イーグルアイ(3/3)
『桜沢くんに会ったですってええええええええ‼︎』
ヘルメットのスピーカーから喧しい女の声が響き俺は顔をしかめた。
人気アイドル桜沢樹との意外な出会いを果たしてから小一時間後。
人目を避けた俺はN市郊外の港へとやってきていた。輸送用コンテナの保管地帯が広がるその一帯は関係者以外では呑気な釣り人くらいしかいない。その関係者ですら広大な敷地内を監視しきれるわけでもなく、俺は楽に敷地内へと侵入することが出来た。
コンテナの屋根に寝転がった俺はヘルメットに搭載されたマイクへと話しかける。
「でかい声で叫ぶなよさくら。このヘルメットはボリュームの調整が出来ねぇんだからな!」
「『そんなことはどうでもいいんですよ!』
交信相手である木下さくらは興奮しきった様子で喚いた。ああ、ダメだ。暴走状態だ。
『生で見た桜沢くんはどうでした⁉︎ 可愛かったでしょ! かっこよかったでしょ!』
「なんつーか不思議なガキだったな。男でも女でもないような。年齢の割に落ち着いているっていうか。心の中まで見透かされているような目をしていたな」
『そうなんですよ! そうなんですよ‼︎ 大牙さん見る目あるじゃないですか‼︎ 匂いはどうでした! 至近距離でお喋りしたんですよね⁉︎ 何を話したんです⁉︎』
「尋問かよ。匂いは、うーん、まぁ普通だろ。大したことはしゃべってねぇよ。聞きたいならこのカメラで撮影しているし、リアルタイムでそっちにデータが送られているはずだ。それを見た方が早いだろ」
『そそそそ、そうでしたね‼︎ やべぇ、緊張しきたぁあああ‼︎』
「おい、さくら! ところでティーブレイクはどうしたんだ? いい加減もう実験はいいだろ?」
俺の呼びかけにさくらからの反応はない。おそらく録画された映像を確認しているのだろう。やれやれだ。俺がため息をついているとスピーカーからティーブレイクの声が流れてきた。
『すまなかったね、大牙。ちょっと警察に連絡していてね。さくらに交信を代わってもらっていたのだよ』
「警察? お前何かやらかしたのか?」
『失礼だな君は。大したことじゃあない。君の映像を見ていてちょっとね‥‥‥』
「ふーん。まぁいいや。それよりもだ。もう帰っていいだろ? 街にいるとスマホで写真撮られまくるんだよ。落ち着かん」
『ネットを見ると君の写真があちこちにアップされているな。最近は写真や動画を投稿するのも楽になったし、若者の間ではもはや普通のことだろう』
「まったく見世物じゃねぇぞ」
私は面白い見世物だったと思っているよ、とティーブレイクが嬉しくもないことを口にした。ああ、そうかいそうかい。
結局ティーブレイクは実験の続行を要求してきた。どうやら単なる酔狂で俺にカメラを取り付けたわけではないらしい。俺に搭載されたカメラは深海や火山などの極限環境での撮影用に開発されたものだそうだ。他所の開発陣からティーブレイクへ耐久テストの協力を要請されたらしい。たまたま見ていたテレビの影響もあって、俺に取り付け実際に撮影テストをすることを思いついたそうだ。
『今日は手始めに街中での撮影ということになったのだよ。次回からが本番で、火山、台風の中、深海、南極へと行ってもらう』
「ハードスケジュールだな。今日はまだマシってわけか」
『そういうこと。じゃあ、後二時間ほど頼むよ。さくらをその港へ派遣するからそれまで埠頭を探索していてくれ。夜間での撮影を終え次第今日の実験は完了だ』
「お前にとっては実験というよりは俺を使ったお遊びだろうが」
『まぁ、楽しんでいたことは否定しない。それよりさくらのことだ。今から君を迎えに行くように指示するが、私の経験だとあの子が桜沢樹関連の動画を見ているのを邪魔するととてつもなく不機嫌になる。私に八つ当たりすることはないだろうが、君に銃弾の一発くらい打ち込んでくるかもしれない。覚悟しておいてくれ』
「ああ、そのことなら心配いらないと思うぞ。あのアイドルからサイン色紙貰ったからよ」
俺はベストのポケットから二枚の色紙を取り出した。豆色紙と呼ばれる手のひらサイズの色紙だ。あのアイドルが名刺代わりにくれたものなのだが、俺が無理を言ってさくら用のサインも書いてもらったのだ。
『なるほどな。それならさくらも上機嫌で君を迎えに行くだろう。では大牙、撮影を頼む。私はまた鑑賞させてもらうよ』
へいへいと空返事をすると交信が切れた。俺は体を起こし周囲を見渡すと夕闇が徐々に辺りを満たしていた。だが流石は日本が誇る貿易港だけあり、電灯や各種警告灯もしくは船の灯りによって闇に包まれながらも人工の明かりが独特の景観を生み出しているのだった。
そよ風が心地いい。ティーブレイクには文句を言ったが、久方ぶりに日本を自由に歩けたことも事実だ。そういう意味では悪くない企画ではあったのかもしれない。低く轟く船の汽笛や忙しそうに動き回るフォークリフトの電灯。磯の香りを海風が運び、波音が耳へと一定のリズムを届ける。
何というか妙にセンチメンタルな気持ちにさせられるぜ、夜景ってやつはさ。俺の柄じゃない。まぁ、比較的安全で、平和な日本にいればこういう気持ちになってくるのかもしれないな。たまには悪くない。
だがまぁ、俺はあいにく一般人じゃないんでな。こういう場所に長くいると平和ボケしそうだぜ。穏やかなのも良いんだが、やはりある程度はスリリングな刺激が欲しくなる。
何か面白い刺激があればなぁーー例えばーーそうだなーー
俺は瞬間的に右腕を振るい俺へと高速接近した何かを掴み取った。拳を広げてみるとそれは先端が尖った円筒形をした金属の塊ーーライフル弾だった。
「こういう刺激とか?」
そう独り言ちると俺はライフル弾が飛んできた方向へと視線を向ける。おおよそ三百五十メートル先のコンテナから黒い円筒ーー狙撃銃が突き出ているのを確認すると、爆発的な瞬発力を発揮して俺はその場所へと向かった。狙撃手が逃げようと銃を背負い走り出そうとしたときにはもう遅い。俺は容赦無く狙撃手の背後から拳を打ち込んだ。滑稽な悲鳴を上げて狙撃手は倒れると痛みのために悶絶した。
「狙撃とは日本も物騒になったもんだ。まぁ腕前はまだへっぽこか。狙撃手さんよぉ、俺は狼だぜ? 鼻が良さそうに見えなかったのか? 風上にいたら匂いで居場所がバレるぜ。良い勉強になったな」
俺は狙撃手の胸ぐらを掴ながら狙撃銃をひねり壊す。牙を見せつけるように口を開いて見せると狙撃手の顔が引きつった。
「質問するぜ。お前は誰だ? 何のために俺を撃った? ちなみに俺はまだ夕飯を食っていないから空腹だったりする」
「おおお、俺は、依頼されたからお前、う撃った。口封じだ。か、カメラをか回収するように言われたっ!」
狙撃手がそう説明するのと同時にコンテナに隠れていた数人の男たちが一斉に外へと現れた。全員がマシンガンを手にし、俺へと引き金を引いてきた。
狙撃手を放り投げた俺は素早く連中から距離を取ると別のコンテナへと身を潜めた。
「おいおい刺激は求めたが何だよこれ? 日本だよなここ?」
『口封じだよ大牙。どうやら思ったよりも過激なヤクザだったようだな』
ヘルメットのスピーカーからティーブレイクが話しかけてきた。
『さっき君が目撃した抱き合った男たちがいただろう? あの連中は殺人を犯していたのだ。映像に死体が映っていたからね。たぶんヤクザ同士のトラブルだったんだろうね。警察に報告したというのはその事だ』
「ああ、そういうことか。リアルタイムでお前のところに配信されているとも知らないで、ご苦労なことだな」
『今通報した。もう少しで警察と機動隊がその港に来る。大牙、彼らが到着するまでに連中を無力化しておいてあげた方がいい。殺さず気絶させる。君なら出来るだろ?』
楽勝だっつーの。
男たちはかなり俺のことを警戒していたらしく、武装した男たちは全部で三十人ほどいた。それなりの武装をしていることには正直驚いたが所詮は脅すことが本業の連中。満足な実戦も訓練の経験もない奴が強い武器を持っても程度は知れる。俺の毛や皮膚にダメージを与えるには連中の練度は低すぎた。
コンテナを一つ連中めがけて放り投げた俺は、驚き慌てる連中へと接近戦を仕掛けた。味方を誤射する奴もいるし、状況が判断できずひたすら銃を乱射する奴もいる。指示を出す男を気絶させてからはもはや一方的な展開だ。全員を気絶させた俺は連中を山積みにしてやった。
遠くからサイレンの男が聞こえてきた。ようやく警察と機動隊が来たらしいが少なくとも機動隊には肩透かしをしてもらうことになるだろうな。
戦闘が終わったことを見計らったのか、ティーブレイクがまた話しかけて来た。
『流石だね大牙。どうやら警察も来たようだし、そろそろその場を離れた方がいい。海に飛び込んで逃げてくれ』
「は? 何でだよ? ここで警察に説明してやった方がいいんじゃないか?」
『いや、君コンテナを数台破壊しただろ? また弁償だぞ。積み荷の内容次第じゃあとんでもない金額だ』
「‥‥‥‥‥‥」
『私は一般市民からの通報を装った。ヤクザ連中が君の仕業だというかもしれないが、君の姿が見られていない今なら言い逃れが出来る。さぁ、海に飛び込んで逃げるんだ。情報によると警察は逃亡者が出ないように検問を一帯に敷いている。対岸まで逃げないといけない。さくらもそちらで待っている。ついでに面白い映像も期待しているよ』
「ちくしょう! 結局こういうパターンかよ」
俺は海へと飛び込んだ。
ティーブレイクの指示を聞きながら十分かけて俺は五キロ先の対岸へと泳ぎ着いた。久しぶりにこれだけの距離を泳いだもんだ。毛皮が濡れて体が重い。俺は上着を脱ぎ犬のように身を震わせ水滴を落とした。は水性に優れる自慢の毛皮だが、それでも春の海水は冷たい。おまけに鼻に少し海水も入ったために、俺はくしゃみを数回してしまう。
「災難だぜまったく」
ブツブツ独りで文句を言いながら、俺は鼻を噛むのに手頃なものがないかとポケットを漁り一つの紙を取り出した。何回か鼻噛みをしたおかげでくしゃみは止まった。そして今しがた使った紙の正体を確認し、
「あっ‥‥‥」
俺の動きも止まった。
色紙だった。桜沢樹に書いてもらった貴重なサイン色紙。しかもよりによってさくらの名前が書かれた方だった。
「大牙さーん♪」
そしてティーブレイクの指示通りに待機していたのであろうふんわりとした茶髪の女ーー木下さくらが俺の方へと満面の笑みで駆け寄って来た。
「お疲れ様です大牙さん。さぁさぁ、色紙ください。私は今日初めて大牙さんのお目付役でよかったと思っていますよ。いやぁ、持つべきものは忠犬ではなく狼でしたね。いやぁお手柄お手柄! 偉い偉い! さぁ、見せてください。ていうか大牙さんその手に持っている紙は何です」
「あっ、いや、これは‥‥‥」
「心なしか私の名前が書いてあるように思えますねぇ‥‥‥‥‥‥‥それに、その字体と書いている内容ってサインですよね? なんでそれがぐちゃぐちゃになっているんです? ねぇ?」
「これは、その、ほらあれだ。ここまで泳いで来ただろ? その途中で濡れてさ。事故だって!」
『いや、大牙が鼻噛みのティッシュ代わりに色紙を使っていたぞ、さくら。私がしっかりと見ていたからな』
俺たちの会話にティーブレイクが割って入った。よく見ればさくらの耳にはインカムが着けられている。ああ、それで指示をしているわけか、なるほどな。というよりカメラのことを忘れていたぜ。
「ふーん♪」
さくらが満面の笑みで俺へと笑いかけた。俺は思わず一歩退いた。
「そういえば大牙さんびしょ濡れじゃあないですか。体を乾かさないといけませんねぇ」
「お、落ち着けさくら」
「ちょっと待ててください。車の中に火炎放射器を用意してます。それで一気に乾かしてあげますよ♪」
「悪かったって! おい待て何だその無骨な機械は⁉︎ 燃料タンクと繋がっているよな? マジで火炎放射器じゃあねぇか。何でそんなもん持ってきているんだよ!」
「ほらほら逃げちゃあダメですよぉ。濡れたままだと風邪ひいちゃいますよぉ。あははははははは!」
ーーその日。
N市の港から二件の通報が警察に寄せられたという。
1件はやくざによる発砲事件。
もう1件は海岸での大規模火災というものだった。
<イーグルアイ 完>




