セカンドライフ(1/4)
そこは白い空間だった。
白い霞と光に覆われその空間の広さを判別することはできない。空間を満たす暖かな光はどこか神秘的な雰囲気を生み出している。
そんな場所に一人の男がいた。年齢は二十代前半くらいなのだろうが、太った体型と猫背によって老けて見える。男は地面に正座し、自分の目の前にいる人物へと語りかけた。
「ここはどこですか? 僕はどうしてこんな場所に? 確かコンビニの一番くじを買いに出かけていたはず」
男の問いかけに、男の目の前にいた人物ーー白い布地の衣装をまとった金髪の美女は答えた。
「あなたはお出かけ中にトラックに轢かれて死んでしまったのです。ここはあの世とこの世の狭間なのですよ。あなたは本来死ぬべき存在ではなかったのに、神様の手違いで若くして亡くなってしまったのです。そこでですね。私の、女神の力であなたを異世界へと転生させて差し上げようと思うのです」
女神を名乗る女の言葉を耳にしても、男はしばらく口を半開きにし虚ろな目をしている。しかし、次第にその表情が喜びに染まり、男は勢いよく立ち上がるとガッツボーズをしてみせた。
「ま、マジっすか。憧れていた異世界転生がついにこの僕に‼︎ おおお! よっしゃあああああ! ど、どんな異世界に転生できるんですか! 可愛い女の子に囲まれるのは絶対条件ですよ。うおおおお!」
「落ち着いて。申し訳ないけれど、どんな異世界に転生されるかは私にも分からないわ。私が出来るのはあなたの新しい名前や能力などを転生先に反映できるようにお手伝いすることだけなの」
「な、なるほど! じゃあ、早速キャラメイクですな。えーっと名前は‥‥‥ルシファーで」
「はいはい。ではスキルを選んで。この本に載っているものが初期から使えるスキルよ。でもあなたの場合は不幸な事故で死んでしまったから、本来なら習得に百年かかるようなスキルも初めから解放してあげるわ」
「おおお! なんとありがたい。異世界転生にチートスキル。夢のようだ! あははは!」
女神から本を手渡された男は、舌なめずりをしながら夢中でスキルの吟味を始めるのだった。
モニターに映し出されている男と女神のやり取りを聴きながら、
「予想以上にあっさり騙されるもんだな」
と俺は素直に感想を言ってみせた。
森の中に一台の大型トラックが止められている。俺はそのトラックの荷台にいた。荷台と言っても配達物を収納するためのスペースではない。俺が今いる荷台にはモニターや通信機などの機材が積まれている。さながら軍や鉄道会社の司令室のような雰囲気の場所だった。
「まぁ、単純なのは助かるよ。実験の第一段階は無事成功と言えるな」
俺の問いかけに横に座る女が答えた。ウェーブのかかった黒髪のロングヘアー。いつも通りの白衣姿で鎮座する女ーードクターティーブレイクはこれまたいつも通りやる気のなさそうな表情のまま紅茶を啜っている。
モニターを見ると男が三つのスキルを選んだらしく、女神を名乗る演者の女から器に入った水を飲まされていた。ティーブレイクによると水の正体は睡眠薬だそうだ。男は恍惚の笑みを浮かべながらその場に倒れた。
しばらくすると屈強な男三人がどこからともなく白い空間に現れ、豚のように眠っている男をどこかへと運んで行った。
「今からあの男を『転生』させる。森の中で放置し、目を覚ましたところで実験の第二段階に入る。大牙、君にもしっかり働いてもらうぞ」
ティーブレイクがダルそうに話しかけてきた。
「おいおい、そろそろ状況を説明しろよティーブレイク。例によって俺は何も聞かされないままこんなところまで連れてこられたんだぞ。折角の休暇だったのに、日本からいきなりニュージーランドまで来いときたもんだ。おまけに着いたらトラックに乗せられた上に、今から男を異世界に転生すると騙すとか意味不明な説明だけされる有様だ」
「ああ。そう言えば説明をしていなかったな。今回の仕事だが私の実験ーー『社会不適合者の人格矯正プログラム』に協力してほしいのだよ、大牙」
ティーブレイクは面倒臭そうながらも説明をした。
どの社会でも一定数存在する社会不適合者。その中でもニートや引きこもりの類。そうした連中の性格を矯正し、社会の労働力として使えるように出来ないか。これはどの国、どの社会でも需要のあるテーマらしい。
色々な研究機関が様々なアプローチをする中で、MS機関は投薬や脳をコントロールするマイクロチップの開発などの研究を続けた。一方でティーブレイクは周囲の環境変化によって自発的に労働意欲や意思疎通能力の上昇を促すことは出来ないだろうか、というアプローチで研究し始めたらしい。
「投薬やマイクロチップは危険性が高い。下手をすれば本人の人格を破壊することにも繋がる。そこで私は多少回りくどくとも人体に無害な方法を選んだ。対象者を普段とは違う環境に置くことで、それまでの生活環境の常識から解放され、本来の自分らしさを発揮させようという試みだ。崇高だろ? そう思わないかね、大牙?」
「本音は?」
「テレビ番組のドッキリ企画を見て思いついた。面白そうだろ? 今回は引きこもりニートが異世界転生を体験したらどういう行動を起こすのか。その過程で人格面に影響は出るのかが実験の内容だ」
「やれやれ。相変わらずくだらないことへ無駄に金をかけるよな。役者や土地まで借りるとは。今の白い空間もスタジオにスモーク焚いて照明を使った演出しているんだろ? 女神役もヨーロッパの一流若手女優。手が込んでいるな。つーか、何で俺を呼んだんだ?」
「異世界要素担当として呼んだのだよ」
「何だそりゃ」
「そりゃあ、狼獣人の実物を見たらファンタジーの世界に来たんだと思うだろ。リアリティー追求のために君には悪役の狼獣人を演じてもらう」
狼獣人。
確かに狼の頭に尻尾を持つ俺が異世界に来たと思っている男の前に登場すればリアリティーは一気に高まるだろう。言われて納得はするものの、やる気が湧き上がってはこないな。というよりも何で異世界転生なんだ? 大会社の社長に才能を見込まれて技術者になる、とかの方がよっぽどリアリティがあるんじゃないか?
そんな疑問をティーブレイクにぶつけて見ると、二つの理由で異世界転生を題材にしたそうだ。
これまでも様々な周辺環境の変化を実験したそうだが、現実の社会に近いシチュエーションを設定すると警戒されるか、激しい拒否をされる傾向が強かったらしい。むしろ非日常的な状況の方がその環境へ馴染もうとする意欲が高くなったそうだ。そしてもう一つの理由がーー
「異世界転生がブームらしいからだ」
という能天気な理由だった。いいのかよ、それで。
ティーブレイクは足元のカバンからA4サイズの紙の束を取り出すと、俺へと手渡した。紙の表紙には『第一回 異世界転生という環境変化による社会不適合者の人格矯正プログラムの有効性とその可能性を研究する実験』と書かれている。中を見て見ると演者のセリフや行動パターンがびっしりと書かれていた。
「明日の朝までそれを読んで覚えておいてくれ。君にはさくらと一緒に転生した男、ルシファー君の異世界転生デビューシーンを演じてもらうから!」
「マジかよ‥‥‥」




