるようにして移動した。しばらくすると俺の視界にはお菓子を抱えたまま走って来るルシファーの姿が飛び込んで来た。ぜいぜいと息を荒げながら、奴は何かを探しているのかきょろきょろと首を回している。
やがて、最愛の恋人でも見つけたかのような歓喜の表情を見せながら、ルシファーは道を横切ろうとする馬車へと走って行った。俺がその行動の真意をつかめずにいると、ルシファーは何と馬車の前へと飛び出し両手を広げた。
突然の出来事に馬車を操っていた男が手綱を引く。驚いた馬が嘶き前脚を大きくあげた。その前脚はルシファーの頭部目掛けて振り下ろされる。俺はダッシュをし、急いでルシファーの元へ駆けつけたが遅かった。
頭部へと馬の蹴りを思い切り受けたルシファーはそのまま前のめりに倒れると、一度地面に跳ね返りそのまま横たわった。わずかに指先が動いているので生きてはいるようだが、興奮した馬は止まらない。その足でルシファーを踏みつけ、蹴り上げた。仰向けにごろりと転がったルシファーの頭部からは夥しい出血が発生していた。
馬をなだめた俺はすぐさま、ルシファーの容体を確認した。意識はない。恍惚の表情を浮かべているのは気になるが、重体だ。俺が可能な限りの手当をしていると、隠れていた医療スタッフが駆けつけルシファーを搬送していった。中世ヨーロッパ風の村を救急車が走り抜けるシュールな絵面に苦笑いしつつ、俺は耳に仕込んだ通信機でティーブレイクへと連絡をとった。
「おい、ティーブレイク。あの野郎自分から馬車に轢かれに行ったぞ」
「ああ。彼に仕込んだ盗聴器がその答えを教えてくれたよ。彼はな、ルシファー君はもう一度転生するつもりだったようだ」
「はぁ?」
「『そうだ! 一度転生できたんだから、もう一度転生できるかもしれない! 自分の理想の異世界に行けるまで転生し続ければいいじゃないか! 俺って頭いい!』という風に彼は飛び込む直前にしゃべっていたよ。なるほど。確かにその手は考えるかもしれないな」
「そういうことか。やれやれ。これからどうするんだ? 実験は中止か?」
「そうだな。少なくとも今回の『異世界転生』は終了だ。次あたりは『魔王と戦う勇者』に転生してもらおうかな?」
「まだ続けるのかよ」
「予算はあるからな。あの程度の怪我なら蘇生できる。ルシファー君が何回『転生』すれば真人間になるのか、それともそうなる前に廃人になるのか、それとも「ダメ人間」は転生しようが「ダメ人間」のままなのか興味が出て来た。結果が出るまで彼には何度でも死んでもらおう」
「はは。そりゃあひでぇ話だ。さぁて、じゃあ俺は一足先に『現実世界』に戻るぜ」
「ん? 君は興味ないのか? もう少し異世界転生ライフに付き合ってみないかね?」
「結構だ。突然狼獣人にされるわ、わけのわからん実験や依頼に付き合わされるわで迷惑しているけどな。なんだかんだでこっちの世界が気に入っているんだ。異世界を楽しむ前に、こっちの世界を楽しみ尽くさないとな」
〈セカンドライフ 完〉




