イーグルアイ(2/3)
剣と魔法のファンタジー。
そういう題材の話があったとしたら、おおよそ舞台は中世ヨーロッパ風になっていることだろう。酒場やらギルドやら、王族やら冒険者とかがいる世界だ。そんな場所に背広着たサラリーマンやらパソコンがあったらミスマッチも良いところだよな。
高層ビルが立ち並ぶ都市部に狼獣人。これもまたミスマッチだとは思う。
ティーブレイクの我儘に背を押される形で俺は日本の都市部ーーN市にやってきた。
双子のような高層ビルとその周辺を囲むようにビルが立ち並ぶエリアだ。手配した車によって運ばれてきた俺だったが、ティーブレイクはよりにもよって最も人通りの激しいエリアへと俺を降ろしやがった。
車から下車した俺を見て周辺にいた日本人がギョッとした表情をしてみせる。誰もが俺の姿を見て呆然とした表情を浮かべた。
「おい、ティーブレイク。早くも悪目立ちしているんだが?」
『そりゃあ、そうだろうな。でも君は海外の都市部で活動していなかったか? 別に気にするようなことではないだろう』
「そりゃあ、そうだけどよ。何か日本だと妙に俺自身が落ち着かないんだよな。地元だからか?」
そんな会話を通信していると、比較的若い連中がスマートフォンやら端末を俺に向け始めた。聞こえてくる会話から連中が俺のことを仮装か何かだと思っていることが分かる。まぁ、日本人なら普通のリアクションかもな。つーか見世物じゃねぇぞ。許可なく写真撮るんじゃねぇよ。
とりあえず俺は駅周辺を歩いてみることにした。季節が春で助かった。夏になったらこの周辺は滅茶苦茶暑くなるからな。
それにしてもこんな風に日本を歩くのは久しぶりだ。この体になってからは初めてのことかもしれない。いつも日本にいる時は機関の施設内にしか居なかったからな。
『どうだね、大牙。久しぶりに故郷を歩いた感想は?』
「バカ。俺の故郷はここじゃねぇよ。まぁ、N市はよく拠点にはしていたけどな。随分駅周辺も様変わりしたもんだぜ」
『そうだな。あぁ、そうだ。折角駅に来ているのだからそこの百貨店でプリンを買って来てくれ。私も久しぶりに食べたい』
「嫌なこった。つーか、もう良いだろ。全員からカメラを向けられて落ち着かねぇんだよ」
『そうだな。今度は動物園に行け。君がメスの狼に接するとどうなるか興味がある』
「却下だ!」
そんな会話を交わしている時だった。
俺のいる歩道の向かい側にあるビルーーその4階の窓ガラスが爆発とともに粉微塵になった。
一瞬の静寂。歩行者の誰もが歩みを止めビルを眺める。そして次の瞬間には四階の窓全てから炎が吹き出し、轟音を立てながら炎がビルを蹂躙し始めた。
人々が騒ぎ始めた。消防に連絡する奴もいるし、ビルの出入り口から外へと逃げてくる奴もいる。ただただ突然の出来事に喚きオロオロするおばさんがいるかと思えば嬉々として写真を撮る若い奴らもいた。十人十色なリアクションに包まれながら炎の勢いはますます加速している。
そんなギャラリーの反応をさらに盛り上げる出来事が発生していた。
燃え上がるビル。その六階の窓から二人の男女が助けを求めて身を乗り出したのだ。窓に書いてある広告を見るにどうやら弁護士事務所のスタッフらしい。
助けを求める二人のそばに黒煙が迫っている。ガソリンでも撒かれたのか炎の勢いが普通じゃない。消防の救助を待っていたら到底間に合わないだろう。
「暑いのは苦手なんだけどなぁ」
そうボヤいた俺は車道を超え、一気にビルの真下まで移動をした。隣のビルとぴたりと隣接しているため、後ろに回り込んだりするのは時間が掛かりすぎるな。俺は足へと力を入れると垂直に三階の高さまで跳躍をしてみせた。
ギャラリーの歓声は無視だ。俺は三階の窓枠へと捕まると、体を引き上げ窓枠を足場にした。そこからもう一度垂直に跳ぶ。煙と炎で一瞬視界が奪われたものの俺は六階に辿り着いた。
俺は窓ガラスを割って中へ侵入する。突然現れた俺に呆然としている事務所スタッフ二人を問答無用で抱きかかえると
「歯ぁ食いしばれよ!」
とだけ二人に告げ俺は窓から跳び降りた。
悲鳴と歓声の中、俺は綺麗に着地した。出来るだけ衝撃が弱くなるように体の力と動きを工夫した為、抱えていた二人にダメージはあまり無いようだった。我ながら上出来な救出劇だと思う。
それから二分ほどして消防車が現着したが、俺の予想通りビルの六階部分は紅蓮の炎に包まれている。隊員たちは迅速に消化活動を始めた。流石はプロだ。手際がいい。
『いやはや。まさか君が人助けするシーンを見ることになるとはな。珍しいものが見れたよ」
ヘルメット内のスピーカーからティーブレイクが愉快そうにそう言った。
「おかげで余計に目立っちまったな。ギャラリーが増えてきた。もう帰って良いだろ?」
『いや、少なくとも今日一日だけは見させて欲しいな。予想以上に楽しませてもらっているよ』
「バラエティー番組じゃないぞ。勘弁してくれよ」
ビルの火災はほぼ鎮火されたらしく俺はその場を離れた。が、騒ぎを聞きつけたテレビ局や記者が現場に来ており悪目立ちしたのも相まって俺はそういう連中に追われることになった。
「あなたが取り残された人を助けたという狼獣人ですか? すみません一言いただけないでしょうか?」「MS機関の管理のもとにいるあなたが何故N市にいらっしゃるのですか?」「週刊文秋です。今回の火災に関して放火という意見がありますが、あなたはどう思いますか」「動画投稿者のタケルっすけど、今度俺の動画出て見ない?」「狼獣人ってどういう感じなんですか? 肉しか食べないんですか? 発情期ってあるんですか?」
「ノーコメント!」
群がる記者たちを振り払う為、俺は裏通りへと走った。最初は追いかけていた連中だったが俺のスピードに追い付けるわけもない。あっという間に連中を引き離す俺。だが、あの手の人間はしつこいからな。念のためもっと遠くに逃げておくか。
俺は裏通りを駆け抜けた。
ーー同時刻。裏通りのとある場所にて。
一人の男が地面へと横たわっていた。その胸にはナイフが突き刺さり、どうみても致命傷である。
二人の男が横たわる男へと視線を向けている。全身黒ずくめの男二人は、倒れた男を見ながら嬉しそうに抱き合った。
「ついに殺せましたね、兄貴」
「ああ。この男を追跡し始めてから半年。長かったな。だが俺たちの組に逆らったやつは殺す。その掟からは逃れられねぇのさ」
「んじゃあ、そろそろ逃げましょう。この現場を見られるのはヤバいっすよ。俺たちが関わっていることがバレたら、敵対する組との抗争に発展しますぜ」
「ああ。じゃあ、とっととずらかる‥‥‥ぜ?」
「兄貴どうしたんです?」
「いや、今そこを背の高い化け物が通り過ぎたんだ。頭にヘルメットを被った狼だった」
「兄貴。こんな時に冗談はよしてくださいよ」
「いや、間違いない。ヘルメットにカメラらしきものも付けていた。この現場を撮影されたような気がする」
「殺人現場を見られたってことですか?」
「‥‥‥ヤバいぞ」
ーー裏通りとはいえ変なもん見ちゃったなぁ。
裏通りを駆け抜けながら俺はそんなことを思った。
ーー男同士のハグとか海外で何度も見たが、未だに慣れねぇな。つーか、思わず立ち止まったけど録画されているよなあれ? ティーブレイクが文句言いそうだ。やれやれ。
裏通りを抜けた俺は繁華街から離れたシャッター通りに来ていた。駅周辺とは真逆で人通りがほとんどない。通りにならぶ店舗はほとんどがシャッターが降ろされ営業していない。錆びついた街灯や、時代を感じさせる看板がノスタルジックな気持ちにさせる場所だった。
俺は歩道に設置されたベンチに腰掛けた。ふと通りの奥を見ると、十数人の男女が何やら集まっていた。よく見るとカメラやレフ板に撮影用マイクなどの道具を持っている。雰囲気からして映画かドラマの撮影らしい。今は休憩中のようだな。
そんなことを考えていると不意に人の視線を感じ俺は後ろを振り返った。
一人の少女がーーいや、少年がそこにいた。
中学生くらいの中性的な外見の美少年だった。この年頃のガキにありがちな生意気そうな雰囲気はなく、静かで、どこか知的な印象を受ける目をしていた。
ん? こいつどこかで見たことあるような気がするぞ。
「こんなところで狼と出会うとは思いませんでした」
外見どおりの中性的な声で話しかけてくる少年だったが、その目に俺への恐怖心を抱いている様子はない。
「ひょっとしてMS機関という研究所で生み出された狼ですか? 前に新聞で読んだ記憶があります」
「ああ、その通りだ。俺が怖くねぇのか? 割と外見で怖がられるんだけどな。一対一で話しかけてくる奴なんて久々だぜ」
「知性を感じる目をされているので、怖くはありませんでしたよ」
そう言って少年は俺の隣へと腰掛けた。その横顔を見て俺は喧しい女の顔とともにこの少年のことを思い出した。
「おい、お前ひょっとして‥‥‥」
俺が言い切る前に、少年は柔和な笑みを見せながら言葉を発した。
「桜沢樹といいます。以後お見知りおきを、狼さん」
次話の投稿は11/17から11/19までのいずれかに投稿予定です




